十五話 泡沫
会場は、皇帝と、第一皇子であると明かされたユリウスの登場によって、先ほどまで以上の熱気に包まれていた。
俺はその事実についてクラリスへ尋ねたが、彼女は「機密事項で、騎士団でも知らない人はいる」と小声で答えた。
だが、あれほど雑な口調で俺に接していたことを思い返すと、背筋が伸び、妙な緊張感が拭えなかった。
ユリウスを見ると、彼は次々と貴族たちに挨拶を交わしていた。その張り付いた笑みは、まるで仮面を被ったかのようだ。
やがて列を終えたユリウスは、こちらへと歩みを進めてくる。俺は焦り、思わずクラリスの背に隠れるように一歩下がった。
そして目の前に立ったユリウスは、壇上とは違う、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「どうだった? 驚いたかな、ダレン君」
「いや……殿下。今までの非礼を……」
「いいよ。前と同じでユリウスでさ」
「さすがに無理がありますよ……」
「今は誰も聞いていない。いつも通りでいい。ただ、人前では厳しいけどね」
俺は扱いに困り、クラリスに助けを求めるが、彼女は笑いをこらえて肩を震わせていた。
仕方なく周囲を確認し、誰も聞こえる距離にいないことを確かめた上で、俺はいつも通り会話を続けた。
だが、皇子と知った今となっては妙な違和感ばかりで、話しづらかった。
「――ははっ! 壇上から見えたダレン君の顔は最高だったよ」
「からかわないでくれ」
「私も横で見ていて、面白かったよ」
クラリスは、ユリウスが騎士団に入った頃から知っていたらしく、彼の前では自然体のままだった。
「今日は任務もあるけど、舞踏会も楽しんでいってね」
「舞踏会?」
「あれ? 聞いてないのかい? あ、そろそろ行かなきゃ。それじゃまたね」
そう言い残し、再び貴族たちの相手をするために去っていったユリウス。
俺は舞踏会のことをクラリスに問い詰め、ようやく理解した。
この場で行われる舞踏会では、男女がペアを組みダンスを踊るという。
婚約者や妻を伴っている場合はそのままだが、そうでない者は男性が女性を誘うのが慣習。
クラリスはその「誘い」を避けるため、俺を隠れ蓑にしてパートナーに指名したというのだ。
「何も聞いていないぞ……」
「だって、言ったら断られそうでさ」
「そんなことはないが……ダンスなんてできないぞ」
「大丈夫。私に合わせてくれればいいから」
内心不安を抱えつつ、再び会場へ目をやった。
やがて掛け声とともに中心部が空けられ、円状の舞踏の場が整えられる。
合唱団の演奏に合わせ、ペアを組んだ男女が次々と中心に集まり、優雅に踊り始めた。
そのとき、袖を引かれる。クラリスが指先で軽く布をつまみ、上目遣いで言った。
「私たちも行こっか……?」
「そう……だな」
腕を引かれるまま、俺たちは前へ進んだ。周囲の視線を浴びる中、カールの鋭い眼差しも突き刺さる。
クラリスは純白のドレスに身を包み、髪を耳にかけながら碧眼で俺を見上げた。
「じゃあ、手を取って。そのまま私に合わせて」
「ああ……」
「緊張しなくていいよ。肩の力を抜いて」
その笑顔に自然と力が抜け、俺は彼女の手を握る。
腰に手を添え、彼女のステップに合わせて横へ動くと、世界は靄がかかったようにぼやけ、クラリスだけが鮮明に映った。
目配せを交わすたびに二人だけの空間が築かれ、動きも呼吸も一つになっていく。
「楽しいね、ダレン」
「ああ……そうだな」
今だけは任務も使命も忘れ、俺たちはその空間に浸った。
―――
やがて一巡目の曲が終わり、俺たちは元の位置へ戻った。
二巡目が始まり、他の者たちは同じか、あるいは別のパートナーと踊り始める。
「ダレン、結構踊れてたじゃない」
「クラリスの誘導が上手かったんだ」
余韻に浸りつつも、警戒は解かない。だが特に怪しい動きは見られなかった。
強いて言うなら、アガットの視線が気になる程度だ。
俺が彼を探そうとしたとき、周囲の視線が俺たちへと集まる。そこに現れたのは、皇帝、ユリウス、そして護衛のエドだった。
慌てて頭を下げようとする俺に、皇帝が声をかける。
「よい。ダレン、先ほどは見事なダンスだったな」
「いえ、光栄です。陛下はなぜこちらに」
「次の帝国を背負っていく若者を見に来たまでだ」
その眼差しは俺だけでなく、クラリスにも注がれていた。
クラリス五剣候補だから納得できる。だが、なぜ俺も……?
「不思議そうだな」
「ダレン君。五剣候補のクラリス嬢のパートナーなんだ。注目は避けられないよ」
「いや、さっきユリウスが来たせいもあるだろう……」
「ははっ! そうかもしれないね」
ユリウスは俺をからかうが、その裏には気遣いも見え隠れする。
彼がクラリスと談笑している間、エドが俺の耳元に寄り囁いた。
「何か変わったことはないか、ダレン君」
「いや……特には。ただ……」
「ただ?」
「アガットの様子が気になる」
エドは眉をひそめ、会場を見渡したが、アガットの姿はなかった。
「注視しておく」と答え、彼は元の位置へ戻った。
「それでは後ほども頼んだぞ、ダレン」
「お任せください、陛下」
そうして皇帝たちが去った後、俺とクラリスの周囲には多くの貴族が押し寄せた。
彼らは皇族との関係構築を狙っているのだろう。だが、その眼差しには好意よりも打算が濃かった。
「皇子とはどういうご関係で?」
「うちの娘は気立てがよくて――」
「我が領には名産品がありまして――」
縁談、取引、関係強化。様々な話題を浴びせられる中、俺とクラリスは当たり障りなく断り続けた。
だが同時に、会場全体への警戒だけは怠らなかった。
そのとき、扉が開き、一人の男が大きな荷台を押して入ってきた。
顔は伏せられていたが、ちらりと見えた横顔には、不気味な笑みが浮かんでいた。
胸が警鐘を鳴らし、鼓動が早まる。――この違和感は。
「お食事の追加でーす」
だが、給仕役の者も警備の騎士も首を傾げた。
「誰か頼んだか?」
「いや……追加の予定などなかったはずだが……」
違和感は広がるが、男は荷台を押し進める。胸の鼓動はさらに強まり、汗が滲む。
クラリスが俺の様子に気付いて声をかけるが、俺は無視した。そして、咄嗟に叫んだ。
「だ、誰か止め――!」
だが、それは一瞬遅かった。荷台は爆発を起こし、煙が会場を覆い尽くす。
「きゃあああああ!」
「な、なんだこれは!」
「誰か、早く!」
悲鳴と怒号が飛び交い、阿鼻叫喚の渦と化す。煙が晴れると、会場の中心には倒れた貴族たちの姿。
そしてそこには――遺跡でしか見たことのない存在が百近く蠢いていた。
「な、なぜ『不死人』が……」
俺が呟いたその頭上には、浮かぶように立つローブの男の姿があった。
見覚えのある顔――雑技団で見た男だ。
「あ、あれは……!」
クラリスも気づいたのか口を開けたまま見つめる。
「さあ! 砂の城を壊そうではないか!」
ローブの男の叫びが、さらなる混乱を生み出し、会場に響き渡った。
ついに動きだす『ペンタグラム』の魔の手
次話は明日にも更新する予定です




