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これで全員なんですね?


 賽銭箱の修復作業は滞りなく完了した。取手は先程と違って引っ張っても問題なく使える。ネジで取り付けるだけとは言え慣れてない人がやれば時間はかかるものだ。蝋塗りも終えたようだ。摩擦が起こる場所の滑りを良くするためにしっかりと塗りたくった。この方法の提案は藤だ。祖母の家で教わったのだそうで。祖母の家は昔ながらの日本家屋で襖は当たり前のようにある。夏休みに遊びに行った際、借りた部屋の襖があまりにも滑りが悪くて相談したのだそうだ。その時に仏壇の引き出しから蝋燭を一本拝借し、これを敷居と鴨居に遠慮なく塗りだした。


「蝋燭折れるくらいぐりぐりするからどうしようかと思ったんだけど、その後開けてみたら嘘みたいに襖の滑りがよくなって。婆ちゃんちの敷居全部に塗る遊びをしてたら母にしこたま怒られた記憶がある」

「限度があんだろ」

「小さい頃ってそういうちょっとしたことが面白かったんですよ。婆ちゃんは笑ってました」


引き出しを元の場所へと納めるためにダイとスズが慎重に押し込めば問題なくすっと奥まで入り納まった。何度か引いたり押したりしたが滑りは問題なく、取手も箱の重さと摩擦に耐えられている。ダイが満面の笑みになり、隣にいたスズに両手を挙げて何かを待っていた。スズはあぁと察し、ダイと同じく両手を挙げてハイタッチをした。その後ばっと立ち上がって一人一人にハイタッチをして回る。スズとカラスは慣れているようだが会って間もない橘と藤は困惑した。先の二人を見習ってハイタッチをする。体格が大きいからか手のひらは大きくどのくらいの力でくるのかドキドキしていたが、加減をしてくれたのかスズ達のようにぱんっとデカい音は鳴らなかった。


「やった!直りましたよ!スゴい、初めてなのにうまく出来ましたよ!」


 そのはしゃぎっぷりが大型犬に見えた。嬉しそうに賽銭箱の回りを彷徨くダイを目で追っていると、藤と橘の視界に朧気な人影がもやっと映り込んできた。

 同時に声をあげる。ダイは二人に振り返り、スズも彼女達の視線の先を見た。彼らの視界は何も変わらない。彼女達だけは見えている。賽銭箱よりもちょっと手前を見つめている。藤と橘は視線を外さないまま何かいるであろう場所へ、賽銭箱の前に並ぶ。隣同士で並ばず、まるで真ん中に誰かがいるかのように端に立つ。すると二礼をし始めた。頭をあげれば真ん中の何かを見つめて次に両手を前に出しパン、パンとしっかりと音を立てて二人は手を鳴らした。境内に反射した音なのかそれとも幻聴か、木霊するようにパン、パンと続けて小さな音が聴こえたような気がした。そして二人は手を合わせたまま目を瞑り、しばらくしてから目を開けて最後に一礼をした。


 ころん。

 何もないところから突然、見覚えのあるガラスの欠片が現れ賽銭箱の板に落ちてきた。カンっと当たりそのまま跳ねて違う場所に当たりまたカンと鳴る。そのまま重力に従いころころっと転がっていこうとしていた欠片をスズとダイが慌てて手を伸ばして掴もうとしたが、一歩遅くこつーん、と中へ入ってしまった。

ダイは先程直した引き出しの取手を掴み、すーっと引くとじゃらじゃらと鳴っていた小銭はすっと消えた。だがさっきの欠片だけがポツンと残っている。


「あーよかった…。消えたんじゃないかとひやひやした…」


 欠片を手に取り、引き出しをしまったダイはその場にどんと座った。


「ほう、種見つかったんやな。なら出る条件は予想したもんで間違いなさそうや」


 器が割れてから発生した傷みや汚れを、元に戻すと現れるという条件。一先ずこの方法で探し出せると確信が得られた。今度こそ手分けして探せそうだ。今度は蜃気楼を探すのではなく、異常を見つけるために。先程も探し回ったが目的が違えば注目する場所はだいぶ変わってくる。


「ここは三手に分かれた方が良さそうや。ダイちゃんが嬢ちゃんと、姉さんはスズとやな」

「カラスは一人?」

「わしは矢を打ってきた輩を探索してくるわ。ずっと気張るんはしんどいやろ。ついでに外回りに異常ないか見てくるわ」

「一人だと危ないぞ」

「一人だから動きやすいんや」


 カラスは解散と言って神門の方へ向かう。確かに、采配としては最も適したものだろう。スズとダイ、橘はカラスの背中を見送った後、どこから向かうか話し合いを始めた。ただ一人、藤だけは得心がいかない顔をして彼が見えなくなるまで見続けていた。



 ミッションナンバー、壱。

 ダイ、橘ペアの持ち場はこの境内である。とにかく端から端まで、それから拝殿の中も探索しおかしな部分がないかを探る。ダイは普段からよくこの境内を見渡しているようで恐らく異変に気づきやすいということで決まった。

 次にスズ、藤ペアは拝殿横から奥を担当した。拝殿の下手側には絵馬が飾られている絵馬道という場所があるらしい。そこから本殿を横目に回り、御神木がその近くにあるようなので裏手側を調査することになった。異変を発見し、その場で解決出来そうなものは随時対応。人手が必要な場合は後で合流した際に報告する運びとなった。


「よし!間違い探しだよね!?僕いけると思う!そうだ、あっちに紫陽花があって、まだ咲いてるかな?見せてあげるね。後、こっちには形代流しの小さな池があってその池の石が」


 ダイは目的を理解していると思うのだが、如何せん人間と話せるなんてありえない事だったから境内をくまなく案内しようとしてくれている。それはいいんだが、大丈夫だろうか。橘は割りと冷静に対応するとは思うが、彼女もおしゃべりが大好きな方だ。一度ペースに飲まれると結構はしゃぐ。ここに来てなんとなくだが、この二人、正反対に見えてタイプが似ていることがわかった。楽しいとどんどん進むタイプだ。ストッパー役がいないと永遠に進む。舞を披露する前もカラスが止めなければ雨乞いがいつまでたっても始まりそうになかったくらいだ。スズと藤は、少しの不安を抱きながら拝殿の横道へと出発していった。



 

 改めて、寂しい風景だと橘は思った。賑わっているとは言えないが参拝客がいる神社に見慣れていたために物足りなさを感じる。


「静かですよね。こうなる前はそこかしこに童のような子が自由に過ごしていたんですよ」


 彼もまた橘と同じように賑やかだった風景を思い出していた。眉を下げたままごめんなさい、と呟く。


「こんな大変なことに巻き込んでしまって。怖い思いをさせてしまって。僕らでどうにか出来たらよかったんですが」

 

 さっきまではしゃいでいた顔は今にも泣いてしまいそうなくらいに切ない顔をしてた。唇を噛み、己の不甲斐なさを嘆いている。ここにきてずっとにこやかだった彼に見慣れ始めていた橘は驚きを隠せなかった。確かに、突然ここにきてとても怖い思いをした。よく考えれば彼らの都合でここにいるのだ。それでも、橘は彼らを責める気持ちはなかった。


「私、あんなに大きくて怖いものは初めて見ました」

 

 その言葉にダイは顔を覆う。


「担がれて走られたのも初めてだったし、常世っていう場所も初めてで、柏手とかしりとりとか。雪穂さんは当たり前に順応してたけど、私は何もわからなくて心細かったんです。でもね、ダイさん」


 橘は彼の着物の裾を引っ張った。


「助けてくれましたし、何が起きてるのか何をしてたのか、どんな意味があるのか丁寧に説明してくれて、気にかけてくれたから私は冷静さを取り戻せたんだと思います。本当ならパニックになって踞って雪穂さんが何とかしてくれるのを待ってたと思う。寄り添ってくれてありがとうございます」


 ダイは礼を言われて一瞬表情が明るくなったが直ぐに曇ってしまった。ダイのこんな辛そうな顔を、見たくはない。きっと罪悪感でいっぱいなんだろう。他の二人よりも感性が人間に近いようだ。なら、橘の知っている言葉と想いは彼に届くかもしれない。橘は声をかけ続けた。


「私、雨乞いの舞なんて初めて舞ったんです。あっちじゃ絶対やらなかった。雨があんなに降ってきて感動したんですよ。貴重な体験をしました。ここにきて怖かったことより、この空間で神秘的なことが次々と起こってドキドキしたことの方が多かったです。今は力が弱くて見れていないことがあるんですよね?見たいんです。でも何よりも神社を救いたいんです」


 橘の言葉がどう届いたのだろう。でも彼は確かに目を見開き、微かに笑ったのだ。

 

「すいさんって呼ばれてましたよね?すいさん、ありがとうございます。巻き込んだのにも関わらず救いたいと言ってくれたことがとても嬉しいです」

「こっちを知れたのは今後絶対にありえないことです。知ったのなら、全力で力になります。だからダイさん、巻き込んだことを後悔して謝罪されるよりも、一緒に神社を助けよう!って言ってくれた方がやりがいがあります。戻しましょうよ、賑やかな時間を。私も見たいです、こっちの賑やかさを」


 ダイは、徐々に表情を明るくし、困り眉のままだがはい、   はいと何度も頷いた。


「すいさん絶対気に入ると思います!」


 調子を取り戻してきたダイは、大きく深呼吸をした後に自分の両頬をばちんと叩いた。良い音がしたな。目をぱちくりとさせた橘はダイの頬に手形が残っているのを見て噴き出してしまった。ダイは結構痛かったのかちょっと顔をしかめた。その後、情けなくも彼らしい笑顔が戻った。


 


 境内のど真ん中まできて、見渡している。

 広い。

 人がいない境内は広く感じる。ダイはうーんと唸りながら時計回りに回って観察している。橘はというと近くにある石の台座を念入りに調べている。参道を挟むように立っている二つの台座は高さがあり、橘の肩より少し下くらいだろうか。なにかを乗せる台座だろうか。橘は皆目検討がつかない。


「ダイさん、この台座ってなんですか」


 ダイは橘の方に体を捻り、台座を見てあぁと声を漏らす。


「なんだと思います?」


 顎に手を添え、体をこちらに捻ったまま質問を返された。わからないから聞いているのに。これが付喪神の悪戯心なのだろうか。ちょっと楽しそうだ。橘は考える。お祭り用の何かだろうか。太鼓をここで鳴らす?いや、提灯か?初詣限定で何か置かれるのか?


「あ、こうめでたいときに花を飾るとか」

「これ、動かせないです。めでたい時限定だとずっとここにあったら邪魔ですよ」

「ずっとここにあるんです?え、今は何も乗ってないですよね?あ!これが異常ですか?」

「いえ、現世ではずっとそこにあるんですよ」


 これは重大なヒントを得た。ある、と言った。つまり置物だ。なんだろう、何が置かれているんだ。台座は石。上に乗っているものも石だろうか。思い出せない。言われてみればここになにかがいたような気がする。橘は考えた。考えた結果。


「なんかまあるい石」

「残念」

「わかった、あの撫でると頭がよくなるあれ」

「あってもこの高さでは手が届かないですよ」


 狛犬です。

 狛犬、こまいぬ。橘の脳に電流が走ったような感覚が起きた。

 いた。確かに、狛犬がいた。口を開けた犬と口を閉じた犬。どうして思い出せなかったんだろう。


「わぁすっきりした。確かに狛犬がいました」


 いやでも待てよ?現世では確かに狛犬はここにずっといる。でもここは今、常世だ。台座の上にいない。それは可笑しいのではないだろうか。でもダイは異常でもなんでもないと言っていた。橘は改めてダイを見る。顎に手を当てたまま、まだ体を捻っているダイ。これは異常ではない。つまり、ここにいるはずの狛犬は動いてどこかに行っているということか?


「ダイさんとスズさん以外にお会いしていませんが他にもいるんですか?」

「後、一人いるね。今どっか行っちゃってるけど」

 

 一人?二人ではなく?

 橘の脳に二度目の電流が走った。


「ダイさん!狛犬だ!」

「うわー!急に当てられた!大正解!」


 スズ以外、まだ正体を知らなかったのがここにきて判明した。通りで何も乗っていない台座に興味を示さないわけだ。だってそれはダイがいつも乗っている場所なのだから。いなくなっても気にならない、だって自分だから。二回に渡る脳の活性化に橘は少し疲労を覚えた。異常探しとは別の使い方で労力を使ってしまったようだ。ダイは嬉しそうに笑っていた。それにしてもこんな高い台座に乗っているのか。

 向きは確か、神社の入り口を見ているんじゃなかっただろうか。台座を背にして背伸びをしていると乗ってみますか?と提案された。


「えっ!?い、いんですか?人間が乗っても」

「こっちは僕の台座ですし、いいですよ」

「ちょっと興味あります」


 ダイはちょっと後ろに下がってから助走をつけ飛び上がる。軽々と台座の上へと着地した。そしてしゃがみこんで橘に両手を差し出す。掴まれ、ということだろうか。両手を握ったがそうじゃなかったみたいで首を振られた。え、手を掴んで引き上げるんじゃないのか?ダイはもう少しこちらに近寄ってほしいと伝える。わけもわからず近寄ればようやくダイがどうしたいのか理解出来た。橘の両脇の下に手をいれてぐぃっと持ち上げられる。まるで子供を抱き上げるかのようだ。彼は相当力持ちなんだろう。何の苦もなく橘を台座の上まで持ち上げた。そういえば逃げてきた時もそうだった。人間一人を持ち上げて走るなんて普通では考えられない。台座の上に足をついた橘は礼を言って彼から離れる。と言っても狭いため然程離れることは出来ないが、持ち上げられた近さを考えれば多少でも離れていたい。少し恥ずかしかったのだ。頬の熱さを冷まそうと手で仰ぎながら周りを見れば先程地面で見ていた景色とは違っていた。

 

 一望出来る。手水舎の向こう側に誰がいても気付ける。そのくらい見晴らしがよかった。うわぁと思わず声が出る。感動してしまった。それが嬉しかったのかダイはニコニコしている。

 

「狛犬っていつも入り口を見てますよね」

「よく知ってますね!何故か知ってます?」

「え、なんか、こう、見守る的な感じですか?」


 それもありますが、とダイが言いながら神門辺りに目をやれば誰かいたのか目を凝らしてよく見ていた。まさか、さっき矢を射ってきた誰かだろうか。橘は緊張してダイの様子を伺えばダイは大きく腕を左右に振った。ダイの表情を見ればにこやかである。知り合いのようだ。残念ながら橘にはよく見えていない。着ている着物が皆と違う。もしかして…。まだ出会っていない狛犬なのだろうか。

 


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