リチャード王は依頼したい
「リチャード様、ユーリカ様。両陛下に置かれましては――」
「来たか、ラインハルト。堅苦しい挨拶は良い。ここは1兄弟として話そうではないか!」
「そうですよ、ラインハルト様。それに貴殿は息子であり、王太子でもあるクリフトを救って頂いた恩人でもありますから、その様に畏まられては対応に困ってしまいますわ」
「…2人がそう言うならば、そうしよう」
溜め息混じりに告げるラインハルトに、玉座に座る2人は満面の笑みで応えた。
「さて、社交の場にあまり顔を出さないお前が、態々このような場に顔を出すとは珍しい。何があった?」
「何かがあった訳ではないが、前々から考えていたことだ。そろそろ、お役御免とはいかないか?とな」
「…ふむ。そういうことか。まあ、確かに今の状況では依頼するのも難しい。時期としても悪くないだろうが――」
「それもあるが、私も今年で30になった。領地を持つ公爵としては後継ぎの一人も欲しいところ。何より、道行く度に女性という女性から敵視されるのは御免被りたい」
何処か歯切れの悪いリチャードに眉をひそめながら言葉を被せる。これまでも、何かと理由をつけては、のらりくらりと躱された実績があった。
――それも今日までだ、とラインハルトは語気を強める。
「第一、これだけ噂が出回れば、相手も警戒するというもの。抑止力にはなっても今までのように表立っての活動は無理だ」
「そう…だな。確かにラインハルトの優しさに甘えていた部分がある。無論、何れは辞めてもよいと考えてはいるが…」
「口を挟むようで申し訳ありませんが、ラインハルト様。実は陛下としてはどうしても依頼したいと考えている御令嬢が居るのです。なので急に辞めたいと言われると困ってしまうのですわ」
話が進まないと業を煮やしたユーリカにラインハルトは「そういうことでしたか…」と苦笑する。
「ならば、その御令嬢が最後ということでいいか?汚れ役を買うとは言ったが、一方で幸せな姿を見せられ続けていると、流石の私も恨みを抱くかもしれん」
「…わかった。これで最後の依頼としよう。しかし、ラインハルト。そうは言うが、お前、良い伴侶の当てはあるのか?」
「居ると思うか?そういう相手を探す為にも時間が必要だろう?」
「まあ、そうなのだが…う〜む…」
なんとも悩ましげな表情で唸るリチャードに、隣に座るユーリカは苦笑いを浮かべた。
「致し方ありませんわ、陛下。ラインハルト様の言うことも一理あります。依頼という形は今回が最後ということでよいのでは?」
「そうだな。ユーリカの言うとおりだ。済まなかったな、ラインハルト。最後の依頼を頼むぞ」
所々気になる節はあったものの、最後という言質は取った。もし、反故にするようなことがあれば、相応の対応をさせてもらおう。
「…わかった。依頼については何時もどおり鳩でも飛ばしてくれ」
「そうしよう。そろそろ良い時間だな。ラインハルト。内容はあれだが、久しぶりに話が出来て私は楽しかったぞ。偶には顔出すが良い」
そう言って、席を立つリチャードと立ち上がり、こちらに一礼をして踵を返すユーリカを見送って、背を向けたラインハルト――。
「あの時、私を選んでおけば良かったのですよ。ラインハルト様」
ユーリカは隣国の第一皇女であり、問題がある人物とされていた。既に隣国では第一皇女ながら居場所がないと言われる程だった。
その為、留学してきた際には、令嬢断罪人として人柄を見極める為に多くの時間を共にした。
結果、隣国で居場所がないこと以外はデマであり、素晴らしい人物だと解ってからは王妃に相応しいと推挙した――ユーリカの心がラインハルトに傾いていたことに気づかずに。
驚き、振り向いたラインハルトは既に奥の間に消えつつあるユーリカを見詰める。彼女の恨み言は恐らく、今のラインハルトの状況を皮肉るものだ。別に自分に気が残っている訳でもない。
こうして、独り身で相手探しの時間もないと嘆くくらいなら、身分差や王太子に相手がいないにも関わらず、第一皇女を娶るという多少の障害があっても、自分を選んでおけば良かったですね?と。
――結果、ラインハルトに良い相手は見つからず、彼女は心から愛してくれる相手と幸せになり家庭を築いた。
彼女が主人公の話があったとするならば、これ以上はないハッピーエンドだ。結果的にとはいえ、騙した相手に恨み言まで言えて万々歳だろう。
「まあ…仕方ない…か…」
誰に言うでもなく、何かに意味を持たせるわけでもなく、胸に残ったモヤモヤとした気持ちを吐き出すラインハルトだった。