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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
二章 自己の先へ

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十九話 幕引

アガットを倒したまま、俺は帝都の空に放たれていた。

勢いを残したまま落下するが、体内にいまだ流れる力が、衝撃を難なく受け止める。


街へと降り立った俺に、人々の視線が一斉に集まった。


「おい、空から……」

「さっきの赤い閃光の奴じゃないか」

「大丈夫か、あんた?」


驚きと戸惑いの声が飛び交う。俺は顔を伏せるようにして走り出し、再び城を目指して足に力を込めた。

地を蹴り、跳躍する。一直線に城へ。自ら穿った大穴を抜け、会場内へと戻る。


――まだ、やるべきことが残っていた。


戦場の空気はいまだ冷めず、剣戟の響きが混乱の只中を告げていた。

視線を巡らせると、エドたちは不死人との死闘を続け、クラリスは膝を地につき動けぬほど消耗している。それでも、その瞳だけは強く輝き、俺をまっすぐに見据えていた。


俺にとってはまだ遠い高みを示す目。けれど、不思議ともう怖くはなかった。

クラリスは小さく微笑み、頷く。言葉を交わさずとも通じ合えた。

俺も頷き返し、不死人の群れへと駆け込む。


剣を振り上げて迫る不死人の斬撃――。

――遅い。

かわすと同時に斬り払い、速度を落とさず突き進む。


そしてエドと対峙していた『五剣』の不死人へ、背後から切りかかる。


「ダレン……君か!」


エドの声に、俺は視線だけで応じた。しかし不死人の反応は早い。剣を受け止められ、同時に全身を襲う衝撃。


「ぐっ……!」


想像以上の反動に弾き飛ばされる。立て直した俺に、エドが叫んだ。


「『衝撃波』の遺物だ! 気をつけろ!」

「ああ、わかった!」


攻撃を受ければまた吹き飛ばされる。ならば、剣を合わせるな――。

全てを紙一重でかわし、隙を狙ってカウンターを放つ。だがさすがは元『五剣』。攻撃は通らず、逆に鋭い反撃が返ってくる。


「だが……俺はもう、一人ではない!」


不死人の背後へ視線を送る。そこには迫るユリウスとエド。

不死人の意識がわずかに逸れた瞬間、俺はその足を斬り裂いた。


崩れ落ちた体勢に、二人の剣が容赦なく振り下ろされる。

ユリウスはかわしざまに胸を斬り裂き、エドは最後に首めがけて刃を振り抜いた。


「楽になれ……ラウドォォォ!」


不死人は、ほんの一瞬だけ抵抗を止めた。すべてを受け入れるかのように。

その首は静かに、しかし確かに、落ちた。


「ラウド……元気でな……」


エドの呟きは、虚空に溶けるように消えていった。


その時、まだ残っていたローブの男が冷ややかに声を放つ。


「ふっ……今回はこれまでか」

「貴様……!」

「そう睨むな、団長殿。優れた素材を利用しないのは愚かというものだ」

「ならば、残りは貴様一人だ!」

「そのようだ。だが収穫はあった。そろそろ退散させてもらおう」


男は愉快そうに笑いながら、ふと俺へと視線を送ってきた。ぞくりとする。まるで俺自身を値踏みするような眼差しだった。


「『ペンタグラム』! 帝国はそう簡単には崩れんぞ!」


皇帝が力強く宣言する。だが男はその言葉を鼻で笑った。


「自らの『雷』で国を崩すつもりだったが……思いのほか砂の城は固かったらしい」

「必ずお前たちを討つ! クーリン帝国皇帝の名にかけて!」

「それは楽しみだ。ならば名を告げよう――」


その声に会場の視線が一点に集まる。


「『ペンタグラム』五星の一人――タナトス」


名乗りを上げ、マントを翻す。その姿は一瞬にして掻き消え、同時に会場を覆っていた不死人や死体もまた消え去った。


「終わった……のか?」

「俺たちは……勝ったんだ!」


歓声と嗚咽が入り混じる。生き残った者たちの叫びはそれぞれ違えど、この戦いの終わりを告げていた。


ふらつく足取りでクラリスが俺に近づく。最後の一歩で体勢を崩した彼女を、思わず抱きとめた。


その瞬間、クラリスは溢れるほどの笑みを浮かべる。俺も照れ隠しをせず、まっすぐに笑い返した。


こうして帝国を襲った魔の手は、ひとまず終焉を迎えたのだった。


ーーー


それから数日後、再び俺は城へと足を運んでいた。


あの戦いにおいて、貴族や騎士が数十名亡くなり、帝国でも歴史に残る事件となった。

それは国中へと公開され、『ペンタグラム』の名も公に知られることとなった。


「やっぱり落ち着かないな……」

「そう言わないでよ。君たちを表彰する場でもあるんだから」


礼服に袖を通した俺に、ユリウスは諭すように言った。その口調にはどこか楽しげな響きが混じっていた。


「そろそろ行った方がいいよ。僕も出るしね」


俺は小さく頷き、彼と別れを告げた。

すると、俺のために用意された部屋にノックが響く。返事をすると、ゆっくりとドアが開いた。


そこに立っていたのは騎士の正装を纏ったクラリスだった。あの時の傷は癒え、今や完全に戦える姿へと戻っていた。


「もう行くよ、ダレン」

「ああ。行くか」


俺は椅子から立ち上がり、クラリスと共に部屋を後にする。


―――


謁見の間で執り行われる今回の叙勲式。

前回の誕生祭とは違い、参列者の数は少ないが、並ぶ顔ぶれはいずれも高位の者たちばかりだった。

最上段には皇帝が威厳をもって座している。


その中で、男爵家の出であり、この場では探索者として列席している俺の存在はひときわ異質だった。

周囲から注がれる視線は、異物を見るかのように重く鋭い。


「もっと胸を張りなよ。ダレンは今回、十分に活躍したんだから」

「そうは言ってもな……」


隣に並ぶクラリスは呆れたように口を尖らせる。だが俺の胸中に渦巻く落ち着かない感覚は拭えなかった。


「では、第一から第三までの功労者を発表する。呼ばれた者は前へ」


宰相の声が響いた瞬間、会場の空気が張り詰める。

大きな戦の少ないこの時代において、叙勲式は滅多に行われぬ一大事。誰もが固唾を呑み、その行方を見守っていた。


「第一功労者。ユリウス・クーリン第一皇子、前へ」


最初に呼ばれたのはユリウスだった。礼服に身を包み、まさに「次期皇帝」と呼ぶにふさわしい堂々たる姿で人々の視線を集める。

皇帝の前に進み出ると、彼は片膝をつき、深々と頭を垂れた。


「ユリウス・クーリン。貴殿は騎士団を指揮し、強力な敵を前に一歩も退かず戦い抜いた。皇帝として、父として誇らしく思う。この者には、褒賞金と帝国騎士団副団長の座を与える。さらに『五剣』の一人として名を連ねてもらう」


その言葉に場は大きくどよめいた。空席となっていた『五剣』の枠を皇子が埋めることへの驚きと期待が、会場全体を揺らす。


「ありがたきお言葉。謹んでお受けいたします」


ユリウスは静かに答え、勲章を受け取り席へと戻る。その姿はもはや「皇子」という枠を超え、一人の英雄として人々に映っていた。


会場が落ち着きを取り戻すと、宰相は次を告げる。


「続いて、第二功労者。エドワード・ナイトレイ、前へ」

「はい」


呼ばれたエドは甲冑に身を包み、堂々と歩みを進める。騎士団長にして『五剣』の一人である彼の姿は、誰の目にも揺るぎなき英雄だった。


「エドワード・ナイトレイ。貴殿は騎士団長として見事な采配を振るい、強敵を前にユリウスと協力し勝利を収めた。『五剣』の名に恥じぬ活躍であった」


エドには褒賞金と所領、さらに栄誉賞が授与された。戦友であるグライスは誇らしげに口角を上げ、彼を見つめていた。


そして、場に最も重い緊張が走る瞬間が訪れる。最後の一人――実質的な「真の功労者」が呼ばれる時だ。


「最後に、第三功労者。ダレン・クローヴァン、前へ」

「はい」

「しっかりね」

「ああ……」


クラリスの囁きを背に、俺は一歩ずつ前へと進む。

周囲から突き刺さる視線に体が強張るが、ただ前だけを見据え歩いた。


「あれが……」


誰かの囁きが耳に届く。それを遮るように耳を閉ざし、ひたすら歩みを進める。

皇帝の前に到着すると、俺は片膝をつき、深く頭を垂れた。

ざわめいていた会場は静まり返り、その場の空気を支配した。


「ダレン・クローヴァン。貴殿は外部からの護衛依頼でありながら、敵幹部を討ち取り、さらに二人の強敵を退けた。まさに英雄の如き活躍。よくぞやった」


賞賛の言葉を受けながらも、俺の心には逃げ出したい衝動が渦巻いていた。

ふと片目だけを開け横を見ると、ユリウスが口元を歪めて笑っているのが見えた。俺は顔をしかめ、再び視線を前へ戻す。


「この者には褒賞金と……名誉騎士の任命、そして戦功伯の称号を与える」


その瞬間、会場が大きく揺れた。

前代未聞の授与に、空気が震えるのを肌で感じる。


「よくぞやった」

「ありがたきお言葉。謹んでお受けいたします」


勲章を授けられる際、皇帝が低く耳打ちをしてきた。


「『五剣』の位はどうする?」

「……お、お断りさせていただきます」

「そう言うと思ったわ。仕方ない、この後少し残ってくれ」


からかうような声音に、俺は苦笑を返すしかなかった。

礼を述べて後ろへ下がり、元の位置へ戻るとクラリスが小突いてきた。


「やっぱり騎士にはならない?」

「まあ……な。俺にはやるべきことがあるから」

「そっか……」


なぜか残念そうな表情を浮かべたクラリスは、すぐに前を向き直した。その姿に、彼女の中で新たな決意が芽生えたのを感じた。


「そして、今回敵対し叛逆を起こした者らの家は、家格を一つ下げ、一部所領を没収とする。このような事態が起きたことを誠に遺憾とする」


裏切り者たち――アガットの家に連なる者たちは、悔しげに顔を歪め、憎々しげな視線を皇帝に向けていた。


「多くのものを失った今回の戦い。しかし彼らの犠牲も無駄にはならぬ。これからも一丸となり、帝国はあらゆる困難を乗り越えるだろう」


皇帝の言葉で式は締めくくられ、叙勲式は幕を閉じた。

人々が会場を後にする中、俺とクラリスはユリウスが出てくるのを待っていた。


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