十話 自己嫌悪
「しかし、もったいないな。お前なら準特級騎士として迎えられたんだがな」
部屋をグライスと共に出ると、彼は開口一番そう言った。
「準特級?そんな階級があったか?」
「特例みたいなものだ。五剣の特級と、その下の一級の間に位置する階級なんだ」
それを聞けば、完全に五剣候補として迎えられた騎士の一人と認定されるということだろう。地位や名誉を欲するのならば、それも悪くはない。
だが――俺の目的は違う。
「だとしても、断るさ」
「そうかい」
「どういうことだ!貴様が準特級だと!?」
廊下を歩いていると、角から現れた人物が憤怒の形相で足音荒く近づいてきた。
アガット・ジールス。昨日も今日も、俺に敵意をむき出しにしてきた男だ。
「落ち着け、アガット。どうしたんだ」
「グライス副団長!ただの探索者が我らを差し置いて準特級とは、どういうことですか!」
「……聞いていたのか」
「説明してください!」
上司であるグライスにすら構わず詰め寄るアガット。その目には激情が宿り、とても冷静に話せる状況ではなかった。
俺が口を開こうとした瞬間、彼の視線が鋭くこちらに突き刺さり、言葉を遮られる。
その時――角から金髪を靡かせ、碧眼の少女が姿を現した。
「ダレンは、あなたよりも強いよ」
「なっ……!クラリス!? 何を馬鹿なことを!俺がこいつより弱いだと……!」
クラリスはその瞳で真実を突きつけた。だが、その言葉は火に油を注ぐだけだった。
「なら……決闘だ!部外者が調子に乗るなよ!」
面倒な展開に、俺は額を押さえた。だが隣のグライスが耳元で囁く。
「やってやってくれ、ダレン。あいつの成長にも必要だと思うんだ」
最後に「頼む」と付け足す。父の戦友でもある彼の頼みは断れなかった。
俺はため息をつきつつも、決闘を受け入れた。
その場にいた四人で城を出て、騎士団の修練場として使われる広場へ向かった。
「自分の武器を使え。遺物の使用も許可する。それでいいですね、副団長」
「ああ、それでいい」
アガットは距離を取り、入念に準備運動をしていた。その眼光は常に俺を射抜いている。
「私、余計なこと言ったかな……」
「いや、予想はしていたがな」
「一応、気をつけてね。あれでも五剣候補なんだから」
クラリスの忠告に頷き、彼女も観戦に回る。
俺は剣を構え、アガットを見据えた。鍛え抜かれた体躯は鎧越しにも伝わってくる。腰には剣と鞭。
「鞭……か」
過去の記憶が蘇る。厄介な武器だ。五剣候補ともなれば、その使い手はさらに洗練されているだろう。
俺は目を閉じ、昨日掴んだ感覚を呼び覚ます。
「準備はいいか? 二人とも」
「はい」
「はい」
「では、アガット・ジールス対ダレン・クローヴァンの決闘を開始する!」
宣言と同時に、アガットが地を蹴った。速攻。鋭い剣閃が迫る。
俺は剣にのみ闘気凝縮を施し、感覚を研ぎ澄ませる。
呼吸。重心。筋肉の動き。
すべてが見える。
上段からの振り――かと思いきや、筋肉の動きが示すのはフェイント。実際は横薙ぎだ。
だが、間合いの外。妙な違和感を覚えたその瞬間、直感が警鐘を鳴らした。
俺は身をかがめる。直後――
「かまいたち!」
風切り音が頭上を裂き、髪が数本宙を舞った。
距離の外から繰り出された、飛ぶ斬撃。
「くそっ、初見で避けるか!」
「……まじか」
もし直撃していれば、胴を両断されていた。視線を走らせると、グライスは驚く様子もなく冷静だった。予想していたのだろう。
俺は距離を一気に詰める。飛ぶ斬撃と鞭を持つ相手に間合いを与えるのは危険だ。
だが、アガットの剣は堅実に俺の斬撃を受け流す。性格とは裏腹に、防御を重んじる剣術だ。
「くっ!鬱陶しい!」
アガットが怒声と共に剣を地面へ振り下ろす。風圧で両者が吹き飛ばされ、距離が開いた。
「力任せか……」
鞭が抜かれる。伸びる軌道を感覚で読み取り、俺は身を翻す。
鞭は伸縮自在――だが、それも一度見抜けば脅威ではない。
「ちっ」
「伸びる鞭か……」
俺は闘気をさらに巡らせ、速度を増して突撃する。鞭の軌道は「見えている」。
剣を叩き込み、アガットの刃を弾き飛ばした。
「その剣……斬撃には間が必要なのだろう」
「そこまで!」
俺の剣がアガットの首元を制した瞬間、グライスが終了を告げた。
だがアガットはなおも拳を振り上げる。
俺はかわし、腹に肘を叩き込む。
「ぐっ!」
アガットは呻き、膝をついた。
「アガット……終了の合図があったんだ。そこで止めろ」
「くっ……!」
彼はグライスの言葉にも応じず、うつむいたまま拳を握りしめていた。
「アガット殿。俺は五剣になる器じゃない。騎士になるつもりもない」
言葉をかけるが、彼の表情を見る限り意図は伝わらなかったようだ。
やがてグライスが解散を告げ、アガットは背を向け、振り返ることなく城を去っていった。
「あいつは実力は確かなんだが、精神がな……」
「ダレン、最後の言葉、余計だったんじゃない?」
クラリスの指摘に、俺は頷くしかなかった。
「あまり気にするなダレン。とりあえず今日はこれで終わりだ」
「これまで通り、当日まで待機でいいのか?」
「ああ……いや、出来れば騎士団の訓練に顔を出してほしい。顔を合わせておくのは、連携を取る上で大事だからな」
了承し、午後から訓練に参加することに決めた。それまでの時間、クラリスと街へ出る。
街を歩き、食を楽しむ。クラリスは串焼きを買い、滴るタレも気にせず頬張った。
「頬についてるぞ」
「え?どこ?」
全く別の場所を拭く彼女に、俺はため息をつき、懐から手ぬぐいを取り出してそっと拭ってやった。
「ん、ありがとね」
素っ気なく返し、俺は歩みを進める。だが、ふと疑問が浮かび口を開いた。
「そういえば、五剣になる条件ってなんなんだ?」
肉を食べ終えたクラリスは水を飲み込み、答えた。
圧倒的な功績、実力、そして帝国への忠誠心。どれか一つでも欠ければ、五剣にはなれないという。
「でも今の候補は若い人ばかりだろう。功績は厳しいんじゃないか」
「五剣が二人同時に不在なのは初めてだからね。色々と例外なの」
俺は納得しかけて口をつぐむ。その異常事態は『ペンタグラム』の活動と軌を一にしていた。偶然などではない。
「あれ、見に行こうよ」
クラリスが指さした先、人だかりがあった。
「雑技団だね。こんな所でやるのは珍しいけど」
人混みをかき分け、俺たちは視線を送る。
仮面を被った男が砂で作った城を布で覆い――消した。
「おお……!」
観客が沸く。さらに布をかけ直すと、より立派な城が現れた。
「これが、一度無に返し、再び創成する魔法でーす!」
喝采が巻き起こる中、仮面の男と外套の者たちは一瞬で姿を消した。演出と思った観客は拍手を続けたが、俺は何が起こったのか理解できなかった。
「すごかったね」
「ああ……だが、どうやったんだ?」
その時、騎士二人が駆け込んできた。
「おい!こっちだ!」
「また逃げられたか!」
騎士たちは群衆を散らし、追跡に移る。
話を聞けば、無許可で催しをしては謎の手品で姿を消す集団だという。捕縛は一度もできていないらしい。
再び歩き出すが、俺の足は重い。クラリスが不思議そうに首を傾げた。
「どうかしたの?」
「妙な胸騒ぎがしてな……」
彼女は「考えすぎだよ」と笑い、先を歩いた。




