十一話 痛み
一章クライマックス
「まさか…姉さんが」
「ああ…」
その後、騎士団が駆け付けて場が落ち着いたころ、父が師匠へとその事実を明かした。
「それは…すまなかった。助けに行けなくて…」
「アルケが謝ることじゃない。すべては不甲斐ない俺の責任だ」
父はやはり強かった。最愛の人を失おうとも、下を向くことなく、今を見据えていた。
「俺は一旦、騎士団と合流する。お前らは道場のそばで待っていてくれ」
そう言い残すと、父は足早に場を去ってしまった。
「ダレン…すまなかったな」
「父様も言っていただろ。謝ることじゃないって」
師匠は俺を心配してくれているのだろう。父と違って、弱い俺を。
かける言葉が見つからないのか、師匠はおもむろに何かを取り出し、火をつけた。
「ん?これか。煙草だよ。こういう時は無性に吸いたくなる」
煙草。俺にとっては忌まわしきものであり、同時に逃げ場でもあったもの。
これまで師匠が吸っている姿を見たことはなかった。
一吸いをため込み、ゆっくりと吐き出す。その様子はまるで、悪いものを外へ吐き出すかのようだった。
「師匠、俺にも一本くれないか…」
「ん?ああ…いいぞ」
俺は一本の煙草と、火をつける遺物を手に取り、慣れた手つきで吸い始めた。
だが俺は師匠と違い、吸うたびに悪いものを取り込んでいる気がしてならなかった。
「妙に手慣れてるな…まあいい」
そう言って師匠はただ静かに待っていた。俺が話し出すのを。
「俺は…またやってしまった。罪を重ねてしまった。大事なものをなくしてしまった…もう何のために生きればいいんだ…?」
静かに、俺は思いを吐露した。師匠はただ待ってくれている。俺が自分をさらけ出すのを。
「今回のことか、それとも…別のものか、それは知らんがな。人に“やっちゃいけないこと”なんてねぇさ。その責任を果たす覚悟さえあればな」
「その責任から俺は逃げ続けてきた…覚悟は俺にはなかった…」
そうだ。前世からも逃げ、結局縛られて。その結果がこれだ。
「押しつぶされそうになっている時点で、もう逃げてねぇさ。向き合ってる証拠だ。逃げてる奴は何も感じやしねぇ」
その言葉は、まるで経験からくるもののようだった。師匠もまた、逃げようとしたことがあるのだろうか。その責任を、重荷を捨てられたのだろうか。
「俺は責任を背負うのは嫌いだ。助けるべき者を見捨て、騎士の道も捨て、ただ自分のやりたいことをやってきた。だが…」
灰が静かに地面に落ちていく。師匠の胸中に、何かが去来しているのだろう。
「その痛みもなく生きていけるなら、そりゃ笑えるさ。だがな…救われねぇよ。空しいだけだ。俺は『虚剣』なんて呼ばれていたが、ただ力があったってどうしようもない。背負うもんがないのは楽だがな。生きている心地はしないさ」
師匠は自重するような笑みを浮かべながら言った。まるで罪を懺悔するかのように
「その痛みの先に救いがあると俺は思う。その痛み、大事にしろよ」
「この痛みはいつまで続くんだ…いつまで背負っていかなきゃならないんだ…」
「自分を赦してくれる奴なんていねぇさ。自分自身しかな。だからお前がお前であり続けるために、勝ち続けろ。正しいもの、守りたいものを、自分で見つけろ」
重みのある言葉は、俺の心にずっしりと響いた。重い。けれど、不思議と辛くはなかった。
「俺はもう決めたぞ」
師匠は続けてそう言った。きっと師匠の中でも何かが動いたのだろう。
俺もいつか見つけたい。自分を赦せる日を。
そう思いながら、煙草の火をそっと消した。
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あれから父は襲撃の後処理に追われ、なかなか時間を作れずにいた。
ついに一段落がついたころ、俺と父はリオルの丘へ向かった。
そこには即席ではあるが、母とリリ、ナズリーの墓が建てられていた。
「すまないな。遅くなってしまって…」
それが俺に対する言葉か、母たちに向けられた言葉かはわからなかった。だが父は心底、申し訳なさそうにしていた。
「父様、今回のことは俺のせいです…俺が力ないばかりに」
「お前のせいではない。元はといえば俺のせいだ…それに」
そう言って、父は襲撃の発端を語った。
黒の組織――ペンタグラム。国の有力者を暗殺しているという。
彼らは特殊な遺物を使い、将来的に自分たちの邪魔となる者を探し出し、襲撃しているらしい。
そして今回は、帝国五剣でもある父が標的だった。
父のもとにも幹部の襲撃があったが、致命傷を負い、引き返すしかなかったのだという。
「テドスの件も俺の責任だ。国を守る騎士が…家族すら守れないなんてな」
俺は事の処理に動く父を見て、強い人だと思っていた。だが違った。
父もまた悩み、苦しむのだ。強くなんてないのだ。
「俺たちはやはり親子なんだろうな。自責ばかりして、不条理に、不合理に悩む。難儀なものだ…」
その背中は、いつもよりずっと弱々しく見えた。
「アルケから聞いたぞ。お前の話を。生きる意味に、罪か…正直お前のことはわからない」
それはそうだ。今回のことだけではない。前世から続くことだ。
こんなにも醜く悩む息子を、父は面倒くさい、気持ち悪いと思っているかもしれない。
「だが…前にも言ったがお前は俺の息子だ。それは何があろうと変わらん」
面と向かってそう言われ、俺は自分を不甲斐なく思った。
信じられていないと勝手に決めつけ、突き放していた。
本当に信じていなかったのは俺の方だったのだ。
「父様…俺は自分が嫌いだ。許せなかった。何もかも、全てを。ずっと俺を否定してきたその全てが…嫌いだ」
「なら俺はダレンを肯定し続ける。マリアがそうしてきたようにな。だからせめてお前だけは…いなくならないでくれ」
切実な願いだった。これほどの家族に恵まれて、俺はこれ以上何を求めるというのか。
俺は、その言葉を否定したくはなかった。
「あ…りがとうございます、父様…。俺は自分を見つけて、父様や母様のように“与える側”の人間になりたい。そしていつか、あの時の『問い』をしてください…応えられる人間になりますから」
父のように、弱さがあっても大きな背中を。
母のように、人を包み込む優しさを。
それは遠い未来のことかもしれないが、確かにそうなりたいと思った。
「ああ…頑張ろうな」
そして二人で母たちの墓に向かい、その決意と共に手を合わせた。
「俺は組織『ペンタグラム』を追うため遠征に出る。奴らは脅威で、なにより仇だ。ダレン、お前はどうする?」
父の目は決意に満ちていた。ならば俺も、相応の気持ちで答えなければならない。
もう逃げたくはなかった。
「俺は…旅に出ます。強くなるために。自分を見つけるために。奴らを否定するために…」
奴らは俺を“同じ”だと言った。俺はその言葉を否定したい。
俺のすべてを賭けて否定したい。
支えてくれた人たちを、丸ごと裏切るような真似はしたくなかった。
「それぞれ歩む道は別だが、向かう先は同じだ。また会ったとき、お前の成長を見るのが楽しみだ。できればマリアにも見せてやりたいが…」
そう言って、父は母に似たいたずらな笑みを浮かべた。
そして、俺と父は別れ、それぞれの道へと新たな一歩を踏み出した。
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「なんで……師匠が……」
荷造りを終え、旅立ちの時を迎えた俺の前に現れたのは、なぜか大きな荷を背負った師匠だった。
「お前一人じゃ行かせられんよ」
「いや、だが……」
「これが俺の役割だ。それに、強くなりてぇんだろ?」
俺が返す間もなく、師匠はすでに歩みを進めていた。
その背にのしかかる荷物は、見た目以上に重いはずだ。だが、その一歩一歩には揺るがぬ意志が宿り、俺よりもずっと強い覚悟を感じさせた。
俺は立ち止まり、晴れ渡る空を仰ぐ。差し伸べた手のひらに、赤い陽光が差し込み、まるで熱を帯びた血潮が自分の内へ流れ込んでいくような錯覚を覚える。
「ああ……何がなんでも――」
それは決意というより、自らに課した誓いだった。
俺は小さく呟き、先を行く師匠の背中を追いかける。
その背はどこか遠く、しかし確かに、これからの俺の道を照らす灯火のように見えた。
こうして俺たちの旅は始まった。
赦しも、信頼も、まだ手にしてはいない。
けれど、この歩みの先にある何かを求め、俺は一歩を踏み出したのだ。
やっと一章書き終わりました。
いや長く感じたんですがね、見返すと思いの外ペース早すぎたかもしれません
まさに「終わりの始まり」と言った節目の話となりました。
この言葉で「リゼロ」と「かりゆし」どちらを思い浮かべますか?




