六話 目指す先
「あなたはあの時の……」
「なんだ、二人は知り合いだったのか?」
「一度、会ったことがあるんだ」
こちらを向いた彼女の碧眼が俺を捉え、店主の問いに慌てて答えた。
「前に道を尋ねただけだ」
「確か一級探索者の……」
「旦那、一級なのか! そりゃすげぇ」
「そんな大層なものじゃないさ。ああ、それと俺の名はダレンだ」
名乗っていなかったことを思い出し、店主に返答しながら名前を告げる。すると女性は何か思い当たる節があるのか、金髪を揺らして首を傾げた。
「一級のダレン……アレス様の息子?」
「ああ、そうだ」
エドたちが、俺のことをちゃんと周知してくれていたらしい。
「私はクラリス。クラリス・セルフィリス。敬語はいらないよ」
それから父を知るクラリス、そして五剣の息子だと知った店主から質問攻めに遭い、俺は順に答えていった。
「へぇ……『虚剣』の弟子なんだ。今度、手合わせしてよ」
「まぁ、いいが……」
「クラリス嬢は五剣を目指してるんだ。旦那とやれば、きっと得られるものがあるんだろうよ」
唐突に手合わせの約束が決まり、話しているうちに俺の注がれたシュワーゼは空になっていた。
「じゃあ、俺はこれで。店主、勘定だ」
「またいらしてくだせぇ」
「また会おうね、ダレン」
「ああ」
気づけば、誰かとの約束が少しずつ積み重なっていく。だが、不思議と悪い気はしなかった。
俺は探索者協会へ向かい、例の二人がいないことを確認して素材を売り払い、その後宿で夕食を済ませ、闘気の鍛錬をして床についた。
――――
朝、目覚めると普段通り鍛錬を始める。
「一九九……二百……二百一……」
腕立て伏せをしていると、足音と息遣いが近づき、顔を上げる。
「あれ? はぁ……ダレン?」
「クラリスか。偶然だな」
「何してるの?」
「見ての通り鍛錬だ」
鍛錬を中断しようとすると、クラリスが手を差し出して制止する。そのまま回数をこなし終えると、立ち上がり彼女へ向き直った。
「待たせたな」
「いいよ。それより珍しい鍛錬だね。それは?」
「腕立て伏せというものだ。それで、クラリスは?」
「私は走り込み。朝の日課だよ」
言葉どおり、クラリスの服には汗が滲み、ブロンドの髪が妙に艶めいて見えた。
「何か変?」
「いや、何でもない。ずいぶん走ったみたいだな」
思わず視線を送ってしまい、内心で反省する。しかし彼女は気にする様子もなく話を続けた。
「ダレン、今日時間ある?」
「探索者協会に顔を出す程度で、特に用はない」
「じゃあ駐在所に来て。手合わせしよ?」
クラリスは上目遣いで嬉しそうに頼んでくる。その無邪気さは、ある意味卑怯でもあった。
「わかった。飯を済ませ次第、向かおう」
そう答えると、クラリスは街中へと走り去っていった。昇ったばかりの太陽に重なる姿は、まぶしく映った。
――――
宿で朝食を済ませ、騎士団駐屯所へ。
「ダレンさんですね、どうぞ」
門に立つ見知らぬ兵士は、顔だけで通してくれた。修練場に入ると、クラリスとグライスが待っていた。
「待たせたな。それで何でグライスが?」
「五剣を目指す新星と、五剣の息子。見ないわけにはいかないだろう」
後ろでクラリスが小さく頭を下げていた。どうやら彼が勝手についてきたらしい。
「まぁいい。それでエドは?」
「あいつは城だ。俺は非番でな」
「そうか。……木剣じゃなくていいのか?」
「ああ。実戦形式だ。危険なら止める」
「私も問題ないです、グライスさん」
クラリスの返答を確認し、俺は少し距離を取って黒い剣を抜いた。
「珍しい剣だね。どうして黒いの?」
クラリスが首を傾げ、グライスも同意を示す。俺は隠すこともないので答えた。
「十の祝いに父から贈られた。特殊な木にミスリルを混ぜてあるらしい」
「そういえばアレスが……でも木剣だろう?」
「遺物の性質を持つらしいが、詳しくは俺もわからん」
二人も理解できないようで首を傾げる。俺は軽く準備運動をして気持ちを切り替えた。
「準備はいいか?」
グライスの声に、俺とクラリスはうなずく。
「始め!」
クラリスは速攻で間合いを詰め、上段から振り下ろした。剛剣らしい一撃。
「ならば……」
俺は滑らせるように受け流し、隙を突いて薙ぎ払う。だがクラリスはさらに踏み込み、柄を腕で挟んで止めた。
無謀に見えるが、確かに俺の剣を止めている。その判断力に感心した瞬間、肘が迫るが回避し距離を取る。
「剛剣と奇剣の使い分けか……」
「初見で避けるなんて、やるね」
想像以上の実力に驚かされた。
「ダレン、余裕あるでしょ。本気、出してよ」
挑む瞳。その言葉は正しくもあり、間違いでもあった。
俺は全力で挑んでいた。ただ――あの技を使っていないだけだ。
「なら、来て。私も本気出すから」
剣が白く輝き、光線が放たれる。俺は闘気を凝縮し、最小限の動きで回避し突っ込む。
身体中に力がめぐり、時間が遅く流れるように感じる。幾度も光線を避け、剣を叩きつけ――巻き取り、弾き飛ばす。
「これで……満足か?」
剣先をクラリスの目の前で止める。
「そ、そこまで!」
グライスの制止で距離を取り、息を整えた。
「ダレン! 今のはなんだ!? クラリス、大丈夫か?」
「は、はい……。それよりダレン今のは?」
「そうだ。遺物かなんかか?それに目が赤く...」
俺は観念して、闘気凝縮について語った。
「――そういうことだ」
「急激な強化と、その反動か」
「闘気の考え方が特殊なんだね」
グライスは悔しげに唸り、赤くなった目について独りでブツブツと呟いていた。
そしてクラリスは俺が気になった視線を送っていた光剣について語った。
「これは父からもらった一級遺物だよ。でも制御が難しくて……」
地面には焼き跡が残り、威力を物語っていた。
「当たっていれば、一たまりもなかったな」
「はは……ごめんね」
五剣に至るには遺物も含めた実力が必要だと、クラリスは言った。
「ダレンは強いなぁ……私なんかとは大違い」
彼女は自嘲気味につぶやき、そのまま走り去ってしまった。
「悔しいんだろう。五剣を目指す者としてな」
グライスはクラリスの過去を語り、伯爵家に生まれながら反対を押し切って騎士を志した経緯を話した。
「気にかけてやってくれないか」
真剣な眼差しに、俺は黙り込む。彼女の強さが羨ましかった。
「考えすぎるな。お前もクラリスから何か得られるかもしれんぞ」
「……そう、だろうか」
彼女の意志の強さを、ただ眩しく感じていた。




