磔公爵は引退したい
王族を表わす光沢のある赤銅色の髪と瞳。兄であるリチャードと比べるとガッシリとした男性的な体格であるが、非常に整った精悍な顔立ちは齢30にして未だ女性を惹きつけるーー。
「ねえ、見てラインハルト様よ」
「本当、恐ろしい・・・目をつけられたら破滅だわ」
ハズだった。
学生時代より文武両道な上にイケメン。更には第二王子ともなれば、嫁の貰い手に困ることもないのが普通だが、何故、こうなってしまったのかーーそれは学生時代まで遡る。
当時、ラインハルトには弟である第三王子がいた。王家に産まれたにしては出来の良い方ではなかったものの、見目は良く、両陛下の寵愛もあり、我儘な弟であった。
その弟が、主人公だと暴走する男爵令嬢に唆され、政略結婚として決まっていた伯爵令嬢との婚約を破棄。
果ては第一王子であるリチャード殺害を目論んでいたことが判明し、炭鉱送りとなる事件が発生する。
当然、第三王子を唆した男爵令嬢は家諸共、国家転覆罪で御家取り潰しの上、死罪となり、事件は収束したものの、多くの上位貴族の子息とも関係を持っていたことが判明し、王国全土を揺るがす大スキャンダルへと発展した。
事態を重く見た王太子リチャードは、偏った寵愛から第三王子の教育を疎かにしていたと両陛下を隠居させ、自らが王となることで沈静化を図るがーーそれは悪女達との戦いの始まりとなった。
爵位を傘に下々をいびる者。
美貌を武器に贅の限りを尽くし、果ては国の予算に手を付けようとする者。
婚約者以外の者と関係を持ち、家の乗っ取りを図るものーー。
野心や欲を秘めた数々の悪女達は、絆された馬鹿な男達と共に多くの国を滅ぼしていることは、過去の歴史書を見ても解ることだ。
その多くがリチャード王、治世のこの時代に挙って降りかかっていた。
「ラインハルト。このままでは数千年続いたグランドベル王国は私の代で終わってしまう・・・どうしたら良い?」
玉座で頭を抱える兄を前にして、ラインハルトは考えた。そもそも兄であるリチャードに良い婚約者が見つからなければ、この国は終わりだ。
そして、何故だか襲い来る謎の主人公達や悪役令嬢達に翻弄されていては、見つけるのは至難の技だろう。
ならば――。
「ならば、私が令嬢断罪人になろう」
「…令嬢断罪人?」
「ああ。問題があるとされる令嬢の実情を調べ、沙汰を下す。時には偽装で婚姻するのも良いかもしれない。まあ、兄君に相手が見つかるまでだが、汚れ役を引き受けようというわけだ」
当初はそういう話だった。兄であり王であるリチャードに良い相手が見つかれば、この国は安泰だろう。その間に問題がある令嬢を少しでも減らせれば尚良し。
自分の伴侶を見つけるのは、その後でも良い。そこまで貢献すれば、リチャードとて良きに計らってくれるはずだ。
「…良いのか?」
「グランドベルの為でもあるしな。上手くいった暁には、それなりの配慮を頼むぞ」
「勿論だとも!私は良い弟を持ったものだ!」
悩みが解決したと大喜びのリチャードを前にして、ラインハルトは微笑む。
国の未来、家族の未来の為に頑張ろうではないか――。
そして、気付けば十数年の時が過ぎていた。謎の主人公令嬢に唆されそうになる兄を支えつつ、迫りくる悪役令嬢達を裁く日々――。
彼女達の欲の際限なさに、ある種の感心さえ覚えた。時には他国の令嬢や王女さえも裁き、送り返した。
ほぼ偽装とはいえ、3度目の離縁を迎えた頃には縁談の話は零になった。更にはリチャードの息子であり、王太子でもあるクリフトを毒殺しようとした令嬢を磔の刑に処した今となっては、街行く平民の女性すら目を背ける始末である。
(そもそも、リチャードがユーリカと婚姻を結んだ時点でお役御免だったはずたが…)
断れない性格が災いして、今日まできてしまったが、流石にこのままではマズイとリチャード主催の異文化交流会へと足を運んだ次第だ。
「クリフト様の事件だって、服毒刑で良かったところを磔にしたって話でしょ?」
「しかも、あんなに大勢の前で…本当に恐ろしい御方だわ」
王太子の殺人未遂は大罪である為、見せしめも含めての沙汰だったが、令嬢断罪人となってからのイメージの悪さもあって、このような言われ方をしていた。…理不尽にも程がある。
悪女ばかりを相手にして荒んだ心に、心無い噂の数々でラインハルトの心はすっかり廃れていた。何なら少し女性不信気味でもある。
(もう終わりにしよう。絶対に引退だ)
異文化交流会で集まった他国の女性さえもコソコソと話すのは、他国の王女さえ裁いた実績故だろう。
周囲の反応に胸中で涙を流しながら、ラインハルトはリチャードの元へと向かうのだった。