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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
二章 自己の先へ

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一話 泥に沈む

第二章スタートでございます

「そっちへ行ったぞ! ダレン!」


師匠の響くような声が耳に届いた瞬間、俺の全身は反射のように動いていた。

姿勢を低く構え、風のごとく迫る狼型の魔物三体を迎え撃つ。

この魔物は、四足獣ならではの俊敏さに加え、群れでの連携を武器とする厄介な相手だ。

ひとつの動きを誤れば、すぐさま囲まれ窮地に陥ることもある。

実際、油断して「低級魔物」だと侮った探索者が、その牙にかかり命を落とすのを、俺は何度も目にしてきた。


だが、俺はこの二年で幾度となく同じ相手を乗り越えてきた。

油断は一切なく、魔物の動きを見据え、呼吸を整える。

先頭の個体が、地を蹴って跳ねかかってきた。牙が閃き、爪が俺の足を狙う。

それを最小限の足さばきでかわし、下から上へと袈裟斬りに切り上げた。


「はっ!」


鋭い剣閃が走り、獣の断末魔が響く。

そのまま手首を返し、次に迫る魔物へと刃を横薙ぎに払った。

だが、背筋を冷たいものが走った。


「――この感覚は、何度も味わったな……」


俺が攻撃の隙を晒すその瞬間を狙い、背後から影が迫る。

反射で振り向きざま、突き出した剣が最後の一体の胸を貫いた。

黒い体毛が血に濡れて沈黙する。


「ふう……」


息を吐き、剣を振り払って血を飛ばす。


「よし、素材の回収をするぞ」


どうやら師匠も片をつけたようで、背後から声がかかった。

俺は腰の革袋から皮剥き包丁を取り出し、慣れた手つきで魔物の皮をはいでいく。

探索者にとって、こうした作業は必須だ。

遺跡に出現する魔物から得られる素材は、探索者組合が買い取ってくれる。

武勇や名声は副次的なものに過ぎず、実際の収入の大部分はこうした素材の売買に依存していた。


「遺物はあったのか? 師匠」

「ないな。ここはすでに探索済みらしい」


師匠が肩をすくめる。

魔物は遺跡にあふれるプラナにより、時間が経てば新たに出現すると言われている。

しかし遺物はそうではない。一度しか出現しないからこそ、奪い合いの対象となる。

その力だけでなく、希少性そのものが価値を高めていた。


「今日はこれで終わりだな。帰るぞ、ダレン」


皮を剝ぎ終えた俺の手元を見届け、牙を収めた師匠が立ち上がる。

俺も片づけを終えると、二人で出口へと向かった。


――――――――――――――


「買い取り額は十八フィル銀貨となります」


遺跡を出て探索者組合に立ち寄り、素材を売却する。

銀貨の重みが小袋に落とされる音が、妙に乾いて響いた。


「今回は浅かったからこんなもんか」

「高値で売れる素材の魔物には、ほとんど出くわさなかったからな」


俺と師匠は軽く言葉を交わす。


「よし、俺は飲みにでも行くわ。お前も自由に行動してろ」


じゃ。

そう言い残すと、師匠は気楽な足取りで街中へと消えていった。

自由奔放に見える師匠だが、これは俺への気遣いでもあった。

最初からそうだった。一人で旅立とうとした俺に、ついてきてくれたのも心配してくれていたからだ。

旅に出てから幾度となく、彼はこうして一人の時間を俺に与えてくれた。

おそらく自分自身も自由を欲しているのだろう。だが、その雑に見える心遣いが、俺には心地よかった。

俺は一人で酒場へ向かい、腹を満たすことにした。


「店主、とりあえず何か食べ物を」


扉を開き、適当な席に腰を下ろすと声をかける。

この世界の飲食店は、こうして曖昧な注文をするのが普通だった。最初は戸惑ったが、今では慣れてしまい、この雑さをどこか気に入ってすらいる。

やがて、湯気を立てる大きめの肉と数種類の野菜を煮込んだスープが出された。

添えられていたのは、この世界ではお馴染みの、妙に硬く黒いパン。


それを見た瞬間、ふとミルの夢を思い出した。

「美味しいパンを作りたい」と笑っていた少女の姿。

もしその夢が叶っていたなら、俺は今ごろ腹いっぱいになるまで食べていたに違いない。


「お代は十二フィル銅貨だ。パンならおかわりあるぜ」

「ああ、ありがとう」


軽く礼を言い、空腹を満たすべくスープをすくい、肉をかじる。

熱が舌を刺すが、胃に落ちる温もりが心地よい。

そんな折、隣の席から探索者らしき男たちの声が耳に入った。


「最近、帝国は荒れてやしねぇか」

「王国の動きに陛下がなかなか対応しねぇからな。一部の貴族がしびれを切らしたらしい」

「まさか……内乱ってことにゃならねぇよな」

「さあな。だが、可能性はあるだろうよ」


きな臭い話だ。だが、これは耳にするのが初めてではない。

父からの連絡でも、帝都に不穏な動きが見られると伝えられていた。

さらに――黒いローブをまとう男の目撃情報も複数寄せられているという。

だからこそ、父の要請を受け、俺と師匠は帝都へ向かっている最中だった。


「店主、お代だ」


食事を終えると席を立ち、銅貨を置いて宿へと戻った。


――――――――――――――


寝床に体を横たえる。

だが、目を閉じても眠気は訪れなかった。

時折こういう夜がある。

思考がぐるぐると巡り、終わりなく渦を巻く。

前世での後悔、この世界での過ち、今の自分の在り方――。

自問自答を繰り返し、答えのない問いを掘り返し続ける。


「……いやな夜だ」


口から零れた言葉は、やけに乾いていた。

窓から差し込む月光が、部屋の中を淡く照らす。

夜空には星が異様に輝き、まるで俺を染め上げるかのように暗闇が広がっていた。

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