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見えてくる


 「俺は二代目なんだ。俺の前の奴は昔に壊されちまったらしい。だから俺が作られてここにきたんだ」


 あまりに衝撃的なことを平然というものだから聞き逃しそうになった。ショウが、二代目?ダイをみると少し寂しそうな顔をして頷いた。


「そうなんだ。でも別に珍しいことではないんだよ?時代によっては神社自体を壊されることだってあったんだ」


 今が平和だから、それに慣れてしまったのだろう。壊されるだなんて想像していなかった。もしかして、ダイが外に出れなくてショウが自由に出入りできるのは、そういう何かしらが関係してるのだろうか。


「すみません」

「気にするな。俺は痛くもない。ただ、この話になるとダイが寂しそうな顔をするからあまりしないでくれ」

「いやいや気にしないで!今は寂しくないからさ」


 ショウがいるから寂しくないのは本当だろう。でも、前の狛犬にだって思いれはあるはずだ。気にしない方が無理だろう。こんなにも優しい彼が落ち込まないわけがないのだから。橘は、話題を逸らそうと何か話の種はないかとキョロキョロする。

来たときよりも綺麗になっている境内。

 こうなる前はどんな人たちがどう過ごしていたんだろう。

 

「二人はいつも何をして過ごしてるんですか?」

「何って、俺たちは暇してるわけじゃないぞ」

「神事がない時は昼寝するくらい暇だろう?この前だって、台座から落ちて痛い目にあっただろ」

「ダイこそ暇を満喫して、いざ神事が近づくとまだ準備出来てなくて慌ててるからすぐなにかしら壊すだろ。この前は、御神酒の瓶割っただろ」


 互いを良く知っていて、悪態をついてる姿がなんだか羨ましく見えた。二人はきっと特別仲がいい。それは友人とは違う。もっと深い絆で繋がってるんだ。

 この二人がいるからこの神社は安泰なんだろう。

 それなのに、この神社を危険に追い込もうとしている人がいるというのを思い出してしまう。

 真っ黒な着物の彼。

 カラスは一体何を探しに行ったのだろう。藤が一緒なのだから何か企んでいれば彼女はきっと気付くはず。

 でも、洗脳されていたら?


 相当百面相していたのだろう。ダイが、橘の顔を覗き込む。


「安心して。これ以上ここが壊れることはないから」


 ダイは、屈託のない明るい笑顔でそう言った。彼がそう言うのなら、きっとここは大丈夫なのだろう。まだ解決はしていないが、彼が言うと不思議と安心できる。


 

「ついこの間境内を彷徨いてたらいいもん拾ったんだ。外の知人に聞いたらめっちゃいいもんらしい」


 ショウは襟に手を入れなにやら探している。取り出したのは小さな白い巾着袋だ。紐をほどいて逆さにすれば、木製の綺麗な櫛がショウの手元に落ちた。

 それを見た瞬間、ダイが大声を出してそれを指差した。


「これ!!これだ!!」

「なんだ、知ってるのか」


 ダイは興奮のあまり言葉を紡ぐのに時間がかかった。何度も何度もこれだ、これだよと繰り返す。


「カラスと遊んだ時のお宝ですよ!」

「えぇ!?じゃあカラスさんはここにあるのを知らずに探してるんですか?」

「あいつが勿体振るのがいけない。バチが当たったんだ」

「神社でいうと重みが違うね」

「これってそんなに良いものなの?」


 ショウは得意気に鼻を鳴らした。


「神話に出てくる代物だ。これは」


 櫛稲田姫(くしいなだひめ)という神様の櫛なのだそうだ。

 彼女は、須佐之男命(すさのおのみこと)の妻である。橘もこの名前には聞き覚えがあった。それどころか、その神様の話を知っている。

 八岐大蛇(やまたのおろち)の生け贄にされそうだった櫛稲田姫を助けたのが、須佐之男命である。そしてその櫛は、櫛稲田姫が姿を変えて彼と共に八岐大蛇に立ち向かったという伝承がある。諸説あるが、彼女の力を借りて挑んだのだとか。二人で共に立ち向かう姿が素敵で印象深かったのだ。


「カラスもこれをダイに渡そうとしてたのかもしれないな。これは守りの力がある」


 良く見れば、櫛は繊細で美しい細工が施されていた。こんなにも貴重な代物を宝物というのは頷けるが、それを遊びに使うカラスの神経を疑う。

 こんな貴重なものが境内に落ちていたのも、神社の平和の影響だったのだろうか。

 ダイは櫛を受け取りまじまじと見る。そしてボソリとこう言った。


 こんな大事なもの、誰が境内に落としたんだろう。



  

 ショウの言葉を鵜呑みにするな。

 カラスが口にはしていないが、そう言っていた。橘からしたらカラスの言葉を信じるには信用が足りない。だが、わざわざ彼が聞こえないように言うということは、とても大事なことなんじゃないだろうか。

 実はカラスの言葉をショウには伝えていない。もしここで伝えてしまったら、彼はカラスと完全に敵対してしまいそうで。橘はお互いが誤解している可能性を捨てきれてはいない。最早これは願望だ。どうにか円満になれる方法はないものかと自分の思考に潜りすぎていて、ショウに呼ばれていることに気付かなかった。無遠慮に肩を揺すられてようやく気付いた。

 不意にやられると首を痛めそうだ。


「どうした。なんか気になることでもあるのか」


 まるで自分の思考を見透かされたようでどきりとした。だが、橘はカラスの言葉をショウに伝えることはしなかった。

 カラスは疑えとは言っていない。鵜呑みにするなと、そう言ったのだ。


「ううん。こんな貴重なもの誰が落としたのかなって」


 ダイが呟いていたことをそのまま発してしまった。あたかも自分の意見のように伝えるのが恥ずかしくなってへらへらしてショウを見れば、いつもの仏頂面が強張った。

 

 橘はただ疑問を口にしただけ。


 この神社なら、誰かが遊んでそのままにするなんてことあってもおかしくはないはず。割りと好き放題過ごしている彼らなら物の一つや二つ…。

 でも落ちていたのは貴重な神様の櫛だ。

 今更になって違和感に気付く。

 カラスがわざわざ宝物殿に取りにいったということは、大事にしていたのではないのか?仮にそれで遊んだとしてもそれは宝さがしの宝としてだ。ぞんざいに扱っていない。


 これは、本当に拾ったの?


ショウを見ることができなかった。ショウの一瞬の表情の変化で、空気が詰まったような息苦しさに変わった。今、彼と目があったらぽろっと聞いてしまいそうだ。彼のことだから変に疑って違ったら、鋭い言葉で言い返してくれるという確信はあった。減らず口を叩けるほどに打ち解けているからわかる。でも、もし、彼が反論しなかったら。

 彼は嘘をついたことになる。

 ダイに嘘をついたことになる。

 


「なんにせよ、これがあれば怖いものなしだね!」


 ダイは櫛を大事に持ち嬉しそうに笑う。ありがとう、とショウに告げれば彼はぎこちなく頷いた。

 ダイがあんなに嬉しそうなのにどうして彼は誇らしげな顔をしないのだろう。どうだと言って橘に勝ち誇った顔をしそうなものなのに。


 ショウはカラスから神社を守りたいから悟られないようにしてほしいと言っていた。

 本当に見守ったままでいいのだろうか。

 このままでは後悔することになるのではないだろうか。

 ショウ自身にも何か目的があるのでは。

 思考に耽っていたら、拝殿の方からごとりと何かが落ちた音がした。それには二人も反応した。

 蜃気楼ではなさそうだ。

 最初に動いたのはショウだ。

 臆さずに階段を登り見に行けば何かを拾い上げた。それはこんなところでは見る機会なんてないものだった。

 ダイはそれを間近で見ようとショウの所へ駆けていく。

 ショウは3段くらい上からそれを見せる。ダイは階段には登らずそれを覗き込んだ。橘は動き出せず、少し離れたところで見守る。この間にもカラスと藤が帰ってくるんじゃないかと辺りを見渡すが、茅の輪があるくらいだった。


「桃だ!」

「そうみたいだな」


 こんな所に何故桃なんて転がっているのだ。境内を散策してるときは桃の木なんてなかったはずだ。あればダイが教えてくれていただろう。

 


 どうして。

 とても不自然に見える。

 明らかにどこからか落ちてきた。この現象が日常なら櫛が落ちていたというのもわからなくはないが、二人ですら桃が突然落ちてきたことに驚いていた。ダイは天井を見上げるがなにもないようで視線を桃に戻した。


 いやこれはおかしいんだ。

 物が落ちてくるなんて。

 なら、櫛も落ちてるなんて不自然すぎる。胸騒ぎがして、ダイが桃に触る前に橘は声をあげた。


「おかしいよ、それ。ショウさん、それ手放して」


 ショウは表情を変えない。それどころか、ダイを見たままだ。


「桃は神様の贈り物じゃないか?ここまで境内を直したんだし、見えないところで力を貸してくれてるんだよ」


 橘は開いた口が塞がらなかった。何から何まで前向きに捉えすぎてるショウの行動が明らかに変だ。橘が台座に乗っていただけであんなに怒って警戒してきたショウが、突然現れた桃を大事な人に渡すだなんてどう考えてもおかしい。

 だめだ。受け取らないで。息を精一杯吸って声を張り上げた。


「「受け取らないで!」」


 誰かと声が重なった。振り替えれば遠くから藤が走ってきている姿が見えた。ただ、戻ってきたのは藤だけだ。カラスは?カラスはどうしたのだ。

 肩で息をしながらも藤はダイへ叫び続ける。


「何も受け取らないで!」


 それは悲鳴にも似ていた。あんなに必死な藤を見たのは初めてだ。ダイはその気迫に何かあるのかと察して桃に触れそうになった手を寸でのところで止めた。

 

 よかった。


 藤が走ってくるのを待っていれば、橘の視界に何か眩しいものがちらついた。それは藤のもっと後ろ。鳥居より外の林。何もいない。気のせいだろうか。

 チカッ…。まただ、また光った。

 目を凝らす。この距離ならあれがなんなのかわかりそうだ。

 注視してみると、それは林には馴染まずちょっとだけ浮いていた。うまく擬態しきれていないその棒は、間違いなく弓矢だった。矢じりの先端は、ダイたちの方を向いている気がして、橘は声を張り上げながら走り出した。二人とも、危ない!と。だが、橘が二人に駆け寄ることはかなわなかった。何故なら、彼女の右手を思いきり掴み、引っ張っていたのはこちらに走ってきた藤なのだから。


 橘の声に二人は、周囲を見渡した。いち早く弓矢に気付いたのはダイだ。こちらを狙っているのがわかった彼は、振り返り真っ正面にいたショウを突き飛ばした。


 

 

 その拍子に、ダイの指先が僅かに桃に触れた。


  

 静寂を保っていた境内は瞬く間に空気が変わる。まるで絵画の上に汚れた水を溢してしまったような不透明さが視界を濁す。

 そして、そこにいた全員の耳に響いたのはガラスが割れたような高い音だ。何が割れたかはわからない。それは矢が飛んでくる方からだ。

 一呼吸すら出来なかった。橘にはそれを阻止することも叶わない距離にいて、ショウの視界からでは何もわからない。瞬きをしたその後には、ダイの腹部から矢が付き出してきた。それはショウまでには届かずに止まる。

 境内を横切った鋭い矢は、真っ直ぐにダイの背中に刺さっていた。


 

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