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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
二章 自己の先へ

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十五話 泡沫

会場は、皇帝と、第一皇子であると明かされたユリウスの登場によって、先ほどまで以上の熱気に包まれていた。

俺はその事実についてクラリスへ尋ねたが、彼女は「機密事項で、騎士団でも知らない人はいる」と小声で答えた。

だが、あれほど雑な口調で俺に接していたことを思い返すと、背筋が伸び、妙な緊張感が拭えなかった。


ユリウスを見ると、彼は次々と貴族たちに挨拶を交わしていた。その張り付いた笑みは、まるで仮面を被ったかのようだ。


やがて列を終えたユリウスは、こちらへと歩みを進めてくる。俺は焦り、思わずクラリスの背に隠れるように一歩下がった。

そして目の前に立ったユリウスは、壇上とは違う、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「どうだった? 驚いたかな、ダレン君」

「いや……殿下。今までの非礼を……」

「いいよ。前と同じでユリウスでさ」

「さすがに無理がありますよ……」

「今は誰も聞いていない。いつも通りでいい。ただ、人前では厳しいけどね」


俺は扱いに困り、クラリスに助けを求めるが、彼女は笑いをこらえて肩を震わせていた。

仕方なく周囲を確認し、誰も聞こえる距離にいないことを確かめた上で、俺はいつも通り会話を続けた。

だが、皇子と知った今となっては妙な違和感ばかりで、話しづらかった。


「――ははっ! 壇上から見えたダレン君の顔は最高だったよ」

「からかわないでくれ」

「私も横で見ていて、面白かったよ」


クラリスは、ユリウスが騎士団に入った頃から知っていたらしく、彼の前では自然体のままだった。


「今日は任務もあるけど、舞踏会も楽しんでいってね」

「舞踏会?」

「あれ? 聞いてないのかい? あ、そろそろ行かなきゃ。それじゃまたね」


そう言い残し、再び貴族たちの相手をするために去っていったユリウス。

俺は舞踏会のことをクラリスに問い詰め、ようやく理解した。


この場で行われる舞踏会では、男女がペアを組みダンスを踊るという。

婚約者や妻を伴っている場合はそのままだが、そうでない者は男性が女性を誘うのが慣習。


クラリスはその「誘い」を避けるため、俺を隠れ蓑にしてパートナーに指名したというのだ。


「何も聞いていないぞ……」

「だって、言ったら断られそうでさ」

「そんなことはないが……ダンスなんてできないぞ」

「大丈夫。私に合わせてくれればいいから」


内心不安を抱えつつ、再び会場へ目をやった。

やがて掛け声とともに中心部が空けられ、円状の舞踏の場が整えられる。

合唱団の演奏に合わせ、ペアを組んだ男女が次々と中心に集まり、優雅に踊り始めた。


そのとき、袖を引かれる。クラリスが指先で軽く布をつまみ、上目遣いで言った。


「私たちも行こっか……?」

「そう……だな」


腕を引かれるまま、俺たちは前へ進んだ。周囲の視線を浴びる中、カールの鋭い眼差しも突き刺さる。

クラリスは純白のドレスに身を包み、髪を耳にかけながら碧眼で俺を見上げた。


「じゃあ、手を取って。そのまま私に合わせて」

「ああ……」

「緊張しなくていいよ。肩の力を抜いて」


その笑顔に自然と力が抜け、俺は彼女の手を握る。

腰に手を添え、彼女のステップに合わせて横へ動くと、世界は靄がかかったようにぼやけ、クラリスだけが鮮明に映った。


目配せを交わすたびに二人だけの空間が築かれ、動きも呼吸も一つになっていく。


「楽しいね、ダレン」

「ああ……そうだな」


今だけは任務も使命も忘れ、俺たちはその空間に浸った。


―――


やがて一巡目の曲が終わり、俺たちは元の位置へ戻った。

二巡目が始まり、他の者たちは同じか、あるいは別のパートナーと踊り始める。


「ダレン、結構踊れてたじゃない」

「クラリスの誘導が上手かったんだ」


余韻に浸りつつも、警戒は解かない。だが特に怪しい動きは見られなかった。

強いて言うなら、アガットの視線が気になる程度だ。


俺が彼を探そうとしたとき、周囲の視線が俺たちへと集まる。そこに現れたのは、皇帝、ユリウス、そして護衛のエドだった。

慌てて頭を下げようとする俺に、皇帝が声をかける。


「よい。ダレン、先ほどは見事なダンスだったな」

「いえ、光栄です。陛下はなぜこちらに」

「次の帝国を背負っていく若者を見に来たまでだ」


その眼差しは俺だけでなく、クラリスにも注がれていた。

クラリス五剣候補だから納得できる。だが、なぜ俺も……?


「不思議そうだな」

「ダレン君。五剣候補のクラリス嬢のパートナーなんだ。注目は避けられないよ」

「いや、さっきユリウスが来たせいもあるだろう……」

「ははっ! そうかもしれないね」


ユリウスは俺をからかうが、その裏には気遣いも見え隠れする。

彼がクラリスと談笑している間、エドが俺の耳元に寄り囁いた。


「何か変わったことはないか、ダレン君」

「いや……特には。ただ……」

「ただ?」

「アガットの様子が気になる」


エドは眉をひそめ、会場を見渡したが、アガットの姿はなかった。

「注視しておく」と答え、彼は元の位置へ戻った。


「それでは後ほども頼んだぞ、ダレン」

「お任せください、陛下」


そうして皇帝たちが去った後、俺とクラリスの周囲には多くの貴族が押し寄せた。

彼らは皇族との関係構築を狙っているのだろう。だが、その眼差しには好意よりも打算が濃かった。


「皇子とはどういうご関係で?」

「うちの娘は気立てがよくて――」

「我が領には名産品がありまして――」


縁談、取引、関係強化。様々な話題を浴びせられる中、俺とクラリスは当たり障りなく断り続けた。

だが同時に、会場全体への警戒だけは怠らなかった。


そのとき、扉が開き、一人の男が大きな荷台を押して入ってきた。

顔は伏せられていたが、ちらりと見えた横顔には、不気味な笑みが浮かんでいた。


胸が警鐘を鳴らし、鼓動が早まる。――この違和感は。


「お食事の追加でーす」


だが、給仕役の者も警備の騎士も首を傾げた。


「誰か頼んだか?」

「いや……追加の予定などなかったはずだが……」


違和感は広がるが、男は荷台を押し進める。胸の鼓動はさらに強まり、汗が滲む。

クラリスが俺の様子に気付いて声をかけるが、俺は無視した。そして、咄嗟に叫んだ。


「だ、誰か止め――!」


だが、それは一瞬遅かった。荷台は爆発を起こし、煙が会場を覆い尽くす。


「きゃあああああ!」

「な、なんだこれは!」

「誰か、早く!」


悲鳴と怒号が飛び交い、阿鼻叫喚の渦と化す。煙が晴れると、会場の中心には倒れた貴族たちの姿。

そしてそこには――遺跡でしか見たことのない存在が百近く蠢いていた。


「な、なぜ『不死人』が……」


俺が呟いたその頭上には、浮かぶように立つローブの男の姿があった。

見覚えのある顔――雑技団で見た男だ。


「あ、あれは……!」


クラリスも気づいたのか口を開けたまま見つめる。


「さあ! 砂の城を壊そうではないか!」


ローブの男の叫びが、さらなる混乱を生み出し、会場に響き渡った。

ついに動きだす『ペンタグラム』の魔の手


次話は明日にも更新する予定です

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