七話 彷徨う影
闇夜の貧民街は、昼間とは異なり、不穏な空気を漂わせていた。時折すれ違う者たちは、ぎらついた目を光らせ、警戒を隠そうとしない。
「昼とは別物だな」
「ね、なんか物騒」
周囲を注意深く見渡しながら、俺たちは奥へと進む。やがて、グランのいた建物が見え、そこを目指して歩を進めた。その付近まで来ると、屋上に人影が立っているのが見えた。闇に浮かぶその姿は、まさしく“影”そのものだった。
胸の奥に不吉な感覚が走る。しかし、影は静かに屋根から飛び降り、闇の中へと消えていった。
「追うぞ、クラリス!」
「うん!」
俺は闘気を凝縮し、一気に駆けて距離を詰める。走る影へ横合いから飛び込むと、相手も気配を察したのか、銀に煌めく刃を抜いた。俺も剣を構え、金属音が闇夜に響き火花が散る。
「ちっ!」
「誰だ、貴様」
舌打ちと同時に問いかける。その声には、どこか聞き覚えがあった。迷いなく紅い閃光を纏い、斬撃を浴びせる。しかし男の姿は朧のように揺らめき、全てが空を切った。
「光剣!」
追いついたクラリスが放った閃光が闇を裂く。男は余裕の笑みを消し、その場から飛び退いた。
「大丈夫!? ダレン!」
「ああ……奴は……」
男は距離を取ると、静かにフードを外した。闇の中であらわになったその顔――歪んだ目と口元――は、あの燃え盛る夜を鮮明に呼び起こした。
「お前か……二年ぶりだな、ダレン・クローヴァン」
「なっ……お前は!?」
二年前、母を奪った街の襲撃。その時に相対した幹部のひとり――テネブリス。
「お前も王国に来ていたのか……」
「やはり反乱軍に関与していたか、『ペンタグラム』……」
「お前たち親子は、つくづく我らの邪魔をする」
テネブリスは歪んだ目で俺を見据え、忌まわしそうに吐き捨てる。
「ダレン、知ってるの……?」
「ああ。二年前に襲撃してきた幹部のひとりだ」
険しい表情を崩さず、俺はクラリスに警戒を促す。テネブリスは体を揺らめかせ、いつでも動ける態勢を保っていた。
緊張の静寂は一瞬で破られる。男の口元が歪み、次の瞬間には刃を振るって突っ込んできた。
俺とクラリスは迎え撃つべく構える。増援の気配はない。集中すべきは目の前の男ただひとり。
振るわれる剣は音もなく、闇から現れるように迫る。しかし、俺には“視えている”。全てをかわし、反撃に転じる。さらに横からクラリスが斬り込むが、しゃがんでかわされ、一歩退かれてしまった。即座にクラリスは剣を煌めかせ、追撃を仕掛ける。
「相性は最悪か……」
「さらに追い込むぞ!」
「了解!」
光剣がテネブリスの脇腹をかすめ、怯んだ隙を突いて俺が剣を放つ。だが、奴は外套を翻し、斬撃が確かに届いたはずの姿は霧のように掻き消えた。
「上だ! クラリス!」
建物の屋根に飛び移ったテネブリスを見つけ、クラリスは再び光閃を放つ。直撃したかに思えたその瞬間、男は懐から何かを取り出し光に晒した。光閃はそれに弾かれ、逆流する。
「うっ……!?」
「クラリス!?」
「相性の悪い相手には当然備えがある。お前も、なぜか私の剣に反応できるようだが……まあいい」
返された光閃がクラリスの脇腹を抉った。彼女は傷を押さえ、立っているのがやっとの様子だ。
「あまり邪魔をするなよ、紛い物。……母のような者を、もう出したくはないだろう?」
「な、んだと……」
俺の返答も待たず、テネブリスは再び外套を翻し、闇夜に溶け込んで消えていった。いくら探っても、すでに気配はなかった。
「クラリス!? 大丈夫か!?」
「う、ん……なんとか、ね……」
駆け寄ると、クラリスの患部は赤黒く染まり、血が止まらず流れ出ていた。その姿に胸を締めつけられるが、俺は後悔をひとまず押し殺す。彼女を抱き上げ、決意を込めて言う。
「すぐに治療してもらう。乱暴になるが、我慢してくれ」
「こんな時間に……教会はやって、ないよ……」
「叩き起こす。何が何でも……」
クラリスを抱きかかえ、王都の中心へと駆け出す。闇夜を切り裂きながら、腕に感じる彼女の重さ、荒い息遣い――そして背中には、言葉にできない別の重さがのしかかっていた。
ーーーー
「そんなことが、あったのか……」
「ああ。クラリスは今、教会で眠っている」
俺はあれから教会へ駆け込み、静寂な街中で必死に扉を叩き続けた。神官は何事かと慌てて姿を見せたが、俺に抱えられたクラリスを見るや否や、すぐさま治療に取りかかってくれた。
流した血は少なくなかったため、彼女は荒い呼吸を繰り返したが、やがて落ち着き、静かに眠りについた。
神官には多めにお布施を渡し、朝を迎えると同時に邸へ戻って状況を説明し、今に至る。
「やはり裏にいたか……」
「屋上から飛び去っていったんだ。おそらくな」
「なんで何も言ってくれなかったんだ、ダレン」
「俺が一番適任だと……思ったからだ」
「かもしれないが……一言くらい声をかけてくれよ」
フィデルは貧民街の心配も抱えているだろうに、そんな俺へ苦言を呈した。そこには確かな信頼があったのに、俺は裏切ってしまったのだ。
「フィデルの言う通りさ。即席とはいえ、今は仲間なんだから」
「ああ……すまなかった」
何も言い返すことができず、俺はただ頭を下げるしかなかった。
「とりあえず、リレイズ侯爵が帰ってきたら報告しないとだな」
王子がそう付け加え話を終わらせると、俺とフィデルは貧民街へ向かうための準備を整えた。
すると、扉が勢いよく開き、侯爵の私兵が慌ただしく駆け込んできた。
「おい、ノックくらい……」
「――リレイズ侯爵が軟禁されました!」
兵の一人は声を遮り、大声で告げた。その言葉に皆が凍りつく。ノックのことを問いただす者など一人もいなかった。
「どういうことだ!? なぜ侯爵が!」
「私にも理由は分かりません……国王様の謁見に向かわれて以降、戻られる気配はなく、後に軟禁されたと……」
想定外の出来事に場は固まり、沈黙が支配する。王子の荒げた声だけが広間に響いていた。
「さらに――」
兵は追い打ちをかけるように、新たな報を口にした。
――反乱軍に対する討伐隊の決行。
王子だけでなく、フィデルも動揺を隠せず、呆然とした。怒涛の展開に、俺たちは否応なく対策を迫られた。
「もう日和見はできないということか……討伐隊の規模は?」
「三個師団を動員し、総勢およそ千。反対派もいるようですが、王命には逆らえぬようで……」
「国民に対して、その数……しかも精鋭揃いか。完全に潰す気だ……」
さらに討伐隊は、明日の朝には出陣すると告げられた。
「早急に対応しないとだな……ルイ、指示を出してくれ」
しかしフィデルの言葉に、王子は一切反応を示さなかった。顔を伏せ、突きつけられた現実に打ちのめされていたのだ。
フィデルが近づき、肩を強く掴んで揺さぶった。
「おい、ルイ! しっかりしろ!」
「あ、ああ……」
「大丈夫だ。俺たちがついてる」
貧民街のこともあるだろうに、フィデルは気丈に振る舞い皆を鼓舞している。
その姿に打たれるものがあったのか、王子は顔を上げ、前を見据えた。
「……すまなかった。それじゃ――」
まずは反乱軍へ討伐隊の計画を伝え、説得する。
次に討伐隊を率いる反対派をうまく囲い込み、動きを封じる。
それを明朝までに成し遂げなければならなかった。
「皆、苦労をかける。エイドリアのために力を貸してくれ。それと……ダレン。巻き込んですまない」
「ああ。わかっていてここに来たんだ」
揺れる瞳の奥に、確かな覚悟が宿っていた。
何が何でも止めなくてはならない。
多くの人の思いを背負い、ここに立っている。
――期待を裏切ることなどできない。
皆、それぞれの決意を胸に、この先の戦いへと赴いていった。
この第三章が終わったら、一旦更新頻度落ちると思います(*^^*)
タイトルやあらすじ、1-5話を少し見直そうかと。
それでも待っていただける方、ブックマークしてお待ちくださいm(_ _)m
毎日更新じゃないならいいやという方、再会出来ることを心待ちにしておきます




