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雨乞い


 擂鉢(すりばち)が境内に軽やかに響き渡る。

たくさんの楽器の音が重なりあう祭りで聴いていた、よく響く綺麗な音は涼やかで明るい音。でも今回は祭りで聴く跳ねるような音ではなく、洗礼されたような音色。それに合わせて巫女装束を纏っている橘が扇子(せんす)を開き、舞を始めた。

 舞の知識は豊富とは言えない。アニメやそういった動画でしか見たことがない藤は、日本の雨乞いの舞を初めて目の当たりにする。跳んで跳ねて妖精のように踊る派手なものではなく、しっとりと日舞を連想するような動きであった。音に合わせて緩急をつけて動く姿が、いつもてきぱきと行動する橘とは思えないくらいに優美で、魅入ってしまう。ダンスが好きだとは言っていたが、一般人が想像している反復運動のリズミカルなものとはかけ離れている動きだ。無茶振りとは言えよくここまで仕上げてくれたものだ。本人の吸収力もあるがスズの教え方もよかったのだろう。

 しゃんしゃん。

 舞の途中、綺麗な鈴の音が鳴った。その音と共に舞っている姿をじっと見ていた藤は胸がじんわりと温かくなる。感動が抑えきれずに温かさは頭へ上昇し、顔に熱が溜まる。鼻の奥がつーんとした。

 頬にツーっと何かが伝う。

ぱらぱら。ぱちぱち。

 建物、草木の葉、地面、そして藤達に何かが落ちてぱちぱちと音を立てる。顔にも何滴か落ちてきた。空を見上げれば雨が降り始めていた。現世(うつしよ)とは違うどんよりとした暗い空から徐々に雨がたくさん降ってくるではないか。舞はまだ続いている。舞に合わせて雨足は強くなり、その雨音も舞を盛り上げる音楽として舞台を彩る。

 

 シャーン、シャーン…。

 

 神楽鈴の音だけは、雨音に負けず境内に響く。余韻を残し遠くまで音が伝っていく。

 

 演舞が終わる。

 擂鉢も、舞う時に聴こえた衣擦れの音も床を踏み鳴らす音も、鈴の音も雨に打ち消された。彼らはまた深く深くお辞儀をした。

ザーザーと降っている雨を見たダイと橘は嬉しさに思わずハイタッチをした。

 成功したんだ。雨乞いの舞をして、それに応えるかのように雨が降り始めて、こんなにも大雨になるなんて。藤は雨の中、ぼんやりと空を見上げていた。この奇跡にも似た現象に感激している。

 ハッと我に返り、この感動を共有しようと彼の方を見れば。


「おー、ぎょーさん降ってきたわ~」


呑気な声を出して番傘で雨を防いでいた。

いつ番傘をさしたのだろうか。さっきまで持ってなかったし、なんなら一緒に舞台を見てた時は手ぶらだったはず。


「なんで傘持ってるの」

「なんや自分、雨乞いしたら雨は降るやろ。まさか、成功すると思ってなかったん?」


呆れたような顔で見てくる。確かに成功したら雨は降る。それはそうだ。失敗するとはあまり考えていなかったが雨対策をすっかり忘れていた。おかげで頭から靴の中まで川に飛び込んだのかというほどにびしょびしょになった。カラスが用意周到なのはわかった。わかったが納得いかない。


「傘あったなら教えて欲しい。むしろいれてくれても良かったんじゃ?」

「いやこないな傘に二人入ったら肩濡れてまうやん」

「傘もう一本欲しかった」

「言われんかったからいらんかと」


 にやりと口を歪めたカラス。

 やったな。

 わかっててやったんだ。なんてことだ。ここでまさか悪戯を発揮されるとは。悔しさに唇を噛んでいるとまぁまぁとカラスが宥めてくる。


「手水舎の掃除で服汚れてたのが、雨で落ちとるで」


そう言われれば手のベトベトや、服についた汚れも雨に流されて落ちていた。

 そうだ。今のうちに手水舎の仕上げをしなくちゃならない。藤は踵を返し手水舎の方へ走る。屋根が少し破れていたお陰か雨がどんどん中に溜まり溢れだしていた。それを好機と捉えデッキブラシで仕上げをしていく。雨が強かったお陰もあって、最初に見た汚さはなくなり、綺麗な姿を取り戻していた。

 しばらくすると雨も止み、建物に避難していた4人は手水舎に集まってきてくれた。


「みんなお疲れ様。舞、素敵だったよ」


橘は照れ臭そうに笑い、ありがとうと言う。


「こっちもピカピカになってよかった!」

「汚れの詰まりがなくなったのか、見て。自然に水が汲み上げられてたまるようになったんだ」


よく見れば細い竹筒から水がチョロチョロと出ており、清潔な水が循環しているのがわかる。神社でお参りする時に目にする手水舎だ。これ以上ない仕上がりにダイ達も拍手してくれた。


「こんなに綺麗にしてくれてありがとうございます!」

「雨のおかげか、境内も洗い流されてすっきりしたな」


境内を振り替えれば来た時よりもキラキラしてるように見える。雨水の反射のせいだろうか。幾分か空気もいい気はする。


「雨は汚れや瘴気も洗い流す。境内も少なからず汚れが溜まってたんやな。姉さんの気紛れ掃除のお陰で神域の浄化もされたわけやな」

「本当にありがとう」


 スズとダイは橘と藤に礼を言った。


「こちらこそ、舞を教えてくれてありがとうございます。初めてでしたが、こんなにも楽しいことを知れてよかったですっ」

「俺達も人間が舞う姿を見せて貰えて懐かしかったよ。ありがとう」


 改めて手水舎を見れば綺麗な水がちょろちょろと流れている。柄杓は年季が入ったままだがそれはまた趣があっていいだろう。

 あ。

 橘が声を漏らす。そして手水舎近くまで歩み寄る。藤も何かに気付いたのか橘の隣に行く。三人は様子を見ていた。橘の視線の先には、ぼんやりとした何かが見えていた。

 人、だろうか。段々とハッキリ見えるようになってきた。透けてはいるが数人の人が柄杓を使って手を洗ったり口を濯いだりしている。緊張したような、晴れやかな顔をしている子もいる。言葉は何も聴こえない。それでもどんな会話をしているか二人には何となくわかった。


 どうやって使うの?

 手順は?

 ハンカチ忘れた。

 これであってるかな。

 

 藤も橘も覚えがある。初めて神社に着た時、同じようなことをしたなと、思い出して笑った。それであってますよ、と橘が声をかければ幻影はこちらを見て微笑んだ。かと思えば霧が晴れるように消えた。驚きはしたが怖さはなかった。さっきまで人がいたのか再確認するために近寄れば水の中に何か入っているのが見えた。キラリと反射したそれを藤が水に手を入れて取り出せば、ガラスの破片のようなものが取れた。

ダイ達に見せれば、これが集めて欲しかった種らしい。藤はそれをダイに渡した。触れるようだ。

 

「種は触れるの?」

「こういう破片になれば僕たちにも触れます。でもさっきまでなかったですよね?」

「さっきの人たちが手を洗うのに戸惑っていたから教えたら消えて、それで」


 ダイとスズの反応が鈍い。それどころか互いに顔を見合わせていた。

  

「さっき、人がいたんですね」

 

 少し寂しそうに眉を下げたダイが手水舎を見つめる。そうか。彼らにはあの幻影が見えていなかったんだ。

 

「なにをしてたんですか?」

 

 橘は今あったことをダイに教えてあげた。人間にとってここにくることは頻繁ではないため作法やら手順を不安がる。それでも郷に従い、参拝をする。そんな人間の一コマがここにあったということを。ダイははにかんだ。そうなんですね、と言って水に触れた。その水の冷たさは彼にもわかる。そこだけは人間と同じものを共有しているのだ。



「この作法を煩わしく思わずに、真剣に学び、それをやってくれる。ただ手を清めればいいのに、丁寧に行ってくださる姿を、僕は好きで見ていました」


 そうだ。彼らは神社にいるのだからその景色を見ていたんだ。その光景を思い出すかのように目を瞑る。


「ここにいた人達は、どんな顔をしていましたか?」

「笑顔でした」


 橘は伝えた。そして、おもむろに柄杓を持ち水を汲む。そのまま制止していれば藤は察して、彼女にやり方を教える。

 まずは左手を洗い次に右手。左手に水を溜めて口をすすぐ。そして最後に柄杓を縦に傾け柄を洗うように水を使いきる。


「こんな感じで。楽しくやってましたよ」


それを見たダイは段々と満面な笑みに変わる。まるで辺りが暖かくなるような笑顔だ。こういった些細な思い出、信仰心を見つけるのは確かに同じ人間である彼女達にしか出来なさそうだ。でもそれは決して億劫なわけではなく、しんどいものでもない。そしてそれを見つけて彼らに話すのも大事な事のような気がした。


「これで見つけ方はわかりましたッ。後は境内を見回って私達が見つけて皆さんにお伝えすれば種を集められそうですね」

「ありがとな、頼りにしてる」


よし、次にどこへ行こうかと作戦会議をする矢先。

 くしゅん、とくしゃみが聴こえた。

 皆が藤を振り返る。そういえば彼女はずぶ濡れだ。


「あー、まずは着替えよっか」


スズは藤を連れて社務所に入っていく。奥には神職の方々のいわゆるスタッフルームと言うのだろうか。畳の部屋があり棚には箱がぎっしりとつまれていた。部屋の真ん中に置いてあるちゃぶ台の上に空いた箱が一つ置いてあった。箱には擂鉢と書かれていた。ダイが使った擂鉢はここに入っていたのだろうか。部屋の様子を見ながらスズを待っていればタオル一枚と着替えであろう白い着物を持ってきてくれた。

 

「わりぃな。そういう服はこっちにはなくてな」

 

受け取って広げてみればバサリと一枚落ちた。一着の着物かと思って広げたがどうやら作務衣のようだ。

 

「姉さん、動きやすい方がいいかと思ってな。袴がいいなら持ってくるが」

「いや、これがいいですありがとう」


 先程の手水舎掃除で行動派に見えたのだろう。橘とは違う装いを用意してくれた。確かに巫女装束では突然の掃除や行動には不向きである。スズは気が利くようだ。


「俺は襖の向こうにいるからなんか困ったら呼んでくれ」


ピシャッと襖を閉めた。

 ようやく一人になれたからか長い溜め息をつきながら水気をたっぷり含んだ服を脱いでいく。


 手水舎で言っていたカラスの質問が頭にこびりついている。


ーー姉さんはなんで今日参拝にきたと思うーー



 神託の話も、たまたましたわけではないように思う。

整理するには材料が少ないが、推測をするならばこうだ。

神社にくるように、カラス達がなにかしらの方法で今日に誘導した。それは目には見えないもの、今回の場合神託というものになるのだろうか。今日にしようと思わせるきっかけを作ったのだろうか。自発的に突然行こうと思った気がするが、決めつけはよくない。また来るまでに何を話してたか、思い出す必要がありそうだ。当たり前の日常の中に知らずにきっかけがあるのは奇妙な感覚だ。こちらは自分の意志で動いていると思っているのだから。明らかに何かしらの声を聴いたとかはなく。霊感もない。

 カラスはこうも言っていた。

 

ーーあの時、奥まで入ってきてたらわしらは連れてくるつもりやったんやーー

 

 どういう意味だろうか。言葉通りに捉えてもよさそうだが、この言葉にはうすら寒さを感じる。たくさん人がいる中で。二人を連れてくる事を決めていた口振りだ。知り合ったことがあるだろうか。藤には心当たりがない。ならば、橘だろうか。後で確認してみた方がよさそうだ。


ガララっ。

 

「雪穂さん、たぶん電気あるだろうからってドライヤー…」

「あ、」

「あ」

「ごめんごめんごめん!!!!」

「あいや、もう作務衣の紐だけだから。ほぼ終わってるから」


 当たり前のように入ってきた橘にびっくりして声が裏返った。スズが外にいるんじゃないのか。


「え、女性同士だから気にせず入れたけどダメだった?」

「ダメだめだめ!」


 橘はドライヤーをちゃぶ台に置いてそそくさと出ていって襖をピシャッと閉めた後に襖越しでもわかるくらい大きな声でスズを叱っていた。確かに、女性同士でも恥ずかしいもんは恥ずかしい。だが、橘のどもりかたといい動揺といい、反応があまりにも初な男子学生のようで恥ずかしさより面白さが勝って笑ってしまった。ひとしきり笑って髪も乾かして、部屋を出れば居たたまれない顔をしてる橘と軽く謝るスズ。そのスズの謝罪が気に食わなかったのか橘は噛みついた。


「もっと重く受け止めて!!!」


この気迫にスズは引いたが、藤はひぃひぃ笑いだしてしまった。橘の怒りは藤にも及ぶ。

 

「もっと恥じらって!!!」

 

 あまりの剣幕に、悪くないのに反射的に謝ってしまった。

 付喪神の彼らよりは多少倫理観はある藤だが、この空間では一番橘が常識的に見えた。ダイとカラスと合流するまで橘の説教は続いた。掃除の後の疲労感が抜けきらない体で聞く説教はなんだかいつもより耳に入らなかった。


 さて、次の種を探しに行かなきゃ。


この神社が、喰われる前に。


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