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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
三章 心頼

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六話 暗雲

俺たちは貧民街を去り、王都の中心へ戻った。

そして、一切人のいない様子の店へ入る。席に着くと、フィデルは開口一番に放った。


「……あいつらの後ろに、何かが絡んでいる」

「何かって、何?」


クラリスが問いかける。フィデルは言葉を探すようにしばし沈黙し、やがて絞り出すように口を開いた。


「流石のアニキでも、あそこまで博打には出ないはずだからだ」

「根拠としては弱くないか?」

「俺には分かるんだ。ガキの頃からずっと一緒にいたんだからな」


これまでの歳月が、彼に確信を与えているのだろう。俺はクラリスと顔を見合わせるが、彼女も首を振るばかりだった。

さらに事情を詳しく知るため、俺は問いただした。


「フィデル。お前のこれまでのことを聞かせてくれ」

「俺の? ……まあ、いいけどよ」


そしてフィデルは語り出した。生まれてからこれまでのことを。

彼は生まれた時から貧民街で育った。父は既に他界し、母とともに貧しくも暮らしていた。しかしそんな生活は長くは続かず、母も幼くして亡くした。

寄る辺のなかったフィデルを育てたのは、貧民街の住人たちだった。彼らから良いことも悪いことも教えられ、同じ境遇のグランやあの三人組とは兄弟のように育ったという。


「――だからこそ、あいつらは家族なんだ。あいつらのことなら、何でもわかると自負してる」

「そうか……」


その話を聞き、俺は納得した。フィデルの確信はここから来ているのだ。助けられてきたからこそ助ける。その相互関係が強固だったからこそ、彼は揺るがぬ信頼を持てるのだと悟った。


「じゃあ、なんでフィデルは貧民街を出たの?」

「皆をもっと幸せにしたかったんだ。もっと力をつけて金を稼いでな……それが今じゃ、あの状況だ」


クラリスの問いに、フィデルは悔いるように顔を険しくした。街を出たことを後悔しているのだろうか。俺にはかける言葉が見つからず、黙って聞くしかなかった。


「悔やんでも仕方ないよ。今に向き合うしかない」

「……そうだな。クラリスの言う通りだ」


こういう時、クラリスは頼りになる。彼女の言葉を素直に受け止め、すぐに行動に移せるフィデルにも、俺は尊敬を覚えた。

結局この場では「来るな」と言われようと貧民街に顔を出し、情報を集めるしかないという結論に至った。考えられる裏の存在。その目的を掴まなければならなかった。


――――


その日は一旦お開きとなり、次の行動は明日に持ち越された。

俺たちは領主邸へ戻り、現状を報告するため王子のもとを訪れた。


「裏の存在と、その目的……か」

「ああ。ほぼ確実に」


先ほどと同じく、フィデルは確信に迫るような口調で語る。王子は顎に手を当てて考え込み、彼の言葉を正面から受け止めた。疑う素振りは一切見せなかった。


「王国の一斉瓦解、かもしれないね。国王を利用して上流階級の亀裂を生み、住民に不安を抱かせ、反乱を引き起こす……」

「そんな大規模なこと、一組織にできるわけが……」

「いや、できるはずだ。『ペンタグラム』ならば」


二人の会話に割り込み、俺は口を挟んだ。奴らは未だに未知数だ。世界の崩壊を目的とした組織――一つの国を混乱に陥れるなど、容易くやってのけるだろう。クラリスも、一度現場を目の当たりにしたからか、確かな確信を持ってうなずいた。


「なら、貧民街の裏を探るしかないね」

「ああ。任せてくれ」


二人はうなずき合い、視線を交わし領主邸で食事を済ませ、クラリスやフィデルと共に体を動かしていた。

すると、門の前に馬車が止まり、扉が開く。そこにはリレイズ侯爵の姿があり、王城から帰ってきたようだった。

しかし、その顔は浮かず、吉報を携えているようには見えなかった。


広間に集まると、侯爵は現状を語った。結論から言えば――国王救出の見込みはない、というものだった。

異議を唱えたのは、やはり王子であった。


「どういうことだ? リレイズ侯爵」

「……国王様は完全に操られているようです。返事もおぼつかず、目は虚ろで……とてもですが」


厳しく問い詰めるようになった王子に対し、侯爵は面目なさそうに答えた。その発言からは希望を見いだすことはできない。だが侯爵は事実を伝えるべく、再び王子と向き合った。


「傍には報告通り、黒装束の女が控えていました。顔は覆われ、明らかに怪しい人物です」

「そいつが元凶ってわけか。ルイ、どうする?」

「……今は情報をもっと集めたい。反乱軍のこともある。順を追って事を進めよう」


「引き続き頼んだ」――侯爵にそう言い残し、王子は広間を出て行った。

国王とはいえ、実の父。その報告を聞けば、いくら王子といえど心揺れるものだろう。

場に残った者たちは、去った扉を見つめながら王子を案じた。


「……ルイ王子にとっては辛い報せだったでしょう。まだお若い」

「大丈夫だ。あいつなら。俺と同じで、もう二十だ。自分でどうにかしてみせるさ。いざとなれば手を貸せばいい」


侯爵の弱音に、フィデルは力強く返した。その寄せられた信頼を羨ましく感じると同時に、俺は王子に同情した。

――自分で、どうにか、か。


「え? フィデルって二十だったの?」


俺の思考をよそに、クラリスが全く関係のない話題を切り出す。しかし、その一言が冷めかけた空気に、暖かな風を吹き込んだ気がした。


「はっ。もっと若く見えるか?」

「いや……もっと上かと」

「ほんとかよ……お前らもそう変わらないだろ。特にダレンなんか」


突然俺に振られた話題に、寒気が走る。どこかで聞いたことのある会話に、思わずため息をついた。

そんな俺に気づかず、クラリスは口を開いた。


「ダレンはね――」


クラリスの言葉に、場は別の意味で凍り付いた。些細なことで顔色を変えない侯爵ですら驚きを露わにしたとき、俺の呆れ声が思わず漏れた。


――――


周囲から妙な気遣いを受けながら時を過ごした。

既に日は落ち、皆が眠る様子を、剣を通じて把握する。


「行くか……」


俺はただ一人、寝台から体を起こし、剣を腰に差した。

二年前――何も知らぬまま襲撃を受け、母を、友を失った。

帝都では、事前に予測できていたものの苦戦を強いられた。


「今回は……」


ここではまだ、未然に防ぐ手立てがある。『ペンタグラム』の思惑を崩すには、早急に手を打たねばならなかった。

俺は深夜に別邸を抜け出そうと、忍び足で玄関前へ降りていく。

貧民街と通じてしまっているフィデル、容姿が目立つクラリス。

一人で動くのが最も適任だと考えた。


ノブに手をかけ、音を立てぬよう静かに扉を開ける。


「どこに行くの?」


背後から突然声がして、心臓が跳ねた。空間認識を緩めていたため、気づけなかった。俺はゆっくりと後ろを振り向く。


「クラリスか……」

「一人で何かしようとしてたでしょ」


図星を突かれ、言葉を失った。クラリスは呆れたようにため息をつきながら、こちらへ歩み寄る。


「何か考え込んでるとは思ってたけど。私もついてく」

「いや……でもな」


そう言いながらも、クラリスが既に外出の装いを整えていることに気づき、言葉を詰まらせる。

俺の仕草だけでここまで見抜かれるものかと呆れるが、同時に心強くもあった。


「はぁ……クラリスには敵わんな」

「そうだよ。私を騙そうなんて一年早いよ」


そうしてクラリスを伴い、夜の外へ出た。隣を歩む彼女の姿は、闇夜に輝く光そのものだった。

少し浮ついた心を抱えたまま、俺は闇に紛れ、貧民街へと向かっていった。た。俺も『ペンタグラム』に備えて気を引き締める。再び失敗しないよう、強く心に刻んだ。



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