十七話 裁き
俺は目的の元へ向かって、城の廊下を駆け抜けた。胸の鼓動が早鐘のように鳴り響き、荒れ狂う熱を抑え込むように拳を握りしめる。
やがて現場へと辿り着いた俺の目に映ったのは――警備にあたっていた騎士たちが血にまみれ、無残に倒れ伏す姿だった。鉄の匂いが濃く漂い、空気すら淀んでいる。
だが、まだ剣戟の音が奥から響いていた。
血に濡れた床を飛び越え、俺は音のする方へと走る。
視界に飛び込んできたのは、部屋の扉を死守するように戦う二人の騎士。
周囲には、彼らと共に戦っていたはずの仲間が倒れ伏し、今や立っているのはその二人だけだった。彼らもまた満身創痍で、息を荒げ、立っているのもやっとの様子だ。
その二人に相対するのは、黒いローブをまとった二人組――明らかに敵。
考える間もなく、俺は飛び出した。
剣を抜きざまに振り下ろす。だが刃先は、突如現れた透明な壁に阻まれ、甲高い音を立てて弾かれた。
「なっ!?」
切りかかった相手は、壁越しに不敵な笑みを浮かべていた。俺は舌打ちし、すぐに下がって扉を守る騎士たちに合流する。
「状況は!?」
「ダ、ダレン殿ですか?突如現れたこの者たちの……襲撃です……」
「爆発と共に姿を現し、巻き込まれた者たちも……」
二人は全身から血を流し、声もかすれている。立っているのが不思議なほど消耗しきっていた。
「主役の登場だね」
もう一人のローブの男が笑い、ゆっくりとローブを外す。
現れた顔を見た瞬間、俺の時間は止まった。
「君のことをずっと待ってたよ。――ダレン君」
そこにいたのは、あの日死んだと思っていた男。懐かしく、だが決して忘れたくても忘れられない顔。
「キ……キール……なのか……? どうして……」
「驚いているようだね」
キールは、ここまでの顛末を語った。
あの街が炎に焼かれた日、彼はかろうじて生き残った。そして、よりにもよって『ペンタグラム』に拾われ、今日までその一員として生きてきたのだと。
「なぜだ……? キール、奴らはあれを起こした主犯だぞ!?」
「それはそうだよ。でも命を拾われたのも事実なんだ。それに……」
彼の目が憎悪で濁る。
「彼らの目的は君と君の父だったんだろう? 君らが原因だと言っても過言じゃない。――カイルも、ミルも夢を追うことすらできなかったのに……お前は! その元凶が! 幸せそうにしているんだ!」
鋭い言葉に胸を突かれ、俺は声を失う。
突き付けられた憎しみから逃げることも、目を背けることもできなかった。
「挙句の果てに、騎士団と……僕とカイルの夢を馬鹿にしているのか……。『お前だけは許さない』」
その言葉は――あの日聞いた消えた呟きと同じ響き。
「何とか言ったらどうだい? ダレン君」
「……俺は、その贖罪のためにここまで来たんだ。キールたちのことを忘れたことなんて、一度もない……」
「それが? 騎士団や探索者と馴れ合って、女の子と遊んでいた結果なのかい?」
痛烈な嘲笑。俺は黙り込む。
確かに、罪を抱え苦しみながらも、日常に溶け込んでいたのは事実だった。心の奥底に沈め、目を逸らしてきた。
そこへ、ローブのもう一人――エレボスと呼ばれた幹部が声を掛けた。
「キール……目的を忘れるな」
「はい……エレボス様」
その名を聞いた瞬間、俺の背筋は粟立った。『ペンタグラム』五星の幹部――。
「君を……許せるわけがない! 街の人たちの絶望を、苦しみを背負って死ね!」
キールが剣を振りかざす。猛攻が迫り、俺はただ受けるしかできない。防御を重ねる度に、体は傷つき、息が荒れる。
「君に! 剣を振るう資格も、生きる価値も、ない!」
「ぐっ……!」
さらにエレボスが迫る。俺は防御で手一杯であったところを背後からの剣を、ぎりぎりで駆け付けた騎士二人が受け止めた。
「ダレン殿! 今はただ、やるべきことを!」
その声に、俺は震える指を抑え、深く息を整える。
「……お前の言う通りだ、キール。俺は最低な人間だ。だが――今この場だけは譲れない!」
俺は闘気を凝縮し、剣に込める。キールもまた剣を二本抜き、十字に構えた。
爆発を伴うその剣撃に俺は吹き飛ばされかける。しかし、力任せに間合いを超えキールの内側に入り込むが、そのまま前へと加速する。
同時に、エレボスへと斬りかかる。透明な壁が展開されるが、俺の凝縮した一閃はそれを叩き斬り、深々と腹を裂いた。
「なっ……ぜ、だ……」
呻きながらも立つエレボス。しかし、それも束の間だった。彼は懐から薬のようなものを取り出し、喉へと流し込む。
「こ、んな、あっけな、く死んでたま、るか….」
その体が変貌し、眼が濁る。人ではない――会場で暴れた魔物と同じ、理性を失った怪物へと変わった。
『グゥウウウッ!!』
獣の咆哮。暴力的な腕が迫る。避けようとするが、攻撃の先には騎士の二人。
俺は騎士たちを庇いながら剣で受け止め、歯を食いしばる。体は軋み、音を立てるが堪えるしかなかった。
「そっちばかり見てるからだよ!」
「くっ!?」
背後から迫るキール。しかし、仲間の騎士が割って入り、剣を合わせた。
「やらせはせん!」
「止めてみせる!」
だがキールは笑い、再び十字に剣を構える。俺の体には寒気が走るが、怪物の対処で手一杯であった。
「どりゃああああっ!」
轟く声と共に、怪物の動きが鈍る。すぐにその隙を捉え、首元を切りつける。
切れた首と体が音を立てて、地へと倒れる。視界が晴れると、そこには鎧に傷を負いながらも力強く立つ男――
「グ、グライス……か」
「ダレン! 援護に来たぞ! 状況は!?」
俺は背後のキールを指差す。その笑みは狂気に満ち、憎しみの炎が消えることはなかった。
「任務は失敗か。雷剣は諦める。でもね……君を壊すことは諦めないよ」
そう言い残すと、地面に剣を叩きつけ、再び爆発を起こす。
煙が晴れた時には、キールの姿は消えていた。
「ダレン、ここは俺に任せろ。お前は会場へ急げ」
「だが、奴らの狙いは……」
「わかっている。だが増援は少ない。今すぐ戻れ!」
グライスの瞳に宿る真剣さと信頼。その眼差しに押され、俺は頷く。
「……わかった。必ず戻る」
騎士たちも礼を告げる。
俺は返事もそこそこに、再び会場へと駆け出した。
だが耳から離れない。――最後にキールが残した、不気味な言葉。
その憎しみを正面から受け止められる日は来るのか。
胸に渦巻く不安を抱えたまま、俺はただ走り続けた。
ーーーー
俺は会場へとたどり着き、胸の鼓動を抑えながらも警戒心を最大限に高め、重々しく扉を潜った。
視界に飛び込んできたのは、いまだ絶え間なく響く剣戟の音。会場内ではなお戦いが続いていることが一目で分かった。
手前の広間では、裏切った騎士たちがすでに全て倒れ伏しており、そのただ中でクラリスとアガットが相対していた。
クラリスの体には致命傷こそ見られなかったが、呼吸は荒く、疲労の色が濃く浮かんでいる。
対するアガットは余裕を崩さず、薄ら笑いを浮かべ、なおも体力を残している様子だった。
さらに奥では、不死人の群れはすでに半数以上が討たれていたが、戦っている騎士や兵らは満身創痍。
それでも幹部らしき黒衣の男と、『五剣』の不死人だけは未だ健在であり、エドを相手取っていた。
戦況は決して楽観できるものではなかった。
俺は全体を素早く把握すると、ためらうことなくクラリスのもとへ駆け寄った。
「クラリス、待たせた!」
「ダレ……ン。片付いたの?」
「とりあえずは、な」
クラリスの姿を間近に見る。大きな傷はないものの、長引く戦闘で息は荒く、汗に濡れた額が彼女の疲弊を物語っていた。
俺は周囲を素早く見渡し、アガット以外の敵が見えないことに安堵する。
「半端者が……よくものこのこ戻ってきたな」
冷笑を浮かべるアガットと対峙する。
握られた長剣はかつて見たものと同じく、斬撃を飛ばす異能を秘めている。そして、左手に握られた短剣からは、不気味なほどの熱を孕んだ力を感じた。
「気をつけて、ダレン。あの短剣……火を放つよ」
「ああ、分かった。行くぞ!」
互いに目で合図を交わし、俺とクラリスは同時に飛び出す。
だがその瞬間、心の奥に沈み込んでいた「罪の影」が再び足を掴むように俺を縛り付けた。
ほんのわずかに、対応が遅れる。横合いから迫る気配に気付いた時には——もう遅かった。
「させないよ」
アガットとの間に突如として爆発が生じ、俺とクラリスは衝撃に弾かれ床を転がった。
「君を壊すって、『約束』したよね」
煤にまみれ、肌は焼けただれ、なおも立ち上がる影。
そこに立ち塞がっていたのは、全身を焦がされてもなお剣を握り続ける男——かつての友、キールだった。




