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誰かのための行動


 帰れない。

 その言葉は、単に家に帰れないなんてものではない。

 現世(うつしよ)に戻れないのだ。

 慣れ親しんだ世界に帰れない。

 自分を知っている人達に会えない。

 ここで消えれば、付喪神と同様、文字通り消えてしまう。あちらに体はない。つまり、完全に存在がなくなるということである。

 誰にも知られずに。

 

 

「友達なら話してほしいもんだよなぁ?この後弓矢で刺されて死ぬぞって」


 より一層男は顔を歪ませる。人間の愚かしいやり取りを愉快だと言わんばかりに。

 嫌悪感と憎悪に胸がざわつく。

 だが、一番に腹が立っているのは自分自身にだ。

 橘は唇を噛む。

 

 この後死ぬだなんてこと、自分だったら伝えない。死ぬぞと言われて冷静な判断が出来る自信が全くといっていいほどない。

 それは常世(ここ)に着た時に既に取り乱したからわかる。

 

 話したらどうなるか、藤はわかっていたんだ。

 考えて最悪な事態にならないように駆けつけてくれた。

 全てを話してくれたら。

 でも全て話されて冷静でいれたのだろうか。

 ヒステリックを起こして藤にぶつけてしまった言葉は、とんでもない八つ当たりだ。

 助けてくれた人が、自分が選んだ先の未来(いま)に、押し潰されそうになっている。ここでするべきは責めることではなかったのだ。

 打開しなくては。

 このままじゃ嫌だ。

 このままじゃ、だめだ。

 弱気で怯えたままでは何も解決しない。

 

 私にだって知恵はある。

  

 橘は、自分の頬を両手でバチンと叩いた。

 痛そうに真っ赤になる頬。

 その痛みは橘の思考をクリアにさせる。

 先ほどと打って変わって、橘は凛とした顔で前を向いた。

 取り乱していたあの橘の瞳が、揺らぎない真っ直ぐな光を宿す。

 

「雪穂さん、言いたいことは後でしっかり言う。これだけは先に言わせて。ごめんなさい。助けてくれてありがとう」


 しゃがみこんでしまった藤を庇うように前に出た橘は、カラスに問いかける。


「ダイさんを助ける方法、あるんですよね?」


 カラスが口を開こうとした瞬間。

 男は地面を蹴り、低い姿勢のままカラスの間合いに入る。男は剣を下段から振り上げるが、後ろに飛ばれてしまい空振りする。その動きに素早く反応した男は、中段で構え直し、そのまま突きを繰り出す。間一髪で避けたカラスだが、髪を数本切られたのか、はらはらと落ちた。

カラスが話そうとすれば、男がそれを阻むように攻撃をしかける。

 カラスの助言を邪魔しているのだ。

 このままでは、ダイが持たない。

 橘はスズに問いかけた。


「スズさん。怪我をしたときみなさんはどうしてたんですか?」


 そういえばと言葉を続ける。 


「本殿に行くんだ。神器の力で回復して、また元通りになる」

「それじゃあダイさんを本殿に連れていければ…」

「残念だが、こいつら狛犬は恐ろしく重い。カラスだったら行けるだろうが、俺とショウは無理だ」

「その神器、ここに持ってこれたらダイさんを治せますか?」


 ダイがその言葉に反応した。


「ダメだ…!人間は、神器を見ちゃいけないんだ」

「おい、喋るな…!」


 スズが叱るもダイは橘への言葉をやめない。


「僕は大丈夫だから…。それより、ここにいたら危険だ…僕が現世(うつしよ)への道を開くから」



 

 君たちは、現世に帰るんだ。



 

 現世に帰る。


 それは二人の最終目的のひとつである。

 最初から帰れないなんて、言われてなどいない。

 きっと帰りたいと言えば帰れるのだと、どこかでわかっていたのかも知れない。

 それよりもこの神社を助けたくて彼女達は言わなかった。

 帰る、という言葉。

 橘は、答える。

 

「帰らない」

「ここにいても、危ないんだ」

「わかってる」

「なら」

「今じゃないよ、帰るの」

「言うことを聞いて…」

「ダイさんが治ったら、結界はどうにかなるんですか?」

「それは、俺にはわからな」


 なる。

 

 遠くでカラスは叫んだ。

 その声を煩わしく思うナギは、大振りで上段から地面へと剣を振り下ろした。そこにはもうカラスはおらず、地面を抉るだけだった。


「ダイちゃんは完全に切り離されとらん!ショウの結い紐のお陰で、断ち切られとらんのや!」


「そうか…。これにはショウさんの髪が編み込まれてるって」


 藤はのっそりと立ち上がり、ショウを見る。

 純粋で素直なんだ、とカラスは言っていた。口調は乱暴でダイのことになると少々過激ではあるが、それもこれも、純粋に彼を慕ってるからなのだ。


 言っていた。

 ダイを外に出して上げたいと。

 大好きな彼に、自分の見てきた外の世界を彼にも見せてあげたかったんだ。自分がここから出られなくなってもダイをだしてあげたいという気持ち。

 ただそれだけなのに、それは禁忌なのだ。

 絶対に無理だと言われていたのに、出来ると言われたらそちらに耳を傾けてしまう。

 純粋で、素直で、対の狛犬を思う気持ちが強すぎたんだ。


 

「俺は紐だけでいいって言ったのによ。坊っちゃんのせいで繋がったままってこったな。まぁそれもそいつが死んだら切れるだろうけどな」


 

 ショウの肩がびくりと跳ねた。

 呆然としているが、耳は聴こえているようだ。

 藤はショウの両肩に手を置いた。


「ショウさん。私は神器を必ず持ってくる。だからお願い。ダイさんを、この神社を守って」


 焦点があった。

 虚空を見つめていたショウの目は藤を捉える。

 藤はショウの返事を待たずに橘に振り返る。


「私が神器の場所を教える。だから、すいは見ないで欲しい」

「雪穂さ…」

「神器を直接触れないようにこの風呂敷を被せるから、もし私が動けなくなったらそれをここまで運んで欲しい。できるね?」


 橘は声が出なかった。

 藤が危ないことを頼んできたこと、そしてそれに同行出来ることに驚いて声を出すのを忘れてしまった。

 藤は橘を見る。ここにきて幾度となく見つめてきた琥珀色の瞳。

 いつもと違って見えた。

 戸惑いや不安、隠し事が感じられない。

 何度も閉じては開いていた口が、今度は迷いなく言葉を口にする。

 

「ここに連れてこられたのは私のせいなんだ」


 藤は眉をひそめる。


「私のひいばあちゃんとカラスが知り合いだったらしくて。血縁者だったからって理由で私をみつけてここにつれてきたんだって教えてくれた」

「そう、なの?」

「ごめんね、こんな怖いことに巻き込んで。しかもこれから危ないことをさせようとしてる。この後ちゃんと謝れるかわからないからちゃんと言おうって、ようやく決心がついた。本当は黙ったままでいようかと思ったんだ。でも、カラスに言われた。隠さずに言えばいいだろって。そんなの私が決めることなのにお節介だよね」



 --それは私が決めることだろ--


 

 茅の輪を作っていたときに聞こえた言葉を思い出した。

 あの時、カラスは黙っていようとしていた藤に助言していたのだ。

 何も伝えなければたとえ友人でも不信感を抱かせてしまいなにかあった時に困るぞ、と。

 

 自分のせいでここに連れてこられただなんて知ったら、どう思う。

 関わらなければよかったと後悔されるかも知れない。

 嫌われるかもしれない。

 それが何より怖くて、藤は伝えることをしたくなかったのだ。

 友人に嫌われることが怖くて怖くて堪らなかった。

 知らなければ波風立てずに済む。

 でも結果はどうだ。

 橘には不信感を抱かせてしまった。

 何より、大事な友人に隠し事をするのがどうしても無理だったのだ。


「知られずにいたって、隠しごとをしたこの事実は変わらず残ったままになる。いつかは、ばれるかもしれない。ここにいる間ですら事実を知ったら嫌われるかも知れないとか、色々考えて怖くて苦しかったのに、ずっと隠し続けるなんて無理だ。すいには嘘をつきたくなかった。だから、言うって決めたんだ」


 橘は、ありがとうと伝えた。

 話してくれて。

 大事にしてくれて。


 橘はショウを見た。


「ダイさんを助けるよ。そしてこの神社も。だって大好きだから」

  

 ショウの瞳は限界まで見開かれていた。

 この事態を引き起こしたのはショウなのになんとかしようと行動してくれている。

 ダイを見る。

 さっきまで笑いかけていた表情は苦痛に歪み、ぐったりとしている。自分の浅慮が招いた惨状。望んだ未来とはかけ離れてしまって、どうしていいかわからなかった。だから自分の行動を反芻していた。あの時こうすればよかった、と。妄想の中で都合のいい世界を作り上げる。でも目に映るのは最悪な事態。

 人間は、ダイを助けると言った。

 ここで諦めることはせず、何かしら行動を起こそうとしている。

 そうか。

 ここで諦めたら、ダイは死ぬんだ。

 自分の行動と気持ち一つで、ダイを死なせてしまうんだ。

 可愛がってくれた恩を、こんな形にしたかったわけじゃない。


「神器が、あればいいんだな」


 肩を掴んでいた藤の手に自らの手を重ねる。

 藤はこの質問には答えられない。

 神器で直るのを知ってるのは彼ら自身だからだ。


「俺が取りに行く。お前達が壊れたらダイが悲しむ。それに俺が行った方が速い」

「私も行く」

「一人で行った方が速い。それに人間にしか出来ないことがあるだろ」


 ダイが癒えるように。これ以上ここが壊れないように願ってくれ。

 人間の信仰心は、神様の力の源である。

 それは、ここではとても大事なことなんだ。


「坊っちゃんに行かせていいのか?本当に持ってくるなんて思ってるのかよ」

「思ってるよ」


 凛とした声で答えたのは、橘だ。


「ショウさんはね、私が引くほどダイさんを大事に思ってるの。だから、絶対に持ってくるよ」

「さっきまで癇癪起こしてた女がよく言うぜ」


 カラスの剣を弾き、橘に向かって駆けていく。速度をあげて剣を振り上げるが、カラスが追い付きナギに体当たりをし妨害する。


「さっきから邪魔しやがって…!使い慣れねぇ剣なんざ振り回して正義の味方気取りか?」

「アホ抜かせ。こちらは大事な大事な客人や。生きて返すんが道理やろが」

「大事な客人だぁ?そんな客人に対して本体(・・)で出迎えないなんざ、失礼なやつだなぁ?」


 本体?

 そういえば、彼らは付喪神。物に宿った精霊が、人の形をしてここに立ってくれている。スズは神楽鈴。ダイとショウは狛犬だ。

 そういえば、カラスが何なのかまだ知らないでいた。


「絶賛急務中なんや。安心しぃ。中身(・・)のないお前にはコレ(・・)で十分やわ」


 その煽りにかちんときたのか、ナギは大振りになっていた。大きな隙を見つけたカラスは橘達から離れるようにナギを思いきり蹴り飛ばした。相当な力で蹴ったものだから境内の真ん中辺りまで吹き飛ぶ。


「ショウ!頼むで」


 その言葉に大きく頷いたショウは、走り出した。それを追おうとしたナギはカラスに簡単に阻まれる。

 苛立ちが募っているせいか、始めの余裕はなく憎悪に満ちた表情に変わっていく。


「せっかく、ここも壊せるところだったのによぉ。邪魔するなよ」

「これ以上、やらせへんよ」


 その体(・・・)で、これ以上は神社喰らいをさせない。


 カラスの纏う雰囲気が変わった。さっきまでは食い止めるために剣を振るっていたが、構え直した今は殺意に満ちている。

 壊す気だ。

 そう直感でわかった。


「カラス…その人知り合いなんじゃないの…?」

外見(そとみ)はな。わしの古いダチや」

「そと、み?」


 カラスもナギもかつては同じ神社に奉納されていた神器であり共に過ごしてきた旧友だった。でもそれは昔の話。


 ナギは、当の昔に喰われたんや。


 カラスの声がやけに響き、友人だと宣っていたナギが顔を歪ませた。

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