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神託


  かつてそこの神社には、声が聴こえる巫女がいたそうだ。そう、声。誰でも聴こえるものではない、神様の声。あやかしの声。姿が見える人もいるらしいが、この巫女は声しか聴こえない。その巫女の存在に気づいたのは、たまたまだった。

 

 いつも暇そうに境内をうろうろしている着物姿の青年が参拝客を眺めていた。ここ最近は日照りが続いているから、足繁く通う人間が多い。ありがたいことだ。ありがたいが、退屈だ。誰も彼もが、青年を素通りしていく。

 だって、人には彼が見えないから。見えない存在だから。

 それでもたまに見えてしまう人がいるから、人間の姿をして彷徨(うろつ)くのだ。人間には本当の姿で会うことは出来ない。人間の精神がおかしくなってしまうから。この神社で一番古い御神木が言っていた。だから彼はいつも青年の姿をしている。

 その日は、気まぐれに人間に話しかけていた。誰が反応するのだろうという好奇心からだ。そういう遊びをしてみたくなった。

 おはようさん。

 また来たんやね。

 おっちゃん、鼻緒切れそうやで。

 誰も、振り向かない。返事もしない。段々虚しくなってきた。青年はもうその遊びを止めて、下駄占いをした。

 

 明日、天気になぁれ。

 履いていた下駄を宙に放り投げれば、カランコロンと音を立てて落ちてきた。

 どれどれ、明日は。

 

 その時後ろから声をかけられた。


「明日の天気はどうです?そろそろ雨なんて降らないですかね」


青年が振り替えれば、巫女が立っていた。でも目線は交わらない。あぁこの人は、聴こえるだけの人のようだ。青年は物珍しそうに巫女の周りをうろうろする。


「そうさね、下駄が引っくり返ってりゃ雨だが」

「残念、下駄が見えないみたい。教えてくださるかしら」


 青年の姿が見えないのに、物怖じせずに会話を続けている。変わった人間だ。巫女の周りには小さな人ではない童が群がっては離れ、群がっては離れを繰り返している。彼らは祈念が多いと忙しなく出回る。だが、その忙しさよりも巫女の雰囲気が気になるのか、一度は吸い寄せられては、離れていく。

 清いのだろうか。

 巫女は、足元の小さなもの達には気づかずにいる。

 青年は下駄の場所を教える。


「そこそこ。そこにある」

「どこかしら?」


 声がする方に彼女は歩く。だが、彼女には下駄は見えない。どうすることも出来ない巫女はこう言った。


「わかったわ。きっと裏ね」

「どうしてそう思う?」

「見えないなら、そう信じてしまえばいいのよ。嘘から出た誠、っていうじゃない?だから明日はお待ちかねの雨だわ」


 嬉しそうにはしゃぐ巫女。青年の目線の先には、下駄があった。

 そいつは、裏返っていた。


 翌日、雨が降った。

 巫女は傘も指さずに下駄のお兄さん、と呼んで探し回っている。呼ばれるなんて初めてのことに青年はむず痒かった。なんだか照れ臭い。今日はいないのかしらとぼやきが聴こえた。ここにいる、とつい主張してしまう。人間と話せるなんてないことだから。

 彼女は感謝の言葉を述べた。この雨は青年がもたらしたものではない。神様の加護でもない。たんに雨が降ってきただけだが、巫女は感謝していた。ここで訂正するのも憚られるし、そういうことにしておいた。


「下駄のお兄さんのおかげですね、本当にありがとうございます」

「雨の日にわざわざ来なくても。濡れるしじめじめするし」

「あら、下駄のお兄さんは雨の日は会いたくないのかしら。なら今度から晴れの日に声をかけることにするわ」

「下駄のお兄さんなんて名前長いなぁ」

「あら、ではなんとお呼びすれば?」

「決めてえぇよ」

「うーん、そうね。どんな姿をしているのかしら」

「人間。黒い着物がお気に入り」

「あら、じゃあ貴方は…」




 




 

 カラス。

 そう呼ばれて彼は、はっとした。

 目の前の女性はカラスと目がばっちり合っている。それどころか、ちょっとばかし睨んでるようにも見える。カラス達が常世に連れてきた女性の一人、藤は階段でくつろいでるカラスに声をかけた。

 外回りの偵察から帰ってきてから挨拶もそこそこにカラスは神楽殿の階段にどかりと座り、物思いに耽っていた。茅の輪作りはスズとダイ、そして新しく加わったショウがやってくれている。だからカラスの好きなようにさせていた。一方人間二人は結構な力仕事になってしまうし、もう手伝えることがないため各々はぐれない位置にいる。

 橘は、茅の輪の製作行程を見ていた。そういうものが好きなのだろう。藤はと言えば、カラスの元へ訪れた。正直、あまり関わりたくはないが話し途中のこともあったし、聞きたいことがある。なので、しかたなし、不本意だが声をかける。カラスは彼女の睨みも気にせず濡れている作務衣を一瞥した。


「なんや、姉さん。また濡れてもうたん?雨の時は傘ささんと」

「裏手の川で転んだだけ」

「そないに暑かったんか?川遊びもほどほどにな」

「遊んでない。鯉のぼりを拾ったんだ」


 境内に干されている鮮やかな鯉のぼりは風が吹いていないせいでただの布に見える。それを掌で指し示し、藤は言う。

 たくさんの種を見つけられた、と。


「おぉ、ただ遊んでるだけやなかったんやな。見当たらんようやけど、どこにあるん?」

「スズさんが、本殿に一旦置いてきたらしい。そこいらに置いておくのもどうかと思うし」

「まさか一緒に行っとらんよな?」


 神社において、参拝する時祈祷を受ける時に訪れる境内の真ん中に位置するのが拝殿。これは皆がよく目にする建物である。

神社には、神器や神霊がある。それは、神様の化身と言われる代物だ。ご神体、という言われ方をする。人目の触れない場所に大事に安置されているその場所こそが、本殿である。拝殿の後ろに小さな建物があるのを見たことがあるだろう。

 そこだ。馴染みがないのは、そこは通常一般の人たちが入らない場所だからなのだ。

 神様が鎮座している場所。カラスはそこに行ってないだろうなと再度確認した。どうしてそこまで気にかけるか。答えは簡単だ。


 まともに見れば最後、精神に異常をきたす。

 神聖なものがゆえなのか、人間はそれを見れない。見てしまってそれを理解する時にはもう心は壊れている。それを知っていた藤は、橘を引き留めて一緒に茅をかき集めていた。

 

「行ってないよ。すいは行きたがってたけど、理由を説明したら納得してくれた」

「嬢ちゃんは好奇心旺盛やなぁ。危なっかしいわ。ダイちゃんにも気にしてもらわんとあかんな」

「釘は刺しておいたよ。まずは危なくないか、ダイさんとスズさんの言うことを聞くことって」

「おぉ、仕事が早いわぁ。んで、その知識はまた婆さんから得たものか?」

「そう」


 へぇ。関心があるのかないのか、よくわからない間延びした返事だ。

 藤は、ねぇ、とカラスを呼ぶ。カラスは目線だけを藤にくれてやる。


「さっき、聞きそびれたんだけど」

「さっきって、いつの話?」

 

 これだ。へらっと笑った顔。心情をうまく読み取れない表情。遊ばれているのか?


「どうして私達が呼ばれたのかって質問」

「その前にわしの質問に答えとらんよ」

「なんで今日参拝にきたのかって質問だよね?今日が都合がよかったからって答えたはずだよ」


 カラスは藤から目をそらさない。

 じっと、見つめる。まるで中身を覗かれているような居心地の悪さに顔をしかめる。


「気付いとるやろ、その理由」


 なにも言ってないのに、カラスはそう言った。

 どうして今日が良かったのか。橘との会話で藤は確かに気付いたことがある。でも、それはこの季節柄仕方ないと言えばしかたない。梅雨に雨が多いように、夏場はゲリラ豪雨等がおきやすい。たまたま、藤は雨が降る日は出掛けたくなくて、たまたま晴れの日が今日だった。

本当に、たまたまだった?


「晴れの日が、今日くらいしかなかった」

「雨の日だってえぇかも知れないやん」

「夏場の雨は、あんまり好きじゃなくて、晴れの日がいいって、私が言った」

「ほら、理由があった」


 とてもご満悦なカラスはにやりと口元を緩めた。


「もうちょい深掘りしていきたいなぁ。せやなぁ、晴れの日がいいと思ったんは、本当に気分の問題やった?」

「…神託を私にしたって言いたいの?残念だけど、私はそういうのがわからない質だからカラスが何かしてても気付けなかったし心当たりがない」

「雨の日は神社に行かない。そういうん、聞いたことあるやろ。拒まれとるって話したやんなぁ。なにで知ったん?」


 なにで。カラスに馴染みはないようなインターネットとで調べて藤は知ったはず。そう、調べたことがあるのは記憶にある。神社について。でも、どうして調べたんだったか。遠い昔を思い出している気分だ。いつ行こうかと考えていたのは確かだ。天気予報を見て、決めた。その時は単純に雨が嫌だった。


「姉さん、今回に限らず雨の日は神社に参拝に行かんと違う?」


 そう。

 そうだ。確かにそう。

 雨が嫌ならそもそも友人の誘いを全て断るがそれはしたことがない。神社に行くときだけは、天気を見る習慣があったのだ。

 どうしてだ。そんなの気にせず行けばいいのに。でもそういう習慣がついたのはだいぶ前…。



 

ーーー雪穂ちゃん、どうしたね、出掛けるんやなかった?

 今日はね、おともだちと神社で遊ぶ約束してるんだけど、気分が乗らなくて。

 んだら、今日はよしんさい。そう言う時は神様が今日は遠慮してほしいって伝えとるんよ。

 ばあちゃんはなんでそんなに詳しいの?

 おっかさんがね、…ーーーー


「…あ」

  

 思わず声が漏れた。藤の習慣は、帰省した時に徐々に身に付けていった知識からなるものだ。参拝の時、観光の時。どうしてもこの日に行きたいという強い思いがない限りは、天気で行く日を決めていた。


  

 いよいよカラスの存在がわからない。

 藤のこの習慣は恐らく実家からくるものだ。何故、彼はそれを知っているように話す?

 考えられるのは…。


 

「祖母の母は巫女だった」

「ほぉ」

「…ばあちゃんは、母は不思議なものの声を聴ける人だって言ってて」

「神託が聴けるんやな、珍しいわぁ」


 藤がカラスにしたかった質問を思い出す。


 どうして他の人間じゃなくて私達だったのか。

 耳に残るほど心臓の音が強く響く。怖さだけではない。

 

「ばあちゃんに、雨の日は神様が遠慮してほしいんだっていうのを聞いたから、無意識に神社に行く日は調べてた」

「行きたくない日は行かん方が互いのためやもんな」


 ここにきて、怖いものを見てきたし、怖い目にあった。

 それは自分だけではない。

 友人の、橘も。


「神託って、私に対してじゃなかったの…?」

「なにも最近神託聞きましたかとは聞いとらんよ。神託が聴ける人がおったなぁって話してただけや」

 

 カラスは立ち上がり、一段一段階段を降りる。

 下駄の音がする。彼は藤を見下ろして、まじまじと見る。

 藤の唇は震えていた。その震えが声にまで影響した。

 

「どうして私達が呼ばれたの」


 カラスは、藤の顎を掴み無理矢理上を向かせて瞳を覗き込む。その行動があまりにも怖くて全身が硬直する。

 振りほどけない。カラスが口を開く。

 嫌だ。聞きたくない…けど、知りたい。好奇心と拒絶が体内で気持ち悪く渦巻いている。そんな葛藤なんてお構いなしに彼は質問に答えてくれた。


「わしの知り合いの曾孫があんただったからや」


 カラスは嬉しそうに見つめている。それは悪戯が成功したからなのか、彼女自身が状況を理解したことに喜んでいるのか真意はわからない。ただわかるのは、藤の震えは恐怖だけではなく、橘を巻き込んでしまったという罪悪感からくるものも含まれているということだった。

  

 


 

 

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