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協力しましょう


 橘は改めて彼等の顔を順番に見る。




 一体ここはどこですか、という問いに反応はそれぞれだった。橘を助けてくれた長身の白い着流しでちょっと茶髪な短髪の男性、ダイちゃんと言われていた青年は、どこか申し訳なさそうな困った顔でちらちらと橘達をみては落ち着きなく他の男性二人の出方を伺っている。なんだか大型犬のような人だ。

 その隣に立っている真っ黒な着流しの男性は平均身長くらいで、綺麗な黒髪をセンターでわけている。カラス、と呼ばれていた彼は無表情だがどこか気だるげで藤が質問をしているにも関わらず欠伸をしそうな緊張感のない雰囲気を持っている。

 紫の袴の男性は、宮司だろうか。神社で紫の袴は神職の偉い方だ。他二人の身長の中間くらいだろう。スズという名前の彼は、圧倒的に顔の構造が規格外だ。こういう人を彫刻のような美男子、と言うのだろう。かくいう橘も一瞬見とれた。タイプとか関係なく顔の良さに驚いた。今も見慣れない。彼は藤の質問にどう答えようか金髪の髪をグシャグシャにしながら考えている。

 えぇい、顔が良い。

 誰が答えてくれるのか、意外にも気だるげな彼、カラスが口を開いた。


「ここは見たまんま、神社や」

「そのようですね。他に人がいないのはどうしてでしょう。たくさん参拝者がいましたよね」

「あんたらが住んでる場所を現世(うつしよ)というならここは常世(とこよ)って言った方が耳馴染みがあるんかな。現世とは違う異界の場所。そちらさんでは死後の世界とも言われとるけど、神域ともいうな」

「…ここにくる間に死んだ、ということですか」


藤の声音に緊張が混ざる。

そんな緊張を断ち切るかのようにカラスはひょうきんな物言いで返した。

 

「ないない、だってあんたら参拝しにきただけやろ。そんなんで事故にあうほど危険な場所やないし、突然死なせることもせぇへんよ」


あぁなんだ。橘が詰まらせていた息を吐いた。

せやけど。

男は言葉を続ける。


「こちらに連れてきたのは事実や。わしらの意志で連れてきた。こういう現象を神隠しっていうんかな」

「それについては、俺から説明させてくれ」


スズが一歩、彼女達に近寄る。

 誘拐犯だろうかと疑う。だが特有の狂気はない。かよわい生物を追い込み楽しむ下衆な人でもなさそうだ。その瞳は切実に彼女達を見つめる。

 

「結論から言えば、この神社の加護の力を取り戻す手伝いを頼みたい」



 神社とはそもそも、どんな場所か。

 神を奉り、日々の感謝、願いを伝えにくるところである。初詣がわかりやすい代表例だろう。他にも結婚式、七五三と様々な行事がある。

 突然神社の加護の力を戻したい、というのは藤達はぴんと来ない。状況がまだわからない彼女達に、ダイが事の経緯を教えてくれた。


「神様とは、信仰されているからこそその存在を保っておられます。今よりもっと昔は、台風や飢饉など自然災害から救われようとたくさんの信徒達やそれ以外の人も足繁く通ってくれました。収穫の祝いや、雨乞い、ご縁に恵まれた方々の祝宴。馴染みはないと思いますが故人を弔ったりもしています。そういった思い出や信仰心が神様の力を強め、この場を保っていました。ところが、今日までの軌跡を宿していた神器が何者かの手によって壊されてしまったんです」


スズはいつの間に持っていたのか、風呂敷包みを解けば無惨にも砕かれた綺麗な水晶の残骸が現れた。それを目の当たりにしたダイは悲しそうに見つめる。


「壊れてしまったものは仕方ありません。すぐに代用しようと一時的に鏡と剣、勾玉を用意しました。新しい水晶を用意するまでのものと言えばこの神器に頼るしかありません。鏡は本来はここにはないものですが、カラスのいる神社から借りています。ですが、用意できただけではまだ足りないんです」

「力は人間の信仰心や思い出が源になっていたわけだ。水晶に込められたそういったものが、壊れてこぼれてしまったせいでこの神域を保つのも危うい量の力しか残っていない。幸い、この境内で壊れたからあちこちに…あー、わかりやすいように種と言おうか。それが散らばってる。集めて、この神器に入れたいんだが俺たちは種、つまり人間の信仰心と思い出を見つけることも集めることもできない」

「その種は、参拝してもらってもたまるものですか?昔みたいに規模の大きい雨乞いとかしなきゃ難しいんですかね?」

「参拝しにきよる人間はありがたいことに絶えず来てくれる。現在進行形で種はここに集まってきとる。普通ならこの方法で10年も経てば元に戻る」

「今すぐに戻さなきゃならない理由があるんですか」


三人は頷く。

スズはさきほど皆が潜ってきた鳥居の向こうをみる。


「さっき追ってきた黒い塊、ここいらでは見なかったもんだ。水晶が割られた日から頻繁にここにくるようになってな。恐らく、目的はこの神社の神域を喰うつもりなんだろう」

「食べられたら、どうなるんですか」

「この神社はなくなります」

「大樹を想像しぃ。中身をくりぬかれたら生きてはおれんやろ」


 神社が長く建っているのにはそれなりに理由がある。自然災害に見回れたとき被害が少ない場所として避難所にもなっている。災害をうけにくい場所に計画的に経てたという理由はあるだろうが、人間には黙視できない神秘の力が災害に見回れないよう護っていたのだ。


カラスは、森をイメージしろという。

森はたくさんの木の集合で成り立っており、その木の一本一本が神様が住む神社だ。木は、生きるため、【存在】するために人間から信仰という名の栄養と種をもらう。栄養があれば大きくなる。木は生い茂りその青々とした葉は、天災から人々を守る盾になる。これが加護だ、と。

鳥居を挟んで人間が住む世界と神様の世界で分かれている。

体験したことがあると思う。鳥居を潜ればすっきりするような、気持ちが軽くなるような感覚。 

彼らのいう加護は厄災を払う、浄化だ。その加護は神様がもたらすもので、神様は信仰心によりその存在と力が大きくなる。

その内側が喰われるとどうなるか。この神社には災害を祓う力はなくなっていき、その内現世にも影響が出る。


「理由はわかりました、私達がいる現世?にも影響が出て、最終的になくなってしまうから、ここがなくならないためにその、種集めをするということですよね?」

「はい!さっきも言ったとおり、僕達はそれをみつけることが出来ません。それができるのは同じ人間同士の貴方達だけ」

「さっきから気になってたんですが、みなさんは人、ではないんですか?」


橘は三人をみる。自分達と変わりないような見た目。確かに着物を着てはいるがそれは自分達とは違うという明確な差ではない。


カラスが言う。

 

「人間に力を借りるんやから、馴染みやすい姿がええやろ。本来、あんたらにはわしらの姿は見えん。見えちゃいかんのや」

 

にわかには信じがたいが、見えては行けないという聞きなれない言葉にうすら寒さを感じる。そういえばここは神域、常世といったか。本来は死んだ人が行くとされる空間。その場所に人間ではない何かである彼らと同じ空間にいる。

 助けられて安心しきっていたようだ。この異様な事態を目の当たりにして心細さと恐怖心が生まれ、橘は再び藤の腕を掴む。

 

「こんなところに連れてこられて正直怖かったよね、ごめんね。でも僕達も助けて欲しくて必死で…協力してくれない、かな?」

  

カラスよりも人当たり、というか人に近い感性を持っているのかダイは橘を気遣うように優しく言葉をかける。人にしか見えないダイに橘は困惑している。困っている。彼は困っているのだ。困っている人を見かけたら放ってはおけない。そういう質なのだろう橘は。それに神社が壊れてしまうのは嫌だ。だから彼女はいう。

何か力になれるなら、と。


 


 今更ながら彼女達は鳥居を潜った場所で話をしていて神門を潜ってはいない。ここでする話ではなかったな、境内に行こう、とスズがまず神門を潜る。続いてダイが潜る。そして藤も続こうとしたが、だんだん歩く速度が遅くなりピタリと門の前で立ち止まってしまう。険しい顔をして頭をおさえてふらふらしたかと思えば座り込んでしまった。橘がかけよる。


 「ごめん、急にめまいがして…」


 少し深呼吸をして瞬きを繰り返した藤は先ほどより顔色がよくなった。もう大丈夫のようで立ち上がり門を見上げる。


 もうなんともない、行こう。

藤は橘の右腕を掴み、できるだけ門の端を歩いて潜った。


 


 

トスッ。


何かが横切った。虫?いや虫よりも速く大きかった気がする。藤の脇を通った何かはダイの足元近くにざっくりと刺さっている。藤と橘は棒のように直立し刺さったものを見る。

 矢、だろうか。

スズとダイが慌てて彼女達の腕を引き、奥まで走った。


「拝殿の中までいくぞ」


彼らは辺りを警戒しながら二人と一緒に参道から奥まで力の限り駆け抜けた。まだ神門を潜っていなかったカラスは周囲を警戒し、先程矢が通ってきた軌道を確認し、放たれた位置を凝視するが誰もいない。


「隠れたか」


カラスは地面に刺さってる矢を引き抜き、まじまじと眺める。

 神社にあるような破魔矢ではなく、矢じりがついている。これは尖矢だ。貫通力の高いものである。誰を狙ったんだろうか、それとも威嚇か。どちらにせよ、攻撃性がある。

カラスはもう一度、矢が放たれた場所を睨み付け、既に拝殿内に避難した皆と合流するためにその場を離れた。

 


「そっちの姉さんは怪我ねぇか?近く通っただろ」


藤は自分の腕を見るが目立った外傷はなさそうだ。強いて言えばカラスと滑り込んで来たときについた土くらいか。念のため掌を何度も開いては閉じる。うん、問題なさそう。藤は大丈夫と言ったが橘は心配しすぎて藤の肩に手を置き体を揺すってくる。

 

「本当に!?さっきだってふらついてたじゃん!ちゃんと言ってくれなきゃわからないからね!?雪穂さんはすぐ隠すから」

「わかった、うん、今はとにかく体を揺すらないでいてくれると嬉しい、大変助かる」


その言葉にハッとした橘は手を退かしごめんと呟いた。

4人の安否と負傷確認が終わった頃に拝殿の扉を開けて入ってきたのはカラスだった。

 

「生きてるか?」


さっき地面から抜いてきた矢の棒で肩を叩きながら気だるげに入ってきた。

スズは無事を伝えればカラスは短く返事をする。


「すまんな、探して見たんやが木々にうまく紛れられてもうて見つけられへんかった」


運がよかったな、とカラスは藤を見ながら言った。

怪我はないにしろ軌道は藤に一番近かった。刺さってもおかしくなかった。橘はそれを聞いて青ざめる。さっきも得体の知れないものに追われて次は矢。平和な日常を営んできた彼女達はこれだけでも衝撃がでかい。藤は深呼吸して一旦頭を整理した。橘も落ち着こうと上をみたりする。この建物に逃げてこれたから助かった。そう、ここがあったから。


「神社がもっと弱ってしまえば、防ぐことも出来なくなりますよね」

「せやな」

「なら、種を早く探しましょ」

「怖くないんですか?」

「めちゃくちゃ怖い。けどここがなくなるの嫌だし、手伝うって決めたから」


藤と橘は目を合わせ力強く頷く。

 拝殿内を見渡した。現世で見たのとは少し違う。内装の変わりはないが、所々くすんでいたり、壊れていたりしている。古いから、という理由ではなさそうだ。綺麗な部分も確かにある。

 ここがなくなる。友人と散策しにきた素敵な場所を失うのは悲しい。彼女達のようにこういう些細な思い出も力になれてるのだろうか。藤はスズに問いかける。


「今、この場で参拝することは可能ですか?」

「人間なら可能だろうな。ちょっと危ないが外にでて、ほらあそこ」


外を見れば初詣で見慣れた賽銭箱があった。

スズは扉の外を確認してから誘導してくれた。

 藤に習い、橘も外へ出る。

 賽銭箱の前に着けばポケットに入れていた小銭入れを取り出し5円玉を投げた。

二礼二拍手一礼。この言葉を知らない日本人はいないだろう。参拝の際に行うものだ。

 深く二礼をし、二拍手をする。この時に両手を合わせて祈念をこめる、そして一礼。藤は手慣れているのかスムーズだった。橘は所作を横目で見ながら行う。


祈念をしている二人の後ろには人間ではない三人が並ぶ。

それぞれが何を祈ったかはわからない。それでもほんの少しだけ種が神器に入ったような気がしたのだった。


 

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