表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
一章 仮初

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/108

一話 異郷の地

加筆修正しました

暗闇のように、何も見えない視界の中で、騒がしい声が響いていた。

ーーあの後、俺はどうなったのだろうか。


自分の体から流れる血の匂いと、闇夜に輝く星を思い出す。

確かに、あのとき俺は「死」を感じたはずだった。


ーーだが、この感覚は……。


小さく重い瞼を持ち上げると、視界の端に異様な光景が広がっていた。

頭上から見下ろす、大きな男女の姿。


誰だ……この二人は。


病院の人間には到底見えない。バスローブのような衣服を纏い、そこから覗く表情は真剣そのものだ。

ここが病院ではないことだけは、すぐに理解できた。


咄嗟に声を出そうとしたが──


「あ、あう……」


口がうまく動かない。声も舌も、自分のものではないように言うことをきかない。

慌てて手足を震わせたとき、俺は見てしまった。


異様に小さく、柔らかく、白い手のひら。

まるで赤ん坊のような小さな手。


「……っ」


事実に混乱し、指先が震えた。


「~~~」

「~~~!」


大きな男女の会話らしきものが耳に届く。

しかし、それは「聞こえない」のではなく「理解できない」言葉だった。

異国の言語か、それとも……。


俺は呼吸を整え、あたりの状況をもう一度観察する。

女性は涙を浮かべながらも、嬉しそうに笑っていた。

男性は嬉しさと同時に、不安を隠しきれないような複雑な表情をしている。

まるで今にも壊れてしまいそうな宝物を、必死に抱きしめるかのように。


耳に入る言葉は、感覚として「呼びかけ」だと分かる。

だが意味はまったく分からない。


ここは夢か、走馬灯か。

理解できない光景に、現実感が揺らいでいく。


ーー生きている? 死んだはずじゃ……。


困惑し、身振りで何かを知らせようとする。

しかし、何を勘違いしたのか。女性が俺の体を抱き上げる。


「あ、あう。あう!」


必死に抵抗しようとするが、力をまったく出すことができず、俺はそのまま諦めた。

まずは状況把握のために、この場にいる人物を見た。


女性は外国人のような彫りの深い顔立ちに、長い茶髪と黒目。

誰が何と言おうと美人と呼ばれる類の人物であった。


対する男性は屈強な体に鋭い眼光。短い黒髪を携え、明らかに並の人物ではないことを悟った。


しばらく抱きかかえられた状態に甘んじていると、扉がゆっくりと開く。

そこにはメイドのような恰好をした若い女性と、その後ろに少女が立っていた。


「~~~」


何かを女性に話しかけると、母らしき人物は残念そうに俺を降ろす。

やっと解放されたと思ったとき、メイドの女性が慣れた手つきで俺の世話を始めた。

体を拭かれ、オムツのようなものを履かされる。


この異様な状態に慣れてきた頃、頭の中でようやく状況が整理されてきた。


──俺は、あの時、死んだ。

そして今、赤ん坊として転生している。


最初の男女は、この体の両親なのだろう。

だが、疑問は尽きない。

ここはどこなのか。なぜ俺は転生したのか。


死を「救い」だと感じた俺に与えられた二つ目の生。

ーーいわば呪いのようなものだった。


世話を終えると、メイドたちは礼を取り、扉を閉めて部屋から姿を消した。


「~~~」


透き通るような茶色の髪が揺れ、黒い瞳がまっすぐに俺を見つめている。

その眼差しには、優しさと慈しみが宿っていた。


言葉は分からない。

それでも伝わる温もりがあった。

その温もりに、俺の暗い考えは頭の隅へ追いやられる。


「あう、あう……ま……」


彼らと会話をしようとしても、言葉が届くことはない。

女性は無意味に声を発そうとする俺を見て、口元を緩ませて笑った。


傍にいる男性はその様子をじっと見つめている。

その力強い眼光は冷たさを感じさせ、俺の体は自然と震える。

だが、その瞳の奥には確かな優しさが垣間見えた。


やがて母は歌を口ずさみ始める。

不思議とその旋律に、瞼が重くなっていく。


考えたいことは山ほどある。


諦めたはずの俺に再び与えられた二度目の生。

疑問は尽きない。

だが今は眠るしかない。

身体も心も、赤ん坊として委ねるしかないのだ。


俺は女性の温もりに包まれながら、静かに意識を手放した。


__________________


赤ん坊として目を覚ましてから、すでに数か月が過ぎただろうか。

もう夢から覚め、元の世界に戻ることはないと悟っていた。


だが同時に、奇妙な興味が芽生えていた。

自分は誰で、ここはどこなのか。

その答えを知りたいという好奇心が、今の俺を辛うじて保たせていた。


「あう! あう、うう」

「~~~!」


俺はハイハイをしながら部屋の中を観察していた。

その後ろを、心配そうに追いかけてくるのはメイドの少女。

この構図は、もはや日常の一部となっていた。


ここはおそらくリビング。暖炉とテーブルがあり、壁際には火のついていないランプが規則的に並んでいる。

こうしてよく家の中を這い回っていると、ひとつ確かなことが分かった。


ーーこの家は、相当広い。


父は妙な威厳をまとった人物だ。

よく家を空けることが多いが、相当な地位にあることは明白であった。


そんな折、急に体を持ち上げられた。驚いて抵抗する。


「あう! ああう!」

「~~~」

「~~~!」


俺を抱き上げたのは、白髪の目立つ中年の男性だった。

彼は執事のような立場らしく、あのメイドたちを従える姿からして、この屋敷における筆頭であることは間違いない。


抱きかかえられたまま視線を巡らせると、母の姿があった。

彼女は俺を見つけると目を細め、優しく微笑む。やがて執事と入れ替わり、俺を抱き上げ、窓辺へと歩みを進めた。


窓の向こうには、一面に広がる草原があった。

開け放たれた窓から吹き込む風が、母の髪を揺らし、陽光を反射してきらめく。


「~~~」


母は俺に語りかけるように言葉を紡ぐ。

意味は分からない。だが、不思議と心に響いてくるものがあった。


俺は広がる草原を眺めながら考える。

これほど恵まれた環境に生まれたのは、いったい何の因果か。

偶然なのか、それとも神のいたずらか。


「あう……ああ」


問いかけるように声を出すも、答えなど返ってこない。

それでも何かを感じ取れるかもしれない。

そんな淡い期待を抱きながら、目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませた。


母の体温。風に触れる肌。遠くで響く足音。


「ああう……」


そのときだった。不思議な「エネルギー」を感じ取ったのは。

言葉にはできない。だが確かに、体の奥底に流れ込むような力。


ーーまさか……ここは。


考えが浮かびかけるが、首を振って振り払う。

それは俺にとって「希望」であると同時に「逃げ」にも思えたからだ。


やがて夜が訪れる。ランプに火が灯り、屋敷の中を柔らかく照らす。

夕食を終え、眠りの時間がやってきた。

結局、今日も父は帰ってこなかった。


母に抱かれ、寝室へ向かう。

いつもなら、俺を寝かしつけたあと再び部屋を出ていく。


だが珍しく今日は違った。

母は俺の寝たふりに気づかず、一度消したランプに再び火を灯す。

そして椅子に腰を下ろし、一冊の本を読み始めた。


ーー本、か。


盲点だった。

言語を早く覚えるのであれば、本こそが最適だ。


「あう! あえ、あう!」


気づきを得て声を上げると、母が顔を上げてこちらを見た。

寝ていたのを起こしたと思ったのだろう。母は本を閉じて、そっと近寄ってくる。


優しく腹を叩かれるうちに、徐々に赤ん坊の体は瞼を閉じ始めた。

額に温かな感触。ランプの火が消え、闇が広がる。


謎だらけのこの世界。


この世界の言葉を学べば、きっと何かに辿り着ける。

ただし、その答えが俺にとって救いか呪いかは、まだ分からない。


俺は静かに目を閉じ、意識を手放した。

赤ちゃん言葉のバブさん、書くの難しい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ