五話 亀裂
反乱軍の詳細が掴めたという吉報はあった。だが同時に、それがフィデルに連なる者たちだったということが問題であった。
「まあ仕方ない。反乱軍の方は俺が対応できるってこった。国王は――」
「それは私に任せてください」
そこで名乗りを上げたのは、リレイズ侯爵だった。その言葉に、王子は戸惑いと心配の色を浮かべた。
「本当に大丈夫なのかい?」
「問題ありません。危害を加えられるのは敵対した者だけ。従順なふりをしながら、潜入してみせます」
「そうか……リレイズ伯爵。頼んだよ」
「はい。ルイ王子。お任せください」
こうしてそれぞれの役割が振り分けられ、実際に行動を移すまでの目途が立った。
俺とクラリスはフィデルに同行し、反乱軍の調査と王都での情報収集を担当。
ルイ王子は、街に出れば住民から、城へ向かえば王や「ペンタグラム」の襲撃を受ける可能性があるため、主に私兵を用いた情報収集を行うことになった。
――その日の昼頃。
俺たち三人は、フィデルの背を追うように反乱軍の元を探っていた。
王都の中心から南へ離れていくにつれ、街の活気は失われ、やがて貧しい者たちの姿が目立ち始める。
「フィデル……ここは」
「ここは王都の貧民街。俺の育った街さ」
怪しげな空気を纏う街の中を、フィデルは故郷を闊歩するように堂々と進む。
だが彼の生まれた街は、街と呼ぶにはあまりにずさんな有り様だった。
「なんていうか……暗いね」
「ああ……前よりも活気がない。貧民街でも皆で協力し合ってきたはずなのに。なんでこんな」
フィデルの声には、怒りと困惑が入り混じっていた。この荒廃が以前よりひどくなっていることに、納得がいかない様子だった。
「ここにいる奴らは皆、家族さ。きっと話せばわかってくれる」
確かな自信を口にしながら、フィデルは反乱軍の拠点へと足を速める。
やがて、他の建物より大きく立派な建造物が見えてきた。その前には、多くの住人が群がっていた。
「よー! 皆久しぶりだな!」
駆け寄るフィデル。先ほどまでの険しい顔は晴れ、溢れんばかりの笑顔に変わっていた。
「お! フィデルじゃねぇか!」
「久しぶりだな!」
「やっと帰ってきたのね!」
数十人はいるであろう集団に囲まれ、フィデルは歓迎を受けた。
肩や手を叩き合い、久々の再会を喜ぶその光景に、俺とクラリスは圧倒されて立ち尽くしていた。
やがてフィデルは俺たちの存在を思い出したように振り返り、本来の目的を口にする。
「そうだ。アニキはいるか?」
「グランさんなら中にいるぜ」
住人の一人が答えると、フィデルは建物の中へ案内された。俺たちも視線を集めながら、人波をかき分けて後を追う。
建物の中は薄暗く、窓代わりの穴から差し込むわずかな光が空間を照らしていた。
奥の闇から姿を現したのは、右目に眼帯をつけた三十代ほどの男。年齢以上の風格を漂わせている。
「久しぶりだな、フィデル。元気だったか?」
「ああ。アニキこそ」
二人は不敵な笑みを浮かべ、目を合わせて笑った。だが次の言葉は続かず、妙な沈黙が流れる。
やがて隻眼の男が口を開いた。
「それで、こんな時期になんの用だ?」
「つれねぇな。兄弟だろう」
フィデルが「兄」と呼んだ男。顔も体格も似てはいないが、二人の間には確かな絆があるようだった。
「リオル達は今外してる。しばらくすれば――」
「――反乱軍の活動か?」
フィデルが遮るように返すと、隻眼の男はギラリと目を光らせて睨みつけた。
「やっぱりその件で来たか。なんとなく予想はしてたが」
「どういうことか説明してくれないか、アニキ」
「お前に話すことなんざねぇ。さっさと探索者活動に戻れ。ここはもう、お前の知る場所じゃねぇ」
「なんだと……?」
さきほどの柔らかいやり取りは消え、今にも一触即発の緊張が漂う。二人は睨み合い、視線を外さない。
「ただいまー。グランさん、戻ったぜ」
「今日も成果はなかったね」
「グランさん、聞いてくださいよー」
背後から男女の声が響き、振り返ると三人の若者が現れた。
光から闇へ足を踏み入れるその姿は、先ほど騎士団に追われていた三人組だった。
「ん? フィデルか! 来てくれたんだな」
「さっきは助かったよ、ありがとう」
「唐突であまり話せなかったしね」
三人はフィデルを囲み、再会を喜ぶ。背の高い大男、優しげな顔をした青年、身軽そうな布の少ない装いの女性。
その様子を見た隻眼の男は、深くため息をつき、険しい空気を解いた。
「仕方ない……少し話そうか、フィデル」
そう言うと彼は立ち上がり、俺たちを階段の方へ促した。
俺たちは警戒しつつも後を追い、三人組も隻眼の男の背中を追って階上へと向かった。
「そんな警戒しなくて大丈夫だ。ダレン、クラリス」
「その根拠はなんなんだ?とういうか誰なんだ?」
階段を登りながら、俺は前を進むフィデルに問いかけた。彼は背を向けながら、答えた。
「アニキ....グランとは血は繋がってねぇ。たがここでは一緒に育ってきた仲なんだ」
「前の三人もか?」
「ああ。皆兄弟みたいなものだ」
表情は見えないが、確かな信頼と家族とのつながりを感じることができた。だが、先ほどの会話からはその関係はこじれ始めているように見えた。
階段を登り終えると、屋上のような場所へたどり着いた。
簡素な欄干があり、貧民街を一望することができていた。
隻眼の男は、欄干に手をかけながら、こちらへ振り返る。
「.....フィデル。お前が外に出てから、ここは変わったんだ。もうお前の知る場所ではねぇ」
「そうは見えなかったがな」
「国王の野郎は、無謀にも他国に戦争を仕掛けようとしている。国民を兵としてな」
グランというものが言うには、それによる国の疲弊が貧民街にも及んでいると言った。流れ者達によって荒らされ、貧民街は危険にさらされる。さらに貧民街の完全排除を目的とした、住民の徴兵がなされるようだった。
「そんな話聞いたことないぞ」
「俺はある伝手で知りえた内容でな。だからこそ.....戦わなきゃならねぇんだよ。お前にもう用はねぇ。とっととここを出て、探索者でも続けな」
「ここは俺の故郷だ。見捨てられるわけないだろ」
「お前からしたら、無謀と思うかもしれないがな。やるしかねぇんだ」
話し合っても平行線であった。フィデルが何を言おうとも、グランは戦うことを選ぶようだった。他の三人も真剣な表情でフィデルを見つめている。彼らも意思は同じのようだった。
「それをどうにかするために、俺は来たんだ」
「お前の出番はない。フィデル」
何と言おうと、隻眼から感じる意志は変えられるようなものではなかった。沈黙が流れ、風の吹く音だけが響いていた。
「ま、まあ!とりあえず久しぶりの再会なわけだしさ!少し皆で話そうよ!」
「そ、そうだね!」
三人組はこの空気をなくすため、そう言いフィデルの肩を掴み、下へと連れて行こうとする。
「お、お前ら」
「フィデル。今日限りでここには来るなよ」
グランはそう言い、フィデルは三人に連れられて行った。この場にはグランと、俺、クラリスという異様な面々だけがここに残った。
「それで?あんたらは誰だ?フィデルの仲間か?」
「ああ。俺はダレン、こっちはクラリスだ」
「よろしくね。隻眼の人」
先ほどとは異なり、俺らの名を聞いた途端、険しい顔を崩し笑みを浮かべた。
「はっ。『紅影』か。女の方も相当やるようだな」
「よく....知ってるな」
「貧民街にも流れてきてるぜ。帝国の英雄の話はよ。そんな大物を連れてきたか、フィデルは」
「過大評価だがな」
今のグランの表情は、フィデルを思い浮かべ、笑っているように思えた。フィデルへの態度との違いに俺は違和感を覚えた。
「それでも反乱はやめないがな」
「どうしてだ?兄弟分なんだろう?少しぐらい話を聞いてやったらどうだ?」
「余計なお世話だ。あんたらには関係ないことだ」
「私たちはフィデルに頼まれてここに来たんだよ。関係なくはないよ」
「それでもだ。早くここを去れ」
そう追い返され、俺たちも屋上を出て階段を下りた。
「結構難航しそうだね。説得」
「ああ。フィデルが頼んでもあれだ。外の俺たちが何を言おうと、厳しいだろうな」
その後、歓迎されていたフィデルと合流し、一旦この場は去ることにした。
「また来る。またな」
フィデルは貧民街の住人達にそう言い残し、その場から俺たちは離れた。
まだ昼間だというのに、妙に薄暗い貧民街。
フィデルの説得にも頑ななグラン。強硬に走る国王。
そこに潜む闇は、今この瞬間も広がり続けている。




