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疑わしいのは


 カラス。

 唇に人差し指を当てられ名前を呼ぶことを邪魔された。カラスは藤を見ることなく、じっと神主がいる場所を見ているようだ。


「嬢ちゃんとこ下向いたまま行けるな?」


 返事はしていないが、藤が了承したという意思が伝わったのか、指を離し肩に触れていた手で背中を押した。


「その大量の鯉のぼり、スズに渡してから種探そうや」


 ここでは声を出してはいけない気がして、藤は頷いた後、橘を目指して歩いた。

 


 一連の流れを視界の端ではあるが見ていた橘は、藤が下を向いたまま歩いてくるのがわかった。近くにいなくても何か異常なことが起きてるのはわかった。藤が急に硬直し、かと思えばカラスが声をかけて今は橘のもとへ歩いている。

 鯉のぼりを持っていた藤は、橘に小声で話しかける。


 

「スズさんにこれ、渡しにいこう」



 

 え。

 どう考えても何かおかしなことが起きてるのにそれを無視するような内容に驚いた。

 違うでしょ。

 ここは危ないから逃げようって言ってくれればわかりやすいのに。そう言いたかったのに、藤の顔色があまりにも悪く、額には汗が滲んでいた。そして何より真剣な眼差しで橘を見ていたから言葉が出てこず、頷くことしかできなかった。

 踵を返してスズの方へ歩いていく。


「後で説明するから、今はあっちを見ないで」


 橘はそれに従うしかなかった。





 厄払い、お祓い、夏越の大祓い。

 祓った厄はどこへいくのか、知っているだろうか。

 お焚きあげ、川へ流す。そういった方法で祓った悪いものは浄化される。ただ祓うだけでは、ダメなのだ。誰かについてる埃をその場では落とせても、誰かにまたついてしまう。祓ったものが0になることはない。きちんとその後処理をしなくては、お祓いをしている神社の中は穢れや厄が溜まっていってしまう。それでは意味がない。

 だから、それらを浄化するのだ。時にはお焚きあげ。時には人形流し。そして、今目の前で起こっていることもひとつの方法だ。

 真っ白な装束を着ている神主のような男は、三宝に乗せている幾つもの人形(ひとがた)に切り抜かれた紙を、背後に従わせていた筒上の大きな蛇のような生き物の口へと放り込んだ。一体どれだけあるのか。生き物が咀嚼し嚥下を終えればまた口を大きく開ける。また三宝を傾ければどこにそれだけの量が乗っていたというのか、また何枚も何枚も人形が虚空に吸い込まれていく。吸い込まれる人形に白いものはなく、どれもこれもどす黒くなっているものばかりだ。半年に一度、厄落としをするために茅の輪を潜り、祓い落とされた穢れを人形へ移す。半年でこれほどの穢れを蓄積させていた人間。さぞ体に影響があったであろう。生き物は、ただ注がれたものを食べては飲み下す。ようやく神主が注ぐのを止めればでっぷりとしたその生き物は役目を終えたようでその巨体を引きずり、出口へとむかう。動作がとても鈍いお陰で、神主は拝殿に一礼した後、生き物の先頭まで移動することが出来た。そして共に境内から出ていく。

 

 それらを見送ったカラスは茅の輪に近寄る。

 見る限り、普通と変わらない茅の輪。茅の一本一本を見て回っている。



 

「なにかあったのか?」


 スズの元に辿り着いた藤の顔色は、血の気が引いていて真っ白だった。

 無言で鯉のぼりを渡された彼は藤の言葉を待つが口を開こうとしない。ならばと橘を見たが彼女も状況がわからないのか首を横に振るだけだった。とにかく一旦休もうということで、皆は拝殿の中へと移動する。



 

「これ、落ちてたで」


 カラスは懐から数個、欠片を取り出してスズに手渡した。いつのまに出現していたのか。


「おいカラス。お前さっき何があったか見えてたのか」

「知らへんよ。急に二人の顔色が悪くなったから声かけに言っただけや。んで、茅の輪の下見てたらあらま、落ちてるやないの」


 ショウはカラスをじっと見ている。それからショウは橘を見た。


「おい、何を見たんだ」

「正確には見てないの。誰かが茅の輪に向かっていったのは音でわかったんだけど、見ようとしたら雪穂さんにとめられて」

「チッ」

「英断やで。嬢ちゃんも見とったら姉さんみたいになってたかも知れんしな」


 少し離れたところで藤は横になっていた。先程よりは血の気が戻ったようだが、気だるいようで目を閉じて休んでいる。


「何を見たんでしょうか。ここには危険なものは入ってこれないはずなんですが」

「わしらには危険でなくとも、人間には危険なもんなんてたくさんあるやろ」

「そういえば、聞きなれない音がしました。誰かが歩く音の後ろになにか重たいものが引きずられるみたいな。荷物でも引きずってたのかな…?」

「それなんだがな、実は」


 俺達にも聴こえていたんだ。

 スズは言う。


「二人が茅の輪の方に気がいった辺りからか。人の歩く音は聴いてないが、でけぇ何かが這ってる音は聴こえてたんだよ。ただ俺達もそれが何なのかわからなくて、そうこうしてるうちに二人が俺のところに来たんだ。その時にはもう聴こえなくなってた」

「なんにせよ、今後は気をつけた方がよさそうだ」

「おかしいと思ったら見ない、を徹底しよう」


 スズもダイも二人を案じてくれていた。これからどう行動すればいいか話し合っていると、カラスはふらっと藤の元へ行ってしゃがみこんで何やら話している。藤はうざったそうに手で払っている。そうだ、お礼をいわないと。藤が止めてくれなければ、橘もあぁなっていたかも知れないのだ。カラスがいなくなったのを頃合いに近づこうとすればショウに肩を掴まれた。

 振り払えない重たい手だ。


「おい。おかしいと思わないのか?」

「何が…?」

「鯉のぼりまではうまくいってたんだろう?」

「うん。でも今までたまたまいい結果が出てたのかも」

「カラスは嘘をついてた。あいつには恐らく事態が全て見えてたはずだ。それなのに隠した」

「…え…?」


 そう言われてみれば確かに、今回カラスの行動には不可解な点があった。どうして茅の輪の場所をじっと見ていたんだろう。それを視て藤は体調を崩したのに。カラスが言ったように、カラス達には平気で、人間には危険ななにかがいたのかも知れない。でもそれなら助けてくれたことになるだろう。むしろお礼を言うべきではないか?


「視えていたんだとしたらカラスさんは助けてくれたんじゃないのかな。無駄に怖がらせたくなくて、とか」

「あいつが人間の心情を理解できるわけがない。俺は、あいつがナニかを招き入れたんじゃないかと思う」

「どうして?」

 

 ショウはスズとダイからも距離をとり、橘に理由を説明した。


「神社の外がどういう場所かは体験したんだったな」

「うん」

「外にいるやつらは、神社を喰いたがってる。でも守りが強いから安易に入ることは出来ない。なら内側から弱らせることが出来れば侵入も簡単だ。カラスはもともと外部のやつだ。神器が壊れたから鏡を借りるために頼んだが、俺は」



 カラスが、神器を壊した犯人だと思ってる。



 

 思っても見なかった。

 そういえば<何者かに壊された>と、そう言っていなかっただろうか。


「カラスさんがやったって、証拠があるの?」

「証拠だのなんだのは簡単に消せるだろ」

「じゃぁ根拠なんて…」

「俺は、知ってるんだ。あいつがどういうやつかを」


 飄々としていて、自分の正体も明かさない。けれどそれは悪戯が好きな面倒見のいい人。短い付き合いだが、橘はそう思っていた。

 だからショックだった。ショウの言ってることに矛盾がないように思えて。


「カラスはナニかを招き入れたんだ。それを視た人間に近寄って、恐らく何かしらの術をかけたんだと思う」

「術?なに、それ」


 聞きなれないが、知らないわけではない単語だ。聞けばわかるかもしれないと思い、聞き返す。ショウは人間なら知らなくて当然だなといって教えてくれた。

 ざっくりと。だが知っている単語でも中身はちんぷんかんぷんだった。わかったのは陰陽師やら、呪術というキーワードくらいだ。とにかくざっくり知っていればいいと言われた。


「あいつは、人のテリトリーに入るのがうまい。散々話して、人間に術をかけやすくしたんだ。そしてさっきかけたんだ」

「術を?どんな?」


 記憶を消したんだ。

 そんなファンタジーでしか聞いたことがないことを、あの一瞬で成し遂げたというのか。あまりにも現実味のない言葉だったが、そもそもここ自体現実味がない。ショウはカラスが藤に何をしたのか一から丁寧に話してくれた。

 藤は警戒心が強い。それは初対面のショウでもわかったようだ。どこか一線を引いていて観察をしている。カラスにとってはその警戒心が厄介だったのだろう。

 藤はあの時、カラスにとって都合の悪いものをみてしまったんだ。カラスが近寄り、術をかけた。そういう流れだと言う。

 

「正直、お前はあっちの人間と比べて騙しやすい」

「もう少し言葉を選んでほしい」

「そういうやつは嫌いじゃない。ダイだって、バカみたいに人を信じるし、全部真に受ける」


 彼なりの褒め言葉のようだ。


「だからカラスはあっちから懐柔しようとしたんだ。やけに話しかけてたのはそういうつもりだったんだろうさ。だから次はお前が気をつけなきゃいけない。カラスの目的は、この神社を外の奴らに喰わせることだ」


 自分達は、この神社を救うために動いてきたのに。あんなにダイとスズと笑っていたカラスがそんな思惑で行動していたのかと思うと胸が苦しくなった。掴み所がない人だが、そこそこ面白くて、いい人だと思っていたんだ。人間の感性で接していたからなのだろうか。自分の見えている人物像と違うと、寂しい気持ちになる。


「時間がない。俺はダイと一緒で狛犬だ。ここを守ることが俺たちの役目だ。お前、この神社が好きなんだろう?」


 力強く頷く。


「俺とダイの行動をあっちに悟られないようにしろ」


 たくさんのことを一気に言われて状況に追い付けていない橘は、せめて神社を守る彼らの邪魔はしないように、ショウの言葉に頷くしかなかった。



 スズは欠片を見て、なにやら考え込んでいる。ダイはいつになく真剣なスズを見てどうしたんだと声をかける。


「これだけあれば、完全にじゃなくても借りてる神器に込めれば神域が回復するかも知れないなって」

「ほ、本当に!?」

 

 ダイは思わずスズの両肩を掴んだ。

 

「おい、やめろ。落とすだろうが」

「ごめん…。でも本当に?」

「種を神器のところに置いてきた時から、ちょっとだが境内の空気が変わってきてる。少し準備が必要だが、祝詞をあげて狛犬の力もあわせれば、充分回復すると思う。やってみる価値はあるだろ」


 神器が砕けてからいつ喰われるかひやひやしていたが、ここにきて朗報だ。

 ダイは皆を集めて早速説明をする。

 余程嬉しいのか、言うことをまとめてなかったのか、中々結論に辿り着かない説明を聴かされていたみんなだが、スズが要約してわかりやすく代弁してくれた。

 

 藤も橘も大いに喜んだ。これで神社がなくならないで済むかもしれない。スズは神器への対応に移るため、捜索からは外れることになった。


「悪いな」

「こっちは任せてほしい」

「あぁ。ダイとショウも頼むな。姉さんと嬢ちゃんも。もう少しだけ力を貸してくれ」


 二人はしっかりと頷く。


「カラス。うちのトラブルに巻き込んで悪いな」

「えぇよ、気に入っとるから」


 ようやくゴールが見えてきたおかげか心なしかみんなの表情が明るい。

 もう少しだ。

 もう少しで、ここがなくならずに済む。




「ダイにこれやるよ。外で覚えたんだ。こっから本腰入れるならこれがいい」


 懐から取り出したのは、橘達には馴染みあるミサンガだった。確か中南米で古くからあるお守りで、学生時代に流行っていたものだ。スポーツ系の部活でつけている人が多かったこれは、ビーズや手芸の糸、刺繍糸で編み込んだ様々なブレスレットである。願いを込めて作り、身につけている間は願いが蓄積され、これが自然と切れるときは願いが叶うときだという縁起物である。橘にも覚えがある。部活動で大会に挑むときに皆で作って贈りあったんだ。今でも思い出すと胸が熱くなる。ショウがダイを大切に思っている。それを知っているからこそ、特別なもののように思えた。

 ショウはダイの手首にそれを結んでやる。それを見ていたカラスはショウに聞いた。


「どこで教わったん?ソレ」

「ちょっとした知人だ。あんたなんかよりよっぽどいい奴だ」

「こら!カラスだっていい人だろ?俺達の面倒をここまで見てくれたんだから」

「せっかくやからお知り合いになりたいわー。誰やの」

「また今度な」


 ショウはダイの手首にミサンガをつけ終わるとさっさと離れてしまった。


「俺もこれショウに作りたいな。教えてよ」

「後でな」


 そのやりとりが微笑ましくて、笑顔になってしまう。

 どうか何も起きないで。

 無事に、この神社が直りますように。

 橘は心の中で祈った。


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