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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
二章 自己の先へ

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二十話 分岐

「ダレン君、入ってきていいよ。クラリス嬢もいいってさ」


ユリウスに言われた通り、俺とクラリスは再び謁見の間へと足を踏み入れる。

人影がまばらになった広間は、異様なほどの広さを感じさせた。

その中心で、俺たちは皇帝の前に進み出る。


周りに残っているのは、皇帝、宰相、エドとグライス、そしてユリウスだけだった。


「ダレン、今日はわざわざ来てくれて助かった。一番の功労者を伏せるわけにはいかないからな」

「いえ……ですが、私に名誉騎士など務まるとは思えません」

「ただの称号のようなものだ。戦功伯と変わらん。名ばかりのものだが、受け取ってくれるか?」

「その方がこちらとしても助かります」


与えられた位や称号が、自分を縛るものではないと知り、安堵する。

場の空気も和み、先ほどまでの堅苦しさは薄らいでいた。


「クラリス。君もよくやってくれた。本当なら名を上げたかったが……」

「いえ、陛下。私はただ、自分のやるべきことを果たしたまでです」

「そうか……」


皇帝も、周囲の者たちも、どこか残念そうな表情を見せる。

単なる褒賞を渡せなかった悔しさ以上のものが、その顔に含まれている気がしたが、その正体を掴むことはできなかった。


「ダレンは、今や帝国の英雄だからね」

「市井では『赤き閃光の再来』と囁かれているようじゃないか」


ユリウスとエドが揃って俺をからかう。

ここ数日でそうした噂が広まっていることは、俺自身も耳にしていた。


「初代アベル陛下の技を継ぐ者だ。それくらいは言われて当然だろう」


皇帝も笑みを浮かべながら加わる。

むず痒い空気の中で、俺は居心地悪そうに身じろぎした。

しかしその空気を切り替えるように、皇帝は姿勢を正し、声を引き締める。


「ダレン。『ペンタグラム』の手は今回は防げた。……だが、この先もそうできるとは限らない。帝国以外にも奴らの魔の手は伸びている」


言葉の一つひとつが胸に重く響く。

確かに、今回はどうにか防げたが、他の地でも活動は確認されている。父もまた、それへの対応に追われていると聞いていた。


「現在、隣国エイドリア王国でも奴らの動きが確認されていると、間者から報告があった。あの国が乱れれば、帝国どころか大陸全土に影響が及ぶ」

「今の王国は、現エイドリア王の不当な政治により、反乱の兆しも見られます」

「ああ。だからこそ『ペンタグラム』を阻止し、危険分子を取り除かねばならん」


宰相が補足を加え、皇帝は憂いを滲ませる。

その視線が真っ直ぐに俺へと向けられた。


「向かってくれるか? ダレン」


迷いはなかった。

俺は顔を上げ、真正面からその問いに応じる。


「私の目的の一つでもあります。もちろん、向かいましょう」

「……ああ、頼んだぞ。期待している」


皇帝の眼差しに、俺もまた真っ直ぐに答える。

恐怖はいまだ拭い切れないが、向き合う心をようやく持てるようになっていた。


「出立はいつになる?」

「三日後には帝都を発つ予定です」

「そうか……では健闘を祈る」

「有難きお言葉、感謝いたします」


深く礼をして、俺はクラリスと共に謁見の間を後にする。

その際、エド、グライス、ユリウスから「出立の前に顔を出してほしい」と声をかけられ、荷をまとめた後に改めて挨拶をすることにした。


城の広い廊下を歩いていると、一人の女性が腕を組み、待ち構えるように立っていた。


「ダレン・クローヴァン……!」

「何か御用ですか、ジールス侯爵夫人」


隣のクラリスが代わりに応じる。

ジールス侯爵――アガットの母だった。


「あんたさえいなければ……あの子があんなことをしなかった! 『五剣』にだってなれたはずの子を……!」

「それは違います。ダレンは――」


前に出ようとするクラリスを片手で制し、俺は一歩踏み出す。

彼女の恨みを正面から受け止めるために。

かつては人と向き合うことが怖かった。だが、もう違う。


「確かに、俺の弱さが彼をあの行動へと追いやった一因ではあります」

「そうよ! 全部あなたが――!」

「ですが……あれも彼自身の選択。俺はそれに正面から向き合ったまでです」

「はぁ……!?」

「彼との闘いで俺は、自分を見つめ直すことができた。それには感謝しています」


思いもよらぬ言葉に、彼女は絶句し口を開けたまま固まった。

だが、すぐに我を取り戻し、再び俺を睨みつける。

それでも俺は怯まず、真っ直ぐに視線を返した。


「っ……!」


彼女の唇が震える。

俺はそれ以上言葉を重ねず、背を向けてクラリスに声をかける。


「行くぞ、クラリス」

「う、うん」


悔しげに唇を噛む侯爵夫人を後にし、俺たちは歩き出す。


廊下を進む中、クラリスは俺の顔を覗き込むように首を傾げた。


「ダレン。いい顔になったね」

「そうか? まだ、ようやく前を向けただけだ」

「一歩前進できたってことでしょ? いいことだよ」


クラリスの言葉に実感は薄いが、心の奥で確かに何かが変わり始めている気がした。

彼女の微笑みに、自然とこちらも笑みを返す。


だが、クラリスはその後、妙に言葉を探すように気まずそうにしていた。


「何か言いたいことでもあるのか?」

「あ……そうだね。ちょっと話があって」


足を止め、いくばくかの沈黙の後にクラリスは切り出した。


「私の家に来る話、覚えてる?」

「あ、ああ……そういえばあったな」

「今日……来てくれる?」


クラリスの家――セルフィリス伯爵家。

思い出した瞬間、胃が重くなる。だが断り切れず、渋々ながら頷く。


こうして俺は、クラリスと共にセルフィリス伯爵家の別邸へと足を運ぶことになった。


ーーーー


「クラリス様、お久しぶりです」

「うん。久しぶりだね」


別邸へ到着すると、衛兵に通され、出迎えに現れたのは執事らしき人物だった。俺たちはそのまま中へ案内される。


「それにしても、立派になられました。カール様もミリム様も、きっとお喜びになりますよ」


執事は再会を心から喜んでいるようで、終始にこやかな笑みを浮かべながら先を歩く。だがクラリスは、この後に待ち受ける場面を思い、緊張に体を強張らせていた。


やがて大きな扉の前に着き、執事がノックをした。


「失礼いたします。クラリス様、ダレン様が到着されました」

「……よし、通せ」


中から聞こえたのは、重々しくも威厳ある声だった。執事が扉を開くと、誕生祭の場でも顔を合わせたカール・セルフィリスが姿を見せ、その隣にはクラリスの母、ミリム・セルフィリスが座していた。


「よく来たな。まずは、そこに座ってくれ」


机を挟んで正面の席へと案内され、俺は深く息を吸い、異物である自分を少しでも自然に溶け込ませるよう努めて腰を下ろした。


「ダレン君、改めて挨拶をしよう。カール・セルフィリスだ。そして、こちらが――」

「ミリム・セルフィリスです。クラリスの母よ。よろしくね、ダレン君」

「……ダレン・クローヴァンです。こちらこそ、よろしくお願いします」


俺も名を告げ、頭を下げる。母のミリムは、久々の娘との再会に上機嫌のようで、笑みを絶やさずにいた。


「とりあえず……お帰り、クラリス」

「ただいま……お父さん、お母さん」

「クラリスもすっかり綺麗になったわね。誰に似たのかしら……ふふっ」


厳格さを漂わせるカールとは対照的に、ミリムは柔らかく温かい雰囲気を纏っている。


「早速だが……今回の件を経て、私たちも考え直したのだ。クラリス」

「はい……」

「騎士をやめなくてもいい。それを伝えたかった。ただ、それだけだ」

「……え?」


これまでの厳格な口調とは違い、どこか気恥ずかしげに言葉を紡ぐカール。その言葉に、クラリスは目を見開いた。ずっと反対され続けてきた道を、初めて肯定されたのだから当然だ。


「お父さんったらね、ずっと悩んでたのよ。クラリスのことで。でも今回の活躍もあって、ようやく認めたんだってさ。私は……本当は女の子らしく過ごしてほしいって思ってるけどね」


ミリムの本音はまだ変わらぬようだが、カールの決断もあって、騎士として歩むことは許されることとなった。

だが、待望の言葉を受け取ったクラリスの表情は、なぜか浮かない。むしろ、何かを切り出そうと決意したように見えた。


「そのことなんだけど……」

「なんだ? 気になることでもあるのか?」


カールの問いに、クラリスは一瞬だけ俺に視線を送り、それから真っ直ぐ両親を見据えて碧眼を揺るぎなく向けた。


「私……騎士をやめる」

「え?」

「は?」


場の空気が凍り付く。俺も思わず声を漏らした。あれほど夢と語っていた騎士を、やめる――。寝耳に水の発言に、誰もが困惑を隠せない。だがクラリスの眼差しだけは真剣で揺らいでいなかった。


「ど、どういうことだ、クラリス」

「私は決めた。ダレンと旅に出る」

「な、なにを言っているんだ……」


動揺する両親の視線が一斉に俺に突き刺さる。俺は慌てて手を振り、聞いていなかったことを身振りで訴えたが、クラリスは構わず続けた。


「芯はブレてないよ。人を守る――それだけ。手段が変わっただけだから」

「……はあ。お前には驚かされてばかりだ。……ミリム」

「私も流石に驚いたわ。でも、もう選択を尊重するしかないのね」


二人は突然のことに戸惑いながらも、最終的には娘の決意を受け入れたようだった。だが、俺だけは状況にまるでついていけず取り残される。


「気は乗らないが……ダレン君、頼んだぞ」

「え? いや、その……」

「帝国の英雄でもあるダレン君になら、任せられるわ」


俺が返事をする前に、話は勝手に進んでいく。視線でクラリスに抗議するが、彼女はいたずらっぽく笑みを浮かべただけだった。


「何があっても、着いていくから」

「……はあ。分かりました。お二人とも、クラリスのことはお任せください」


ぶれることのない彼女の意志を、俺がどうこうできるはずもなかった。


「どうせなら婿入りでもしていくか? 君の功績なら将来性も十分だ」

「いいわね、それ! どう、ダレン君?」


俺は返答に窮し、思わず虚空を仰ぐ。そこに答えが降ってくるはずもない。沈黙を続ける俺に代わり、クラリスが口を挟んだ。


「そういうのは今はいいから!」

「そうは言ってもな……」

「ねえー」


結局、考えておけとカールに言われ、俺は苦笑で返すしかなかった。


その後は空気も和み、親子らしい会話が続いた。俺も自然とそこに混ざり、久しぶりに“家族”という温もりを感じることができた。


話が一段落し、クラリスは両親と抱き合い、一時の別れを交わした。かつては騎士という道を巡って生じた溝も、もうそこにはなかった。

俺も最後に挨拶を済ませ、クラリスと共に別邸を後にする。


「……それで、どう説明してくれるんだ?」

「まあ、ゆっくり話そうよ」


二人きりになった俺は、あの発言について問いただした。クラリスは悪戯っぽい笑みを浮かべる。その笑顔を前にしては、俺も強く言い返せなかった。


そして二人で、久しぶりに喫茶コメールへと足を向けた。


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