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宇宙オークション

作者: 無味乾燥

 広大な宇宙の中の片隅にその場所はあった。

 

 『超空洞』


 銀河はおろか、星の一つも存在しない無の領域。

 巨大な空っぽの空間の中心部に、奇妙な物体があった。


 平らな立方体だ。

 立方体の縦横比は3:1で細長い。宇宙を構成する最小単位まで拡大して比較しても3:1だ。辺の長さが非常に大きいため、立方体の高さはそれほど無いように見えるが、恒星をすっぽりと飲み込むことの出来る大きさがあった。

 

 模様は無い。何かから隠れるためであろうか、超空洞の闇に馴染んでいる。遥か彼方から届く恒星の光は、綺麗に裏面に透過される仕組みになっていた。

 可視光だけでなく、赤外線、ガンマ線といった電磁波や宇宙線等の粒子、重力波も綺麗にすり抜ける構造になっていた。

 つまるところ、この平べったい立方体を観測する方法は無いように思われた。


 しかし、とある銀河から不可視の立方体に向かって真っ直ぐに向かってくる宇宙船があった。銀河から立方体まで1億光年以上の距離がある。光でさえ1億年かかる距離を、その宇宙船は驚くべきスピードで渡っていた。

 それは1億光年の距離を3週間程度で渡ってきた。

 物体は徐々にスピードを落として、立方体の脇で止まった。

 薄っぺらいとはいえ、恒星すら飲み込む高さの立方体だが、その宇宙船は大きすぎたため、内部に納めることは出来なかった。

 暫くすると、物体の中から小さい宇宙船が飛び出して、立方体の中に吸い込まれていった。

 少し待つと、あらゆる方向から別の宇宙船が現れ、続々と立方体の内部へと吸い込まれていく。幸いな事に、最初の宇宙船ほど巨大な物はなく、全てを飲み込んだ後は、不可視の立方体と、これまた不可視の巨大宇宙船、そして何もないひたすら巨大な超空洞があるだけだった。

 

 

 この巨大な立方体は、オークション会場だ。

 会場を観測するだけでも突出した科学力が必要で、辿り着くためには、信じられないぐらい高い科学力が必要だ。

 この会場にいるだけでステータスな訳だが、オークションで出品される物の珍しさに釣られて、毎回非常に多くの文明が参加していた。


 多くの文明が来ているが、独力でここまで来れる文明は非常に少ない。

 会場に来ている中でも、非常に強い力を持つ文明はごく少数だ。ほとんどの文明が強力な文明のバックアップを受けて発展してきた文明である。

 

 非常に強い力を持つ文明は『五列強』。それ以外の文明は『諸国』と呼ばれる。

 『諸国』の中でも技術の進歩具合によってランク分けされているのだが、『五列強』から見たら、『諸国』の最上位層ですら虫けらのようなものだ。

 とにかく、『諸国』に分類されるほぼ全ての文明は、発展のどこかで、『五列強』からのテコ入れを受けてきた文明なのだ。

 そういう訳で,このオークション会場には数多の文明が出席しているが、勢力で分けてみると、五つに分類できる。勿論列強の数と同じ数字だ。

 勢力間での仲の良し悪しは非常にデリケートな問題だが、このオークション会場での武力行使は禁止されているため、ひとまず安全な会場といえる。


 オークションの話に戻る。

 非常に広い会場なので、あらゆる場所で、様々なオークションが開催されている。

 珍しい戦術兵器や、歴史的価値のある衣装、死没したアーティストの残した芸術作品や、惑星の植民地支配権、銀河の支配権といった商品も売り出されている。

 銀河の共通貨幣を使用して、オークションは開催されていた。

 

 完璧に見えるオークションだが、一つ問題があった。


 『五列強』が絡んだ時のオークションである。

 とんでもなく発展した文明なので、競売価格が青天井になってしまうのだ。

 勿論、彼らにとっては支払い可能な範囲内だったとしても、受取に苦労する事態が起こりかねないのだ。


 こんなエピソードがある。

 『五列強』の中には、とんでもなく仲の悪い文明の組み合わせがある。

 その二文明間で見栄の張り合いをした結果、過去最高の価格で商品が競り落とされた。進行への影響こそ少なかったものの、とんでもない額が出品者の手元に受け渡された。

 その結果、出品者の居住銀河全体でハイパーインフレーションが発生し、銀河全体で経済が破綻しかける出来事があったのだ。


 流石の『五列強』もこの問題を重く受け止め、解決のために尽力したらしい。

 出来上がった解決策は、支払い上限の設定である。

 出品者の設定価格の「2万倍」まで競った時に、競った文明同士で話し合いをして落札を決めるシステムだ。

 「2万倍」まで競る事が起こり得るのも『五列強』の規格外さを表している。


 今回のオークションの目玉商品においては、支払い上限システムが適用されるのではないかと、噂されていた。


 何でも、他文明の影響も受けないまま原子力エネルギーの開発まで辿り着いた文明があるらしい。それに加えて、そこそこ景観が良くて、文明を築き上げた種族の見た目もそれほど悪くないらしい。何より、他文明に影響されていない独創的な娯楽を多数持っている所が高く評価されていた。

 惑星の名前だが、現地の言葉で『地球』と呼ばれているようだ。ただし、商品として出品されているのは、地球が含まれている銀河、現地の言葉で『天の川銀河』である。

 

 『天の川銀河』のオークションはメイン会場で催された。

 オークション自体はどんな文明でも参加する事が出来るため、白熱した競りが予想された。しかし、その予想は裏切られる事になる。


 開始直後に、ある文明が設定価格の2万倍の価格を宣言し、それに呼応して幾つかの文明が同額を提示した事で、話し合いによる決着へともつれこんでしまったのだ。勿論その全てが『五列強』によるものだ。

 そうして、目玉商品の競りは一瞬にして終了した。『五列強』の代表者は別室に集められ、メイン会場では、残りの競りが粛々と進められた。



-----------別室にて-------------


 交渉のための部屋は、殺風景で、機能性だけを追求したものになっていた。

 部屋の中央に大きな机が置かていて、それを囲うように椅子が五つ並べられている。部屋の奥行きや高さを目測するのは難しい。上下左右全ての方向に無限に闇が広がっているからだ。これを部屋と呼称できるのか微妙だが、入る意思と出る意思を持つだけで自由に出入り可能で、他の空間と隔絶されているのだから、部屋と呼ぶこともできる。

 床と呼べるものも存在しないが、部屋の中の種族は歩行し、泳ぎ、浮遊する事で空間を移動する事が出来る。机と椅子以外の物はなく、闇しか広がっていないため、どんな床か疑問を抱くのも無駄である。


「あんた馬鹿じゃないの!?」


 そんな殺風景で不気味な部屋の中で二人が言い争いをしている。

 今回のオークションで話題になっている惑星で言うところの「人間」の雌に酷似している。ヒュメリアン人という、宇宙一の美を自称する種族だ。


「結局上限になるまでやりあうんだ。こっちのが早いだろ」


 もう片方は、いの一番に上限金額を言い放った大きなトカゲのような種族、オークションでかけられている惑星の言葉で言うところの「恐竜」それも「ティラノサウルス」に酷似している。サウレス人という、豪胆さを誇りにもつ種族である。


「流れってもんがあるでしょうが!会場をしらけさせるのは違うでしょ!」

「無駄を省く事は美徳だ。喚き散らしてるお前さんより価値がある」

 

 ティラノサウルスに人間が突っかかっている状況は傍目にはショッキングな光景だが、高い知性を宿した生物なので、一口に食べられてしまう事は無いだろう。


 二人の口論が続く中、『五列強』の代表者が続々と部屋へと入室してきた。

 五人集まった瞬間に、もう一人入室してくる。全身がゴツゴツとして、角ばっている。身体は布によって隠れているが、その背中には甲羅のようなものを背負っている。いわゆる「亀」を擬人化したような見た目をしていた。

 その人物だけは、円卓周りの椅子には座らずに、円卓脇のスピーチ台のようなものの前に立つ。人型の雌と、ティラノサウルスの口論は白熱してきていたが、いつもの事だと諦めたように話し始める。


「皆さんお集まりですね。取り決めの通り、進行はガメニデ人である私の方で執り行わせて頂きます」


 ガメニデ人が話始めると、人間の雌と、ティラノサウルスは一旦口論を辞めた。


「ありがとうございます。いつもの事ですが、交渉によってのみ、景品に対する独占権を保持する事が出来ます。この場での武力行使は禁止されています。権利を得た種族は、出品価格の2万倍を出品者に対してお支払い下さい」


 ガメニデ人が参列者に確認すると,全員が各々のやり方で同意を示した。


「それでは」


 そう言うと、ガメニデ人はスピーチ台に備え付けられていた椅子に腰かけた。それが交渉開始の合図だった。

 規約の説明を聞くために口を閉ざしていたヒュメリアンが最初に話し始めた。


「誰が受け取るべきかはまだ決まってないけど、野蛮なサウレス人に受け取る権利が無い事だけは自明だわ」

「おい誰かこの雌の口を塞いでくれ。こんな無駄口ばかり叩く種族が何故この会場に来れるレベルまで発展しているのか理解出来ん」

「あんた達より聡明だからよ。毎回毎回、会場に収まりきらない宇宙船を持って来るサウレス人の鬱陶しさといったら……。きっと学習能力をデカいだけの宇宙船のどこかに落としてきてるのでしょうね」

「……お前さんのとこの銀河団をもう一度焼き尽くしてやろうか」


 凄みを利かせるサウレス人に向かって、ヒュメリアン星は呆れ顔で挑発する。

 場の空気が重くなってきた所で、ひょうきんな声で茶々を入れる者がいた。

 

「おいおいやめろって。オークションのために来てるんだろう?そんなケンカばっかりしちゃって」


 声の主は全身が灰色で、細長い身体を持っていた。頭頂部が大きく、目が非常に大きい。グレイ人だ。ちなみに地球の言葉でも「グレイ」と呼ばれている。

 そんなグレイに向かってヒュメリアンは無駄口を叩く。


「私聞いたわよ。調査に向かったグレイが現地民に捉えられたんでしょう?両手を持ち上げられてるグレイの写真が残っちゃったみたいだけど」

「う、うるさいぞ!……偉大さを知らしめる為に敢えて姿をさらしたのさ」

「いや、あれは実験生物として捕らえられたって感じだったな」

「お前もそっちを味方するのかよ!」


 ヒュメリアンとサウレスはジト目でグレイを見つめる。

 グレイが思い描いていた展開とは少し違っていたようだが、場の空気が緩んだのは間違いなかった。

 頭が冷えたようで、彼らは佇まいを正して交渉を開始した。

 グレイが先陣を切る。


「単星の文明であれだけ豊富な娯楽を抱えてるのは見た事がない。俺らに支配権をくれ」


 良くも悪くも、銀河のほとんどの文明が交流し合っているため、文化の統一化が着実に進行していた。それによって、新たに生み出される嗜好品、流行、娯楽は似たり寄ったりなものになっていた。

 好奇心を大事にするグレイ人たちは、地球の独創的な文化に興味を持ったようだ。


「俺らに任せてくれたら、宇宙はもっと面白い世界になる」

「どうやって面白くするのよ」


 ヒュメリアンは、グレイの申し出に少し興味を持ち始めていた。


「よくぞ聞いてくれた!俺の推測だが、彼らの脳構造に秘密は隠されているはずだ。それなら、脳だけ取り出して培養槽に突っ込んで一生アイデアを出させれば良い。地球という環境が特別な物なら、それを脳内に認識させる電気信号を流せば良い。サンプルが何十億といる訳だから研究も捗るってもんだ」


 演説さながらに喋るグレイに対してヒュメリアンは不満げな様子だ。


「ちょっと!それだと私達の美しさが分かる文明が一つ減っちゃうじゃないの!共同支配権もありかな~って思ってたのに!それだと意味ないじゃないの!」


 グレイはため息をつく。


「そんなことだと思ったぜ。見た目が近い文明が出てくるといつもそれだ。前回は譲ってやったんだから今回は俺たちに支配権をくれよ」


 ここで久しぶりにサウレスが口を開いた。


「まずは、どのような理由で支配権を握ろうとしているのか、全員で共有するのが最初ではないか?」


 ヒュメリアンが絡まなければ意外と理知的なのがこのサウレスの面白いところだ。

 

「我々は、以前から『天の川銀河』で新兵器の立証実験を計画していた。知的生命体がいない銀河なら、大規模破壊兵器でも使用可能という取り決めだったな?」

「あ~、でも地球には知的生命体がいるわけだけど?」

「自国領土内なら問題なし、という認識でいる。今回の実験は予定通りやらせて頂きたい。だから我々に支配権をくれ」


 理知的ではあるが、見た目通りの凶暴性を有しているのが扱いずらいところだとグレイは思った。ヒュメリアンとは和解の道があるが、今回はサウレスとは馬が合わないとグレイは判断して、次の者に議題を回す。


「それで、次はどっちが喋る?」

《要請、我々は望む、地球への不可侵》


 出席者の頭の中にイメージが流し込まれる。突然の出来事に彼らは一瞬怯む。勿論、他の出席者による仕業である。


「やっぱりその話し方好きになれないわ~」

「仕方無いのだから我慢しろ」

「でも心構えしたいから、喋る前に一声かけて欲しいわよね」

《不可、我々持たざる、発声器官》


 声の主は、出席者の中でも特に異質な容姿を持つ文明だった。

 明確な輪郭は持っていない。常に輪郭が揺らぎ、空気に溶けあっているようだ。彼らは、『高次エネルギー体』を自称する、実体を持たない生命体であった。

 「五列強」の中では一番の新顔だった。

 宇宙全体を見渡しても、似たような生命体は見つかっていない。彼らが発見されたのは、ワープ航法の発展によるものだった。

 昔、まだ「四列強」と呼ばれいた頃、彼らは同時期に、四次元空間を利用するワープ技術を開発した。その後、 「四列強」が四次元空間を巡っての小競り合いをしていた際に、「高次エネルギー体」を発見した。


 「四列強」からしたら思わぬ出来事であった。どの文明にも先駆けて入った空間だったはずなのに、そこを住みかとしている生命体がいたのだ。しかも彼らは四次元空間の住民だったため、「四列強」の住む三次元宇宙を自由自在に渡り歩くことが出来た。

 「四列強」が宇宙船に馬鹿でかいエンジンや空間制御用のデバイスを置いて、AIに操舵を全て任せる事によって何とか成し遂げたワープ航法を、彼らは身一つでやってみせるのだ。次元が違うとはまさにこういう事だ。

 ワープ航法のために四次元空間を利用している手前、事を起こすことは憚られた。というか戦争にすらならない力の差があるため、「四列強」は融和の道を模索した。

 幸いにして、平和主義の文明であり、権力闘争にも興味がなかったため、彼らは「五列強」として名を連ねる事になったのだ。

 高次元に住む彼らにとって、頭の中に直接言語イメージを送るのは造作もない事だった。

 

 《推測、地球文明の発展、類を見ない速さ》

 「確かに、核の時代に入るまでのスピードは宇宙最速だな」

 《推測、地球文明が発見、外宇宙への進出方法》

 

 高次エネルギー体が話す内容は、宇宙に住む全ての住民が抱えている問題についてだった。

 宇宙の膨張速度は加速度的に上昇していた。宇宙の膨張が止まらない事は既に照明されていた。それに対して、物質の総量が変化することは無い。このまま膨張し続けると宇宙の99.999%が無の空間になり、無の空間を埋めるために原子の平衡化が引き起こされ、物質の崩壊が進行し、生命の存在しない宇宙になってしまう。計算によると、約267億年後に恒星のような巨大構造物の崩壊が始まるようだ。


 医療の発展で寿命という概念を捨てている文明にとっては、事実上の余命宣告だ。


「ちょっと早とちりしすぎじゃないかしら。早いとはいっても核エネルギー程度の文明でしょう?ワープ技術の段階で詰まってお終いじゃないの」

《推測、外宇宙理論、四次元理論と相似性無》

「それは推測ですらない。四次元理論のおかげで外宇宙の観測は出来ているではないか……言うつもりは無かったが、今回の立証実験は外宇宙理論の裏付けの実験だ。今回は我々に任せろ」


 サウレス人の意外な言葉に、ヒュメリアンとグレイはこの文明に対する見識を改めた。宇宙の終末に対する取り組みの為なら権利を譲るのも悪くなかった。


「そういう事ならサウレスに一票だ。外宇宙理論の進みが遅いとはいえ、今まで積み上げてきた実績は確かなものだ。立証実験でどういう結果を得るつもりかは知らないが、宇宙にとって貴重な実験になることは間違いない」


 グレイはサウレスに協力することにした。地球産の娯楽は惜しいが、今あるものだけでも収穫としては十分だった。それに、実験の内容次第では検体を何体か譲ってもらう事も出来るだろうと考えての決断だった。


 「私もサウレスに一票よ。美の分かる生物が増えても宇宙が終わったら意味無いからね」


 ヒュメリアンも同様の理由でサウレスに協力することにした。彼女はすでに、美男美女をどうにかしてくすねてこようと、計画を立て始めていた。

 「五列強」のうち、三つが同じ意見で固まっていた。この示談は多数決で決まる割合が高く、今回の支配権の授受は決まったものと思われた。


 「あんたはどうするんだ」


 グレイは沈黙を貫いたままの最後の列強に声を掛ける。

 最後に残ったのはベルガスと呼ばれる種族だった。

 彼らは地球で言う所のイルカを擬人化したような種族だった。元々水中に生息圏を持っていたが、宇宙進出と同時に遺伝子の組み換えを行い、肺呼吸をするようになった。時がたっても水中にいたころの名残が残っており、彼らの四本指の間には水かきが張っている。加えて、頭頂部にはヒレが退化した名残の感覚機関が残っており、同族間であれば、空気の微振動を使ってテレパシーのように会話をする事ができた。


 「私たちは不干渉案に賛成します。滅亡までに糸口を見つける必要はありますが、それまで後267億年あります。地球が独自に発展した理論を身につけるまで十分な時間があると言えます」

 「願掛けのような考え方をするより、科学に裏付けられた実験を信じるべきだと思うがな!」

 「そもそも私たちは、外宇宙理論の基礎構成が間違っていると考えています。虚構の上に実験を重ねる意味は無いはずです。それに、あなた達の理論で言えば破壊兵器による惑星攻撃は宇宙の膨張を早めるはずですよね?」

「膨張云々はその通りだが、基礎構成については難癖だ!しっかり学派を分けて平等に支援しているのだから、研究の普遍性は保たれている!今のは侮辱と受け取るぞ!」

「まぁまぁ、ベルガス人も悪気があって言ったわけじゃないんだから。でも、多数決するとサウレスに支配権行く感じになっちゃうけど、みんなどう?」


 投票先は完全に固まっていた。

 不干渉案を取られると、現地人の調査にも厳しい制限が入るためグレイとヒュメリアンに取っては都合が悪かった。サウレスにとっては言わずもがなだ。それに、宇宙の行く末に関わる話題なのだから、積極的に解決に取り組むべきだ。ベルガスのような消極的期待は好ましくない。


 結局、3対2の状況だ。もとはと言えば、お金で解決出来ない問題を話し合いで解決しようとしているのだ。それでも決着が付かない事が多かったため、多数決が強い効力を持つと、全会一致で決めた過去がある。よっぽど強い根拠が無いと、多数決というシステムを覆す事は出来ない。

 ようやく終わったかと、グレイが一息ついていると、最初に進行を務めていたガメニデ人が立ち上がり、最終進行に入り始めた。


 「それでは、多数決で締めさせて頂きます。今回の出品物である天の川銀河系の支配権を有するのにふさわしいのは……」

 

 そこまで言い終わるとガメニデ人の進行が止まる。


「ちょっと!何でそこで止まる必要があるわけ?」


 ヒュメリアンの悪態に、ガメニデ人は落ち着いて返す。


「失礼しました。どうやら、地球人についての補足情報を共有し忘れておりました」


 一瞬、サウレス陣営の表情が硬くなるが、すぐに平静を取り戻す。こういう事は些事であることが多い。


「補足情報ですが、どうやら地球人は排泄物を自身の食料圏に垂れ流しにしているようです」


 完全に場の空気が凍った。

 全員がガメニデ人の方を向いて、嘘だろうという顔をしていた。

 最初に口火を切ったのはグレイだった。


「確かに、言われてみたら新興文明に技術交流仕掛ける時って、排泄物の恒星投下条項にサインさせるよな~。それが当然だと思ってたぜ」


 ヒュメリアンはまだ現実を認められないようだった。


「遺伝子組み換えで、排泄物の出ない身体に改造してたりしないの⁉」

「その技術に手を出すのはもっと後の段階だろうよ」

「でも、どっかの文明が改造済みの時もあるじゃないの」

「だから、今回初めて見つかった文明だって……」


 ヒュメリアンは地球人に対する興味を完全に失ったようだった。


「そういえばあんた、地球人に連行されてたわよね。排泄物まみれの現地人と密着したってことよね」

「それを言うなって!今思い出して気にしてるんだから!」


「黙れ!!」


 サウレスが一喝する。


「排泄物を食料圏に流してようがどうだろうが、立証実験の邪魔になる要素ではない!お前らも意見を変えていないだろう⁉」


 グレイとヒュメリアンは互いに見つめ合う。

 どちらも、地球人を拾ってこれる可能性があるからサウレスに組していた背景がある。その地球人が汚物まみれの存在だと知れた以上、協力する意味は薄れていた。

 それに、今回は珍しく高次エネルギー体が発言した会だった。普段は会議の行く末を見守っているだけの存在が、提案までしたのだ。一番文明の進んでいる存在を足蹴にするのだから、リスクに見合う旨みが必要だった。それが無い今、サウレス側に付くのは愚策とも言えた。

 気まずそうに顔を逸らす両者を見てサウレスは肩を落とす。


「覚えておけ。科学の発展を停滞させたのはこのオークションのせいだという事を」


 サウレスは投票権の放棄を宣言し、部屋から退出する。

 グレイとヒュメリアンも、不干渉案に一票と告げると部屋を退出した。


 部屋の中には、ガメニデ人、ベルガス人、高次エネルギー体だけが残された。

 ベルガスが口を開く。


「オークションを開いて頂きありがとうございました」


ガメニデ人がそれに応える。


「いえいえお気になさらず。こちらとしても非常に助かりました」


 彼らは心底ほっとしているように見えた。

 話はオークション開催の1年前に遡る。彼らは、サウレスが天の川銀河系を対象に、怪しげな実験を計画している事を知った。非常に悪いニュースだった。

 というのも、彼らにとっての地球はリゾート地のようなものだったからだ。彼らは両方とも水中から地上に出てきたタイプの種族だった。地上に適応できているとは言え、水中に生きていた頃の本能を慰める必要があった。

 しかし、宇宙に存在する文明の多くは、水を必要としない文明・身体に変容しきっていた。水のある惑星が少ないため、進化の方向性としては正しいのだが、元水生の彼らにとってはくつろぎの場がなくなる事を意味していた。

 地球は、そんな彼らが苦労して見つけたオアシスであり、流行の最先端の場所だった。お忍びで訪れては隠れて遊泳するのが彼らの文明における娯楽となっていたのだ。

 そんな地球を守るには、一度表舞台に出して正当に支配権を有する事が重要だった。それに、排泄物が垂れ流しになっている水中で泳いでいる事が知れたら最悪の事態である。

 そんな訳で、別の文明に天の川銀河系を出品させて、他の列強が手を引くストーリーを考えたのだ。

 

 「あなたも、ご協力ありがとうございました。」


 ベルガスが高次エネルギー体に話しかける


《安堵、我々信じる、地球の可能性》


 どうやら彼らにとっても今回の結末は非常に好ましいものであったようだ。


「ガメニデさん、今から遊泳どうですか?……もちろん地球で」

「良いですね、オークションの査察が入ってから行けてませんでしたから」


 彼らは余暇を満喫するつもりらしかった。


《禁止、我々締結、不干渉案》

「いやいや、支配権は私にありますから」

《困惑、我々確認済み、不干渉案の締結》


 彼らは、不干渉案に対する多数決を取ってしまっていた。元々は支配権のオークションだったため、そちらで多数決を取る必要があったのだが、途中で方向を見失ってしまっていたらしい。解散してしまったため、再度決議を取る事も出来ない。


「それでも、我々が買い取ったんですから」

《警告、我々は罰する、不干渉案の違反者》

「嘘でしょ……」


 こうして、地球の平和は地球人の知らないところで守られているのだった。

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