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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
三章 心頼

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一話 便り

「ここか……」

「思った以上に寂れてるね」


ここはエイドリア王国の国境近くにある街、ザウス。

俺たちは帝国を出て、帝国の属国ルシード王国にやってきた。


「まずは宿でも探そうよー」

「ああ、そうだな」


野宿を繰り返したせいか、服は体に張りつき、節々が痛む。

クラリスも軽鎧を着たまま歩き続けてきたため、さすがに疲労が溜まっているようだった。汗で額や頬に張りつくブロンドの髪が、妙に艶めかしく見えた。


街の様子は活気を失っており、人々の顔からも疲弊が窺える。王国の混乱が及んでいるのだろう。


「あそこにするか」


一通り歩いたところで、特徴のない宿を見つけ、中に入る。

中では、串を口にくわえた強面の男が座っていた。俺は前に出て話しかける。


「ここは宿で合ってるか?」

「ん? 合ってるが」

「それじゃあ、とりあえず三泊分頼む」

「あいよ。そっちの嬢ちゃんも一緒か?」


宿主はニヤついた笑みでクラリスを見やる。旅路で何度も浴びせられた視線に、俺はため息をついた。もう慣れたものだった。


「いや、別部屋で頼む」

「けっ。そうかい。」

「あと、体を洗えるものも頼む」


無愛想に返しながらも、宿主はそれらを用意してくれた。代金を手渡し、部屋へと案内される。


「私は同じ部屋でも良かったのに」

「そうもいかないだろう」


クラリスは唇を尖らせて不貞腐れる。その様子にも慣れた俺たちは、それぞれの部屋に入り体を拭いた。久々の水が体に染み渡る。この世界で風呂というものはまだ見たことがないが、いつか出会ってみたいものだと心に誓う。


身体を拭き終えると服を着て部屋を出た。


「下で待ってるぞ、クラリス」

「はーい」


声をかけて階段を下りる。宿主はいまだに無愛想なままだが、俺は彼に話しかけた。


「聞いてもいいか?」

「なんだ? 女の落とし方か? それはな――」

「いや違う。……この街の状態だ。やっぱり王国の影響か?」

「そうだよ。エイドリアのせいだ。あっちも国が荒れて大変らしいが、こっちにまで皺寄せがきやがる」


先ほどよりも険しい顔をし、宿主は机を叩いた。怒りを滲ませながら話を続ける。


「エイドリア国王め。こっちは一応帝国の属国だってのに、そこに手を出そうとするなんざ馬鹿げてる」

「既に攻撃を受けているのか?」

「南の方は今にも始まりそうだとよ。国民の反乱を抑えるので手一杯らしいが……」

「抑えられれば開戦するかもしれないな……」


エイドリア王国の乱心は耳にしていたが、事態は思った以上に切迫しているようだ。そしてその背後に、「奴ら」の影があることは容易に想像できた。


考えを巡らせていると、階段を下りる音が聞こえてくる。


「探索者協会はどこにある?」

「外に出て左に行けばあるさ」

「そうか、ありがとう」


準備を終えたクラリスを連れ、俺たちは探索者協会へ向かった。


街全体の沈んだ様子とは裏腹に、協会には人の出入りが多い。中へ入ると、探索者たちの視線が一斉にこちらへ集まった。協会にしては珍しい歓迎の仕方に驚くが、顔には出さない。


「なんかすごい見られてない?」

「気にするな」


小声でクラリスに返し、受付まで進む。視線に敵意はなかったが、何か探るようなものを感じた。

受付の女性はそれを感じさせない柔らかな笑顔を見せ、少し安心させてくれる。クラリスに何故か足を踏まれたが、気にせず声をかけた。


「すまん、いいだろうか?」

「はい。どうなさいました?」

「彼女の探索者登録を頼む」

「お願いします」


クラリスは女性の案内に従い、手続きを進める。身分証として使える探索者証は必要だし、何より移動のたびに「帝国の令嬢」と名乗るのは危険だった。


俺が周囲を警戒していると、大柄な男二人が近づいてきた。半身になり、剣に手をかける。


「おい兄ちゃん。ずいぶん上等な女を連れてるじゃねぇか」

「だから、どうした?」

「気になるだろうよ。今のこの街に訪れる男と女だぜ」

「これといってやましいことはないぞ」

「さあな。エイドリアの人間って可能性もあるよなー」


彼らはクラリスをエイドリアの貴族と疑っているようだった。輝くブロンドの髪、碧眼、上等な装備品。どう見ても平民には見えない。


「そこまでにしときなよ。バリン、サブリ」


奥から一声かけられ、場の空気が変わった。声の主が立ち上がり、俺たちの間に入る。


「フィデルか。ちっ、仕方ねぇか」

「フィデルに救われたな、兄ちゃん」


フィデルと呼ばれた男は、短い茶髪に茶色の瞳。体格は大きくはないが、積み重ねた経験がその身に宿る強さを感じさせた。


「余計なお世話だったか?」

「いや、助かった。ありがとう」

「礼を言えるなら悪い奴じゃなさそうだ。俺はフィデル」

「俺はダレンだ。よろしくな」


互いに名を交わし、挨拶を済ませたところで、協会の職員が小声で俺に話しかけてきた。


「あの……ダレン・クローヴァン様ですか?」

「ああ……そうだが」

「伝文を頂いております。アレスという方からで」


父の名が出た。すぐにその内容を尋ねると、紙に書かれた文を渡された。


――『ダレン。元気だろうか。帝都の騒ぎでの活躍、よくやってくれた。父として誇りに思う。こちらも陽動だろうが、それを抑えるので動けなかった。ダレンは王国へ向かうそうだな。荒れた国は危険だから、よく気をつけてくれ。俺は一度帝都に戻るつもりだ。寄る機会があったら顔を出してくれ。


アレス・クローヴァン』


父らしい淡白な文面だが、節々から気遣いが読み取れる。久々の連絡に口元が緩んだ。


「ダレン、こっちは終わったよ。どうかしたの?」

「久しぶりに父様から連絡があってな」

「アレス様が? 良かったね」


クラリスはそう言って、誇らしげに5級探索者証を見せてきた。俺の遺跡探索を聞いて以来、潜るのを楽しみにしているのだろう。


すると、肩に重い手が置かれた。振り返るとフィデルだった。彼は顔を伏せ、表情を見せない。

やがて顔を上げたが、額にうっすら汗を浮かべていた。


「ダレン、嬢ちゃん。少し話いいか?」

「何の話だ?」

「気になることを聞いてな……」


敵意は感じられなかった。むしろ焦りがにじんでいる。

クラリスを見ると、彼女は頷いて了承した。


ーーーー


フィデルに連れられ、人の少ない食事処へと足を運んだ。協会を出たときには、先ほどのような視線も不思議と感じられず、何事もなくここまで来られた。

フィデルは三人分の飲み物を頼むと、落ち着いた様子で腰を据えた。


「それで、話ってのは?」


俺は彼よりも先に口を開いた。フィデルは真剣な眼差しを向け、ゆっくりと口を開く。


「……あんた、『紅影』のダレンだろ?」

「納得はいかないが、そうだ」

「ダレンも有名になったね」


クラリスのからかうような声を軽く受け流し、再びフィデルへと視線を戻す。


「帝国の人間が、なんでここに?」

「内容は言えないが……任務のためだ」


まだ会ったばかりの人間にすべてを話すわけにはいかない。ただ、協会や探索者たちの反応を見れば、フィデルが信用に足る人物であることは感じられた。


「それは……エイドリアに関することだろ?」


核心を突くような一言に思わず息を呑む。だが俺もクラリスも表情を崩さず、黙して様子をうかがった。


「こんな時期にエイドリアの手前まで来るなんてな。それも帝国で“英雄”と呼ばれる人物が」

「英雄なんてもんじゃない」

「はぐらかすなよ。――エイドリア王国をどうするつもりだ?」


その瞳には焦りと警戒が滲んでいた。これ以上は誤魔化せないと悟り、深く息を吐く。仕方なく真実を明かすことにした。


「国王を止めるためだ」

「国王……? 反乱軍じゃなくてか?」

「何を心配しているのかは知らないが、俺たちの目的は国王――そして、その裏にあるものだ」

「……はぁ。そういうことか」


フィデルは安堵したように息を吐き、背もたれに身を預けた。


「ダレン、話してよかったの?」


クラリスの声に肩をすくめる。


「敵意は感じなかったからな」


その言葉を裏付けるかのように、フィデルの瞳は柔らかく揺れていた。どこかクラリスに似た温かさを帯びている。


「頼みがある。――俺の家に来てくれないか?」

「さっきから勝手に納得して話を進めるな」

「悪いな。こっちにも事情があってな」

「……とりあえず行ってみようよ、ダレン」

「頼みは分からんが、まぁついて行ってやるか」


「助かる」


フィデルは短くそう告げ、立ち上がった。俺たちはその背を追い、すぐに店を出る。

――何かを抱え込むその背中に、不安を覚えながらも歩を進めた。

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