三話 新天地
あれから二つの街を過ぎ、ついに帝都が目の前に見えてきた。
遠目からでもわかる発達した城壁は、これまでの帝国の歴史を支えてきた偉大さを物語っていた。
俺はまず、多くの人が行き交い出入りする検問所へと足を運んだ。
「はい、次」
荷馬車に乗る商人、貴族らしき立派な馬車、徒歩で来た地方民、探索者など、多種多様な人物が列を作っていた。
幾人かの検問が終わり、いよいよ俺の番がやってくる。
俺は懐から探索者証を取り出し、検問の兵士に見えるように目線の高さまで上げて見せた。
「ん?探索者か……一級!? すごいな。帝国でも頑張ってくれよ」
「ああ、ありがとう」
探索者証は身分証としての役割を果たしてくれるため、これまでの旅でも使う機会は多かった。
特に一級ともなれば、ほとんど素通りすることができた。
俺は兵士に軽く会釈をした後、巨人でも通れるかのような大きな門をくぐった。
門を抜けた先に広がるのは、賑やかに人が行き交う大都市の光景だった。
これまでも多くの街を渡り歩いてきたが、やはり帝国の中心地。人の数も規模も別格だった。
さらにその奥には、街を見下ろすようにそびえ立つ巨大な城が見えた。
「すごいな……」
帝都は現在、貴族間の対立で寂れていると聞いていたが、この光景からはその様子を一切感じることができなかった。
しかし街に魅了されている暇はなく、俺は目的を果たすため騎士団駐在所へ向かう必要があった。
だが土地勘がなく、この広大な街をただ闇雲に歩いていては埒が明かないだろう。
そこで近くにいた女性騎士へと声をかけた。
近寄ると、その風貌に思わず目を見張った。輝くようなブロンドの髪。軽鎧からでもわかる、すらりと伸びた手足。
「ん?どうしました?」
「あ、いや。騎士団の駐在所の場所を教えてくれないか」
俺の視線に気づいた女性騎士が声をかけてきた。正面から見ても驚くほどの美貌。このような女性が騎士にいること自体にも驚きを隠せなかった。
「一体何の用で?」
「任務のようなもので」
騎士の問いに俺はそう答えた。
少し訝しげにしていた騎士に対し、俺は探索者証を見せた。
「ああ、探索者の方ですか。それなら――」
そうして騎士に道を教えてもらい、その道を進んだ。
街の奥へ進むにつれ、帝城の大きさはより際立っていた。
さらに進み、帝城の手前を右へ曲がると、二人の騎士が門番をしている場所へとたどり着いた。
おそらくここが騎士団駐在所だろう。
「すまないが、ドスフィン騎士団団長に会えないだろうか」
「誰だ。なぜ団長に」
二人のうち一人が警戒心を高め、こちらを睨みながら言った。
「一級探索者のダレンだ。そう伝えてくれ」
父から話は通してあると聞いていた。名前を告げれば大丈夫だろうと名乗った。
「探索者が団長に何の用だ。要件を言え。でなければ通せない」
「一級だからといって騎士を舐めているのか」
こちらを強く警戒し、上に引き継ぐこともなく詰め寄ってきた。
しかし、そう簡単に口外していい案件でもないため、俺は黙っているしかなかった。
「おい、何とか言ったらどうだ」
警戒心が高いのは騎士としては良いことだが、今の状況では迷惑極まりなかった。
幾ばくか詰め寄られていると――
「おい、どうしたんだ。騒がしいぞ」
「副団長様ですか。いや、この男が――」
そこに現れたのは帝国の騎士団副団長だった。父から話は聞いていたが、大きな体躯と歴戦の傷の数々が目に入る。その圧は父をも上回るほどのものだった。
騎士が事情を説明すると、副団長は俺に視線を向けてきた。
「そうか。それで……君、名前は?」
「……ダレンです」
「ダレン? アレスの息子か?」
俺は頷いた。副団長は表情を和らげ、警戒を解いた。
「なんだ。そう言ってくれれば良かったのに。苗字も名乗ってくれれば」
「今は“ダレン”という名で探索者として活動していましたので。申し訳ありません」
それから副団長直々に通してもらい、団長の元へ案内された。
「俺は帝国騎士団副団長、グライスだ。よろしくな、ダレン」
「はい。よろしくお願いします」
グライス・ハーバー。帝国騎士団副団長にして、帝国五剣の一人でもある。
彼と父や俺の話をしながら進むと、目的の部屋へとたどり着いた。グライスが軽く扉を叩く。
「エド、グライスだ。入るぞ」
「ああ」
低く落ち着きのある声が返ってきた。
「何の用だ、グライス。……ん?客人か」
「失礼します。アレス・クローヴァンの息子、ダレンと申します」
「君がアレスの息子か。わざわざ帝都までご苦労だったな」
目の前の男は、帝国五剣の一人にして、騎士団を束ねるエドワード・ナイトレイ。
短い金髪に精悍な顔つき、それでいて柔和な笑みを浮かべていた。
「私はエドワードだ。騎士団長を務めている。早速だが、アレスを通じて君を呼んだ理由は一つだ。組織『ペンタグラム』への対策のためだ」
そう言って椅子を勧め、話を始めた。
要約すると、皇帝派と過激派に分かれた貴族の対立が起きており、その裏にペンタグラムが絡んでいるということ。現在は冷戦状態だが、いずれ表面化する可能性が高いという。
「ペンタグラムに動きが見えた、というのは?」
「過激派の貴族の幾人かに異変があるとの報告を受けている。恐らく遺物による洗脳だろう。さらに暗殺も多発している」
エドワードは推測を語りながらも、その声音には確信があった。瞳には一瞬、憎悪の色が浮かんだ。
「そして恐らく、大々的に動くのは陛下の誕生祭だろう」
皇帝陛下の誕生祭――十の位が変わる節目に開催される盛大な式典だ。俺の記憶が正しければ、皇帝はちょうど五十を迎える頃だった。
「そこで動きを見せると?」
「ああ、だから君には護衛として城にいてほしい」
「わざわざ俺が? 騎士団にはもっと強い人がいるでしょう」
俺の問いに、エドワードは一瞬言葉を失い、顔に陰りを見せた。
代わりにグライスが口を開いた。
「帝国五剣と言われているがな……実質、今は二人しかいないんだ」
「どういうことですか?」
「一人はお前の父アレス。国境付近で組織への対応に追われて動けない。そして一人は暗殺、もう一人は行方不明だ」
詳しく話を聞くと、暗殺されたのは父と同じく幹部格に狙われた結果の死闘であったこと。
また行方不明となった一人は、盗賊団討伐任務に向かったまま、騎士三十人・兵士五十人と共に、死体すら残さず姿を消したという。
「情報統制していたんですか?」
「帝国五剣は国の象徴だ。その二人が急に戦死したと広まれば、国が荒れる」
エドワードは悔しげに答えた。その表情には仲間の死を悼む気持ちと、信じたくない思いが入り混じっていた。
「だからこそ呼んだんだ。アレスと同等、あるいはそれ以上だと言うダレン君を」
それを伝えたのは父だろう。高い評価の嬉しさと、その期待の重さに身震いする。人の期待ほど重いものはなかった。
「まあそういうことだ。誕生祭までは君にやることはない。待機していてくれ」
エドワードはソファに身を預け、要件を終えた。
「ダレン、これから暇か?」
「特に用はありませんが」
「なら、剣を少し交えようか。これからは仲間になるわけだからな」
「それは面白そうだな。ダレン君の実力を見る良い機会だ」
俺の返事も聞かず、二人は勝手に話を進めていた。だが帝国の象徴とも呼ばれる五剣と戦える機会など滅多にない。
強くなるためにも、この機会を逃すわけにはいかなかった。
「いいですね。やりましょうか」
俺は二人の背を追い、騎士団修練場へ向かった。
そこは、かつての道場を思い起こさせる雰囲気に包まれていた。
騎士たちが組を作り、型や動きを確認している。年齢はまだ若く、二十に満たぬ者たちだろう。
「まだ騎士のひよっこ達だ」
「そうなのか……」
同年代の騎士見習いを見て、カイルとキールを思い出す。もしも彼らが生きていれば、この場にいた未来もあったかもしれない。
「おい……団長と副団長だぞ……」
「何しに来たんだ……?」
「それにあの黒髪は誰だ……?」
俺たちの姿を見ると、彼らはざわめき始めた。
「気にするな。俺らがここに来るのは珍しいからな。その腰の剣でいいか?」
「はい。こいつは昔からの相棒なので」
「いいな。じゃあエド、審判を頼む」
グライスがエドワードに頼み、彼は俺たちの間から距離を取った。
「基本は寸止め、腕足も使用可。ただし危険な場合は止めさせてもらう」
「すみません。闘気の使用はありですか?」
俺が疑問を投げると、二人だけでなく、周囲で聞き耳を立てていた者たちも一瞬息を呑んだ。
「何を言ってる?当たり前だろう。馬鹿なこと言ってないで早くやろうぜ」
グライスはそう言い放ち、腰の剣に手をかける。その姿は歴戦の猛者であり、同時に弱者を狩る肉食獣のようだった。
「はじめ!」
――速い。
エドワードの合図と同時に、グライスは一瞬で距離を詰めてきた。
身体能力と闘気制御――師匠以上の力と速さを誇っている。
俺も闘気をさらに巡らせ、振り下ろされる剣を迎え撃つ。
だが相手は剛剣。正面からでは拮抗状態に持ち込むのがやっとだ。
俺は得意とする流剣で、剣の腹を使い、グライスの最大の一手を完全に受け流した。
「ほう……」
そのまま懐へ入り込み、切りかかろうとする。
しかしグライスも即座に対応。振りかぶった腕を見て、間に合わないと判断した俺は、咄嗟に腕で受け、体を横へと倒した。
「ぐぅ……っ!」
「あれを受けるか。それに威力を殺してるな」
闘気で強化した腕にも、ジンと痛みが走る。父以上に戦場で磨かれた技だった。
ならば肉弾戦には肉弾戦で返す。
闘気を凝縮させ、八割の力で踏み込む。
剣を横薙ぎに振るい、防がれたが、しゃがみ込んで空いた軸足へ強化した足で蹴りを入れる。
「なっ!?」
巨体が崩れる。だがグライスは即座に受け身を取り、反撃に備えた。
その構えへ、あえて突っ込む。
「甘いな!」
「そのままお返しします」
グライスが隙を突き、突きを放つ。俺は最小限の動きでかわし、剣を弾き飛ばした。
そして、空いた首元へ剣を突きつける。
「そこまで!」
合図が響き、両者の動きが止まった。
俺の剣はグライスの首元を捉えていた。だが同時に、グライスの拳も俺の首元に迫り、寸前で止まっていた。




