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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
三章 心頼

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七話 彷徨う影

闇夜の貧民街は、昼間とは異なり、不穏な空気を漂わせていた。時折すれ違う者たちは、ぎらついた目を光らせ、警戒を隠そうとしない。


「昼とは別物だな」

「ね、なんか物騒」


周囲を注意深く見渡しながら、俺たちは奥へと進む。やがて、グランのいた建物が見え、そこを目指して歩を進めた。その付近まで来ると、屋上に人影が立っているのが見えた。闇に浮かぶその姿は、まさしく“影”そのものだった。


胸の奥に不吉な感覚が走る。しかし、影は静かに屋根から飛び降り、闇の中へと消えていった。


「追うぞ、クラリス!」

「うん!」


俺は闘気を凝縮し、一気に駆けて距離を詰める。走る影へ横合いから飛び込むと、相手も気配を察したのか、銀に煌めく刃を抜いた。俺も剣を構え、金属音が闇夜に響き火花が散る。


「ちっ!」

「誰だ、貴様」


舌打ちと同時に問いかける。その声には、どこか聞き覚えがあった。迷いなく紅い閃光を纏い、斬撃を浴びせる。しかし男の姿は朧のように揺らめき、全てが空を切った。


「光剣!」


追いついたクラリスが放った閃光が闇を裂く。男は余裕の笑みを消し、その場から飛び退いた。


「大丈夫!? ダレン!」

「ああ……奴は……」


男は距離を取ると、静かにフードを外した。闇の中であらわになったその顔――歪んだ目と口元――は、あの燃え盛る夜を鮮明に呼び起こした。


「お前か……二年ぶりだな、ダレン・クローヴァン」

「なっ……お前は!?」


二年前、母を奪った街の襲撃。その時に相対した幹部のひとり――テネブリス。


「お前も王国に来ていたのか……」

「やはり反乱軍に関与していたか、『ペンタグラム』……」

「お前たち親子は、つくづく我らの邪魔をする」


テネブリスは歪んだ目で俺を見据え、忌まわしそうに吐き捨てる。


「ダレン、知ってるの……?」

「ああ。二年前に襲撃してきた幹部のひとりだ」


険しい表情を崩さず、俺はクラリスに警戒を促す。テネブリスは体を揺らめかせ、いつでも動ける態勢を保っていた。

緊張の静寂は一瞬で破られる。男の口元が歪み、次の瞬間には刃を振るって突っ込んできた。


俺とクラリスは迎え撃つべく構える。増援の気配はない。集中すべきは目の前の男ただひとり。


振るわれる剣は音もなく、闇から現れるように迫る。しかし、俺には“視えている”。全てをかわし、反撃に転じる。さらに横からクラリスが斬り込むが、しゃがんでかわされ、一歩退かれてしまった。即座にクラリスは剣を煌めかせ、追撃を仕掛ける。


「相性は最悪か……」

「さらに追い込むぞ!」

「了解!」


光剣がテネブリスの脇腹をかすめ、怯んだ隙を突いて俺が剣を放つ。だが、奴は外套を翻し、斬撃が確かに届いたはずの姿は霧のように掻き消えた。


「上だ! クラリス!」


建物の屋根に飛び移ったテネブリスを見つけ、クラリスは再び光閃を放つ。直撃したかに思えたその瞬間、男は懐から何かを取り出し光に晒した。光閃はそれに弾かれ、逆流する。


「うっ……!?」

「クラリス!?」

「相性の悪い相手には当然備えがある。お前も、なぜか私の剣に反応できるようだが……まあいい」


返された光閃がクラリスの脇腹を抉った。彼女は傷を押さえ、立っているのがやっとの様子だ。


「あまり邪魔をするなよ、紛い物。……母のような者を、もう出したくはないだろう?」

「な、んだと……」


俺の返答も待たず、テネブリスは再び外套を翻し、闇夜に溶け込んで消えていった。いくら探っても、すでに気配はなかった。


「クラリス!? 大丈夫か!?」

「う、ん……なんとか、ね……」


駆け寄ると、クラリスの患部は赤黒く染まり、血が止まらず流れ出ていた。その姿に胸を締めつけられるが、俺は後悔をひとまず押し殺す。彼女を抱き上げ、決意を込めて言う。


「すぐに治療してもらう。乱暴になるが、我慢してくれ」

「こんな時間に……教会はやって、ないよ……」

「叩き起こす。何が何でも……」


クラリスを抱きかかえ、王都の中心へと駆け出す。闇夜を切り裂きながら、腕に感じる彼女の重さ、荒い息遣い――そして背中には、言葉にできない別の重さがのしかかっていた。


ーーーー


「そんなことが、あったのか……」

「ああ。クラリスは今、教会で眠っている」


俺はあれから教会へ駆け込み、静寂な街中で必死に扉を叩き続けた。神官は何事かと慌てて姿を見せたが、俺に抱えられたクラリスを見るや否や、すぐさま治療に取りかかってくれた。

流した血は少なくなかったため、彼女は荒い呼吸を繰り返したが、やがて落ち着き、静かに眠りについた。

神官には多めにお布施を渡し、朝を迎えると同時に邸へ戻って状況を説明し、今に至る。


「やはり裏にいたか……」

「屋上から飛び去っていったんだ。おそらくな」

「なんで何も言ってくれなかったんだ、ダレン」

「俺が一番適任だと……思ったからだ」

「かもしれないが……一言くらい声をかけてくれよ」


フィデルは貧民街の心配も抱えているだろうに、そんな俺へ苦言を呈した。そこには確かな信頼があったのに、俺は裏切ってしまったのだ。


「フィデルの言う通りさ。即席とはいえ、今は仲間なんだから」

「ああ……すまなかった」


何も言い返すことができず、俺はただ頭を下げるしかなかった。


「とりあえず、リレイズ侯爵が帰ってきたら報告しないとだな」


王子がそう付け加え話を終わらせると、俺とフィデルは貧民街へ向かうための準備を整えた。

すると、扉が勢いよく開き、侯爵の私兵が慌ただしく駆け込んできた。


「おい、ノックくらい……」

「――リレイズ侯爵が軟禁されました!」


兵の一人は声を遮り、大声で告げた。その言葉に皆が凍りつく。ノックのことを問いただす者など一人もいなかった。


「どういうことだ!? なぜ侯爵が!」

「私にも理由は分かりません……国王様の謁見に向かわれて以降、戻られる気配はなく、後に軟禁されたと……」


想定外の出来事に場は固まり、沈黙が支配する。王子の荒げた声だけが広間に響いていた。


「さらに――」


兵は追い打ちをかけるように、新たな報を口にした。

――反乱軍に対する討伐隊の決行。


王子だけでなく、フィデルも動揺を隠せず、呆然とした。怒涛の展開に、俺たちは否応なく対策を迫られた。


「もう日和見はできないということか……討伐隊の規模は?」

「三個師団を動員し、総勢およそ千。反対派もいるようですが、王命には逆らえぬようで……」

「国民に対して、その数……しかも精鋭揃いか。完全に潰す気だ……」


さらに討伐隊は、明日の朝には出陣すると告げられた。


「早急に対応しないとだな……ルイ、指示を出してくれ」


しかしフィデルの言葉に、王子は一切反応を示さなかった。顔を伏せ、突きつけられた現実に打ちのめされていたのだ。

フィデルが近づき、肩を強く掴んで揺さぶった。


「おい、ルイ! しっかりしろ!」

「あ、ああ……」

「大丈夫だ。俺たちがついてる」


貧民街のこともあるだろうに、フィデルは気丈に振る舞い皆を鼓舞している。

その姿に打たれるものがあったのか、王子は顔を上げ、前を見据えた。


「……すまなかった。それじゃ――」


まずは反乱軍へ討伐隊の計画を伝え、説得する。

次に討伐隊を率いる反対派をうまく囲い込み、動きを封じる。

それを明朝までに成し遂げなければならなかった。


「皆、苦労をかける。エイドリアのために力を貸してくれ。それと……ダレン。巻き込んですまない」

「ああ。わかっていてここに来たんだ」


揺れる瞳の奥に、確かな覚悟が宿っていた。

何が何でも止めなくてはならない。

多くの人の思いを背負い、ここに立っている。

――期待を裏切ることなどできない。


皆、それぞれの決意を胸に、この先の戦いへと赴いていった。


この第三章が終わったら、一旦更新頻度落ちると思います(*^^*)

タイトルやあらすじ、1-5話を少し見直そうかと。

それでも待っていただける方、ブックマークしてお待ちくださいm(_ _)m

毎日更新じゃないならいいやという方、再会出来ることを心待ちにしておきます

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