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想いの強さ


 この場所に来てから、どれくらい時間が経っているのだろう。空はどんよりとしており、天気は変わらない。時間が進んでいるかわからない。

 止まっている。

 実際に時間が止まった世界なんて、体験したことがないから勝手な想像だ。

 時間の経過を感じるものがここにはないのだ。

 変わる空模様、行き交う人、吹き抜ける風。そういったものがなく流れが感じにくい。滞留しているといった方が、この息苦しさを伝えられるだろうか。

 

 そんな陰鬱とした空間を変えられる兆しが見えてきた。弱っていたこの神社の浄化の力が、戻るかも知れないのだ。完全にとはいかないらしいが、それでも侵食からは守られるくらいにはなる。

 

 神社がなくならない。

 それがどれだけ嬉しいことか。

 このために、橘達は奔走していたのだ。

 もう一踏ん張りだ。

 でも、どれくらい頑張る?

 あとどれくらい種は必要?

 異変はまだ境内に残ってるのか?

 

 ゴールが見えない。


 だが、絶望的な状況ではないのだ。

 気持ちが高揚する。

 今一度深呼吸をする。

  




 

「せや、そういえば前にえぇもん持ってきて宝物殿に置いとったんやわ。それ取りにいくから、種探し頼むわ」


 このタイミングで彼はまた単独行動を始めようとした。これでは橘は勘繰ってしまう。

 ショウに言われた事。

 カラスは、水晶を壊した犯人だと。

 そんなはずはないと思いたいが、橘視点ではかなり黒に近い。警戒するに越したことはないだろう。気を張っている橘の隣で、ダイは通る声でカラスにわがままを言っている。


 

「ここまで来たらカラスも一緒に境内探そうよ」

「ダイちゃん達の方が詳しいんやからそっちは頼むで」

「いいもんってのは何だ」

「えぇもんはえぇもんや」

「濁すな。教えろ」


 ショウはカラスをじっとみつめる。カラスは何を考えてるか読み取りにくい。目元、口元、動作全てに変化はない。飄々と交わすものだから結局は捕まえられず本性もわからずじまいだ。だが、今回は逃がさないようショウは彼を言葉で繋ぎ止めた。かわされそうになるなら、逃げる前に立ちはだかればいい。


「昔ダイちゃんと宝探しゲームしたやろ。あん時のもんや。あれだって縁起物やで」


 みんながダイを見た。

 本人は首を傾げるだけ。

 覚えていないのだろうか。


「それって、だいぶ前の話じゃない?えぇ…なんだったかな」

「思い出したらショウに教えてやってや。わしはそれを取りにいくから」


 そんなかわし方、ありか?こうなればどう言ったって、カラスは言いそうにない。ダイちゃんに聞けの一点張りになる。これはダイが思い出さないとカラスの目的がわからない。なんてやつなんだ。ショウは舌打ちをする。ダイは思い出せないのか、うんうん唸っている。


「…探しに行くのは勝手だが一人で行くのはダメだ。どこに種があるかわからないから人間をつれてけ」


 それでもショウはどうにか食い付く。


「じゃあ、嬢ちゃん宝探し手伝ってくれる?」


 まさか自分に白羽の矢が立つとは思っていなかった橘は狼狽えた。次はこちらを懐柔するつもりか。これでついていけば、彼の目的を知ることが出来るんじゃないだろうか。ショウが言っていた事が事実ならば神社の回復を何かしらの方法で邪魔をすると思う。つまりは、ショウの邪魔をするということだ。ぐるぐると考えごとに振り回されていればカラスは戸惑いを察したようだ。


「警戒しとる?何もせぇへんよ」


 口元だけ弧を描き、目元は変わらないアルカイックスマイルを浮かべるカラス。

 言葉を信用しきれない。

 橘では、彼の見張りは荷が重い。

 

 待て。

 自分から知ろうとしなければだめだ。

 第一、本当にカラスは悪い人なのか。ショウを疑うわけではない。だがカラスも疑いたくはないのだ。もしかしたら、ショウは勘違いをしてるかも知れない。

 疑うにしてもカラスを知らなさすぎる。彼を知れたなら、この探りあいは杞憂に終わるのではないのか。

 手伝う。

 そう言おうとする前に、友人が先に決めてしまっていた。


「すいはそっちを手伝って。私がいく」


 まだ顔色は悪いが、幾分か回復した藤は橘にそう告げた。

 率先して一緒に行こうだなんてどうしたというのか。相性最悪なはずなのにわざわざ行動を共にしようという藤の心境がわからない。

 もしかして、カラスに操られている?

 そんな考えが過った。

 いけない、まるでカラスを犯人と決めつけてるようじゃないか。


「理由、聞いてもいい?」


 まさかそんなことを聞かれるとは思わなかったのか藤は、一瞬反応が遅れた。

 あ。これは、困っている。ワンテンポ遅れて藤は答えた。


「こんな大人といさせたくないだけ。何を吹き込むかわかったもんじゃない」


 散々振り回されてきた藤は疲弊してるのか、ため息をつく。

 吹き込むって、なにを?

 もしかして、藤は何かを吹き込まれたのだろうか。

 彼女は、何かを掴んでいるのかも知れない。軽口を叩いて、橘に忠告している可能性がある。

 考えれば考えるほど全ての推測が当てはまるような気がしてならない。


「嬢ちゃんだって大人を知る権利はあるで。なんでもかんでも姉さんが口出しするのは関心せぇへんよ?もうこどもやないんやし。それとも、二人きりにしたくない理由でもあるんか?」


 なにか都合でも悪いのか?その言葉に明らかに反応した。表情が曇る。言葉を詰まらせ、目が泳ぐ。

 まただ。

 何かを隠している。それでも取り繕って、藤は反論する。


「あることないことべらべら喋って、すいを不安にさせてほしくないんだよ」

「心外やわ、あることしか言うとらんよ」

「とにかく、その探し物は私がついてく。すいは、そっちを手伝ってほしい」


 そこまでして、カラスとの接触に難色を示すのはいよいよおかしい。藤は、過度な干渉をするような人ではない。少なくとも、橘の知る限りは。無関心とかではない。何かあれば相談する。相手の行動を邪魔するようなことは極力しないような人なはず。いや、もしかしたら橘の知らない藤の一面なのかもしれない。返事をしない橘にカラスが近寄る。

 動揺して動けない。彼は少しだけ前屈みになり目線の高さをあわせる。カラスの瞳はよく見れば赤い。そして綺麗だ。朗らかにはにかんだ彼は、橘が警戒しないように優しい声音で話す。


「残念やけど、そっちをお願いするわ。嬢ちゃんはダイちゃんと気があうみたいやし、大丈夫やろ」



 

 言葉では、そう聴こえているのになにかおかしい。

 言葉が二重に聴こえてくる。耳からは先ほどの情報。だが、頭に直接響くようなカラスの声は実際発してる声とは違う。口の形と音声があっていない。洋画の吹替のような違和感だ。頭の処理が追い付かないが確かに聞き取れた。


 ショウの言葉を鵜呑みにするな。

 

 そう言った彼の表情は朗らかなまま。

 術をかけられてるのか?ショウが説明してくれたがほとんど理解出来なかった術と言うもの。ショウはカラスが何かしらの方法で藤に術をかけたと言っていた。それがこの方法なんじゃないだろうか。どう返事をすれば正確なのかわからなかった橘は、ただ頷く。どちらにしてもこの反応はどちらにも返事をしていることになる。カラスは満足そうに頷き、頭を鷲掴みにしてきた。でかい手にすっぽり納まった橘の頭を撫で回し髪をボサボサにする。デリカシーがない。かなり癪に障ったので手を退けようと払えばすんなり放された。


「ダイちゃん、この嬢ちゃん好奇心の塊やから目放しちゃあかんよ?」

「子どもじゃないってば」


 彼は橘にヒラヒラと手を振れば、踵を返し目的の場所へ歩き始めた。藤は慌てて着いていこうとするが、思い出したかのように橘へ近寄る。

 何かを言いかけて、黙る。

 中々話し出さない。


「どうしたの?」


 ようやく口を開いた藤は真剣に橘を見る。その瞳は不安定に揺れている。


「無茶しないで」


 消え入りそうな声だった。芯のある彼女の声からは想像が出来ないほどに。何か他にも言いたいことがあっただろう。それでも、選んだ言葉は橘が無事でいてほしいと言う懇願が込められているものだった。

 先程まで不信がったり疑ったりしていた橘の良心が痛む。

 ショウの言葉。

 カラスの言葉。

 藤の行動。

 それらが橘を翻弄する。何が正しいのか、どれが嘘なのか。直ぐにでも答えて欲しかった。自分にだけ、見えないように幕が張られているような気分だ。橘は、無言で頷いた。そしてこう返した。

 雪穂さんこそ。


 今度こそ、藤はカラスを追った。律儀にも彼は、二人のやりとりを待っていたようで、こちらを見ていた。

 さっきまで希望に満ち溢れていた気持ちが萎んでしまい、胸中穏やかではなくなる。どうか、全てが上手くいきますように。




 


「嬢ちゃんがこっちの方がよかったんちゃう?」


 宝物殿という建物は境内の端の方に位置しており、神楽殿の反対側にあった。大きな(かんぬき)がかけられており、物々しい重厚感のある扉がある。カラスはまるで重さを感じていないのか、軽々と閂を外した。

 軽いのだろうか。扉の横に立て掛ける際に壁に当たった時の音に重みがあった。

 彼がなにかしら行動するのを目の当たりにするのは初めてと言っていいだろう。ずっとお喋りか茶々いれしかしていなかったから。


「付喪神は重さを感じないの?」

「重さくらいわかるわ。姉さん担いだときも重たいなぁって」

「結構傷付く」

「えぇ…自分から振ったんやん」


 ここに逃げてきた時、確かに藤は担がれていたことを思い出した。重たいとは失礼だ。そこの閂よりはマシだろう。

 

 

 ギィィ…と音を立てて扉が開く。

 中は薄暗い。広いのか奥行きがある。しばらくは目が慣れずにいたが、時間が経つにつれて見えてきた。思った通り、広い。博物館の展示施設のように、壁際にはガラスのショーケースが展開している。部屋の中央にも展示品があるのか離れ小島のようなショーケースが鎮座していた。

 

「カラスのとこにいる方が安全って言いたいの?」


 藤はショーケースに並んでいる展示品を観ていた。

 こういうものは神社の歴史に深く関わりがあるものが多く、見応えがある。絵画、書跡、工芸品などが置いてあり、昔神事で使われていた神具なども展示されている。年季の入った神楽鈴、勾玉、剣なんかも置いてあり興味をひかれる藤だが、カラスはそれらには目もくれず、さっさと奥まで歩いていってしまう。


「あんたは勘がいいからな。彼方さんがなにか企てても気付けるやろ。嬢ちゃんは素直すぎてな。腹の探りあいなんてむかへん」

「企むって、なにを言ってるの」


 カラン。

 下駄の音が、建物の中に反響した。カラスが立ち止まりこちらを怪訝そうな顔で見ている。


「なんや、気付いてないんか」

「なにを」


 カラスは片手をあげ、手首を指差す。


「手首に巻いてたやろ」

「あぁミサンガでしょ。人間の世界では流行ってるよ」

「結んでる間に願いがたまって叶う時に千切れるんやったな。日本の風習にはないもんや」

「確かに。でもショウさんは知り合いに教わったんでしょう?」

「わしらの知り合いって、どんなんやと思う?」


 どんなって。

 ぞわりと鳥肌がたった。

 忘れていたわけではない。彼らが人間ではないということを。でも、どこか自分の目線で話を聞いていた。人間の目線で。


 おかしいじゃないか。

 人間を好ましく思っていないショウが、人間から教わるなんてことをしないのはちょっと考えればわかることだった。

 付喪神の知り合い。それらもまた、人間以外の何かではないだろうか。しかもその何かは人間のミサンガの風習をショウに教えたことになる。


「貴方達の中にも人間の文化に触れてる人がいるんだね」

「姉さん、あれってミサンガっていうんやな。知らんかったわ」

「カラスでも知らないんだ」

「けど、あれに似た呪術があるのは知ってる」


 呪術という言葉を日常で聞くことはほとんどない。都市伝説やオカルトに興味のある藤ですら、文章でしかみたことがない。実際に呪術という言葉を耳にするとぞわりと怖さを感じる。


「それって、誰かが誰かを呪う儀式って言う認識であってる?」

「随分と物知りやけど惜しいな。本来悪いことに使うもんやないで。あんたらの身近でわかりやすいんは、そうやなぁ。お正月のお祓いや、てるてる坊主なんてのも呪術や」


 知識が片寄ってしまっていたらしい。

 自然の力や神様の力を借りて、人間の願望を叶える行為を呪術というらしい。カラスは説明しながら、歩きだした。相変わらず展示品に目もくれずに進んでいく。更に進むと、扉があった。

 引きわけ戸だ。とくに鍵もつけられておらず、カラスが引き戸を開ける。

 中はうっすら明るい。窓から外の光が入り込んでいるからだ。とはいえ、外は晴れているときの明るさはないため、部屋の四隅まで光が届いていない。

 部屋の真ん中には、木箱、段ボール、紙箱と様々な箱があった。蓋を閉めた状態のもの、既に箱が開いてるものが乱雑に転がっている。


「あちゃー、遊んだら遊びっぱなしやな、ここんちの子達は」


 カラスは足元にある木箱を拾い上げて蓋を開ける。藤が後ろから覗けば、中にはハズレと書かれた紙が入っていた。


 


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