三話 道程
遺跡の探索を終え、俺たちは協会へと戻ってきた。
回収した素材を売買し、報酬を三分割する。
「軽く潜るつもりだったんだけどな。想像以上だ」
「後衛がいるとやりやすかったな」
「援護があると全然違うね」
遺跡内では連携を確認したが、それぞれが仲間の動きを把握し、行動することができていた。
特にフィデルの弓は、俺たちの動きを邪魔しない正確な射撃だった。
連携というよりは、フィデルが俺たちに合わせていたと言った方が正しいだろう。
「とりあえず、俺の家に行くか。作戦を決めよう」
フィデルの声を合図に、協会を出ようと三人で進む。
出口までの間、フィデルは多くの探索者に声をかけられていた。
「おい、フィデル。今日飲みに行こうぜ」
「すまんね。今日は先約があってだな」
「フィデル!また一緒に潜ろうよ」
「ああ、また今度な」
それは、彼が築いてきた信頼が、まさに形になったものだった。
フィデルは軽く流すが、相手をしっかりと見て返事を返していた。
協会を出ると、俺は自然と口にしていた。
「フィデルは随分多くの人から信頼されているんだな」
「そうでもないさ。困ったら頼って、困っている人がいたら助ける。それを繰り返してきただけさ」
何事もないように言うけれど、それがどれほど難しいことか俺は知っていた。
弓の実力も相当なものだったが、彼にとって一番の才能はそんなものではない。
圧倒的なまでの「信」。それこそが、彼の最大の力だと悟った。
―――――
「お帰り、三人とも。早速いいかな?」
フィデルの家に向かうと、王子が出迎え、テーブルを囲んだ。
相変わらず護衛の二人は言葉を発することもなく、後ろに控えているだけだった。
席に着くと、王子は開口一番に告げた。
「明日、エイドリア王国へ向かう。行動は迅速な方がいいだろう」
「賛成だな。反乱軍も止めなきゃならないし」
王子に対し、フィデルがすぐさま同意し、俺たちへ視線を向ける。
「俺もいいと思う。早いに越したことはない」
「私も賛成かな」
全員の意見が一致し、決行は明日の早朝に決まった。そこから話をさらに詰めていく。
「馬車でもあればいいんだけどね……」
王子は呟くように漏らす。徒歩で向かうとなれば時間もかかる上、体力も消耗する。
そこでフィデルがすっと手を上げ、笑みを浮かべた。
「何とかできるぞ」
「そうなのか?フィデル」
「知り合いに頼めば、安く手に入るかもしれん」
ここでもフィデルの人脈が発揮される。
王子が彼をいの一番に頼るのは、こういった面もあるのだろう。
移動手段に目処がついたところで、さらに話は進む。
馬車で移動し、エイドリア王国の検問を通る。
第一の関門はそこにあった。
「そこは大丈夫だろう。私の息がかかった者がいる」
王子は、国を脱出する際に手助けしてくれた貴族の伝手を頼り、そこを抜けるつもりだった。
中を抜けた後は、その貴族に匿ってもらい、情報収集。
反乱軍の阻止と国王の解放。
それに加え、裏側の勢力の打倒。
この三つが主な目的として話し合いは終了した。
「それじゃ、明日はよろしく。二人とも」
「ああ」
「任せてください、王子」
王子らに見送られながら家を出た。
フィデルは馬車の交渉に向かうと言い、先に外へと出ていった。
ついに迫ってきたエイドリア王国。
この地で待ち受けるものを思い、背筋に緊張が走る。
そんな俺の背に、柔らかくも温かいものが添えられた。
「大丈夫だよ。私もいる」
「ああ……わかってるさ」
添えられた手の重さを感じながらも、その手を取ることに迷いがあった。
再び待ち受ける「ペンタグラム」。
俺は意思を固め、宿へと戻り、明日に備えた。
ーーーー
早朝、昇ったばかりの陽が街を照らす。
眩しさに、俺とクラリスは思わず目を細めた。
「宿代、無駄になっちゃったね」
「仕方ないさ」
日差しに照らされた道を歩き、門へと向かう。そこには馬車の傍に、それぞれの面々が揃っていた。
「よく馬車を用意できたな、フィデル」
「ちょっと頼んだだけさ」
「それじゃあ行こう。我がエイドリアへ」
王子の掛け声とともに、皆が馬車に乗り込み、門を出る。
フィデルは門兵に声をかけ、別れを告げていた。
御者席には護衛二人が並び、荷台には俺たち四人が乗り込んで進んでいく。
中では、この先に待ち受けるものへの緊張はなく、むしろ賑やかな空気が生まれていた。
「――フィデルはいつも何かやらかしてたよね」
「そう言うなよ。ルイだって楽しそうに俺についてきてただろ」
クラリスが二人の馴れ初めを聞いた流れから、昔の出会いや出来事が語られていく。
その様子は、王族と平民という隔たりを感じさせない気さくさだった。
「二人はどうだったんだい?」
「確かに気になるな」
フィデルと王子が、突然こちらへ話を振ってきた。
俺とクラリスは顔を見合わせ、首をかしげる。
「ダレンが私に道を聞いてきてね。それが最初かな。その後、喫茶店でたまたま会ったの」
「それからは、よく一緒に行動するようになったな」
最初の出会いから始まり、城での騒動の話まで続いていった。
クラリスは吟遊詩人のように、誇張を交えながらあの時の戦いを振り返る。
王子とフィデルは真剣に聞き、ときおり感嘆の声を漏らしていた。
「『赤き閃光』の再来と聞いていたが、なるほど……そんな感じだったのか」
「闘気の凝縮、か。面白い話だね」
補足として語った闘気凝縮の仕組みに、二人は感心したようにうなずく。
「あとは、私の両親に一緒に挨拶へ行ってね」
「はあー。親公認なわけか」
「ん? 何が?」
フィデルに耳を傾けるクラリス。何か勘違いをされているようで、俺には冷や汗が走る。
嫌な予感は的中した。
「いや、付き合ってることだよ」
「え?」
「いや……俺たちは付き合ってないぞ」
王子もフィデルも、一瞬口を開けて固まり、顔を見合わせた。
そして納得したように再び向き直る。
「なるほどな。野暮なことを言ってしまった」
「すまなかったね。勘違いして」
クラリスの両親といい、この二人といい、妙な誤解をされることが多い。
俺の位置からでは、クラリスの表情を読み取ることはできなかった。
そんな雑談を続けながら、半日も経たずしてエイドリア王国の城壁が見えてきた。
検問へと続く列に並ぶ。
「本当に大丈夫なんだろうな、ルイ」
「問題ないさ」
列が進み、俺たちの番がやってきた。
護衛の一人が検問の兵へ何かを見せると、兵は慌てた様子で奥へ走っていく。
やがて上官らしき者が現れ、荷台の中すら確認せずに通された。
あまりに迅速すぎる対応に、全員の視線が王子へと向かう。
「ここはリレイズ侯爵領。私の息がかかった場所だ」
「早く説明して欲しかったな……」
フィデルの呆れ声をよそに、馬車は領内の奥へ進んでいく。
「どこへ向かっているんですか? 王子」
「リレイズ侯爵邸さ。王都へ入るには協力が必要だからね」
馬車は揺れながら進む。
外を見れば、街の様子は想像以上に荒れていた。
戦を仕掛ける側とは思えぬ有様に、俺は訝しさを覚える。
王子も思うところがあるのか、爽やかな表情は影を潜め、眉間が険しくなっていた。
しばらくすると、再び門らしきものにたどり着く。
「ルイ様。到着されました」
護衛の一人が振り返り、合図する。
俺たちは荷台を降りた。
目の前に待ち受けていたのは、城と見まごうほどの領主邸。
その入口に佇むのは、白髪に白い髭を携えた、威厳ある貴族然とした男性だった。
「お待ちしておりました、ルイ王子」
「ああ。世話になるよ、リレイズ侯爵」
「はい。では一旦中へお入りください。後ろのお連れ様も」
中へと案内され、王子の背を追うように足並みをそろえる。
外観だけでなく内装も整えられており、多くの使用人が出迎え、列を成していた。
広間に通され、席に座るよう促される。
護衛二人だけが王子の傍らに控え、侯爵が最後に腰を下ろした。
「それでリレイズ侯爵。王都の現状はどうだ?」
「芳しくありません。王子脱出後はさらに悪化し、反乱軍の動きは拡大する一方です」
「このままでは内乱に発展するか……。手立ては?」
「やはり反乱軍の説得と、国王様の企ての阻止かと」
今後の方針が話し合われる中、俺たちは口を挟むことなく耳を傾ける。
侯爵は髭に手をやり、息を整えてから王子に真剣なまなざしを向けた。
「ルイ王子。場合によっては、あなた様が……」
「言いたいことはわかっている。王座を私が継ぐ、ということだろう?」
王子の言葉に、侯爵は息をのむ。
フィデルも護衛二人も、思わず緊張の面持ちとなった。
ただ王子だけは、何事もないかのように笑顔を浮かべて答えた。
「覚悟はできている。今はただ、なすべきことを為すだけだ」
最悪の事態――現国王から王座を継ぐという選択肢が示された瞬間だった。
そして対応すべき方針が定まり、準備が整い次第、王都へ向かい行動を起こすことが決まった。




