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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
二章 自己の先へ

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五話 光は再び


あれから何とか帝都まで辿り着き、検問を抜け、探索者協会に付属している治療院へと急ぎ向かった。


「救急だ! この者の怪我を見てくれ!」


俺の声に、中にいた者たちが一斉に振り返り、何事かとざわめく。その中の一人、教会装束を纏った男が駆け足で寄ってきた。


「容態は?」

「不死人の攻撃で肋骨が折れている。恐らく内臓にも損傷がある!」

「わかりました。ではこちらへ!」


通された先で、用意された寝台へとガストンを横たえる。


「では始めます。──慈愛の女神様、豊潤の糧を我らに与えたまえ」


唱えられたのは聞き覚えのある祈りの言葉。だが、これまで見たどの治癒よりも強い光が迸り、患部を覆い尽くしていく。やがて光が消えると、先程まで荒く苦しそうだったガストンの呼吸が落ち着きを取り戻していた。


「……これで大丈夫です。今は眠っているだけですね」

「助かった……。だが、これ程の効果とは……」

「これでも私は司祭を務めております。祝福も多く賜っていると自負しておりますよ」


かつて聞いた話では、祝福の力は信仰の深さで大きく差が出るという。さらに神聖力を扱う技能も必要であり、ここまでの治癒を成せるのなら、それ相応の立場にあることも納得できた。


「すみません。宗教に関しては知らないことが多くて……」

「なるほど。慈愛の女神様、エウム様はご存知ですか?」

「ええ、エウム教の主神ですよね」

「それなら何よりです。他の宗教には入信していませんか?」


司祭は一歩距離を詰め、他宗教の名を出した途端に鋭い目を俺へと向ける。もちろん俺はどの宗教にも入信していない。他国の戦神や商人の神について多少学んだことはあるが、詳しいわけでもない。


「特に入っていませんし、今は大丈夫です」

「そうですか……残念ですが、まあいいでしょう。彼が目を覚ますまでは、こちらで預かりましょう」

「ああ、助かります。──あ、あとこれ、お布施です」


俺は謝礼の意味を込め、多めの金貨をそのまま手渡した。お金に困っているわけではないし、感謝を示すならばそれが自然だと思えた。


「これはどうも……金貨とは。よろしいのですか?」


俺は首を縦に振り、軽く会釈をすると、背を向けるようにその場を後にした。



探索者協会でしばらく待っていると、あの二人がついに追いついてきた。


「は、早すぎですよ……っ、はぁ、はぁ……」

「本当に……そうだな。あ、それで! ガストンは!?」

「落ち着け。エリー、ザック。ガストンは無事だ。今は治療院で眠っている」


その言葉に二人は安堵し、積もった疲労が一気に表れたのか、その場に尻をついた。手を貸そうとしたが、二人の足は震え、立ち上がる気力もないようだった。


「今はそれでいい。ゆっくり休め。あとで見舞いに行ってやれ」

「本当に……良かった……助かりました……。あれ? そういえば名前、聞いてなかったですね!?」

「確かに! 兄貴はなんて名前なんですか?」

「兄貴? 何言ってるんだ?」


二人はしゃがんだまま俺の足にしがみつき、眩しいほど真っ直ぐに問いかけてきた。その明るすぎる感謝の念が、かえって俺の胸を刺す。人を助けられた喜びと、自嘲が入り混じる。


「……ダレンだ。また会うことになるだろう。今は休め。またな」


無理やり二人の腕を振りほどき、逃げ出すようにその場を去った。


「……ああ、素材の買い取りを忘れていたな」


だが、あんな姿を見せた直後にまた戻る気にはなれず、後にすることにした。特に用事もなく、ただ人混みを歩き回る。やがて人の多さに嫌気がさし、外れの道へと足を向けた。


ふと、黒い何かが描かれた看板が目に入る。


「あれは……豆か?」


見覚えのある形。豆の絵が描かれた看板を下げた飲食店のようだった。人通りは少なく、客入りも良さそうには見えない。しかも、その豆は黒くくすんで見え、この世界では目にしたことのないものだった。


興味を惹かれ、自然と足は店先へ。かすかに漂う香りが鼻をかすめ、懐かしさが胸を突いた。扉を開けて中に入ると、客は一人だけ。カウンターに座る人物と、その奥で店を切り盛りする中年の男がいるのみだった。


「なんだ、初めてのお客さんだな。何か頼むかい?」


声をかけてきたのは、その中年の男。おそらく店主だろう。俺はカウンターの椅子に静かに腰を下ろした。


「ここは何の店なんだ?」

「それも知らずに入ったのか。喫茶店みたいなもんだ。夜は酒も出してる。どうする?」


メニューは見当たらない。俺は気になっていた看板の豆と、独特の香りについて尋ねた。


「ここでは、コーヒーを売っているのか?」

「コーヒー? なんだそりゃ。そんなものは売ってないよ」


期待は肩透かしに終わる。香ばしい香りと黒い豆から、コーヒーを思ったのだが違ったようだ。


「だが珍しいものならある」

「それを頼む。店主」

「あいよ」


作業を始めた店主を横目に、店内を見回す。席数は少なく、やはり客もほとんどいない。ふと視線を移すと、三席ほど離れた先の客が目に入った。


──透き通るようなブロンドの髪。光を凝縮したかのような輝きに、思わず息を呑んだ。


凝視して固まっていると、店主の手が俺の目の前に伸びてきて、小声で釘を刺してきた。


「あんまり女性をじろじろ見るもんじゃないぜ。──はい、シュワーゼだ」

「ああ……ありがとう」


不躾だった視線を慌てて外し、提供された飲み物に目を向ける。黒く濁った液体からは独特な香りが漂っていた。


「これは……コーヒーじゃないのか?」

「あんたの言ってるもんは知らんが、これは帝国東北部の森林でしか採れない豆から作った代物だ」

「いい香りだな……」

「だろ!? まずは飲んでみてくれ!」


促されるまま、木製のカップを手に取る。立ちのぼる湯気、鼻をくすぐる香ばしさ。口に含むと、独特な苦味と酸味が舌を走り抜けた。


懐かしい味。──確信する。


これは前世で口にしていたコーヒー、そのものだった。かつての好物が、この世界にもあった。感動が胸を熱くする。


「店主……あんたは天才だ。誇っていい」

「なんだ急に……で、どうだ? 味は」

「すごく好みだ。この苦みと酸味、いつまでも癖になりそうだ」

「はははは! そりゃあ良かった! やっぱりわかってくれる奴はいるもんだな!」


嬉しそうに語り始める店主。その話は長く、要約すればこうだ。

──旅の最中、珍味探しに目覚めた店主は帝国の「コフィン森林」で黒い豆「コノキ」を見つけた。それを研究し、ようやく生み出したのがこの「シュワーゼ」だという。血の滲むような苦労と情熱が、その語り口から伝わってきた。


「いやあ、ほんと嬉しいですね。認めてもらえるのは。私はドートルといいやす、旦那。これからもぜひ来てくだせえ」

「ああ、常連になりそうだ」

「はは、ありがたい! ですってよ、クラリス嬢」


店主が笑いながら声をかけた先──振り返ったブロンド髪の女性。


その顔立ちは際立ち、あの時、帝都で道を尋ねた女騎士その人であった。


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