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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
一章 仮初

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閑話 父の独白

一人称で描いた話は、こういった別視点も入れてみたいと思った次第です

あの日、俺に息子が生まれた。

こんな俺が子を持つことになるとは夢にも思っていなかったから、胸の奥からこみ上げる驚きと戸惑いを隠すことはできなかった。

生まれたばかりの小さな命――まだか細い産声をあげるその姿を、俺はただ呆然と見つめていた。小さな指がぎゅっと俺の指を握りしめたとき、その柔らかさと頼りなさに、全身が震えたのを覚えている。


「……また、守るものが増えてしまったな」


そう口にした自分の声が、あまりに弱々しく聞こえた。守るべきものを得ることが、同時に失う恐怖と背中合わせであることを俺は知っている。かつての戦場で、どれだけの命が一瞬で奪われていったか、嫌というほど目にしてきたからだ。幸せを手にした瞬間、その幸せを壊してしまうのではないかという恐怖が心を締め付けた。


「いいじゃない。その分、強くなればいい。弱くなったとしても、私が支えるわ」


隣で微笑むマリアの声は、春先に吹く風のように優しく、けれど芯の強さを秘めていた。彼女は出会った時から変わらない。俺が迷えば後ろから背中を押し、膝を折りそうになれば真っ直ぐに支えてくれる。そんな存在だった。


「そうだな。俺も、ちゃんとしないとな」


その瞬間、父親としての責任が俺の胸に刻み込まれた。

――それが、ダレンとの出会いだった。

ダレンは、生まれて間もない頃から不思議と聡明だった。周りの子供たちよりも早く言葉を覚え、気づけば紙とペンを欲しがり、すぐに読み書きを身につけた。その小さな体に、知識を求める飢えにも似た輝きが宿っていた。

だが同時に、子供らしい無邪気さとはどこか異なる、不安定な影のようなものをまとっていた気がする。笑顔の奥に、ふと消え入りそうな翳りを見つけてしまう瞬間があった。

リオルの丘へ連れて行った日のことを、今もよく覚えている。草原に風が吹き渡り、雲間から差す光が大地を照らしていた。俺は、そんな穏やかな光景の中で、つい息子にらしくもないことを口走った。


『俺たちはいつもダレンの味方だ』


まさか俺がこんな言葉を言う日が来るとは、昔の俺なら到底想像できなかっただろう。自分の存在にすら慣れていない俺が、父親面して偉そうに言ってしまったのだ。けれど、その瞬間だけは胸の奥が温かく、言えたことが嬉しくてたまらなかった。俺自身がずっと誰かに言われたかった言葉を、今度は息子に与えることができたのだから。

それからのダレンは、剣と座学に励み、驚くほどの速さで知識と力を身につけていった。国の情勢は不安定で、あまり自由に外の世界を見せてやることはできなかったが、その分、息子の成長は鮮やかに際立って見えた。

息子に負けまいと、俺自身も鍛錬を怠らなかった。けれど次第に手が回らなくなり、弟のアルケに指導を頼むことにした。


「お前は剣をよく見ている。色んなことを教えてやってくれ」


渋々ながらもアルケは引き受けてくれた。そして後日、ダレンの剣筋を見たアルケは、眉をひそめてこう言った。


「これは……歪みの剣だな。普通の子供がこうはならん。……兄貴、少し気をつけてやれ。あの子、昔のお前に似ている」


――昔の俺。


その言葉に胸の奥が鈍く痛んだ。俺は戦争で父母を失い、ガキの頃からアルケと共に傭兵として各地を渡り歩いた。血の匂いと剣戟の響きに浸かり、やがて『騎士殺し』と呼ばれるようになった。だが力を得れば得るほど、自分という存在が掻き消えていく感覚に囚われていた。戦場で生き残るたびに、大切な何かが削り取られていく。あの頃の俺は、間違いなく荒んでいた。

酒場で酒に溺れ、朽ちた木の椅子に沈み込んでいたある夜、一人の娘が声をかけてきた。

――それがマリアだった。


「傭兵さん、大丈夫?」


その一言が、まるで深い霧を切り裂く光のように胸に届いた。俺は自嘲するように答えた。


「……俺にはもう何も残ってない。筋の通らない生き方ばかり選んできた……この先の未来も、暗闇を歩くしかないんだろうな」


俺は判断を誤り、仲間を無為に失わせた。罵声を浴びせられても言い返す言葉はなく、ただ自分の無力さに飲み込まれていた。

マリアは俺を見つめ、真っ直ぐに言った。


「弱気になってどうするの? 全部を失ったわけじゃないでしょ? 残ったものもあるはずよ」

「……そんなもの、あると思うか」

「今は見えなくても、新しく作ればいいの。男ならそのために強くなってみせなさい。ただね、泣いてもいいの。また笑えばいいんだから。それができれば、あなたは大丈夫よ」


その言葉は、荒れ果てた心に静かに染み渡っていった。俺は救われた。彼女の優しさに触れたいと願い、同時に憧れた。この娘のように強く、優しくなりたいと。

その出会いを境に、俺は変わり始めた。戦場で武功を重ね、人々を助け、ついには騎士へと任じられるまでになった。アルケは騎士を断り、探索者の道を選んだが、それもまた彼らしい生き方だった。

俺はマリアに求婚し、彼女と共に歩むことを選んだ。守るものが増えても、彼女と一緒なら恐怖はなかった。彼女が隣にいてくれる限り、俺は前に進めた。


――だが、そのマリアを失った。


国を守るはずの騎士でありながら、最も大切な家族を守れなかった。息子にその責を背負わせてしまった。心も体も限界を迎え、それでも倒れることは許されない。俺はもう、あの頃の俺ではない。俺は父であり、背負う者ではなく与える者でなければならない。勝手に潰れるわけにはいかない。マリアに顔向けできない。

立ち止まるな。進み続けろ。過去の時間は戻らない。ならば今の俺にできることは――息子の重荷を少しでも取り払ってやることだ。


『今あるものを大事にして。それに、私はずっとあなたの傍にいるわ』


マリアなら、きっとそう言うだろう。俺はその言葉を心に刻む。

ダレンもまた、自分と戦い続けている。下を向きながらも、歩みを止めない息子は、逃げ続けていた過去の俺よりも遥かに強い。

俺たちは別々の道を歩むだろう。けれど、その心の行き先はきっと同じだ。


――だから俺は、胸を張れる父になる。成長した息子を堂々と褒めてやれる父になる。

ただ、進むのみだ。


「そうだろう……マリア」

世の父となる立場の方たちは、何を思って子を見ますかね。

なかなか難しい話でした

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