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鳥居をくぐれば


 白い霧が陽の光できらきらして境内に漂う。来た時はお世辞にも綺麗とは言いがたかったが今なら素直に言える。とても清らかで綺麗な場所だ。

 手水舎も、どこからきたのか紫陽花の花びらが浮いている。これには藤の無愛想な表情も緩む。


 恐らく、種はもう必要ないだろう。周りを見る限り、神器も力を蓄えられたようで、神域を保つには充分みたいだ。

 なら、人間達の目的は果たされたわけだ。

 

 正装に着替えたスズが改めて感謝の言葉を紡ぐ。

 スズの左右には狛犬が控えており、スズの後ろにカラスもいる。

 彼らは人間ではないのだと実感した。

 雰囲気が人間ではないのだ。尊い存在。常世の住人であるのが嫌でもわかる。佇まいからもわかる気品に無意識に背筋が伸びる。

 

 彼女達は帰るのだ。自分達の生きている現世(うつしよ)へ。ここにきてからそんなに日は経っていないのに長い時間を過ごした感覚になるくらい濃厚な時間であった。

 正直、名残惜しさはある。橘なんて狛犬達とだいぶ打ち解けていたから尚更だ。藤と橘は、各々借りていた着物をダイとショウに渡す。常世のものは現世へは持ち出せない。だから、ここに来た時の洋服に着替えたのだ。着なれてしまった作務衣から洋服へと着替えた藤は洋服が窮屈に感じた。橘は逆だ。着物は体に密着して窮屈だったから今着ているワンピースはさぞ着やすいことだろう。


「汚しちゃってごめんなさい」

「ほとんど僕の血じゃないか。ちゃんと体の汚れは落とした?」

「うん」

「おい人間。お前汚しすぎだろ」

「白は汚れやすいんだよ。覚えときな、狛犬」


 狛犬はそれぞれ人間から着物を受けとれば、スズの横へと戻る。

 まるで合図があったように付喪神達は恭しく頭を下げた。


「ここから出るまでの道は安全です。鳥居を潜れば現世へ帰れます。けれど、決して振り返らないでください」

「鬼に追いかけられても振り返るな」

「ショウ!そんな危ないことないからね」

「振り返るという行為は未練があるとされている。ここで振り返れば、常世から出られなくなる」

「くるにはまだあんた達は若すぎる」


 つまり、振り返れば死ぬということか。藤も橘も頷いた。


「ありがとうございました。私、ここを出てからも皆を忘れないよ。参拝だってくる」

「夏越の大祓、覚えたか?」

「覚えた」


 橘とショウは笑いあった。


「くる時も中にいる時も助けてくれてありがとう」

「それはこっちの台詞だ。姉さん達がいなかったら神社は持たなかった。感謝してもしきれない」


 藤もスズも互いに礼を言い合った。


「お元気で」


 ダイは笑顔だがどこか寂しそうだ。


「行こう、すい」


 藤は先に歩きだす。橘は彼らにもう一度頭を下げてから藤の隣に並ぶ。神門から遠ざかる。


 大きな鳥居を見上げた。

 ここから出たらもう振り返れない。

 だから二人は改めて、付喪神の方を向き頭を下げた。


 踵を返し、一歩鳥居へと踏み出そうとすれば藤も橘も視界が暗くなった。それはそうだ。カラスが二人の後ろにおり、左手で藤の目を、右手で橘の目を覆っている。


「忘れもんはないか?置いてくもんは全部置いてってな。持ち出し厳禁やから。面白かったで。参拝、忘れたらあかんよ」


 耳元でカラスの低い声が二人をからかう。


「気が向いたらね」

「いけずやわ」


 ふと視界が明るくなった。カラスは二人の目元から手を離し、そのまま二人の背を押した。不本意にも鳥居を越えてしまったため、もう振り返れない。

 藤も橘も、出口を目指して歩いた。

 道の真ん中には玉砂利が敷かれており、左右に石畳の道がある。石灯籠は道を照らすためにぼうっと光っていた。その光りは炎の色とは違って、いろんな色が淡く景色を彩っており幻想的であった。

 草木の揺れる音が聴こえる。

 コツコツ。

 二人分の靴音が響いてる。

 この先を曲がれば自分達が入ってきた鳥居が見える。

 橋を渡る。

 足元から水のせせらぎの音がする。

 この音がとても好きだ。ぼんやりと眺めている時間が好きだ。そう言えば、ここから始まったのだ。自分達の軌跡が。橋を通り過ぎて、どんどん進む。

 歩みを止めた。見上げた先は、鳥居だ。互いに顔を見合わせる。

 そして、鳥居を潜った。



 

 キーン、と空を飛ぶ飛行機のエンジン音が頭上で鳴っている。空港が近いため、定期的に飛行機の音がする。

 はっと目を開けば、いつの間に境内に入ったのか、中のベンチで藤と橘は並んで座っていた。

 今年も茹だる暑さだ。日陰とはいえ、こう暑くては敵わない。左手をうちわのように扇いで風を起こすが熱風がくるだけだった。

 なんだろう。さっきまで寝ていたかのように頭がぼんやりしている。熱中症にでもなりかけているのか。

 何度も瞬きをしては、太陽の眩しさに目を細める。境内に敷き詰められた玉砂利は日の光りに反射して白く見えた。あぁ暑い。あぁ眩しい。藤はしかめっ面で玉砂利を睨み付ける。橘も遅れて目を開けた。彼女も寝ぼけたような眼をしている。そしてしきりに辺りをキョロキョロしている。


「あれ」


 橘は立ち上がりスマートフォンを見る。

 時刻は16時過ぎ。


「もうこんな時間だ。今日は境内の裏までいきたかったんだよね。どれくらいかかるかわからないから、もう行こうか」

「そうだね」


 藤も橘につられて立ち上がった。

 くらりと目眩がした。立ちくらみだろうか。目を細める。視界がぶれたが程なくして景色は問題なく映った。


 そういえば、いつ境内に着いたのだ?

 思い出そうとしても、思い出せない。

 涼しげな水のせせらぎを聴きながら橋でぼんやりしていたと思う。暑さでやられてそのままぼんやり歩いてたのだろうか。そうそう、丁度良い木陰があって休んで目を閉じていたんだ。

 それがなんだか、長い時間のように思えた。


「立ちくらみ?」

「大丈夫。そこで水買ってから行こう」


 自動販売機に小銭を入れてボタンを押せばガタン、とペットボトルが落ちてきた。

 取り出すとその冷たさにため息をつく。

 額にペットボトルをくっつけて歩いていれば丁度拝殿で祈祷が始まるのか太鼓の音が聴こえた。そして、りーん、と鈴の音が聴こえる。

 それを横目に見ていれば、カランコロンと下駄の音が聴こえる。どうしてか、藤は音がする方を見た。

 なんてことはない。観光客が下駄を履いていただけのこと。さほど珍しくもないのに、じっと見てしまう。橘が中々こない藤を呼んだ。


「雪穂さん、置いてくよ」

  

 はーい、と返事をして橘に追い付く。

 道順は、境内の東側から出てぐるっと敷地を回って帰ってくるコースだ。拝殿の後ろには本殿があり、さらに道なりに進むと宝物殿というものがあるそうだ。道中近くに社務所がある。神社の関係者がつかっている場所だ。二人して地図をスマートフォンで表示して場所を確認している。ふと誰かの影が向こうから近づいてくる。危ない、と思った橘は顔を上げた。


「あれ」

「どうした?猫でもいた?」

「いや、誰か来ると思って。気のせいかな」


 長身の影だったと思うが気のせいだったのか。二人は辺りの森林を見ながら和やかな時間を過ごしている。


 ねぇ。

 藤が言う。

 橘は、何?と聞く。


「こういう道ってあんまり人が通らないから、なんか迷い混んだ感じがしてわくわくしない?」

「私も思った。なんていうのかな、ホラーゲームとかの演出でありそうな風景」

「ほら、木の上にいるカラスがまた…」


 藤は、言葉を切って立ち止まった。

 橘は振り替える。


「ねぇ、なんか忘れてない?」

「なんかって、何?」

「いや、デジャブってやつかな。どうにもなんだかこの神社来たことがあるような」

「雪穂さん、私以外の人ときた?」

「いや、そもそもすいがここを教えてくれたんだし、初めてだよ」

「知ってます?きたことがあるのに初めてきた感覚になることをジャメヴュっていうらしいよ」

「へー、物知り」

「雪穂さん神社とかよく行くから似てるとこと勘違いしてるんじゃないですかね?」

「いやー、んー」

「それともここにきた記憶がごっそりないとか?ホラーゲームみたいな展開ですか?」

「そんなことあるわけないじゃん」


 そんな非日常的なこと。


 キーンとまた一機、飛行機が空へと飛び立った音が聴こえた。見上げれば、天気の良い空を飛行機が縦断している。蝉の声が喧しい。これから更に暑くなるだろうな。

 あぁ本当に暑い。

 そう言いながら、藤と橘は歩きだした。

 ちょっとくらい非日常的なことがあったなら少しは涼しく感じるだろうか、なんて話しをしながら。

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