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ラインハルトは一息吐きたい

 ここまで調べる意味がないと思える依頼は早々無いだろう。


 顔合わせは愚か、断ることは許さないと半ば押し付けられるようにして送られてきた婚約者は、とても美しい容姿に全く生を感じられない無い瞳を浮かべて現れた。


「貴女がウェズデント侯爵家の長女、アリア=ウェズデント嬢か?」


「はい。私がアリア=ウェズデントでございます。ヒッドベル様」


「…私達は婚約者となるのだ。ウェズデント嬢が問題なければ、家名ではなくラインハルトと呼んでくれて構わない」


 アリアは一瞬、驚いたような表情を浮かべたが、小さく礼の形を取り――。


「かしこまりました。ラインハルト様。それでは私のことはアリアとお呼び下さい」


「ああ。アリア。よろしく頼む」


「…はい」


 何処かしっくりときていない様子で、終始困惑していた彼女を従女に任せ、私は深々と溜め息を吐いた。


「これで演技ならば、最悪の悪女だろうな」


 未来を感じさせない瞳に動かない表情。抑揚の無い無機質な声は、多くの感情を否定されたが為に産まれたものだろう。


 見るからの健康は損なわないようにと、食事はちゃんと取らせているようだが、心の方がすっかり病んでしまっている。


 万が一、彼女が悪事を働いたとて、それは彼女の意思ではないと断言出来る。現状、彼女自身で何かを判断し、行動するのは恐らく不可能だ。


(まずはメンタルのケアだな。栄養を取らせ、日光に当てる。慣れてきたら、早寝早起きをさせて軽く運動をさせよう。今後どうするかはそれから考えればいい)


 精神を病んでしまった者を治すには、健康的な生活を無理なくさせるほかない。起きれない時には無理に起こさず、精神的な負担を減らしながら、栄養を取らせ、徐々に生活環境を広げていく。


 無理に安定させた所で通常の感情の起伏さえ、おかしなものと感じるようになるだけ――まずはゆっくり焦らず、徐々に回復させていくのが重要だ。


(とはいえ、長居をさせる必要はないだろう。ある程度の回復を待って離縁し、国外の有力貴族と婚姻させれば、私の仕事は終わりだ)


 彼女は幸せになり、自分も役目を終えて、自分のことに集中出来るようになるなと――。


 お気に入りのカモミールティーに口をつけ、深く息を吐いた彼はソファーに深々と凭れると目を閉じた。


 音の無い部屋で僅かな空気の流れを感じながら、ラインハルトは時を揺蕩う。


 過去に自分が裁いてきた令嬢達は許されない罪を犯した。間違えのないように何度も調べあげ、正しく裁定を下したことに偽りも私情も無いことも誓えよう。


 しかし、感情の面でふと思うのだ。


 やり方に問題があったのは言うまでもないが、彼女達は幸せになろうとしていた。もし、自分が居なければ成功していた企みもあっただろう。


 貴族の社会は勝ち取れば成功者となり、歴史は勝者によって作られる。そう考えると、彼女達の中には稀代の王妃や聖女として名を残した者も居たのかもしれない。


 その可能性を奪った自分は果たして正義と言えるのか?本当にこの国の為になることをしたのだろうかと――。


(罪を犯した者に肩入れなど…王の器で無いことには違いないか)


 リチャードに言わせれば、"人想いな性格"もこうした役目につけば廃れ、摩耗するばかりだ。


「…何にせよ、疲れたな」


 自嘲するように笑い、ティーカップをテーブルに戻すと深い溜め息を吐く。


 最後の依頼を終わらせて、心休まる時を作ろうとラインハルトは心に誓うのだった。

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