十二話 椿
バイト中に考えたものです。
拙い文ですが、孫を見守る祖父母の気持ちで見てってください
「ん?今日は休みみたいだな」
「そういえば休みにするって言ってたかも」
喫茶コメールに到着した俺たちだが、店の扉には休みの札が掛けられていた。
「どうしようか?」
「そうだな。なら――」
俺は探索者協会の傍にある酒場へ行くことを提案した。
以前から目について気になってはいたが、いつもタイミングを逃し入れずにいた場所だ。
俺の提案にクラリスは二つ返事で了承し、二人で向かう。
到着すると、店へ出入りする人々の姿が絶えなかった。
看板には「つばきの料理亭」と記されている。
「人多いんだね」
「探索者のたまり場ってところだろうな」
そう言って、俺は思い切って扉を押し開けた。
店内は外観以上に広く、席数も多く設けられている。
人混みが苦手な俺たちだが、端のテーブルに座ればそれほど気にならなかった。
腰を下ろすと同時に、店員らしき女性がお盆を胸に抱えて近づいてくる。
「初めてのお客さんですね。ご注文はどうされますか?」
「そうだな。品書きはあるか?」
「あちらにございますよ」
彼女が手を差し向けた先には、壁に掛けられた品目と値段が記された札があった。
「なら、豆の煮つけとパンを。クラリスはどうする?」
「私は兎焼きってものにしようかな」
「かしこまりました」
俺はそれに水を二つ追加し、彼女は礼をして去っていった。
場所が落ち着くと、二人の間に自然と沈黙が生まれる。
周囲の探索者たちの話し声だけが空間を満たしていた。
「あー、今日はありがとな。俺のことをかばってくれたみたいで」
俺は、あの時アガットたちの言葉を否定してくれたことを伝えた。
俺にとって、それは大きな意味を持っていた。
「別にいいよ。聞かれていたのは驚いたけどね」
クラリスは口元を緩めながら答え、俺もつられて笑った。
道中に漂っていた妙な気まずさは、その笑みをきっかけに溶けていった。
「それに……私のことを“大事な人”って言ったね」
「あまりからかうな。言葉の綾だ」
クラリスの言葉に、俺は少し焦りながら返す。
そう言いつつも、咄嗟に出た言葉に自分自身も驚いていた。
だが、その感情に俺は恐れを抱いた。
「あ、また暗い顔してる」
「そう……か?」
「そうやって考えすぎるのは悪い癖だと思うよ。何を考えてるのかは分からないけどね」
クラリスの碧眼は、まるで全てを見透かすように俺を捉えていた。
その視線に引き込まれ、俺の口は自然と開かれる。
「……俺自身、アガットの言葉を否定できなかった。俺は半端者で……資格なんてありはしない」
「でも悔しそうな顔してるよ。心の中でまだ思ってるんでしょ? 本当の自分はこんなんじゃないってさ」
「さてな……それをずっと探してきたが、まだ見つけられていない」
「私にだって“本当の自分”なんか分からないよ。けど“なりたい自分”はある。だから、そこに進むだけだよ」
彼女の笑みに誘われるように、俺もつられて笑ってしまう。
この強い子ですら本当の自分を知らないのだ。俺が知らなくて当然だろう。
「やっぱりクラリスは俺の憧れだ」
「え? 憧れ? なにそれ」
俺の言葉に戸惑いながらも、クラリスは口角を上げ、金髪を揺らして跳ねるように見えた。
彼女がさらに詰め寄ってくるのをかわしていると、タイミングよくテーブルに料理が運ばれてきた。
「はい、お待たせしましたー」
食事が届いたことで話は中断された。
クラリスは納得のいかない表情を見せつつも、すぐに食事へと集中した。
談笑しながら食事を楽しんでいると、店の扉が開き新たな客が入ってきた。
四人組の探索者で、その装備からも経験豊富だと分かる。
「ミゲルさん、強すぎますって!」
「そうですよー!」
「ガストンの二の舞にならないように、さらに訓練しないとな」
「げっ、今でもきついってのに、兄貴!」
その声には聞き覚えがあり、様子を窺うと一人と目が合った。
「ん? ダレンじゃないか。奇遇だな」
「ああ、ミゲルたちか」
「兄貴じゃないっすか! どうしたんですか! ここで会うなんて」
俺たちの席に四人が取り囲むように近づき、店が一気に狭く感じられた。
「あ? 邪魔して悪かったな。おい、お前ら行くぞ」
ミゲルの声に不服そうではあったが、三人は軽く挨拶を交わして別のテーブルへ移っていった。
「賑やかそうな人たちだよね。しかもあの人、特級でしょ?」
「らしいな。確かに相当な場数を踏んでいるようには見える」
俺たちは四人について少し話し合い、食事を終えて帰ろうとしたとき、ミゲルが一人こちらへやってきた。
「すまないな。少し邪魔してもいいか?」
クラリスと顔を見合わせ、了承するとミゲルは余った椅子に腰を下ろした。
「頼みたいことがあるんだが……」
「まあ、とりあえず言ってみてくれ」
「俺と模擬戦をしてくれねぇか」
「ダレンと模擬戦? それはどうして?」
クラリスの問いに、ミゲルは申し訳なさそうに語り始めた。
ガストンの怪我をきっかけに三人の力不足を痛感し、鍛える必要を感じたらしい。
しかし、気のいい兄貴分として振る舞ってきたため、反発も少し受けているという。
そこで、上位探索者との戦いを見せ、実力の差を理解させたいということだった。
「もちろん礼はする。頼む!」
ミゲルは深々と頭を下げた。これほど弟分思いを見せられれば断る方が難しい。
「力を少し見せればいいんだな?」
「本当か!? 助かるぜ!」
その後、探索者協会内の修練場で模擬戦を行うことが決まった。
「ダレンって、毎回手合わせ申し込まれてるね」
「クラリスもそのうちの一人だからな」
俺は彼女の呆れ声に、そっくりそのまま返した。
――――――
それから食事を終えた後、俺たちは店を出て探索者協会にある修練場へと向かった。
「お前ら、よく見ておけよ」
ミゲルはザックたちにそう言い放ち、戦闘態勢を取った。
当の三人はクラリスと何やら話していて、聞いているのか怪しいほどだった。
ミゲルは苦い顔をしながらも、俺に向き直る。
「特級、『戦斧』のミゲル。……ダレン、お前も名乗れ」
探索者同士の戦いでは名乗りを上げるのが恒例なのだろう。
二つ名などない俺は少し間を置いてから答えた。
「一級、ダレン」
単純に名前を告げただけだが、ミゲルは満足そうに口角を上げた。
構えを整えた瞬間、ミゲルはおもむろに斧を振り下ろした。
地面をえぐる衝撃波が迫り、俺は反射的に動く。
だが予想以上に範囲が広く、体勢を崩した。
その隙を逃さず、大きな体躯に似合わぬ速さでミゲルが迫る。
振り下ろされた斧を、俺は騎士に習った通り正面から受け止めた。
「よく受け止めたな!」
「ぐっ! これじゃ……手本にならないな!」
俺は力任せに斧を弾き、空いた胴を狙って剣を振るう。
しかしミゲルは咄嗟に斧の腹で受け止めた。
そのまま体を回転させ、斧を横薙ぎに振るう。
「どっりゃー!」
俺は迫り来る斧に逆らわず、片手で剣を操り外へと流す。
同時に間合いを詰めるが、斧の重さに手が痺れ、剣を振れなかった。
代わりに空いた手を握りしめ、ミゲルの腹へ叩き込む。
闘気を纏わせた拳だったが、彼は直前に受け身を取り、数歩下がるだけに留まった。
「こっちは特級遺物を使ってんのにな。特級に並んでんじゃねぇか、ダレン」
「世辞はいい」
「……そう思うなら、勝手に思っとけ」
再び間合いを詰め、斧と剣が火花を散らす。
修練場には金属音と衝撃音が響き渡った。
――――――
「があああぁああ! これまでにするか!」
しばらくして、ミゲルが叫ぶように試合を終えた。
結局決着はつかず、両者ともに体力を使い果たしていた。
「実力差も見せようと思っていたんだがな……」
そう言いながらも、ミゲルはどこか満足げに笑っていた。
「お前ら! よく見てたか!」
ミゲルの声に応じて四人がこちらに駆け寄る。
クラリスは息の荒い俺に水を差し出し、俺は腰を上げてそれを受け取った。
「正直、すごすぎて……」
「これが特級……」
「でもダレンさんは、一級なんじゃ……?」
それぞれが感想を述べるなか、エリーの疑問に皆が耳を傾ける。
ミゲルは唸りながらも答えた。
「正直認めたくないが……俺と互角か、それ以上だ。流石だな」
そう評したミゲルは、模擬戦での要点を分かりやすく三人に解説した。
見た目に反して理論的で説得力があった。
「――ダレンが途中で使っていたのは剛剣の一種だ。騎士がよく使うものだ」
「兄貴、やっぱ騎士目指してんすか!」
ザックの期待に満ちた眼差しに、後ろめたさを感じながら答える。
「いや、そういうわけじゃ――」
「でもダレンは“五剣”の息子だもんね。一緒に騎士になろうよー」
クラリスが何気なく放った言葉に一同が驚き、俺を問い詰めた。
俺は彼女に向け、わざとらしく何かを隠すように大きなため息をついた。




