十二話 蕾
道に立ちはだかった壁は大きく、強大であった。
だが、その壁を乗り越えたことに、俺は剣を強く握りしめた。
未だ金属音が響く隣の様子に目を向ける。
前衛と後衛に分かれ、完璧な連携を見せる二人は、すでに勝利の瞬間を掴みかけていた。クラリスの光閃を相手が避けたその一瞬――足元へ矢が飛ぶ。
先ほどのような大きな光ではなく、小さな蒼い光。しかしそれでも十分だった。氷が足元を覆い、敵の動きを封じ込める。そこへクラリスの剣が弾き飛ばすように相手の剣を叩き落とした。
剣を失っても素手で迫ろうとする副団長を、クラリスが蹴り飛ばし壁際に追いやる。張り付いたところへフィデルの矢が突き刺さり、氷が一気に広がってその体を固めた。
「片付いたみたいだな」
「ダレンもすごかったね」
クラリスの視線は戦いの途中から俺に向けられていた。最後の一手につながったのは、その気配を感じ取っていたからかもしれない。
「最後の仕上げだぜ。二人とも……」
「ああ……」
門番を失った扉が、黒々と立ちはだかる。
俺とフィデルは共にその扉に手をかけ、力を込めて押し開いた。
「やっぱり来たんだぁ。英雄くん」
どこかで聞き覚えのある声。だがもう驚きはなかった。
開かれた謁見の間には、王が王座に座していた。しかしその目は虚ろで、深い闇に囚われている。先ほどの操られた騎士たちよりも、さらに濃く、深く沁みついているように見えた。そして、その横に立つのは黒装束の女。フードの下から覗く口元が、不気味に歪んで笑っていた。
「ノクス……!お前だったか……!」
「久しぶりの再会だって言うのにぃ、もっと喜んでよぉ」
「操られていた者たちは、お前の仕業だな……」
「正解ぃ!まさかあの二人を無傷で突破するとは思わなかったけどねぇ」
ノクスは軽く手を上げる仕草を見せる。俺たちは即座に警戒したが、攻撃は来なかった。代わりに彼女はフードを外し、その顔を露わにする。
――二年前のあの夜に見た姿。そのまま。間違いようがない。
「結局、君はその闇を受け入れず、足掻く道を選んだんだねぇ。残念」
「国王を解放しろ」
「返したところで意味なんてないよぉ。もう半分死んでるしぃ」
その言葉は、予想していたことでもあった。国王の命が完全ではないことは、最初から覚悟していた。
これだけ多くの騎士たちを操る異様な力――あれは遺物だ。死体すらも操っていても不思議ではない。
「てめえらが、俺の家族に手を出しやがったんだな!」
「家族ぅ?なんのことぉ?」
「とぼけるな!反乱軍のことだ!」
「……あぁ、それねぇ。テネブリス君、失敗しちゃったのかぁ」
フィデルの怒声も、ノクスには何の影響も与えない。彼女は薄笑いを浮かべるばかりだ。その態度に、フィデルは怒りを通り越し、呆れたようにため息を漏らした。
「あれが……ダレンのお母さんの?」
「ああ……仇のようなものだ」
実際の仇はテドスだが、ノクスもまた変わらない。俺たちが完全に戦闘態勢を取ると、ノクスも面倒そうに何かを取り出した。
「もういいよぉ。始めようかぁ」
彼女の手にあるのは木鉢のような器。だがそこから放たれる異様な力は異質で、すぐに成長を始める。
幾本もの根が伸び広がり、人の体ほどの太さとなって俺たちに襲いかかってきた。
俺とクラリスは剣を振るい、迫る根を次々と斬り払いながらノクスへと突貫する。だが正面からも左右からも、次々と襲いかかってくる。
「ちっ!数が多すぎる!」
「近づけない!」
手数に押され、ノクスへたどり着くことができない。さらに背後から三本の根が迫る――その瞬間、放たれた矢が根を貫き砕いた。
「援護は任せろ!」
「助かる!」
フィデルの援護を受け、俺とクラリスは再び進む。しかし斬り払った根はすぐに再生し、間を置かず襲いかかってくる。
――何か手はないか?
俺は空間認識を広げ、弱点を探る。根の源は――ノクスの持つ木鉢。そこから幾重にも根が伸び、数を増していくのだ。
「フィデル!あの木鉢だ!」
「あれか!? 任せろ!」
フィデルは力を溜め、青い光を放ちながら木鉢に矢を放つ。決まったかと思えたが、直後に衝撃が走り、周囲に光と塵が舞う。それが晴れた先には、矢を防ぐように木鉢を覆った大量の根が立ちはだかっていた。
「……ダメっぽいね」
「フィデルはそのまま撃ち続けてくれ!」
動き続ければ必ず突破口はある。今はできるだけ情報を引き出す必要があった。
異様な力を宿す木鉢の遺物。そして人を操ることのできる遺物の存在。
『ペンタグラム』が所持する遺物は、どれも常軌を逸するほど強力なものばかりだ。頭の奥で嫌な感覚が広がる。
「強いでしょぉ。自慢の遺物なんだよねぇ」
「どうやってこんな遺物を手に入れた?」
「ふふっ、冥途の土産に教えてあげるぅ。『昇華盤』っていう遺物があってねぇ、他の遺物の力を底上げできるんだよぉ」
「『昇華盤』……だと?」
「そう! この木鉢も最初はこんなじゃなかったんだけどねぇ!」
遺物を強化する遺物。あまりに反則的な存在に顔をしかめる。ノクスから言葉を引き出しながら根をさばいていたが、突如として嫌な予感が体を貫いた。
「……下だ! 二人とも!」
床から生え出した根に、辛うじて反応して回避する。二人も一瞬遅れながらも回避に成功した。俺は前方を見据える。だが、いつの間にか木鉢は国王の膝元に置かれ、ノクスの姿はそこになかった。
すぐさま空間認識で奴の気配を探る。
――まずい!
「まずは一人目ぇ!」
クラリスの頭上に、風を切るようにノクスが現れる。剣を振り下ろし、クラリスは必死に受け止めたものの、横合いから迫った根に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「っ!」
「クラリス!?」
「い、まの……うちに!」
苦痛に顔を歪めながらも、クラリスは声を絞り出す。その隙を逃さず、フィデルは弓を引き、木鉢を狙った。だが再びノクスの姿が消える。
俺は即座にフィデルへ駆け寄り、剣を構える。
視えている――ノクスの動きが。迫る剣を寸前で受け止めた。
「やっぱりすごいねぇ!」
二年前よりも速い。周囲を消えながら繰り返される剣戟を、俺はフィデルを庇いながら全て受け止めた。身体に切り傷が増えていくが、気にしている暇はない。
やがて、フィデルの矢が放たれる。先ほどよりも鋭く、一直線に木鉢へ向かう。
――決まった。
そう思った刹那。
「咲けぇ! ゼラニウムぅ!」
ノクスの声と同時に、射線上の根に花が咲き誇る。白い光を帯びたその花は矢を完全に飲み込み、無効化してしまった。
「なっ……!」
動揺した俺たちの隙を逃さず、ノクスと根が襲いかかる。一瞬の乱れから一気に戦況が崩れた。
さらに俺は肩口に走った激痛で動きを止める。視線を落とすと、咲いた花が矢を吐き出し、俺の肩を撃ち抜いていた。
俺が怯んだ瞬間、ノクスはフィデルに迫る。短剣で辛うじて受け止めたものの、根の拘束とノクスの蹴りにより吹き飛ばされた。
「がっ……あああ!」
状況は一気に悪化する。俺の視界は暗く狭まり、絶望の色に染まっていった。
壁際で立つのがやっとのクラリス。
咳き込みながら倒れ込むフィデル。
この場に立っているのは、肩に矢を受けた俺ただ一人。
「やっと二人きりだねぇ」
「よくも……!」
「そう、その表情! 懐かしいなぁ。たまんないなぁ」
ノクスは俺の怒りなど気にも留めず、愉悦に歪んだ笑みを浮かべた。ある程度笑い終えると、剣を下ろし、ゆっくりと俺へ向き直る。
「もういいでしょぉ。前にも言ったけど、その闇に体を任せたらどう?」
「お前の口車には乗らない……」
「そうやって無理に守ろうとして、頼った結果がこれだよぉ。前もそれで失ったでしょ?」
ノクスのやり口は二年前から変わらない。言葉で揺さぶり、絶望へと誘う。
二年前の俺は弱かった。ノクスと、そしてテドスの言葉に揺らぎ、母を失った。
――だが今は違う。
俺は肩に突き刺さった矢を静かに引き抜く。その痛みが、確かに「今の自分」を感じさせる。
紅い光が体を覆い、広がるように俺の「根」も伸びていく。
「ダレン……」
「ダ、レン……!」
二人の姿がはっきりと見える。かすれた声が確かに耳に届く。
「……その茨の道を選んだんだねぇ」
「俺は、もう逃げない」
切り傷に塗れ、肩から血を滴らせながらも、俺は剣を強く握った。
床を蹴り、ノクスへと走り出す――。




