十四話 幕開
俺とクラリスは、腰元の剣を入り口の騎士へ預け、前へと進む。
扉が開かれると、その先の会場は豪奢な光景に包まれていた。
天井から吊るされたシャンデリアは宝石のように輝き、壁面には金糸の装飾が施されている。
華やかな衣装を纏った貴族たちが入り乱れ、談笑と笑い声が響き合い、まさに「貴族たちの祭り」といった様相を呈していた。
俺とクラリスは帯剣していた剣を、入口で待ち受けていた騎士へ預けると、人波の中へと進んでいった。
「すごいな……」
思わず口を開け、呆然とする俺の手をクラリスが軽く引き、先へと促す。
いくつも並べられたテーブルには色とりどりの料理やワインが置かれ、その周りを囲むように貴族たちが立ち、杯を傾けては会話を交わしていた。
「とりあえず、ここでいいかな」
クラリスは人の少ない会場の隅へと移動し、ようやく警戒を解いたように言葉を漏らす。
改めて場を俯瞰してみると、笑みを浮かべて談笑しているように見える貴族たちの目は、どこか冷たく計算高かった。
常に駆け引きが行われる貴族社会。その空気を初めて肌で感じ、俺は思わず息苦しさを覚えた。
「怪しい人物がいれば、それに合わせて動く感じかな」
「正直、誰も彼も何を考えているのか全然わからないな」
「……貴族なんてそんなものだよ。私だって、こういう場所は嫌い」
クラリスの眉間にもわずかな険が刻まれている。彼女も俺と同じ息苦しさを感じているのだろう。
ため息をついたその視線の先から、着飾った二人の若い貴族が歩み寄ってきた。
「これはクラリス様ではありませんか。ご機嫌麗しゅう」
「三年前の任命式以来ですな」
二人はそれぞれ名を名乗り、次々とクラリスへ言葉を投げかける。
クラリスは嫌そうに、俺の背後へ隠れるように一歩下がった。だが、二人は怪訝な顔を見せながらさらに距離を詰めてくる。
「その男は誰です?護衛ですか?」
「クラリス様には不要でしょう。我々と共に、あちらでお話を……」
俺の背中越しに怯むことなく迫る彼らを見て、クラリスの表情が陰る。
その顔を見た瞬間、俺の中でなにかが弾け、前へと一歩踏み出して彼らの前に立ちはだかった。
「悪いが……先約がある。それに俺は護衛じゃない」
「では、どこの家の者だ?」
「……男爵家の長男だが」
「は?男爵風情が調子に乗るな! クラリス様、こんな男放っておいて――」
俺の身分を聞いた途端、彼らは露骨に侮蔑の色を浮かべ、クラリスに取り入ろうとする。
しかし、そのときクラリスが一歩前に出て、きっぱりと声を上げた。
「彼は今日のパートナーよ」
「なっ……! 男爵家ごときが……?」
「彼はダレン・クローヴァン。『五剣』アレス様の息子よ」
「……!? ほ、本当か!?」
クラリスの言葉に、二人の顔色は一瞬で変わり、強張った表情のまま俺へと視線を向けてきた。
俺がうなずいて肯定すると、彼らは観念したように舌打ちをして退散していった。
「……ごめんね。ダレンを利用する形になっちゃって」
「気にするな。ああいう連中もいるんだな」
「上級貴族はね、婚約や家同士の駆け引きも絡んでくるから……」
「大変なんだな。それより、さっき言った“パートナー”って?」
クラリスが申し訳なさそうに視線を逸らす。俺が疑問を口にすると、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべて誤魔化した。
その微妙な間を埋めるように、さらに別の人物がこちらへと近づいてきた。
「クラリス! さっきのはどういうことだ」
低い声とともに現れたのは、金髪に白いものが混じる壮年の男性。口ひげを整え、威圧感のある気配を纏っている。
「あ……お父さん……」
クラリスが消え入るように呟く。その人物こそ、セルフィリス伯爵家当主。クラリスの父か。
「この者がパートナーとは、どういうことだ」
「それは……」
言葉を詰まらせるクラリスに、カールの鋭い視線が俺へと突き刺さる。
「君の名は?」
「ダ、ダレン・クローヴァンと申します」
「クローヴァン……」
名を聞いたカールはわずかに目を細め、確認するように問いを重ねる。
俺がそれに頷くと、彼は目を閉じ、深い吐息をついて気持ちを落ち着けた。
「……そうか。私はカール・セルフィリス。この馬鹿娘の父だ」
重々しい口調で名乗ったのち、彼はクラリスへと向き直る。
クラリスも意を決したように、父へ任務の経緯を説明し、俺がただの同伴者ではなく任務の仲間だと伝えた。
「……それは理解した。だが、騎士をやめる件はどうなった?」
「わ、私は……やめる気はありません。これは私の選んだ道。誰に言われても変えるつもりはない。たとえお父さんであっても」
その強い意志の籠った瞳に、俺の胸は熱くなる。
家族の問題に首を突っ込むべきではない。だが、彼女の姿を見て、気づけば言葉が口をついていた。
「カールさん。この場では冷静な話はできません。後日に、落ち着ける場所で改めて話し合ってはいかがでしょう」
「……なるほど。確かに一理あるな。ここは君に免じて引こう。だが」
そう言って彼はクラリスへ視線を戻す。
「これは婚約問題。家の将来にも関わる。後日、帝都の別邸へ来なさい」
「……はい、お父様」
踵を返しかけたカールは、ふと立ち止まり、首だけを横に向けた。
「それと、ダレン君。君も来てもらう」
「え……?」
俺の返事を待つこともなく、カールは背を向け、そのまま去って行った。
唐突に投げられた言葉の意味を測りかね、俺は硬直したまま立ち尽くす。
「ごめんね……それと、さっきはありがとう」
「……ああ。それよりも……」
「なんか巻き込んじゃったみたいだね」
クラリスは緊張の糸を切るように笑みを見せる。その顔を見た瞬間、胸の中の不安はすっと消えていった。
やがて会場にはさらに人が集まり始め、俺たちは任務に意識を戻して警戒を続けた。
誕生祭開始の時刻が迫ると、会場奥の扉が開かれ、騎士たちが整列して道を作る。
「それでは――皇帝陛下のご入場です!」
高らかな声が響き、堂々とした足取りで皇帝が現れた。
赤い大きなマントを肩に羽織り、その威厳は場の空気を一変させる。
傍らにはエドが控え、鋭い眼差しで周囲を警戒していた。
歓声と拍手が巻き起こり、会場中の視線が皇帝に注がれる。
そのなかで俺はなおも警戒を怠らず、周囲の動きを観察していた。
――と、視線の先で騎士の一人と目が合う。
アガット。
以前と同じ憎悪の視線ではない。今度はあざ笑うような冷笑を浮かべ、こちらを見据えていた。
背筋に寒気が走り、腰へと手を伸ばす。だが、そこにはいつもの剣はなかった。
「どうしたの?」
「いや……気のせいかもしれない」
クラリスの問いを誤魔化すと、彼女は訝しげに俺を見つめたが、やがて視線を皇帝へと戻した。
壇上に上がった皇帝の姿に、会場は静まり返る。
「皆の者、よく集まってくれた。私の五十の誕生祭、存分に楽しんでくれ」
力強い声が響き渡り、その後、皇帝は国の現状と政治について語り始めた。
「……そして、昨年から五剣の一人は暗殺され、さらに一人は行方不明となっている」
衝撃的な言葉に会場はざわつき、動揺が広がる。だが皇帝は動じず、さらに声を張った。
「今まさに帝国は転機にある。今こそ団結の時だ」
その言葉に、真剣な表情で聞き入る者と、嘲るように鼻で笑う者がはっきりと分かれる。
皇帝派と反皇帝派――すでに会場には二つの勢力の色が浮き彫りとなっていた。
やがて皇帝は話を切り替え、壇上の袖へ視線を向ける。
「未来を切り開くのは我々ではなく若者たちだ。では――ユリウス、前へ」
不意に呼ばれた名に、俺は耳を疑った。
壇上の脇から姿を現したユリウスは、力強く一歩を踏み出し、皇帝の隣に立った。
「……なぜユリウスが?」
俺の呟きをかき消すように、ユリウスの口から衝撃の言葉が告げられた。
「ご紹介にあずかりました。ユリウス・クーリン第一皇子。次期皇帝候補として、ここに立たせていただきます」
会場は息を呑んだように静まり返る。
グライスやクラリスとの距離感、城での立ち居振る舞い、周囲の反応――
今まで散りばめられていた数々の違和感が、一気に線となって繋がる。
壇上のユリウスは一瞬だけ俺を見やり、悪戯めいた笑みを浮かべた。
すぐに表情を引き締め、正面を見据えて演説を始める。
「次期皇帝候補として、私は今の帝国を憂いています。貴族同士の争いは絶えず、他勢力に押される現状……。
私は騎士として戦い、五剣候補としても名を連ねています。だが、優秀な人材は他にもいる。
――今こそ帝国は立ち上がるべきだ。皆、私についてきてほしい!」
その言葉に、皇帝派からは怒涛の歓声が巻き起こり、反皇帝派の中にも動揺を隠せずざわめく者が現れた。
「以上だ。皆、陛下の誕生祭を――存分に楽しんでくれ」
盛大な拍手が湧き起こり、こうして帝都を揺るがす誕生祭の幕が開けたのだった。
ユリウスの事実。
皆さん気づけましたでしょうか。
ちょっと雑すぎたかもしれません




