閑話 クラリスの独白
私の最初の夢は「母」だった。
光に照らされて輝く金髪に、私に微笑みかける優しい顔。
子どもながらに「母のようなお嫁さんになりたい」と願っていた。
貴族の身分では自由恋愛など許されないと理解していても、それは確かに私の夢だった。
しかし、その夢はすぐに変わった。
「見な、クラリス。あれが騎士だ」
八歳の頃、父に連れられて帝都で見た騎士の行軍。
民衆からは賞賛もあれば、罵声も飛んでいた。
それでも騎士たちは誇り高く、前だけを見据えて進んでいた。
民を守ると信じさせる強い眼差し。
私はその強さに強く惹かれた。
それから私の夢は「騎士」へと変わった。
「お父さん! 私も騎士になる!」
誰かを守れる力を、強い意志を、心から欲した。
父に頼み込み、剣の指導役を呼んでもらった。
両親は最初こそ護身用程度に思っていたのだろう。
どうせすぐに別の夢を見つける、と。
だが皮肉にも、私には剣の才があった。
みるみるうちに上達し、やがて指導役すら敵わぬほどになった。
「クラリス、話がある」
成人を控えた頃、両親は真剣な眼差しで語った。
「お前は騎士にはなれない」
「そういえば縁談の話があったわね」
その言葉に夢が崩れていくのを感じた。
自分の意志も選択も否定されることが怖くて、拒まずにはいられなかった。
十五になった私は、手紙だけを残して家を飛び出した。
騎士登用試験に合格し、見習いとしての地位を得た。
その後も帝都には幾度となく両親や使いが訪れたが、すべて突っぱねた。
「私は、私の意志で生き方を決める」
それがこの世界では間違いだと分かっていた。
けれど、曲げることなどできなかった。
十八を迎えた頃、ついに五剣候補に名を連ねるまでになった。
その時、父から「光剣」が届けられた。
ようやく夢を肯定してもらえたのだと思った。
しかし、同封された手紙にはこう記されていた。
『もう満足だろう。帰ってきなさい』
父の思いは理解できた。だが、当時の私はまだ子どもだった。
理解してくれない、と目を背けた。
そんな時に――ダレンと出会った。
アレス様と同じ黒髪に、揺れる光を宿した瞳。
ただの興味本位で手合わせを申し込んだのに、完敗だった。
私の思い上がりは、あの紅き影によって打ち砕かれた。
その場を離れた私を、ダレンは追ってきた。
勝者であるはずなのに、その瞳は不安に揺れ、影を宿していた。
光はなく、ただ影だけが奥に映っていた。
そんな彼に、私は随分と偉そうな口をきいてしまった。
「一緒に見つけよう」などと、らしくもない言葉を吐き、さらには『約束』までした。
それでも――その時のダレンは、美しいと思えた。
自分と他人の狭間でもがき、苦しみながらも優しさを失わぬ姿。
それは、守りたいと思わせるものだった。
それからの日々は短いながらも濃かった。
共に笑い合い、剣を交え合い、その時間はかけがえのないものになった。
けれど時折、ダレンは深い影を落とした。
その影を振り払って照らしてあげたい――そう思っていた。
だが、それも思い違いだったのかもしれない。
『俺の大事な人を馬鹿にするな』
その言葉を聞いた瞬間、胸に熱いものが込み上げた。
自分だけで精一杯なはずなのに、彼はまだ人を守ろうとしている。
「守られる存在」として扱われることを、不思議と嫌には感じなかった。
気づけば私たちは二人で、互いを守ろうとしていた。
それが心地よくて、愛おしかった。
ーーーー
そして日々は続き、やがて決戦の場に足を運ぶことになった。
貴族の男や父が現れた時も、彼は率先して私の前に立ってくれた。
舞踏会でも、彼と共にいられる時間が恋しかった。
『楽しいね、ダレン』
『ああ……そうだな』
素っ気ない返事でも、手から伝わる温もりがその気持ちを物語っていた。
だが、そんな時間は儚くも終わりを告げ、敵の襲撃が始まった。
私は騎士として戦っていた。
けれどダレンは――まるで自分が何者なのかを問い続けるように、苦悩しながら剣を振るっていた。
「償うべき相手」
彼はそう口にした。
それが彼を縛る鎖の一つだと、私はすぐに理解した。
「あの半端者になんでそこまで肩入れするんだ? クラリス」
「今にも消えそうになっても、ダレンは戦う。どれほど自分をすり減らそうともね」
「ただ自分を苦しめてるだけの馬鹿じゃねぇか」
「かもね……でも、それが儚くて、美しいんだよ」
私は彼を守ると決めた。
足掻き、苦しみ、それでも彼に一筋の光を差し込むと。
『約束』
それは彼にとって呪いになったかもしれない。
けれど、確かに届いていた。
アガットと相対するダレンの瞳。
黒い瞳の奥には、揺るぎない意志が宿っていた。
紅く燃えるように輝くその瞳は、息を呑むほどに美しかった。
彼の剣から流れる暖かな力。
私からも、彼からも互いに送り合っていた。
その瞬間、確かに私たちは繋がっていた。
そして彼は空へと羽ばたいていった。
「やっと……見つけられたんだね……」
私の呟きと同時に、紅き閃光が夜空に煌めいた。
襲撃が終わる頃、ダレンの中には確かな変化があった。
まだ彼を縛る鎖は多い。けれど、どこか軽くなったように思えた。
そして私自身もまた、あの紅い光を見た瞬間に変わっていた。
――影を払ってあげたい。あの光に包まれたい。
私の夢はもう「騎士」ではなくなっていた。
事件の後、辞任届をすぐに提出した。
エドワードさんやグライスさん、果ては皇子にまで止められた。
けれど私は曲げなかった。
結局、実家への挨拶が先に来てしまったが、それでも伝えるつもりだった。
反対されることは分かっていた。
ダレンを伴って帰ったとき、思いがけない言葉が返ってきた。
騎士になることを許された私が、それを辞め、さらに旅に出るという選択。
父も母も驚いていただろう。
それでも受け入れてくれた。
きっとダレンの存在もあったに違いない。
認められたことが、ただ嬉しかった。
私は感謝していた。決して過去を恨んではいなかったから。
その後、ダレンから問いただされたが、私は真っ直ぐに貫き通した。
こう言えば彼は断れないと分かっていた。
我ながら、ずるい女になったと思う。
帰り道、彼の本音を聞くことができた。
その「楽しい」を、これからも私が引き出したい。
今の彼の「いい顔」を守りたい。
もっと、輝かせていきたい。
「じゃ! またね! ダレン!」
きっとまだ彼には気づかれていないだろう。
この光に隠された、私の小さな灯火に。
今の彼にはまだ重すぎる。
だから――いつか言える日が来たらいいと思った。
ーーーー
旅立ちの日。
ダレンの背には、今もなお重さが残っている。
過去のことも、この先に待ち受ける困難も。
けれど、もう一人で背負わせはしない。
彼はまだ私と同じ覚悟を持ってはいないだろう。
それでも、いつか必ず――。
築かれる「信頼」は、まだその先にある。




