四話 手がかり
話は終わり、この場はお開きとなった。
すると、リレイズ侯爵がこちらへ歩み寄る。
「ダレン殿とクラリス殿ですね。お噂はかねがね」
その眼差しからは、俺たちを探ろうとする意志が感じられた。王子の傍に置く者として、見極めようとしているのだろう。
「リレイズ侯爵。彼らは信頼できるよ」
「ですが……少なくとも帝国の人間です」
「それでもだ」
「はぁ……ルイ王子は、もう少し人を疑うべきかと」
呆れたように放つが、芯からそう思っているようには見えなかった。
「アレス様のご子息ならば、理解はできますが」
「父を知っているんですか?」
「ええ。あの方が戦場を駆け回る姿を見たことがあります」
意外な接点に、俺は驚きを隠せなかった。それを面白がるように、侯爵は話を続ける。
「あの時は私も当主になったばかりでね。敵ながら、その姿に圧倒されたものです」
「そう……だったんですか」
「『紅影』と呼ばれるダレン殿も、その血を継いでいるようですね。ルイ王子のこと、頼みますよ」
肩に手を置かれ、笑顔を向けられる。牽制の意味もあったのだろうが、疑いは少し晴れたように思えた。
その後、用意された食事を皆で済ませ、それぞれに割り当てられた部屋へと入った。
一人で使うには広すぎるほどの部屋で、むしろ居心地は悪く感じる。
寝台に腰を下ろし、目を閉じる。旅の中でも続けてきた闘気凝縮の鍛錬。
剣を通して広がる世界は、より早く、より正確に把握できるようになっていた。
この領主邸で動く人の気配も、手に取るようにわかる。
すると、俺の部屋へ近づく人影があった。歩き方、息遣いから誰か推測する。
「……クラリスか?」
扉の前に来たところで声をかける。ゆっくりと開いた扉から、予想通りの人物が顔を出した。
「正解。なんでわかったの?」
クラリスは不思議そうに問いかけ、俺のそばへと寄る。詳細を知りたがる顔に、隣へ座るよう促し、剣の能力について説明した。
「根を張るように、辺りが見える……すごいね」
「まだ完全に使いこなせるわけではないがな」
「じゃあ、城の時のあの根みたいな力は?」
クラリスの疑問に、俺も答えを持ち合わせていなかった。空間認識ができる能力は把握していたが、あの時クラリスへ繋がった「根」の力はいまだ理解できない。結局、正直に答える。
「俺も……分からない」
「まだ謎が多いね、その黒い剣。そういえば名前はないの?」
「名? なんだそれは」
クラリスは体を俺の方へ向けながら説明する。遺物の武器には名を与えることがよくあるらしい。その力を示すためでもあり、また愛着を込める意味もあるという。
「ずっと使い続けてるんでしょ。付けてあげなきゃ」
「名前……か」
「私のはそのまま『光剣』だけどね。今度一緒に考えよっか」
そう言われ、傍らにある剣を眺める。十の頃から使い、ここまで共に戦ってきた。心強さに、思わず笑みが零れた。
その後、クラリスに闘気制御の訓練を頼まれ、付き合うことになった。
目を閉じて集中するクラリス。長いまつ毛が目に入り、思わず目を逸らす。
「これ、できてる?」
「あ、ああ。ちょっと待ってくれ」
気にしないようにクラリスの肩へ手を置き、闘気の流れを探る。全身へ巡らせるよう指示し、それをさらに細かく制御するよう伝える。
すると、再びこの部屋へ近づく人影が見えた。俺は先ほどと同じように予想し、その名を告げる。
「フィデルか。入っていいぞ」
声にわずかに驚き、扉をゆっくりと開けたフィデルの姿があった。奇妙なものを見たような顔を浮かべている。
「なんで分かったんだ……ん? お邪魔だったか?」
フィデルは表情を変え、からかうような笑みを浮かべて去ろうとする。俺は今の状況を思い出し、クラリスの肩から手を離した。
「そういうんじゃない。からかうな。それで用は?」
「へいへい。大した話じゃないがな」
「はぁ! 疲れたー。休憩」
フィデルは椅子を引き寄せ、俺たちの目の前に座る。クラリスも集中を切らし、姿勢を崩した。
「クラリスも邪魔したな」
「フィデルのせいじゃないよ。私の鍛錬不足かな」
「それで? 話ってのは?」
単刀直入に問うと、フィデルは肩をすくめる。表情からして重い話ではないことはわかる。
「まあ……なんだ。今回は助けてもらう立場だからな。何かあれば頼ってくれって話さ」
「そんなことを言うためにわざわざ?」
「結構大事なことだぜ。人は一人じゃ生きていけない。何事も助け合いさ」
そう言い残し、すぐに部屋を出て行ってしまった。俺は首を傾げ、言葉の余韻を思う。
「フィデルの言う通りだよ。ダレンは頼るのが苦手そうだから」
「そう……見えるか」
「見えるよ。フィデルも自然に感じ取ったんだろうね。ま、私も同じ気持ちだよ」
そう言ってクラリスは立ち上がり、「おやすみ」と残して部屋を出て行った。
急に訪れた静かな空間。俺の息遣いだけが響く。
妙な思いを抱えたまま、寝台に体を預けた。
ーーーー
それから二日。王子や侯爵が忙しく準備を進めている中、やることのなかった俺たちは日がな一日、暇を持て余していた。しかし、ついに時は満ちたようで、全員が集められ、出発の時がやってきた。
王都には馬車一台で赴く。侯爵の私兵という立場で王都へ入り込む――それが今回の作戦だった。
再び馬車に揺られる時間を過ごし、やがて王都へたどり着く。侯爵領へ向かっていた時とは違い、王子の顔には緊張の色が浮かんでいた。それをフィデルが軽口を交わして和らげていく。そのやり取りのまま検問に臨むと、侯爵の馬車とあって大した詮索もなく、あっさりと通された。
荒れているはずの王国へ入るというのに、このあまりの軽さ。それがかえって奇妙に映り、胸騒ぎがした。
そんな心配をよそに、馬車は王都の奥へと進んでいく。だが、王都とは思えぬほど寂れた光景に、俺たちは思わず顔色を変えた。
すると、進む道の奥から大勢の人影が駆けてくるのが見えた。
「殺せ!」
「逆賊め!逃げられんぞ!」
数十人の騎士に追われる三人の男女。その姿をよく見ようと身を乗り出した瞬間――
「まさか!?」
フィデルが突如声を上げ、立ち上がった。その眼には明らかな動揺が浮かんでいた。
「どうしたんだ、フィデル」
「すまない!また後で合流する!」
そう言い残し、フィデルは馬車から飛び降りる。俺も迷いながらその背を追おうとしたが、王子に袖をつかまれ阻止された。
「フィデルなら大丈夫だ。きっと戻ってくるさ」
王子は心配する様子もなく、ただ走り去るフィデルの姿を眺めていた。仕方なく俺も体を下ろし、落ち着いて様子を見守る。フィデルが三人に追いつくと、そのまま路地へと誘導し、姿を消した。
「フィデルは、なんか忙しないね」
「そう……だな」
「昔からそうなんだ。今じゃ驚かないよ」
王子はまるで日常の一幕のように言った。その芯から信頼しあう二人の姿が、俺の目には眩しく映った。
――――
「今戻ったぞー」
王都の侯爵別邸に到着してしばらくすると、フィデルが帰ってきた。戦闘の痕跡もなく、まるで何事もなかったかのように笑みを浮かべている。その姿に、王子も当然のように笑顔で迎えた。
「それで、あの後どうなったの?」
「それがな……」
フィデルは一瞬口を噤んだが、やがて話し始めた。追われていた三人は、どうやら彼の知り合いだったらしい。追手を振り切った後に詳しく事情を聞いたところ――
「……あいつら、反乱軍にいるみたいだ」
目的の一つである反乱軍に、思いがけず早く接触したことに驚きを隠せなかった。しかし王子は別のことを気にかけているのか、頭を抱えた。
「もしかして……あの皆もかい?」
「ああ……おそらくな」
二人は顔を見合わせ、険しい表情になる。
「皆って、なんのこと?」
クラリスが問いかける。自然と二人だけで話を進めていたため、聞き流されていた部分を疑問に思ったのだ。
フィデルは険しさをわずかに崩し、遠くを見るような目で答えた。
「あいつらは……家族だ。」




