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それは友人だった

※残酷描写が含まれます。


 むかしむかし、そのまたむかし。

 神様を信仰し、神社を建てて奉る時代。

 目に見えない神秘の力が社会の中心にあった頃に、大層格式の高い神社があったんだそうじゃ。

 高天ヶ原に最も近く、最も尊い場所。

 知ってる人は、生きてはおらぬほどむかしの話。

 口伝で受け継がれてきたその神社には貴重や貴重。

 とても神聖で、最も人を狂わせる神器が奉納されていたんだそうじゃ。

 決して人間が見てはいけないのに何故それがその神社にあると知れたのか。

 ある者は見たからだという。

 ある者は触って確かめたという。

 ある者は異形の物に教わったという。

 何れも神器に関わってしまった人間は気が触れてしまったため、何が祀られてるか人によって証言はばらばらじゃったそうじゃ。数多の証言の中で共通していたのは、剣、鏡、勾玉の3つ。

 皇位につくものに受け継がれる宝と詠われるそれらは誰が作ったか、元々は誰が持っていたのか。

 

 それは神様が所持していたという代物。



 神社で一番長生きの御神木が、生まれたばかりの付喪神や小さな童を集めて昔話を聞かせていた。

 それはもう毎日毎日。何度も何度も。

 大層ご熱心に語っては、皆の働きの活力にさせ、日々お勤めの手を抜かないよう教育している。


 

「おい、見てくれ!」

 

 その話に聞き飽きた二人の付喪神は、御神木の有難い昔話も聞かずにチャンバラに勤しんでいた。 

 太い枝を見つけたようだ。こりゃあちょうどいいと山吹色の着物の青年は、黒い着物の青年を誘って遊んでいた。いや遊んでいたのではない。このご時世、何があるかわからないため、彼らは護身術として剣の使い方を磨いていたのだ。

 山吹色の着物の青年ナギは、剣の使い方に長けている。

 ナギはここいらで一番腕が立つ。神社に近寄る危険なものを追い払う戦闘部隊の隊長の役目を担っていた。

 黒い着物の青年は、そんな彼をサポートする頭脳だ。猪突猛進なナギをコントロールすることで皆が無事に帰還するよう常に頭を悩ませている。

 頭だけ使えても戦い方を知らねば戦略は練られない。

 だからナギはこうして彼とチャンバラをしている。

 まぁそれらは建前だ。

 彼らは基本的に遊んでいる。

 そして、御神木の長話が終われば呼び出され叱られる。

 真面目に最後まで話を聞いたのはいつだろうか。

 昔はちゃんと聞いていたのだが、本当に昔だ。朧気にしか記憶にない。

 堪え性がないのだ。

 どうせむかしの話だ、と最後まで聞くことをしなくなった。

 自分達は神社に入れば平和に過ごせる。

 興味の赴くままに、好奇心に振り回され、時には非人道的なことにまで興味を示す事もあり、随分とやんちゃをしたものだ。

 知ることが好きなのだ。

 学ぶことに貪欲で、いき過ぎることもある。

 いつも二人で行動していた。

 日常なんてそんな簡単に壊れはしない。

 呑気にそんなことを思って過ごしていた。




 飛び交う怒声、耳をつんざく悲鳴。

 火をつけられた境内は、真っ暗な夜空を赤々と照らし焼失していく。重たい煙。焦げた匂い。噎せ返るほどの濃い血の匂い。平和とは無縁の惨事が起こっている。 

 人間の襲撃だ。

 神社が壊されていく。

 何故襲われなければならなかったのか、何故人間が自分達を壊すのか。

 考えた事がなかった。

 彼らには神社が必要で、神社も彼らの祈祷を必要として保ってきた関係性が今まさに崩壊している。

 

 襲う理由なんていくらでもあるのだ。

 他所の土地の人間が、他の地の神社を潰すなんてよくある話。

 宗派の違い。見せしめの暴動。

 今回は人間の諍いの犠牲となったのだ。

 止めたくてもこちら側は何も出来ない。

戦闘舞台の剣の腕を披露することも出来はしない。

 だって相手は人間だ。

 干渉出来ない相手なのだ。

 神社が壊されていけば、結界も持たない。結界が綻びれば、瘴気と黒い塊が入り込んでくる。

 カラス達は全てを学んだ気でいたのに、わかっていなかったのだ。外部の黒い塊(あれら)から神社を守る理由を。

 何故あいつらは神社を喰うのか。

 おとぎ話だと決めつけて思い出そうともしなかった。

 

 三種の神器は、神話時代に様々な用途で活躍した。

 岩戸に引きこもった神様を外に連れ出したり、祭事の飾り付けとして会場を華やかにした。時には種族を根絶やしにするために振るわれた。

 根絶やしにされた種族はどうだ。恨むわけだ。彼らとて、長い時間をかけて文明を築き、種族を繁栄させ生きてきたのだ。

 種族同士が領土を奪うため、統一するために行われた争いは歴史に深く刻まれている。犠牲は多かっただろう。

 犠牲になったモノ達の集合体、怨恨(えんこん)の塊は、決して自分達を滅ぼした奴等を許さない。

 そうして生まれた。あの黒い塊は。

 神を、神社を喰い尽くすまで。

 彼等の恨みが晴れることはない。

 だからあいつらは喰うのだ。

   

 人間の襲撃と共に襲いかかる塊は、手始めに力の弱いものから喰い始めた。

 食い殺される小さな異形。小さな童、生まれたばかりの付喪神。むごたらしい光景だった。

 千切られた体の破片、痛々しい歯形。

 人間が食欲を満たすように、塊は彼らを食い散らかす。

 満たすのは食欲ではなく復讐心。

 境内は地獄のような有り様だった。

 

 神様の力で辛うじて守られている本殿には何も近づけない。

 せめてご神体のある本殿は守らなければならない。

 だが襲ってくるのは怨恨のもの達ばかりじゃない。

 この騒ぎに乗じて荒れ果てた神社から物品を盗み出す人間も現れた。

 閂をかけられた扉は簡単に破壊され、次々と人が建物内を物色する。


仲間達が奪われていく。

 奪い返したいのに付喪神は干渉出来ない。

 数々の物品が人間の手で選別される。

 これがいる。これはいらない。

 いらない奴等は、火にくべられた。

 身を焼かれていくモノ達の悲鳴と焦げる匂い。

 怯えて部屋から逃げ出す小さなもの達は、外で塊に補食されていく。

 どこにいても、助かる手立てがなかった。


 剣を手にした人間がいた。

 人間にとって、剣はあまりにも神聖なもの。

 持ち出した人間が狂気に落ち、理性がなくなった。

 仲間の分別がつかなくなった人間は回りにいる同類を切りつけ始め、剣は血で汚れていく。


 ナギは、剣の付喪神だ。

 人間の血がこびりついた本体が瘴気を受けやすくなっていく。狂乱する友の声。なのに何もすることは出来ない。

 名を呼んで、意識を繋ぐのが精一杯だった。


 殺戮を繰り返した人間は、外へ飛び出した。正気を完全に失い、暴れるだけ暴れたら突然立ち止まった。絶命したのか、廃人になったのかプツリと糸が切れた人形のように崩れ落ちた。その拍子に持っていた剣も地面へ落ちる。

 刃は人間の血と脂で汚れ、刃こぼれしてしまっていた。そして、落とした衝撃で刃にヒビが入る。

 

 怨恨の塊は、実体を失ったモノ達。

 彼らが欲しいのは、器だ。自分達を縁取るものが欲しい。

 ひび割れた刃に染み込むように瘴気が入り込む。


 身の毛が逆立つ光景だ。

 ナギは内側から喰われていった。

 振り払うことも出来ず、染み込んできた瘴気はまるで高温の鉛のようだ。激痛から逃れることも出来ず、声をあげ続ける。

 自由を奪われていき、意識が墨汁をかけられたように真っ黒な液体に沈んでいく。

 轟々と燃える境内を震わせるほどの苦痛の叫び。

 体内が空っぽになっていく。

 

 ナギはいつの間にか、声を発することをしなくなった。

 そこに落ちているのはボロボロの剣だ。


「なぎ?」


 カラスが近寄ろうとするも、近づくことが叶わなかった。

 ナギは、突然人形(ひとがた)になり、凡そ人形の動きとは思えない体の使い方で四つん這いで床を這い、カラスから遠ざかる。


「入レタ。嬉シイ。軀、アル」


 ゲタゲタと笑うその声はナギからは一度だって聞いたことがない。見た目はナギなのに、知らないナニカになっていた。

 中身を追い出さなくてはと、追いかけようとするが蜘蛛のように四肢を動かし姿を眩ませたソレ。捕まえようと本殿から出たカラスが見た境内は、平和とは程遠い物の変わり果てていた。

 

 悪夢のような一夜は明け、近隣の集落や村がことの事態を聞き付け、総出で神社の片付けをしてくれた。

 結界のない、無防備な神社。

 ただそこにある瓦礫に成り果てた。

 祀られていた神体は見る影もなく。ここを守ってきていた力は尽き果てている。

 唯一、火から免れたのは御神木と本殿にあっても盗まれなかったカラスの本体だけが残された。


「おぉ…無事でおったか」

「じいさん。あの中よくもまぁ生き延びたな」

「枝はだいぶ減ったがな。まぁまだ生きておる」

「すまんな、なにもできなくて」

「こればかしはどうにも出来ん。人間には干渉できんからな」

「さっき人間が話してた。ここはもう取り壊すしかないんだとさ。もうここにはなんの力もありゃしない。壊すのは英断だな。じいさんは他所の神社に植え替えられるって話しだぜ。良かったな」

「お前さんは、どこに行くんじゃ?まさか処分できるわけがなかろう。あの大きさじゃ。盗賊とて盗むにはでかすぎたんじゃろうて」

(みやこ)方面に奉納するって言われたな。こんな災難にあったわしを受け入れてくれるかはわからんけどな」

「ナギは、…災難じゃったな」

「災難なんてもんじゃねぇ。焼けちまった方がよっぽどマシってもんよ。…本体はまだある。中味はすっからかんだがな…本当、最悪だ」

「関わるんじゃないぞ?お主が喰われなかっただけでもよしとせねば」

「…」


 彼らは日本中を放浪している。神社を喰い尽くすために。

 また会うだなんて、今後あるかわからない。

 先に自分が消える可能性だってある。

 もし、偶然にも会えたならこの手で壊してやらなければ。あの時、見ていることしか出来なかった自分への戒めとして。そしてナギを眠らせてあげるために。

 それまでは、神社を減らすわけにはいかない。

 一社でも多く守らなければ。

 ナギの手で神社を壊すだなんて、喰わせるなんてそんなことをさせたくない。


 

「なぁナギ。ようやく、お前を壊せる日がきたで。待ち遠しかった」


 待望の悲願であったこの瞬間を噛み締めていた。

 深呼吸をする。

 腰を低くし剣を構え直したカラスは、ゆっくりとナギを見据える。

 ナギの表情が憎たらしく歪んでいき、歯をむき出しにし笑う。


「物騒なこと言うなよ。せっかくの再会だってぇのに」


 カラスは、ナギが話し終わるのを待たずに地面を蹴り切りかかる。ナギの動きが一瞬早いため、交わされる。中味は違うものなのに見た目も動きもナギのものだ。剣を交えててわかる。

 何度も何度も手合わせしていたカラスは、長い年月が経っても覚えていた。だが、懐かしんでる場合ではない。

 このままでは押し負ける。早く片をつけねばと隙を狙っては打ち込む。鍔迫り合いに持ち込むも力の逃がし方を熟知している彼は簡単に往なしてくる。踏ん張っていたカラスがバランスを崩すも持ち前の反射神経でナギの攻撃を交わす。

 

 何度も打ち合って違和感を覚え始めた。

 妙だ。何故、彼はカラスの隙をついてこないのだ?やろうと思えば出来るはず。

 考え事をしていたせいかカラスは後ろに蹴り飛ばされバランスを崩した。大きな隙が生まれたのに、ナギは追撃をしてこない。充分に離れたのを確認したナギは、手に持っていた剣を思いきり天に向かって投げ飛ばした。

 得物を手放した絶好のチャンスだ。この隙にトドメをさせるのに、カラスはそれが出来なかった。剣の行き先を見る。先程穴が開いてしまった結界が目に入る。神域の力が戻ってきたおかげで薄い膜のようなものが張られ始めており、外の塊は入ることが出来なかったようでへばり付いては体当たりをしている。

 投げられた剣の切っ先が薄膜に突き刺さり、もう一度穴を開けた。


「こいつが狙いか…!」


 開けた途端にどろりと境内に入ってくる塊はナギへと集まる。

 それをナギは大口を開けて喰らった。

 その姿は人としての形をしておらず、橘は小さく悲鳴をあげた。

 喰っている。いや、呑み込んでいるのか。得体の知れない塊を。更に口を開ければガコンと顎が外れ下顎はだらんと落ちた。塊は自ら飲み込まれにいった。

 ナギが塊をとりこんているのか、塊がナギを乗っ取ろうとしているのか、わからなくなる。

 おぞましい光景だった。

 人間である二人は恐怖に喉がひきつる。近くにいたスズが声をかけ、アレから目を反らさせた。

 塊が、全て飲み込まれる。

 投げられたナギの剣を塊がつれてきていたのか、彼の足元に落ちた。 

 カラン、と。

 一回だけ。

 一回だけ、地面に落ちて跳ねたと思えば、ナギの姿を見失った。瞬きをした直後、守りの体勢に入ろうとしていたカラスは肩から腹まで、バッサリと斬られていた。

 何時の間に、あそこまでいったのだ。

 体が硬直したまま後ろへ傾く。

 背中から地面へと倒れる。

 ちらと見えたカラスの目は、見開かれていた。

 続いて剣が地面へと落ちる。


「カラス!」


 藤は立ち上がった。

 あんな一瞬で。嘘だ。そんなこと。

 走り出そうとすれば後ろから橘が腕を掴んだ。


「雪穂さん!」 


 彼女は必死に止めようとぐいっと引っ張る。

 カラスの体が完全に地面へと落ちた。それはまるで人形のように動かない。

 あれ。

 カラスの側にいたあの男がいなくなっていた。

 だが、探す間もなく探していた男は見つかった。ナギは藤の首を片手で掴み持ち上げる。気道を塞がれた藤はその手を外そうと掴むがびくともしない。眉間の奥辺りに圧がかかる感覚がする。眼球が内側から飛び出しそうだ。耳も遠くなるような溺れる感覚。

 苦しい。

 声が出せない彼女は、目の前のナギを睨みつけた。

 それが気に入らなかったのかナギは不機嫌そうな顔をする。


「命乞いする顔をしろ。つまらんやつだな」


 更に高く持ち上げられた藤を支えているのは掴まれている首だ。足はもう地面についてはいない。橘は藤の腕を掴み直そうとするが、後ろからスズに襟首を掴まれ引っ張られた。


「雪穂さん!」


 音割れするような叫び声。

 藤の耳に届くその声はやけにぼやっとして聴こえた。


 その音の中に、カランと、下駄の音が聴こえた気がした。

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