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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
二章 自己の先へ

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十七話 裁き

俺は目的の元へ向かって、城の廊下を駆け抜けた。胸の鼓動が早鐘のように鳴り響き、荒れ狂う熱を抑え込むように拳を握りしめる。

やがて現場へと辿り着いた俺の目に映ったのは――警備にあたっていた騎士たちが血にまみれ、無残に倒れ伏す姿だった。鉄の匂いが濃く漂い、空気すら淀んでいる。

だが、まだ剣戟の音が奥から響いていた。


血に濡れた床を飛び越え、俺は音のする方へと走る。

視界に飛び込んできたのは、部屋の扉を死守するように戦う二人の騎士。

周囲には、彼らと共に戦っていたはずの仲間が倒れ伏し、今や立っているのはその二人だけだった。彼らもまた満身創痍で、息を荒げ、立っているのもやっとの様子だ。


その二人に相対するのは、黒いローブをまとった二人組――明らかに敵。

考える間もなく、俺は飛び出した。

剣を抜きざまに振り下ろす。だが刃先は、突如現れた透明な壁に阻まれ、甲高い音を立てて弾かれた。


「なっ!?」


切りかかった相手は、壁越しに不敵な笑みを浮かべていた。俺は舌打ちし、すぐに下がって扉を守る騎士たちに合流する。


「状況は!?」

「ダ、ダレン殿ですか?突如現れたこの者たちの……襲撃です……」

「爆発と共に姿を現し、巻き込まれた者たちも……」


二人は全身から血を流し、声もかすれている。立っているのが不思議なほど消耗しきっていた。


「主役の登場だね」


もう一人のローブの男が笑い、ゆっくりとローブを外す。

現れた顔を見た瞬間、俺の時間は止まった。


「君のことをずっと待ってたよ。――ダレン君」


そこにいたのは、あの日死んだと思っていた男。懐かしく、だが決して忘れたくても忘れられない顔。


「キ……キール……なのか……? どうして……」

「驚いているようだね」


キールは、ここまでの顛末を語った。

あの街が炎に焼かれた日、彼はかろうじて生き残った。そして、よりにもよって『ペンタグラム』に拾われ、今日までその一員として生きてきたのだと。


「なぜだ……? キール、奴らはあれを起こした主犯だぞ!?」

「それはそうだよ。でも命を拾われたのも事実なんだ。それに……」


彼の目が憎悪で濁る。


「彼らの目的は君と君の父だったんだろう? 君らが原因だと言っても過言じゃない。――カイルも、ミルも夢を追うことすらできなかったのに……お前は! その元凶が! 幸せそうにしているんだ!」


鋭い言葉に胸を突かれ、俺は声を失う。

突き付けられた憎しみから逃げることも、目を背けることもできなかった。


「挙句の果てに、騎士団と……僕とカイルの夢を馬鹿にしているのか……。『お前だけは許さない』」


その言葉は――あの日聞いた消えた呟きと同じ響き。


「何とか言ったらどうだい? ダレン君」


「……俺は、その贖罪のためにここまで来たんだ。キールたちのことを忘れたことなんて、一度もない……」

「それが? 騎士団や探索者と馴れ合って、女の子と遊んでいた結果なのかい?」


痛烈な嘲笑。俺は黙り込む。

確かに、罪を抱え苦しみながらも、日常に溶け込んでいたのは事実だった。心の奥底に沈め、目を逸らしてきた。

そこへ、ローブのもう一人――エレボスと呼ばれた幹部が声を掛けた。


「キール……目的を忘れるな」

「はい……エレボス様」


その名を聞いた瞬間、俺の背筋は粟立った。『ペンタグラム』五星の幹部――。


「君を……許せるわけがない! 街の人たちの絶望を、苦しみを背負って死ね!」


キールが剣を振りかざす。猛攻が迫り、俺はただ受けるしかできない。防御を重ねる度に、体は傷つき、息が荒れる。


「君に! 剣を振るう資格も、生きる価値も、ない!」

「ぐっ……!」


さらにエレボスが迫る。俺は防御で手一杯であったところを背後からの剣を、ぎりぎりで駆け付けた騎士二人が受け止めた。


「ダレン殿! 今はただ、やるべきことを!」


その声に、俺は震える指を抑え、深く息を整える。


「……お前の言う通りだ、キール。俺は最低な人間だ。だが――今この場だけは譲れない!」


俺は闘気を凝縮し、剣に込める。キールもまた剣を二本抜き、十字に構えた。

爆発を伴うその剣撃に俺は吹き飛ばされかける。しかし、力任せに間合いを超えキールの内側に入り込むが、そのまま前へと加速する。

同時に、エレボスへと斬りかかる。透明な壁が展開されるが、俺の凝縮した一閃はそれを叩き斬り、深々と腹を裂いた。


「なっ……ぜ、だ……」


呻きながらも立つエレボス。しかし、それも束の間だった。彼は懐から薬のようなものを取り出し、喉へと流し込む。


「こ、んな、あっけな、く死んでたま、るか….」


その体が変貌し、眼が濁る。人ではない――会場で暴れた魔物と同じ、理性を失った怪物へと変わった。


『グゥウウウッ!!』


獣の咆哮。暴力的な腕が迫る。避けようとするが、攻撃の先には騎士の二人。

俺は騎士たちを庇いながら剣で受け止め、歯を食いしばる。体は軋み、音を立てるが堪えるしかなかった。


「そっちばかり見てるからだよ!」

「くっ!?」


背後から迫るキール。しかし、仲間の騎士が割って入り、剣を合わせた。


「やらせはせん!」

「止めてみせる!」


だがキールは笑い、再び十字に剣を構える。俺の体には寒気が走るが、怪物の対処で手一杯であった。


「どりゃああああっ!」


轟く声と共に、怪物の動きが鈍る。すぐにその隙を捉え、首元を切りつける。

切れた首と体が音を立てて、地へと倒れる。視界が晴れると、そこには鎧に傷を負いながらも力強く立つ男――


「グ、グライス……か」

「ダレン! 援護に来たぞ! 状況は!?」


俺は背後のキールを指差す。その笑みは狂気に満ち、憎しみの炎が消えることはなかった。


「任務は失敗か。雷剣は諦める。でもね……君を壊すことは諦めないよ」


そう言い残すと、地面に剣を叩きつけ、再び爆発を起こす。

煙が晴れた時には、キールの姿は消えていた。


「ダレン、ここは俺に任せろ。お前は会場へ急げ」

「だが、奴らの狙いは……」

「わかっている。だが増援は少ない。今すぐ戻れ!」


グライスの瞳に宿る真剣さと信頼。その眼差しに押され、俺は頷く。


「……わかった。必ず戻る」


騎士たちも礼を告げる。

俺は返事もそこそこに、再び会場へと駆け出した。

だが耳から離れない。――最後にキールが残した、不気味な言葉。

その憎しみを正面から受け止められる日は来るのか。

胸に渦巻く不安を抱えたまま、俺はただ走り続けた。


ーーーー


俺は会場へとたどり着き、胸の鼓動を抑えながらも警戒心を最大限に高め、重々しく扉を潜った。

視界に飛び込んできたのは、いまだ絶え間なく響く剣戟の音。会場内ではなお戦いが続いていることが一目で分かった。


手前の広間では、裏切った騎士たちがすでに全て倒れ伏しており、そのただ中でクラリスとアガットが相対していた。


クラリスの体には致命傷こそ見られなかったが、呼吸は荒く、疲労の色が濃く浮かんでいる。

対するアガットは余裕を崩さず、薄ら笑いを浮かべ、なおも体力を残している様子だった。


さらに奥では、不死人の群れはすでに半数以上が討たれていたが、戦っている騎士や兵らは満身創痍。

それでも幹部らしき黒衣の男と、『五剣』の不死人だけは未だ健在であり、エドを相手取っていた。

戦況は決して楽観できるものではなかった。

俺は全体を素早く把握すると、ためらうことなくクラリスのもとへ駆け寄った。


「クラリス、待たせた!」

「ダレ……ン。片付いたの?」

「とりあえずは、な」


クラリスの姿を間近に見る。大きな傷はないものの、長引く戦闘で息は荒く、汗に濡れた額が彼女の疲弊を物語っていた。


俺は周囲を素早く見渡し、アガット以外の敵が見えないことに安堵する。


「半端者が……よくものこのこ戻ってきたな」


冷笑を浮かべるアガットと対峙する。

握られた長剣はかつて見たものと同じく、斬撃を飛ばす異能を秘めている。そして、左手に握られた短剣からは、不気味なほどの熱を孕んだ力を感じた。


「気をつけて、ダレン。あの短剣……火を放つよ」

「ああ、分かった。行くぞ!」


互いに目で合図を交わし、俺とクラリスは同時に飛び出す。

だがその瞬間、心の奥に沈み込んでいた「罪の影」が再び足を掴むように俺を縛り付けた。

ほんのわずかに、対応が遅れる。横合いから迫る気配に気付いた時には——もう遅かった。


「させないよ」


アガットとの間に突如として爆発が生じ、俺とクラリスは衝撃に弾かれ床を転がった。


「君を壊すって、『約束』したよね」


煤にまみれ、肌は焼けただれ、なおも立ち上がる影。

そこに立ち塞がっていたのは、全身を焦がされてもなお剣を握り続ける男——かつての友、キールだった。


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