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第1話


「君との婚約は破棄だ!」

 ラントバルト国第一王子セレウィン殿下の18歳の誕生日を祝うパーティーでのことだった。彼は金色の髪にシャンデリアの光を受けながら、ホールの真ん中で高らかにそう宣言した。

 そのアイスブルーの冷ややかな目は俺――伯爵令息アデルジェス・クリストに向けられている。俺と彼は4年前に婚約している関係だ。


「な、なんで……!?」

 俺が声をあげると、彼は拳を握って言った。

「なんでって、それは……君が……君が毒キノコを食べるからだ!」

 あたりが静まりかえった。「え?」という声が遠くから聞こえた。

 俺は記憶をたどる。確かに数か月前、山でキノコ狩りをした。その中には図鑑に載っていないものもあったため、ひとくちだけ食べて毒がないか確かめたのだ。結局、食べたもののうち毒キノコは12本中7本だった。

 俺は反論する。

「だって、食べられそうな気がしたから、つい……! ちゃんと1日ひとくちずつしか試していないぞ!」

「そういう問題じゃない!」


 彼はまだ言う。

「それだけじゃないぞ! 君は家でカタツムリを飼っているだろう!」

「うぅ……いつか食べられる気がして……。だってカタツムリだぞ? 駄目なのか? 寄生虫さえ気を付ければ食べていいだろう……?」

「食べられるわけないだろう!?」

 周りを取り囲む貴族たちからも「ええ……」というドン引きの声があがった。俺はうなだれる。エスカルゴ。おいしいのに。


 しおらしくなった俺とは対照的に、セレウィン殿下はますます勢いづく。

「まだあるぞ!」

「も、もうやめてくれ!」

 俺の懇願虚しく、彼は大声で言う。これまでの鬱憤を晴らすかのように。

「君は私に会いに来た帰りに、城の厩番から馬糞を貰っているそうじゃないか!」

「だ、だって! 城で出た馬糞は捨てているんだぞ!? 馬糞は肥料になるのに! 持って帰って畑に撒いて何が悪いんだ!?」

「悪いだろう! なんで伯爵令息が畑に馬糞を撒いているんだ!」

 ごもっともだ。勝ち目がない。一応、俺は違う切り口で反論を試みる。

「は、畑、楽しいよ……? おいしいもの、いっぱい獲れるよ……?」

 セレウィン殿下は頭を抱えた。

「とにかく! 君との婚約は破棄だ! 私はふつうの令息と結婚したいんだ!」


 セレウィン殿下の悲痛な叫びとともに、俺は会場から追い出された。俺の何が悪かったというのか。彼だって、馬糞を撒いた畑から収穫したかぼちゃをおいしいと言って食べていたというのに。


 傷心状態で家に帰ると、怒り顔の両親がいた。父は俺とおそろいの茶色い髪をがしがしと掻きむしって言った。

「今日からキノコ狩りもカタツムリ飼育も畑仕事も全部禁止だ!」

「そ、そんな」

「明日から名誉あるフロフト家の長男として自覚をもって行動するように! 部屋に置いてある鍬やら鉈やらも没収だ!」

「そんなあああああ!」

 俺は絶叫し、父は怒り、母は呆れていた。



 俺がこれほどお転婆なのには理由がある。日本人として生きた前世の記憶があるのだ。思い出したのは12歳のときだ。


 その記憶の中で、俺は北海道の農学部の学生だった。家族は父母、妹、祖父母の6人で、家族総出で大きな農園を管理していた。

 最期の記憶は夏休みだ。大学で飼っている馬の世話をしていて、その馬に蹴られたところで終わっている。


 そう、人の恋路を邪魔したわけでもないのに、馬に蹴られて俺は死んだ。

 かわいそうに、ゴズメズ号(馬の名前)。俺が不用意に後ろに回り込んだばかりに。馬の恐ろしさは十分に理解していたつもりだが、慣れが気のゆるみを生んでしまった。


 そして次に気がついたら、俺はフロスト伯爵家長男として食卓でフォークを握っていた。

 目の前のグラスにはなみなみとヤギ乳が注がれている。それを見て「いつだったかヤギ乳でバターを作ったことあったよね」と思った。

 最初は自分の頭の中の記憶が一体何なのか理解できずに混乱した。しかし記憶を頼りにヤギ乳と塩を瓶に入れて振ると、絶品のバターができてしまった。

 伯爵令息の自分が持っているはずのない記憶だ。

 それでようやく、自分が日本のフィクションでいうところの「転生」をしてしまったのだと理解した。


 中世ヨーロッパを思わせる街並み、鮮やかな髪色の人々、馴染みのない身分制度。俺はわくわくした。

 もう一度生きるチャンスをもらえたのだ。

 俺は俺の記憶のことは誰にも告げず、ただ新しい人生を受け入れることにした。


 しかし、受け入れることと興味関心を封印することは話が別だ。

 この世界は俺がかつて生きていた世界とは違う歴史を持っているが、食べ物に関しては味や名前はまったく同じであった。

 となると、前世で持っていた畑への熱が沸き上がった。


 ――畑仕事がしたい。


 その思いが俺を突き動かし続けた。

 成長して、婚約者ができてもそれは変わらなかった。そして、婚約破棄されても。



 その夜、俺はひそかに家を抜け出した。

「こうなったからには、もう家にはいられない」

 父がメイドに命じて捨てさせた鍬と鉈をゴミ捨て場から回収する。

 年季の入ったそれらは、柄の太さといい、重さといい、なにもかもちょうどいい最高の相棒だ。

 鍬を空に掲げる。

 月は明るく輝いていた。俺の門出を祝福するように。


「庶民として思う存分、畑仕事をするぞ!」


 こうして俺は出奔したのだった。




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