十一話 迫る壁
迫りくる城門前、俺たちは警備兵らの姿を捉えた。
だが誰ひとり足を止めず、ただ前だけを見据えて走り続ける。
「そこの者たち!止まりなさいっ!」
一人の兵が叫び、槍を構えて立ちはだかる。だがフィデルは疾走しながらも弓を引き絞り、矢を放った。
矢は兵たちの足元に正確に突き刺さり、土煙を巻き上げて牽制する。
「邪魔するよ!」
「えっ!? 殿下……!?」
「私だとわかるなら話は早い! 通してもらうよ!」
兵たちは困惑の色を浮かべたまま、その場に硬直し、俺たちを見送るしかなかった。
こうして一つ目の関門を突破し、いよいよ城門が目前に迫る。
そのとき――背筋をなぞるような悪寒が走った。
まるで暗雲が立ち込めるように、嫌な予感が空気を満たしていく。
城の入口から、大勢の黒衣のローブを纏った者たちが現れ、俺たちの進路を完全に塞いだ。
ついに訪れた最終局面。肌で感じ取れるほどの強烈な敵意が、空間を震わせる。
奴らは一斉に襲いかかってきた。俺たちは即座に武器を抜き、応戦する。
俺は傍らで王子の動きを確認する。
護衛の援護もあるが、王子自身も剣を習ってきたのか、無難な立ち回りで応戦できていた。だが――敵の数はあまりにも多い。
「三人とも! 先に進んでくれ!」
「何言ってやがる、ルイ!」
「私はリレイズ侯爵を助けに行かねばならない!」
「……ちっ! 次期国王が死ぬんじゃねぇぞ!」
フィデルは歯噛みしながらも王子の決断を受け入れた。彼は強く弓を引き絞り、矢に青い光を纏わせる。
放たれた矢は轟音と共に敵の群れを貫き、一気に道を切り開いた。
「それが――『蒼穹』の所以か……」
「行くぞ! ダレン! クラリス!」
開いた突破口へ、俺たち三人は駆け込む。だが、分かれ道で足が止まった。道順を掴みかねた俺たちを置き、クラリスが迷いなく先頭に立つ。フィデルも即座に彼女に続いた。
「城の大まかな構造なんて、そう変わらないからね!」
「にしても、居場所がわかるのか?」
「侯爵は謁見の間に向かって捕らえられたはず! ならそこしかない!」
確かに尤もだ。俺も空間認識を用い、城の内部に意識を向ける。
確かに、一際強い異様な力を放つ場所がある。俺たちは自然とそこへ導かれていった。
だがその道すがら――複数の気配を感じ取った。
「二人とも……この先、気をつけろ」
警告に二人も頷き、すぐに構えを整える。
階段を駆け上がると、甲冑の擦れる音と共に重い足音が近づいてきた。城内の静寂を破る規則正しい響きが、徐々に大きくなり――ついに姿を現す。
現れたのは、重厚な甲冑に身を包んだ騎士たち。歴戦を思わせる威容を誇る者たちだ。
だが、そこには違和感があった。
――虚ろな目。
全員の瞳から光が失われ、意志も感情もなく、ただ機械のように歩を進めてくる。
その異様な光景に、俺たちは思わず息を呑んだ。フィデルも眉をひそめ、声を荒げる。
「あんたら……近衛騎士か?」
「……」
返答はない。静寂の中で、ただ立ち尽くす彼ら。
その一瞬に、俺たちの警戒はわずかに緩んだ――。
次の瞬間、全員が一斉に襲いかかってきた。
振るわれる剣の重みは凄まじく、長年鍛えられた剣術そのものだった。
「こいつら……!」
「王子が言っていた、操られている騎士たちだ!」
「無力化できないの!?」
俺もクラリスも、防ぐので手一杯だった。さらに騎士たちは力を籠め、剣に異様な光を纏わせる。
直後、床から鋭い岩が突き出し、雷撃が走り、轟音が響き渡った。
「くっ……!」
間一髪で避けきる。全員無事を確認するが、形勢は悪化する一方だ。俺は視線でフィデルに策を問う。
「畜生! 二人とも、少しだけ時間を稼いでくれ!」
フィデルは後方へ下がり、弓に集中する。俺とクラリスはその間、必死に時間を稼ぐ。
電撃を帯びた剣をかわし、闘気を込めた拳で鎧を叩くが――衝撃は硬く吸収される。
まるで生きた鎧そのもの。遺物を備えた正真正銘の近衛騎士の強さだった。
だが彼らの攻撃は、どこか単調だ。
――生きた剣ではない。
操られた騎士の一撃は、熟練の技術を持ちながらも魂が宿っていない。決められた動作を繰り返すだけ。だからこそ、まだ避けられる。
「準備できた! お前ら、一旦下がれ!」
フィデルの声に、俺とクラリスは同時に後退。
その瞬間を狙ったかのように、敵の中心へと蒼き矢が放たれた。
「――蒼氷!」
矢が床に突き刺さった瞬間、爆ぜるように青白い光が広がり、凍てつく冷気が一帯を包み込む。
光の奔流が収まった後、そこに残っていたのは氷漬けとなった騎士たちの姿だった。
だが、それでも完全に止まったわけではない。彼らは凍りついた身体をきしませ、なおも動こうともがいている。
「そう長くは持たん! 先を急ぐぞ!」
「ああ!」
凍結した騎士たちの間を抜け、さらに奥へと進む。
異様な気配は次第に濃くなり、皮膚を刺すように迫ってきた。
やがて、帝城で目にした構造に酷似した広間にたどり着く。
その正面には、荘厳な意匠を凝らした巨大な扉があった。
――謁見の間。
ついに、目的の場所へと辿り着いた。
ーーーー
しかし、その扉の前にも二つの影が立ちはだかっていた。
先ほどの騎士たち以上に、その佇まいは洗練されている。二人は剣を床に突き立て、両手で柄を握り、まるで門番のように静かに立ちはだかっていた。
「あ、あれは……」
「知っているのか?」
「ああ……近衛騎士団の団長と副団長だ……」
「聞いたことあるよ。帝国騎士団でも有名だった。――“王国の双剣”って」
二人は驚愕を隠せず、その正体を口にする。彼らから放たれる気配は、五剣の者たちと同じような異質さを纏っていた。明らかに、他の騎士たちとは別格の存在。
「ダレン。右の団長の方は、アレス様とも戦場で互角に渡り合ったはずだよ……」
クラリスが耳元で囁く。
俺にとって父は、常に追うべき大きな存在。その父と互角に戦った相手と、一度は剣を交えてみたいと思っていた。あれからどれほど強くなれたのか――それを確かめたい。
俺は足を一歩踏み出し、黒く輝く剣を抜き放った。鋭い眼差しを団長へと向け、構えを取る。
「その団長は俺に任せてくれ。二人は副団長を」
決意を込めて告げると、二人は頷き、武器を構えた。並び立つ仲間の気配が背中を支えてくれる。隣にいるだけで、心強い。今なら――何でもできる気がした。
「行くぞ……!」
紅い光を纏わせ、団長へと駆ける。相手も床から剣を抜き、構えた。振り抜かれる鋭い一撃に、俺も全力で斬りかかる。
金属音が響き、火花が散った。攻撃の手を止めずに畳みかけるが、団長の型はあまりに堅牢。まるで岩壁のように立ちはだかる。剣を振り下ろしても弾かれ、勢いを逸らされてしまう。
「くっ!」
相手が反撃に転じ、剣を振りかぶった。纏う力に本能が警鐘を鳴らし、俺は身を捻る。
放たれた剣は轟音を伴い、背後の床を抉り砕いた。その威力が父と並ぶことを証明していた。――遺物を振るうなら、当然の力。
操られようともその剣の力は強大だった。
俺も再び攻めに出ようと手首を返す。しかし、脳裏に浮かぶ言葉があった。
――“歪み”の剣。
誘い合いの小細工ではなく、今こそ真正面から挑むべきだ。己の弱さと、仲間の強さに向き合うために。
「――あああッ!」
魂を震わせる咆哮と共に、渾身の一刀を振り下ろす。団長も応じるように全力で剣を振り抜いた。紅い光に包まれた一撃同士が衝突し、凄烈な衝撃が広間を揺るがす。
だが――押し負けなかった。
俺は振り抜き、力を乗せ続けた。
甲高い音が響き、団長の剣が折れる。俺の剣はそのまま頭部へと迫る――。寸前で止めた刃が鎧を砕き、衝撃と共に金髪が靡いた。
「……俺は――強くなれた」
俺の言葉に、虚ろな瞳のまま団長は俺を見つめた。操られているはずなのに、まるで諦めたように、そしてどこか誇らしげに笑うように口元を僅かに上げる。
そのまま力を失い、静かに崩れ落ちていった。




