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やれることからコツコツと


 藤は今、橘と別行動している事を後悔している。手水舎(ちょうずや)掃除作戦において、二手に分かれるのは名案だと思っている。効率がいい。奇襲対策にカラスとダイはそれぞれ藤と橘についていてくれてるが、このカラスが厄介だった。

物凄く、うるさい。

話すというよりは、リアクションがうるさい。

掃除道具を揃えた彼女は汚れないよう上着を脱ぎ、タワシを握った。まずは中の汚れを落とそうと水に手を突っ込めば、うわ…とか、ほんまにやりおった、とか感想を言われる。水が跳ねれば、汚い!ヌメリとした場所を握れば顔をしかめる。うるさい。汚れをこそげば水は濁る。多少の臭いはしかたないがそれがカラスには堪えられないらしい。


「あの、嫌ならちょっと離れててもいいんだが」


更に厄介なのが、好奇心なのか近くでそれを見物してくるのだ。汚い、触れないと騒ぐ割には掃除を見たがっている様子だ。その気持ち、わからなくもないから邪険にも出来ずにいる。

 

「やります?」

「ごめんな、ちょっと勇気ないわ」

「ならちょっと離れて欲しい。水が飛んでく可能性もあるし、考慮しながら掃除するの疲れるんで」  

「綺麗に落ちるのは見たい」

「水が跳ねても自己責任でお願いします」


 中がある程度綺麗になったらちょっとずつ水を下に溢してデッキブラシで大きい面積の部分を掃除する。こういう時、新しい水が欲しい。どれだけ綺麗になっているか確認出来るし、汚れを移す心配をしなくていい。外側はカピカピなせいで汚れを落とすのに手間取る。少しだけ力を入れてブラシを往復させてようやく落ちていく。汚れがなくなると、おーっと言って拍手をするカラス。…うるさい。だが、このリアクションはあり、だ。自分の成果を評価されているようで気分がいい。

   

「結構な力仕事なんやな。もうちょいごしごししてもえぇんちゃう?」

「ブラシがダメになると困るから。まぁでも根気よくやれば落ちる」

「手伝って、って言われるかと思ってたわ」

「嫌がってる人にさせないよ。それにカラスさんも恐らく神具かなにかですよね?尚更やらせないよ」

「こないな場所放っておいても、後でどうにでもなると思うで?こちらとしては種集めを優先してもらいたいけど。この掃除どうしてやりたがるん?」


どうして、だろうか。藤は手を止め少しの間、思案する。

しばらく考えてから、また手を動かした。

    

「掃除に対する考え方を大事にしていて。部屋の掃除をする度に昔から祖母によく言われてたんですよ。掃除をすることは神様のためであり、自分自身の心を清めるものだって。そういう考え方が幼い頃にどうしてか心にとても響いて、掃除は一生懸命やる習慣がついたんだよね。だから、なんだか見逃せなくて。種探しもしますよ、でもまずは水場を綺麗にしたい」

「神職なんか?ばあちゃん」

「あ、いや。祖母の母、だったかな。巫女をやっていたみたいで」


カラスはふーんといってしばらく黙った。何を考えてるかわからないが、藤は構わず掃除を続ける。


「そういえば、人間の中にはわし達の存在をぼんやり認識できるのがおるん、知ってるか?」

「所謂、霊感っていうのかな」

「巫女の人間はたまにそういうのがおる。わしな、現世では認識されないからって割りと人前をふらふらすることがあってな。たまに見つかるとしまった!ってなるん。話すことが出来る人もいてな、そういう人は神託を聞いて人間に伝えるんやと」


石を磨くブラシの音がよく響く。時々、ちゃぷんとブラシを水に潜らせる音がして、また擦る音が響く。


「神託、昔話で聞いたことはある」

「今はないんか?」

「今は、そうだな。ないかも知れない」

「曖昧やな」

「少なくとも、私がいる場所では神託を聞ける人の話は聞かない。なんと言うか、自分達の目に見えないものや、いわゆる不思議という括りになる説明が出来ないものは信じる習慣がなくなったかも」


カラスはまたふーん、という。今度はなんだか不満が込められている、そんな気がした。


「気を悪くさせたらごめん。現世って説明のつかない事象や現象を分析して原因を見つけ、名前をつける事に長けてしまっているから。私からすると、神託を信じていた人間達の話は昔なんだ。例えばほら、嵐がくるとかもわかるようになってきてる…神託に頼ることが今は少ないんだよ。だからどんどん信じなくなる」

「信じてないんに、参拝にはくるんか」

「信じてない人は来ていないかもだけど、生活の一部としてくる人はいるんだよ。初詣とか、七五三とか。習慣に根付いているんだよ、参拝は。信じなくなったから忘れられたなんてないよ。だからそんな拗ねた顔をしないで」


藤は掃除の手を休め、カラスを見る。

下唇をつきだし、不服そうな顔をしている。 


「拗ねとらんよ。人間は都合のいい時にしかこないのを知っとるしな」

「でも、ここぞというときにお参りにくる。これって人間の根本に無意識の信仰心がないとしないことだよ」


カラスは藤の顔をじっとみる。


「姉さん、手止まっとる」

「ついに文句をつけてきたか」

「ここ、汚れとる」

「目敏いな」

「綺麗好きやからな」        

「はいはい」


カラスが汚れに口出しをし、藤がそれを磨く。直接ではないが手伝っているように感じた藤は彼の指摘した汚れを期待通りに落とした。


「時に姉さん。姉さんはなんで今日参拝にきたと思う?」



 急な問いに彼女はワンテンポ遅れた。

質問の仕方が少し変ではないだろうか。


「えと、なんで参拝にきたんだ?ではなく、なんできたと思う?って…私の意志で来たっていうニュアンスではないよね?こようと思った理由、ってこと?」

「言葉のまんまや」

  

動きが止まってしまった。それほどに質問の意図が汲めなかったからだ。止まってもカラスは文句も言わず、人間の言葉を待った。

参拝にきた理由は、前回境内までこれなかったから、そのリベンジで来たのだ。そもそもここの神社を知っていて、こようと言ってくれたのは橘の提案だったのではなかったか。それも、藤が神社が好きと伝えたから、教えてくれたのだ。


「すいが…あー、さっき一緒にいた子がここの神社を知ってて、私が行きたいって言ったから来たんだ」 

「来たの、二回目と違う?」

「え、そうだよ。なんで知ってるの」

「現世ではわしらを認識出来ないが、わしらはあんたらを見ることが出来る」

「一回目は、時間がなくて境内まで行けなかったからまた行こうねって」

「知っとる。橋のとこでぼんやりしとったやろ」


たくさん人がいたはずなのに、覚えているのか。 

行動を見られていたことがこんなに不気味だなんて。藤は段々と警戒の色を浮かべる。カラスの質問に慎重になる。


「神社はな、基本は来る者は拒まずなんや。だが、たまに拒むこともある。聞いたことないか?お参りに行こうとしたら天気が荒れて行けんくなったとか。風が酷くて大変だったとか」

「確か、えと、神社に拒まれたらそうなるって。でもそれはたまたまじゃ?」

「たまたま、偶然。事実を受け入れたくなくて曖昧にしたい時に人間がよう使う言葉やな」

「偶然とも思うし、拒否されてるのかもとは思う。うん、拒否されたなんて事実を受け入れたくない気持ちもあって、たまたまって言うかも。…もしかして、一回目に入れなかったのは、拒まれたって言いたいの?」

「いや、それはそっちの時間配分ミスやろ」

「そうだった」

「あの時、奥まで入ってきてたらわしらは連れてくるつもりやったんや」


連れてくる。

あぁそういえば、最初にそんなことを言われていた気がする。

段々とカラスが言わんとしてることがわかってきた気がする。


「私たちがどうして今日、参拝にこようと思ったのかって質問だっけ」

「こんなピーカンな天気にわざわざ日に焼かれながらくるなんて、もうちょっと涼しくなってからでもよかったやろ。なんでって思わんかった?」


カラスの表情が読み取れない。能面のように無表情だ。あんなに飄々としていたのに。あれもあれで分かりづらかったが、この無表情もわかりづらい。


彼の言うとおりこんな真夏にわざわざ来なくてもよかったのではないか。彼女達は夏が得意なわけではない。引きこもるほどに苦手なのだ。だが、今回行きたいと思った。どちらが言い出したとかではなく、ほぼ同時に思い付いて、発言したのは橘が早かったように思う。


「ちょうど、私も行きたいと思ってたんだよねって、すいと話してた。すいは割りとフットワーク軽いからあっちからよく誘ってくれて。不思議なことに同じタイミングで行きたいって思ったんだよね」

「日をあけずにすぐにきたやろ」


 拒まれるとは、逆。

 呼ばれたから。

そういえばカラスは突然、霊感のある巫女の話をしだした。彼らを認識出来る巫女は、言葉を聞いて神託を人間につたえるという話。

 

「どうして神託の話をしたの」

「聡い子やな。あんたは割りとこういう話には詳しいから、わかるかと思ってな。それに、なんでここに連れてきたか知りたがってたやろ」

「それは、スズさんが言ってくれたじゃないですか」

「どうして自分達がって思わなかったんか?」

「…にんげんなら誰でも良かったんじゃないの…?」


誰もそんなこというとらんし、それは憶測やで。

また、たまたまって言葉を使うのか。それはさっき彼女自身が、事実を受け入れたくなくて使う言葉だと言った。

まさか、そんな。自分なんて。色々と考えるが、カラスの声音から冗談か本気かもわからない。

呼吸が少し浅くなる。

緊張からか、指先が冷えていく。

現実味がなくて、整理がつかない。

藤も橘も、間違いなく必然的に。ここ来るように仕向けられていた。このたくさんの参拝者の中から、何故自分達が選ばれたのか。その考えが過らなかったと言えば嘘になるが、確率的に選ばれるなんてことは宝くじの当選くらいありえない。だから考えないようにしてた。でも、この口振りは選んだということだ。これはからかってるのか、事実なのか、判断がつかない。彼らは、悪戯好きな部類だ。こういう冗談もないわけではないだろう。


「聞いてもいい?」

「答えるかはわからんよ」

「どうして…」


チンチロチンチロ。

 擂鉢を鳴らす音が聴こえて藤の意識はそちらに逸れた。擂鉢を鳴らすダイと、巫女装束を着た橘が建物から出てきた。スズが見当たらない。見慣れない神楽鈴を橘が袴の腰ひも辺りにさしている。あれは、スズだろうか。

ダイはこちらを見つけるやいなや大きく手を振ってスキップでもしそうな様子で歩いてくる。


「準備、出来たようやな」

「ねぇ」

「また後でおしゃべりしようや、姉さん」


肝心なことが聞けず、呼び止めようとしたが自分の手が汚れていることに気づき、着物を掴もうとした手を引っ込めた。

先程までの能面のような表情ではなく、飄々とした掴みどころのない顔に戻っていた。



「なんや、巫女装束まで着てばっちりみたいやな。チャンチキまで引っ張りだして」


カラスはさっきまでと雰囲気が違う橘を見ながら感心していた。当の本人は落ち着かないのか忙しなく視線が動く。


 話はまた後で聞こう。今は、こちらを優先すべく藤も舞い担当の彼らに合流する。橘は藤を見つけると安心したようにはにかむ。


「着せてもらったの?似合ってるじゃん」

「成人式以来だよ、着物」

「舞いはばっちり?」

「とても飲み込みが早くて凄いんです!」


嬉しそうに会話に入ってきたダイは、橘とスズの稽古風景を見てとてもワクワクしたようで、ここが凄いとか、僕はそれは苦手だけど彼女は、と語り始めた。スズの舞いも素敵だったようで、お喋りに感化されたのか橘までダイと同じくスズを誉める言葉を並べ始めた。

 

「とにかく、ええ出来ってことで早速披露してもらいたいわぁ」


カラスが口を挟まなければこの二人、ずっと喋り倒していたかも知れない。カラスは話の切り方が上手い。ダイのこういう部分を知っているからなのだろう。


「神楽殿に行きましょう」


ダイはそう言って先陣を切って歩きだす。

藤も一旦は作業を中断し、皆に着いていった。汚れがつかないように距離を取る。橘の後ろを歩いていたが、彼女は時折ペースを落とし並列になりたがる。汚れているから離れなさいと言えばしぶしぶ前に進む。

カラスは最後尾を歩いてくれている。後ろからの警戒は怠ってはいない。


 拝殿を正面に見て、左側に神楽殿と書かれた建物に辿り着いた。そこは柱の少ない開放的な作りになっていた。建物に入るための扉や壁は一切なくどこからでも舞台が見れるようになっている。全体的に朱色を使っており華やかだ。階段を上がるダイと橘を見送り、藤は神楽殿の中には上がらずに見上げていた。

 

「入らんの?」


 カラスが後ろから声をかけてきた。


「この汚れだから。それに、あぁいう場所に関係ない人があがるのってちょっと違うかなって」

「へぇ」


カラスも藤の隣に立ち、神楽殿の舞台で準備する彼らを見上げた。カラスは視線を舞台に向けたまま口を開いた。


「雨乞い一つとっても神社に伝わってるやり方っていうんはたくさんあるなぁ。竜を模した御輿担いで池に入ったりするのを見たことがあるが、あれは迫力があったなぁ」

「カラスさんは、あちこち行くんだね」

「そうやね、ダイちゃんと違って自由やね」

「ダイさんは、神社から出れないの?」

   


ここまで話してカラスは内緒、と言って会話を打ち切ってしまった。

準備が整ったダイ達は、まるで神様が見にきているかのように深く頭を下げた。



雨乞いが、始まる。

  

  

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