十六話 異心
「総員! 戦闘態勢に入れ! 陛下と殿下の護衛、それから貴族方の避難誘導を行え!」
会場はすでに阿鼻叫喚の渦に沈んでいた。甲高い悲鳴、逃げ惑う足音、泣き叫ぶ声。それらすべてを切り裂くように、エドの号令が鋭く響き渡った。
長年鍛え上げられた騎士たちは、その声に従うように即座に行動を開始する。恐怖を押し殺し、冷徹な戦士の顔つきへと切り替わる姿は、混乱の中で唯一の秩序だった。
「ダレン! クラリス! お前たちは避難が完了するまで援護に回れ!」
「ああ!」
「はい!」
俺とクラリスは即座に頷き、騎士から預けていた剣を受け取ると、すぐさま走り出した。
視界に飛び込んできたのは、逃げ遅れた女性に覆いかぶさろうとしている不死人。その瞳は濁り、涎を垂らしながらも、確実に獲物を仕留めようとした。
「させるか!」
剣を振り抜き、振り下ろされる腕を切り飛ばす。その勢いを殺さぬまま、首を狙って横薙ぎに一閃――だが。
ガキィン!
金属同士がぶつかり合う甲高い音が響き、俺の剣は止められた。目を疑う。
「……甲冑だと?」
目の前の不死人は、朽ちた肉体に似つかわしくない重厚な騎士甲冑をまとい、朽ち果てた腕でなお剣を振るってきた。動きはぎこちないが、決して弱くはない。むしろ、その異常さが俺の背筋を凍り付かせた。
「早く逃げろ! 出口まで走れ!」
声を張り上げると、地に膝をついて涙を流していた女性は、俺の気迫に押されるようにふらつきながらも立ち上がり、出口へと駆けていった。
それを横目で確認し、俺は甲冑の隙間を狙って蹴りを叩き込む。不死人の身体が一瞬浮いたその刹那――首を断ち切る。
しかし、息をつく暇はなかった。次から次へと、不死人が現れる。
「ちっ……切っても切ってもきりがない!」
出口に群がる不死人の群れ。避難する民を守るため、俺とクラリスはその前に立ち塞がり、剣を振るい続けた。血と腐臭が鼻を突き、息が詰まりそうになる。だが止まれば終わる。
やがて、ようやく貴族たちの避難が完了した。しかし――本命である皇帝と皇子らは、なおも群がる不死人に囲まれ、通せんぼを食らっていた。
「エドたちと合流するぞ!」
俺とクラリスは出口から離れ、皇帝の元へ進むために血の壁を切り開いた。
「不死人って、こんなに強かったっけ!? それに甲冑まで着てるなんて!」
「遺跡で見たものとはまるで別物だ……。だが今は考えている暇はない!」
短い言葉を交わしながら、俺たちは斬り進む。血煙が立ち込め、剣を握る手はすでに汗と血で濡れていた。
ついに、エドたちと合流。その場にはただ一体、異様な気配を放つ不死人がいた。
「行くぞ!」
俺は剣を振りかぶり、勢いそのままに斬りかかる。しかし、その不死人は人間さながらの反応で鋭い剣閃を繰り出し、俺の一撃を受け止めた。反撃の刃が迫る。俺は身をひねり、辛うじて回避する。
「エド! 貴族たちの避難は完了した!」
「ああ……だがこちらは最悪の状況だ……」
視界に広がるのは、会場の隅に追いやられた皇帝たち。その周囲を四方から不死人が取り囲み、後方にはローブを纏った男――敵の幹部らしき存在が静かに佇んでいた。
地には重傷の騎士たちが折り重なるように倒れている。血の匂いが充満し、絶望的な光景に息が詰まる。
「正直、手詰まりだね……。想像以上の強さだし、あの一際強い個体もいる」
ユリウスが荒い息を吐きながら口を開く。
「しかも背後には奴が控えている……。何をしてくるか分からない」
エドは会話に耳を貸さず、青ざめた顔で俺に問う。
「殿下……あの不死人、違和感を感じませんか?」
「違和感……? 確かに異常な強さだけど、それに……見覚えが……」
二人の言葉に、俺の背筋も凍り付く。剣を扱う不死人など、聞いたことがない。
その時だった。
不死人たちが一斉に動きを止める。会場に、甲高い笑い声が響いた。
「ハッハッハッハ! ようやく気づいたようだな。彼らの正体に」
「彼ら……? どういうことだ」
ローブの男に、エドが警戒の色を強める。
「やはり素材がいい。帝国五剣のひとり、ラウドは」
「ラウド……だと!?」
全員が息を呑む。帝国が誇る五剣、その一人の名。行方不明とされていたはずの男。
全身に走る嫌な予感が、確信へと変わっていく。
「この『墓石』という遺物で、彼を“生まれ変わらせた”のだよ」
その言葉に、一同の表情が凍り付く。
「……生まれ変わらせた? まさか」
「そう。彼の騎士団諸共ね」
戦場に凍えるような沈黙が走った。俺たちが必死で斬り伏せてきた不死人は――ラウドと、その騎士団。
「貴様ァァァ!」
「ラウドさんを……そんな!」
騎士たちの心は揺らぎ、混乱が広がる。だが、それを一瞬で断ち切ったのは皇帝の声だった。
「皆、落ち着け! 悲しみに暮れるのは今ではない。今やるべきことを成せ!」
その声に騎士たちは再び剣を構える。皇帝の威厳は戦場すら支配した。
しかし、俺の胸騒ぎは消えなかった。俺はひっそりと闘気凝縮を行い、城内の把握に努める。
「……敵の狙いは陛下じゃないのか?」
「そう思っていたが……お前、何か感じているのか」
「時間稼ぎにしか見えないんだ」
言葉を交わした直後――城内から轟音が響き、床が大きく揺れた。
剣を通して見えたものは、『裁きの雷剣』に群がる人の様子。
「何だ!?」
ローブの男の歪んだ笑み。俺の直感が咄嗟に叫んだ。
「……奴らの狙いは『裁きの雷剣』だ!」
俺の声に周囲は動揺し、男は舌打ちして手を振り下ろした。
不死人の群れが雪崩のように押し寄せる。
「グッ……! ラウド……! ダレン! クラリス! 雷剣の元へ急げ!」
エドが叫ぶ。俺たちは逡巡するが――
「行ってくれ! ここは僕らが持ちこたえる!」
ユリウスが声を張り、必死に剣を振るう。その姿に背を押され、俺たちは出口へ走った。
「行くよ、ダレン!」
「あ、ああ!」
不死人を切り払い、ようやく出口に辿り着く。
扉を潜ろうとした瞬間――
「下がれ、クラリス!」
「えっ――」
咄嗟にクラリスを抱き寄せた。次の瞬間、鋭い風の刃が扉を薙ぎ払うように通り抜ける。
間一髪。あのまま進んでいれば即死だった。
扉の前に立っていたのは、不敵な笑みを浮かべる男。
「よく避けたな、半端者」
アガット・ジールス。その名を冠する裏切りの騎士。その姿がそこにあった。
彼の背後には、さらに数名の騎士が立ち並ぶ。
「ダレンは先に行って……!」
「だが……!」
「早く!」
クラリスの瞳は決意で燃えていた。俺は言葉を飲み込み、迫る騎士の群れをかいくぐる。
「すぐ戻る……! 何とか堪えてくれ!」
叫びを残し、振り返ることもできず、俺は『裁きの雷剣』へと走り出した。




