九話 先を見据えて
身なりを整えながら城門へと向かうと、その先には壁に腰掛けた大柄の騎士が待っていた。
「お、ダレンか。ちょうどだな」
「さすがに遅刻はできないだろう」
城門の警備に当たっていた騎士に会釈をしてから、グライスの背を追い門をくぐった。
その先には、まるで空へ届くかと思わせるほど巨大な帝城が聳えていた。これほど近くで見ると、その威容はさらに圧倒的に迫ってくる。
俺は胸の内に驚きを覚えながらも、それを表には出さず、毅然とした様子で城の中へと足を踏み入れた。
広い城の回廊を話しながらしばらく進むと、警備の騎士が控える部屋の前にたどり着いた。
「副騎士団長ですね。そしてお連れのダレン殿。どうぞ中へ」
身元確認を済ませると、扉が開かれ、中へと通された。
その先には数十人は囲めそうな長机が据えられ、既に何人かの顔ぶれが腰を下ろしていた。
「遅れて申し訳ありません」
「いえ、副団長。陛下もまだお着きではありませんから」
グライスの言葉に、柔和な笑みを浮かべた男性が答えた。
「君がアレス殿のご子息か」
そう声を掛けてきたのは、フィリップ・ロレスと名乗る人物だった。
ロレス伯爵家。帝国に長く仕える由緒ある家系、その当主本人である。
「お初にお目にかかります。ダレン・クローヴァンと申します」
俺も相応に名乗ると、クラリスの隣の席へと案内され、腰を下ろした。
「へぇ、ダレンって敬語使えるんだね」
「これでも男爵家の息子だぞ」
クラリスの小声のからかいに適当に返しつつ、並ぶ面々を見渡す。
ここへ来る道すがら、グライスから参加者の情報は聞かされていた。クラリスを含めた四人はすべて騎士であり、全員が「五剣」候補に名を連ねる者たちだ。その中の二人は、昨日エドと共に宿に現れた顔ぶれでもあった。案の定、一人は露骨にこちらを睨んでおり、俺は視線を逸らすとクラリスに小声で尋ねた。
「クラリス、なぜ彼は俺を睨んでいるかわかるか?」
「ああ、アガット・ジールス。侯爵家の長男だね」
騎士ですらない俺が、五剣の息子として団長らに目をかけられているのが気に入らないらしい。
知らぬ間に抱かれた恨みに、思わずため息をついた。
もう一人の騎士は姿勢正しく、ただ真っ直ぐ前を見据えるだけで何を考えているのか分からない。
しかし上座に最も近い場所に座り、昨日同様妙な風格を纏っていた。そして残った一人は、現皇帝の弟にして、戦場でも数々の功績を上げてきた男――ロベルト・クーリン公爵だった。
その体格と鋭い眼光は、とても「お偉い貴族」とは思えない。かの皇帝の弟と言われれば納得できる迫力があった。
しばらくして扉がノックされ、場に緊張が走った。
「失礼いたします。皇帝陛下が入室されます」
その声を合図に、座っていた者たちは立ち上がり、膝をついて頭を垂れた。
俺も倣うと、扉が開かれ、現クーリン帝国皇帝ヴォルフ・クーリンが姿を現した。その横にはエドと、口ひげを蓄えた初老の男性が控えている。恐らく宰相ベン・オリバー侯爵であろう。
「皆、面を上げよ。全員そろっているようだな」
皇帝は一度視線をどこかへ向け着席を促し、扉から最も離れた上座に腰を下ろした。両脇には宰相とエドが立ったまま控える。
「では、陛下の誕生祭の警備計画と、組織『ペンタグラム』への対策について会議を始めます」
宰相が開会を告げ、大まかな内容を語り始めた。
要点は、組織『ペンタグラム』の構成と目的について。首領とされる「ヴォイド」という人物については名前以外の情報はなく、素性は一切不明だという。そして宰相はさらに続けた。
「かの組織には、幹部と目される『五星』と呼ばれる五人がいます。それぞれ――ノクス、デネブリス、モルス、エレボス、タナトス。そして彼らと交戦し、その姿を知る者が、ここにいるダレン殿と五剣のアレス殿なのです」
唐突に名前を出され、場の視線が一斉に俺へと集まった。背筋を伸ばし、呼吸を整える。
「そうなのか、ダレン殿?」
ロベルト公爵の問いに、俺は一度咳払いをして答えた。
「はい。二年前、我が家と街を襲撃された折に交戦しました。私が直接戦ったのは、ノクスと名乗る女性でした。さらに街中でも幹部格と思しき人物と遭遇しましたが、そちらは逃してしまいました」
「五剣が一人暗殺されたのだぞ!貴様ごときが奴らを追い返せるはずがない!」
怒声を上げて立ち上がったのは、先ほど俺を睨みつけていたアガット・ジールスである。机を叩き、憤然と俺を見据える。
「静まりなさい、アガット・ジールス一級騎士。ここは陛下の御前ですよ」
「しかし、この男はホラを吹いています!」
「彼の証言は誠実です。当時の報告書からも裏が取れている」
宰相の冷静な言葉に、アガットは苦虫を嚙み潰したような顔で渋々着席した。しかしその視線はなお俺に突き刺さり、怒気はさらに強まったようだった。
気を取り直し宰相の説明に耳を傾けると、組織の構成員は数知れず、帝国だけでなくエイドリア王国、ルミナス神聖王国、果てはダムナ紛争地帯にまで活動範囲を広げているという。まるで宗教団体のように広がり、掌握は困難だとされた。
「彼らの活動目的は『世界の破滅と創造』とされます。これは交戦したアレス殿とダレン殿の証言によるものです」
「破滅と創造……?あまりにも両極端ではないか?」
グライスが訝しげに問い、宰相は再び俺へ視線を送った。
「奴らの言い分では、この世界の国々を滅ぼし更地にしてから、新たな世界を創り上げる――との思想のようです」
あまりに壮大かつ危険な思想に場は沈黙した。
宰相は間を置き、さらに声を低めて続ける。
「そういうことです。五剣の一人や皇帝派の貴族の暗殺、王国との緊張の激化――すべてがこの組織の企図と見られます」
緊張感が高まる中、話題は皇帝の誕生祭の警備に移った。帝都中の貴族が集う祭事であり、皇帝派と貴族派の対立に火を点けるには絶好の機会だ。さらに国境の警備が手薄になるため、他国の動きも警戒すべきとされた。
「だが城には『裁きの雷剣』がある。問題はないだろう」
裁きの雷剣――帝国が強国と呼ばれる所以ともなった特級遺物。初代皇帝アベル・クーリンが用いたと伝わる剣である。その存在ゆえに他国も軽挙を慎み、帝国は大陸での覇権を確立した。
「相手は五剣を殺すほどの連中です。用心に越したことはありません」
宰相の言葉に一同はうなずき、会議はより張り詰めた空気の中で進んでいった。誕生祭当日の警備配置が説明され、やがて幕を閉じる。
他の騎士たちは会場警備に、グライスは外の警備隊に回される。例外として俺とクラリスは「遊撃部隊」として、参加者に交じり即応する役割を与えられた。俺は騎士ですらない探索者、クラリスは指揮経験の乏しさから、その配置となった。
約二時間に及ぶ会議から解放され、ようやく息をつくと、宰相の声が再び響いた。
「ダレン殿は残ってください。お話があります」
「……は?」
思わず間抜けな声が漏れた。助けを求めてエドへ視線を送ったが、苦笑いで返され希望は砕かれた。クラリスは俺の肩を叩き、妙に楽しげな笑みを浮かべて退室していく。
残ったのは皇帝、宰相、エド、グライス、そして俺の五人だけだった。
「それで、何のご用でしょうか。宰相閣下」
「そうかしこまらずともよい。そうですよね、陛下」
「ああ。この場は私が用意した。ダレンに提案があってな」
「提案……ですか?」
皇帝の瞳の奥からは、威風に満ちた外見とは裏腹に、俺への気遣いが感じ取れた。
「グライスからも聞いているが、アレスからも報告があった。ダレン、お前は『赤き閃光』を使えるそうだな」
「『赤き閃光』……? あの、初代陛下が使っていたと伝わる?」
「覚えがないようだな。ダレン。この前お前が用いた闘気の凝縮、それこそが赤き閃光と同じものだ」
グライスの言葉に、思わず息を呑む。
俺が独自に編み出したと思っていた技は、実は伝説とされる初代皇帝の技そのものだった。
「君が思っている以上に高度な技術だ」
「歴代の皇帝ですら使えなかったものです」
ロベルト公爵と宰相が相次いで言葉を添える。
俺は居住まいを正し、問いかけた。
「それで……私に何を求めておられるのですか」
四人の視線には敵意の欠片もなく、ただ真剣さと期待だけがあった。少しだけ肩の力を抜く。
「ダレン。お主に騎士となり、いずれは五剣として帝国を守ってほしい」
皇帝の口から放たれた言葉は、予想していたにもかかわらず現実感がなかった。
返答に窮する俺に、皇帝はさらに言葉を重ねる。
「現在の五剣は、一人は暗殺され、一人は行方不明となって三人のみ。それにアレスは遠征に出ていて帝都には不在。国の象徴が二人も欠けた事実は国民に伏せているが、いずれ限界が来る」
「ですので、誕生祭の場でそれを公表する予定です。その代わり、新たな五剣候補を立てねばなりません」
宰相が補足する。エドもグライスも、真剣な眼差しでこちらを見ていた。
だが、答えは初めから決まっていた。
「ありがたいお誘いですが……申し訳ありません。お断りいたします」
「そう言うと思っていたがな……理由を聞かせてもらえるか」
「はい。到底、俺に務まるものではありません。自分すら希薄なこの身に、一国の象徴を担う覚悟など持ち合わせていないのです」
クラリスたちは真っ直ぐだ。どんな過酷な運命でも前へ進み続ける力を持っている。
未だに立ち止まり続けている俺とは、役者が違う。
「ならば……お主がいつか自分を見つけたとき、改めて声をかけよう」
皇帝は口元をわずかに緩め、そう告げた。
本題が終わり、重苦しかった空気が少し和らいだ気がした。
「そういうことだ。考えておいてくれ。誕生祭では頼んだぞ、ダレン」
皇帝は宰相とエドを伴い部屋を後にした。
「俺たちも出るか、ダレン」
残ったグライスとともに立ち上がり、俺はようやく力を抜いて部屋を後にした。




