出現にはルールがあるのか
突然常世という、似て非なる空間に迷い込み、人生で二度と体験しないようなとんでもなく怖い化け物に追いかけられ、わけもわからず逃げていたら男性二人に助けてもらった矢先、見知ってるはずの神社は存続の危機ということを知る。それを助けるべくどうやら連れてこられたらしい女性二人、橘すいと藤雪穂はこの神社の付喪神のような彼らと種を探すことになったわけだが。
最初は見つけ方がてんで分からずにいたが、手水舎掃除作戦により、種をひとつ見つけることに成功した。出だしは好調。この調子で集めようと意気込んで境内を見回したが、あの時目撃した思い出蜃気楼はどこにも見当たらず、現状振り出しへと戻ってしまった。
雨が降った後だからか、境内は輝いて見える。瘴気というのが洗い流されたからだとカラスは言っていた。こんなに見晴らしが良くなったのに蜃気楼も何も見つからない。結局見える範囲を散策したが無駄足だった。
見つけ方は分かったが、その蜃気楼の発生条件が分かっていないんじゃないかと藤は言った。確かに先程の蜃気楼も雨が降って手水舎を使える状態にしてから現れた。
「つまり種を見つけ出すためには、神社の中のもんを機能してた状態に修理、或いは掃除せなあかんということかいな」
面倒だなというのを一切隠しもせずに嫌そうな顔でカラスはまとめた。いやその溜め息、つきたいのは人間側も一緒だ。それを探し出すのが大変そうなのだから。神社に関して物知りな藤も流石に見ただけでは機能してるかわからないと告げる。
「でも自分さっきは進んで掃除したやろ。勘がええんと違う?」
「目についたからやっただけ」
橘は薄々感じていたことがある。この二人、妙に喧嘩腰ではないだろうか。いや、喧嘩越しなのは主に藤なのだが。カラスはわざと挑発するような物言いをする。カラスはどうか知らないが、橘の知る藤はあまり他者に対して攻撃性を持たないタイプである。ダイとスズもさっきと様子が違うよなと思うくらい刺々しい空間になっている。二人は橘を見るが、橘だって何が起きてるかわからない、むしろ教えて欲しいくらいだ。さっきの別行動で何かあったとしか考えられない。だが、今はそれを聞いてもはぐらかされそうなので誰も聞かないでいる。仲は悪くはなっているが、蜃気楼の発生方法を探る協力はしているようで発言を積極的にする。
藤はあらゆる可能性を思い付くのに長けている、いわゆる頭脳派と言われる部類なのだろう。それはカラスも同様で。
「境内を見渡したけど、極端に全てが汚れてたりしてたわけじゃないし倒壊もない。カラスが言うように本来神社の中で機能していたものが壊れてしまってそれを修復すれば私達が見つけることが出来るってことだと思う。でもこれはダイさんやスズさんがいないとわからないことなんですよ」
「俺達?」
「私達はいつも神社に来てるわけではないので何がいつもと違うのか、正直わからないです。手水舎みたいに目に見えてわかるものならいいんですが…」
「なるほど、俺達から見て違和感を感じたらそれを言えばいいんだな。それは任せてほしいが…」
スズは言葉を濁らせた。あぁ掃除か。それをすぐに察した藤は私がやりますと言いきった。頼もしい。橘も自分が出来ることを探さねばと意気込む。
「あ!」
ダイが突然大きな声を出すものだからカラス以外皆びくりと飛び上がった。矢の襲撃以来気が立っているものだから当然の反応だが、カラスだけはのんびりとダイを見た。
「声でかいで。なんかでっかい虫でも見つけたんか」
「こんな非常時に虫見て声出さないから!ほら、あの、壊れてるかもとかの!さっきそういえば見かけたなって」
神器が壊れてからあちこち異常が起きてるからそこも当たり前に影響を受けているんだな、としか認識していなかったため注視していなかったらしい。なんならここが元に戻ったら直ると思っていたから気にも止めなかったようだ。
「でかしたダイちゃん!んで、どこ?」
「はい、賽銭箱の横側です!」
手水舎の前に行った賽銭箱か。確かに傷んでいたような気もするが、人間側はなんとも思わなかった。古い建物なら当たり前というか、それが趣ともとれるからだ。ただ、あちらからしたら違う。しかも横側なんて見ることはない。
横、横。箱なのだから面がある。なんの変哲もない面だ。橘も藤も流石に横は思い出せない。記憶を辿ってもしかたないので皆でそちらに向かうことにした。
先程参拝した賽銭箱。人間側からしたら触るなんて発想がないため後ろから眺める。ダイは傷んだ場所がよく見えるように屈んだ。
横の面には引き出しの取手がついている。取手の横辺りに壊れた南京錠がかかっていた。
「この南京錠が壊れたっていう…?」
「あ、いえこれは…」
ダイの耳がみるみる赤くなっていく。
「こうなるちょっと前にかくれんぼした時に、袴が引っ掛かって。それに気付かずに走ったら、このありさまでして」
「なんで黙ってたんだよ」
「誰もここは開けないからいいかなって。南京錠、知らないうちについてたし…別に壊れても変わらないし」
この南京錠を外せば、タンスの引き出しのように開く仕組みになっているようだ。ダイは取手を引っ張る。ネジが緩かったのか取手だけ取れてしまった。
「あーあ」
「いやこれは絶対僕のせいじゃないからね!」
取手が取れても下側を引けば何とか開けられそうだが、先程の雨で水分を吸って滑りが悪いのかガタガタと開きづらそうにしている。見兼ねたスズも手伝い、これ以上壊れないようにゆっくりと開けた。じゃらじゃらっと小銭の音がした。それはそうだ。参拝する際にお金を箱に入れるのだから。だが、最後まで抜ききって驚いた。あれだけじゃらじゃらと音を立てていた小銭は、賽銭箱から引き抜かれた場所から徐々に消えていっている。
「え、大丈夫なの?」
彼らは平然としていた。
「えぇ、こちら側にはこういった賽銭は使わずに概念だけが存在してます。現世ではこれだけの参拝があったんだというものだけが見えているのかな?仕組みは正直わかりませんが、箱から出すと見えなくなりますが箱に戻せば何事もなかったように小銭が戻ります」
そういって実際差し込めば確かに小銭のじゃらじゃらとした質量が戻ってきた。
「だから、なんで南京錠があるのか不思議なんですよね」
ダイのその言葉に何も言えず、橘と藤は見合った。
ダイは恐らく人間というものが優しくて善行をしている生き物に映ってるのかも知れない。或いは、神社でまさか賽銭を盗むような罰当たりなことが行われるとは露ほども思っていないだろう。
橘も藤も南京錠がある理由がすぐにわかった。現世のものがここには反映されていると言っていた。つまり現世では鍵をつけなくてはならない事が起きたということだ。こちらで壊れたものが現世で反映されていないとは思う、仮にそうだとしても取り替えられているのだろう。常世と現世の物質の関係性はわからないが、直っていなくてもここでは困らないのだ。二人ともダイの言葉には反応せず、傷みの部分を観察した。
立て付け、というか滑りの悪さは蝋燭の蝋を塗ればよくなるだろうということでまとまった。さて、問題は取手の取り付けだ。ネジ穴は広がっており、同じところに刺しても抜けてしまうだろうし新しい場所につけるしかないだろうということで、スズは工具箱を持ってきた。
付喪神三人は工具箱と人間二人を交互に見る。
なるほど。この三人、さては苦手か。わかりやすく委ねてくる。藤は当たり前に作業を始めようとするが、待てよ?
彼らにある提案をした。
「やってみませんか?これ汚れ仕事じゃないですし。こういうの直せたらかっこいいと思う」
かっこいい、という言葉に反応したのはダイだ。それを抜きにしても興味はあるのか、スズも二つ返事で作業に加わった。カラスは先程と同じ茶茶入れ担当だ。
橘と藤は引き出しの滑りをよくするように蝋を塗る担当、ダイとスズで取手取り付け班。各々作業に取り組んだ。作業しやすいように高さのある神楽殿の端の方に持っていった。引き出しの取手部分を上にして、地面に置いた。これは舞台上では彼らが、その横で彼女達が各々分担して作業しやすいようにだ。
まずはどこに取手をつけるかだ。最初の場所から近いと割れたりしてしまうためここはどうだとか、ここだと片寄ってて引き出せないとか言い合いをしていた。結局、カラスがアドバイスをして穴を開ける場所を決めたようだ。
性格の違いが露骨に出るなと感じた。ダイはあたりもつけずにここだろうと錐で穴を空けようとする。それだと取手の幅に合わなかったら大変だろうと止めるのがスズだ。ダイはとにかく感覚派の大雑把。スズは理論派で丁寧。舞の教え方もそうだが、体の動きや足運び等もこうきたらこう、とわかりやすかった。
カラスは、どうだろう。面倒くさがりだから恐らく大雑把かなと橘は予想していたが、藤は否定した。あの人は相手が思う反対のことを察してやってのけるオールラウンダーだ、と。かくいう藤は蝋の塗り方が大胆だ。お互い担当範囲を決めたら、もう遠慮なくごりごりと塗ってく。ムラとかは後で、というタイプのようで大雑把に蝋を塗る。でも理論派なんだろう。範囲を最初に決めたのは藤だ。橘はというと突然突拍子もないところから塗り始めたため、ストップがかかった。
しかもカラスから。
「嬢ちゃんあんま口出しはしたくないんやけど、普通端からやない?」
人外に普通を説かれるとは。なのでお互いどこを塗るか分けてくれたのだ、藤が。範囲が決まれば端からきっちりと塗る。それに関してカラスはまた小言をいう。
「いや自分、丁寧なのに感覚派なん?恐ろしく矛盾してるなぁ」
「塗ればいいかなって」
「姉さんは範囲を決められるんに行動が大胆すぎる。正反対やな」
「口動かしてる暇あったらダイさんの手元見てあげて」
はいはいと言ってふらっといなくなるカラスに一瞥もくれずに作業に没頭している藤。
聞くなら、今なのではないだろうか。橘はさりげなく近くまでいき、横腹をつつく。藤は体をちょっと反らした。くすぐったかったらしい。橘に顔を向けてどうしたと聞いてきた。橘は藤の肩を掴んでぐっと上から押し込み座るように促せばバランスを崩した藤は橘が意図しないしゃがみ方をした。尻餅をついたのだ。
「え、結構痛かったが?」
「ごめん、それよりね」
「いやいやそれよりって言っていいの私だからね」
橘はヒソヒソ声で 藤の耳元で囁く。
さっき何かあった?と。藤は思いがけない質問だったのか微かに目を見開いたが、直ぐに元の表情に戻る。しばらく何かを考えているようで目線が泳いだり、頭を傾げたりするがようやくまとまったのか藤は改めて橘を見る。
「すいはさ、前回ここにきた時境内まで辿り着けなくてまたリベンジしよって言ってくれたじゃん?んで、すぐに日程決まって今日きたけど、どうして今日にしよって思ったかきっかけある?」
橘は、うーんといいながら考えていたが、帰ってきた言葉は今日が都合がよかったから、 だった。
「雪穂さん、もしかして別日がよかったとか?」
「いや、今日で問題なかったよ。そうだよね、今日が都合がよかったからきたんだもんね」
「あ、後」
天気。晴れの日が今日しかなかったんだよ、確か。
「ここ最近ゲリラ豪雨酷かったじゃない?だから雪穂さんが晴れの日がいいって。確か言ってたよね?」
藤は、橘の顔を見たまま固まった。何かおかしなことを言っただろうか。藤は雨が苦手なため天気予報をよく見る。それでなくとも豪雨の影響で交通機関が見合わせになることが多い。だから今回の予定も今週で、天気がいい日を選んだのだ。藤はそういえばそうか、とまた思案顔になった。
「え?質問してたのは私では?」
「あぁごめん、なんだっけ…」
何かを目まぐるしく考えてる顔だ。本当に、なにかあったのだろう。橘は藤の肩を強く掴んだ。すると藤はハッとした顔で橘を見る。
「いわなきゃわかんない。カラスさんと喧嘩した?ダイさんもスズさんも多分気にしてるよ」
「え」
隠してたつもりなのか、今度は罰の悪そうな顔をした。
「喧嘩ってほどでもないんだけど。ちょっと気になることがあって」
言葉を慎重に選んでくれているのか言葉に詰まる。橘が舞をしていた時、何を話したのだろうか。端から見てたしかに性格は合いそうにはないように見えたが、喧嘩腰なのは気になる。喧嘩腰?いやこれは警戒しているのではないだろうか。藤がようやく口を開こうとしたその時。至近距離で声が降ってきた。
「自分達、なにこそこそ話してるん?作業は終わったんやろね?」
いつの間に舞台から降りていたのか、藤達の後ろにいてこちらを見下ろしていた。あまりの近さに心臓がガッと跳ねて息が詰まった。悪い話をしているわけでもないのにどうしてか、聞かれてはいけないことを聞かれたような感覚に陥った橘は直ぐに答えられなかった。すると、藤はわざとらしく溜め息をついて、こちらを見下ろしてきていたカラスを押し退けるように立ち上がった。
「カラスに対する私の態度が悪いから叱られてたの。いわせんな」
「あらぁ年下に叱られてもうたん?なんでわしに喧嘩腰なんか、そら気になるよなぁ」
その笑顔が、貼り付けられたように見えて橘は萎縮しそうになったが藤が怖がらせるなと叱咤した。
「あの大雨ん中、傘のひとつも言われなかったから大いに腹立ててたんだよ」
「えっまだ根に持っとるん?」
「割りと。だからね、すい。深刻に考えないで。私は今世紀最悪の相性の悪い人に会っただけ」
カラスもそういわれて、あちゃぁとひょうきんな反応をしてからけたけたと笑った。
「すまんね、嬢ちゃん。からかうの好きでな」
着物の袖に手をいれて左右に振って真顔になったり、にかっと笑って見せたりする。橘はカラスの醸し出す演出に引っ掛かってしまったのか。そう思った瞬間顔がカッと熱くなった。
「ねぇ!!!本当にさ、私の心労返して!」
そのでかい声にダイとスズも気になって下を覗けば橘が大層ご立腹ではないか。
「ど、どうしたの?」
「二人が喧嘩してるんじゃないかって心配してたのにっ。カラスさんはからかうし、雪穂さんは結構下らない理由で怒ってたし…!」
「あぁなんだ、なにしたんだ?」
「雨乞いの時に、傘にいれなかっただけで末代まで祟るほどの恨みをかってもうてな」
「え、確かにずぶ濡れだったけど…、えわざとじゃなくて?」
「傘があるなんて聞いてなかった」
「雨乞いするんやから雨くらい降るやろ?」
「カラスが悪いんじゃ…」
「あっこれ部が悪いで!ほら解散解散!作業の続きしましょ!」
原因をつくったカラスは笑いながら舞台に上がってダイ達に作業を促した。
カラスの思わぬ登場に話の腰を折られた。改めて藤を見れば先程の難しい顔はしておらず、呆れたように彼らを見上げていた。見間違え、だったのだろうか。変に勘ぐりすぎていたのかも知れない。
「雪穂さん」
「ごめんね、心配かけて」
「いいんです」
でも。
橘は真剣な顔をして藤を見る。
「本当に。何かあったら言って欲しいです」
ありがとう。
そう言った藤の表情を橘は読み取ることが出来なかった。