アリアは◯にたい
「ほら、アンタは私を引き立てる為に市井で男でも誑かしてくるのよ」
「はい」
「グズでノロマなアンタをパパやママが育ててくれているのは、私を輝かせるため。解ってるの?お姉様?」
「解ってます」
「顔だけは良いんだから活かさないとね?あ〜あ、利用価値が無かったら、醜い豚にでも変えてやりたいわ!パパが駄目っていうから仕方ないけど」
「すいません」
「何に謝ってるの?無表情だし、気持ち悪い。もういいや、さっさと目の前から消えてよ、お姉様」
「かしこまりました」
継母の連れてきた異母妹に言われ、私は娼婦の様なドレスに着替えると外に出た。
私が4歳の時に母が亡くなってからの記憶は曖昧で、自分の感情も良く解らない。
身体は重く、心は動かず、全身は鉛の様に重い。だけど、命令に従わないと罵声と暴力を浴びせられるから従うしかない。
幸か不幸か市井に下りて、男性に襲われたことはない。見え隠れする痣と生の感じれない表情に魅力を感じないのだろう。眉をひそめられ「薄気味悪い」「気持ち悪い」といった言葉を投げかけられるくらいだ。
家に味方も居らず、外に味方も居ない。何故生きているのかも解らないが、何故死んでないかも解らない。
無だ。色の無い、ぼやけた世界を無のままに動いている。食事さえ碌な物を食べていないから、余計に頭が回らない。
指示通り動いて、帰って、罵倒されて、虐められて、また起きてを繰り返す"無の日々"を過ごしている。
太陽の落ちる頃に家を出て、月が昇りきる頃に帰り、継母と実父に「汚らわしい」「恥さらし」と罵られながら、味のしない食事を食べると一日が終わる。
今日もそんな何時もと変わらない日々を過ごすのだろう。とぼんやり見上げた月に想いを馳せた。
「お前、こんな時間までほっつき歩きおって!さっさと此方に来い!」
家に帰ると何だかいつももと様子が違った。ニヤニヤと笑う異母妹に継母、そして、何とも言えない表情の実父。
「よかったじゃない!お姉様!縁談が決まったって!」
「本当よ。こんな屑を貰ってくれるなんて有難いわ!」
そんな何時もの罵倒は、私の耳には入らなかった。
私の思考は"縁談が決まった"という、その言葉だけで埋め尽くされていたからだ。
「しかし、相手があの"磔公爵"とは…恥ずかしい限りだが、まあ、相応の対価を貰えるという話だしな。嫁いで長くは生きれんだろうが、その間、粗相が無いようにだけ気をつけるのだぞ?」
数多の婚約破棄や離縁、死別を繰り返し、更には王太子を唆そうとした令嬢を磔刑にしたという公爵様が私の嫁ぎ先だそうだ。
「…ふふ…ふふふ…」
家族が訝しみ、従者が驚く中、私は笑った。頭に浮かぶ死への喜び。
そんな酷い人ならば、きっと私を終わらせてくれることだろう。磔でも何でも今の生活に比べれば最高だ。
「アハハハハハ――」
狂った様に笑い続ける私は、従者に引き摺られるようにして自室へと返された。
その後、顔合わせに向けて、付け焼き刃の様に取り繕われた生活を送りながら、私は私を終わらせてくれるであろう婚約者との出会いの日を指折り数えるのだった。