第8章「死闘」
軍の輸送機に乗り込みモスクワを発った秋山はいきなりグリシャ型コルベットの新造艦『ゴーリキ』に乗り込むことになる。軍港を出た『ゴーリキ』の死闘が始まる…
第8章「死闘」
大勢の兵士たちと一緒に私は大型輸送機に乗り込み、モスクワを発った。
輸送機は護衛Suー30戦闘機の護衛を伴い飛び続けた。
数時間後、輸送機はクリミアのサーキ飛行場へランディングした。
他の兵士たちはバスに乗り込み、陸路でウクライナの南部戦線へと向かう。
私は一人取り残されたが直ぐにFSBの職員が駆け付けた。見た感じ如何にも事務職っぽく気の弱そうな感じの男だ。急いで来るところを見ると何かを間違えたのか…
(たいそうなお出迎えだな)
「秋山さんですね。私は国際協力局のスミルノフです。直ぐにヘリでセヴァストポリへ向かいます。向うにあるヘリに乗って下さい」
そう言うとスミルノフはエプロンに駐機している軍用ヘリを指した。
私は振り向きそのヘリを見た。
すぐさま私たちはヘリに乗り込んだ。
「そのまま艦に滞空します。艦は間もなく出港します」
「エェッ、間に合うんですか⁉」
言い終わらない内にスミルノフは言った。
「間に合わせます‼――、パイロット悪いが全速で飛んでくれ!」
(こりゃ、大変だな…)
「貴方が乗る艦はグリシャ型コルベットの新造艦『ゴーリキ』です。貴方の配置は対潜科です。要員は貴方を含め七名ですが…専任でソーナ―に付いてください」
「専任…人が足りないのか?」
「…予定だった者はこの前、艦と共に沈みました」
「 ‼ 」
「もう知っていると思うのですがウクライナ軍は海上ドローンを相当数使っています」
「ボートタイプのやつか?」
「半潜水艇タイプの物が使われて始めています」
「…」
(こいつは厄介だな…)
「分かった。スミルノフさん、いきなり最初という事もあるので同行して下さい。それと他の科員との調整をお願いします。私は最初ですが対潜哨戒の心臓部に座る訳ですから」
「承知しました」
程なくしてヘリはゴーリキの後部甲板にギリギリに滞空した。それは正確な滞空だったが…
「これはー⁉ 哨戒艇じゃないか!」
(DDH〈ヘリコプター搭載型汎用護衛艦〉とばかり思っていた)
スミルノフは縄梯子を投げ、私はそれを伝って素早く艦へ降りた。
それを確認したのか、既に舫いを解かれていた艦は動き始めた。
私たちは急いでブリッジに上がり艦長他、士官にスミルノフが手短な説明を行った。
私は艦長と話す時間さえなく船のCICへ走りソーナ―席へ着座した。
思った通り機器は新型の物が搭載されている。
私は基本操作のスイッチ類を順次確認していった。潜水艦部隊に転属する前にDDH(ヘリコプター搭載型汎用護衛艦)に乗っていた経験が役に立った。取り扱った機器はずっと音響システムだった。
スミルノフはCICの砲雷科の士官に話をして回ると私の横に立った。
「挨拶の時間もない…スミルノフさん、何か手違いが有ったのか?」と私は聞いた。
「要員の配置計画が狂ったんです。ギリギリまで軍事動員課が貴方を出すのを渋った…」
「また後で詳しい話を――艦が港を出る」
ゴーリキが港湾を出る寸前で期を同じくして入港する艦艇が接近してきた。
「哨戒を終えて帰還してきた艦だ」とスミルノフは言う。
「大丈夫なのか⁉かなり接近している。港湾の入口は極端に狭い!」
私はモニターを見ながら言った。
ゴーリキは帰還してきた艦との間、僅か十数メートルをすり抜けた。
「無茶な事を!」
「哨戒艦より大きな艦はもう港から出れない…」とスミルノフは言った。
「かなり危険って事だな…」
港を出ると索敵が開始される。
私はパッシブソナーに集中した。
(新しいとは言え…酷い性能だ。このシステムでは自艦の発生する音を完全に消せない)
「水上艦自体がノイズの塊の様なものだからな…」
(自分の耳だけが頼りか)
◆
ゴーリキの対潜活動は数日に及んだ。
小型のコルベット級は乗員数が限られるため作業シフトが二班で十二時間の受け持ちになる、しかし水測対潜要員の不足から私はずっとソーナ―の席に座っている。
(もう座席に根が生えてしまった気分だ)
新造艦である『ゴーリキ』はガスタービン二基を搭載しているので燃料消費が恐ろしく速い。加えて艦体が小さいため燃料搭載量もミサイルフリゲートなどと比べると遥かに少ない。
一番の懸念材料は対空対艦には優れているが対潜兵器は対潜榴弾投射機(対潜ロケット弾)が二基、艦尾に爆雷投下機一基、固定の短魚雷発射管が四基…これらは深深度を航行する潜水艦用兵器だが、今回の相手は全長で僅か6メートル足らず、40ノット以上で肉迫して来る背の低いモーターボート型と半潜水能力を持つ魚雷のような奴だ。
海上表面か浅深度で活動するこれらのドローンに対応する戦闘オプションは起爆深度設定できる対潜榴弾投射機か艦上の76ミリ砲と30ミリ機関砲しかない。
燃料が残り少なくなったゴーリキがセヴァストポリへ帰還の途に着いた頃、海上は既に闇に包まれていた。
(ここからだな…)
自艦の航行音に混じって非常に小さな音をアレイが捉えた。
“ギュゥゥ~ン…”
(来た‼ハイドロジェットの音だ!)
私はその音にマークを付け全周索敵のボタンを押すとアレイ(パッシブソナー・水中聴音機)はスクリーンに六つの方位を映し出した。
「警報‼ 水上ドローン接近 ‼数、およそ六!」と私は大きな声で叫んだ。
CICの中央にある大きな画面に方位が映し出される。
「水上レーダーはどうした‼」と砲雷長のソコロフが怒鳴る。
水上レーダーは背が低くレーダー波の反射断面が小さいモーターボートを捉え切れていなかった。
(水中の音の伝搬は長距離でも確かだ)
「パッシブでは方位は確定できるが距離は正確に出せない…」
レーダー補足位置はドローンがゴーリキにかなり接近してからになった。
直ちに火器管制と連動して76ミリ砲と30ミリ機関砲が連射を開始した。
ゴーリキは最大戦速に入る。
同時にアレイは船から出る騒音を一斉に拾った。
(アアッ…くそっ、ノイズが!)
ゴーリキは最大船速(42ノット)で群がる水上ドローンを振り切りながら迎撃し、六隻全ての破壊に成功した――ように見えた。
艦がスピードを緩めドローンの爆発で海中に発生したバブルが消えると別の音をアレイが拾った。
“クゥィイ~ン…”
先の水上ドローンとは明らかに違う音、十一時の方向、かなり接近している。
「砲雷長、十一時の方向に音源が残っています!」
「水上レーダーは!」とソロコフ。
「感無し‼」とレーダー員が叫んだ。
「秋山、ピン打て‼」とソロコフ。
素早い反応だった。
私は探信音を一回打った。しかし反応がない。
「感無し‼シャドーゾーンです、恐らく海表面近くにいます」
「十一時方向に対潜榴弾をバラ撒け‼距離三〇〇、 着弾と同時に起爆!」
「左舷対潜弾、距離三〇〇、設定深度ゼロー投射‼」
“ズゥズゥズゥズゥズゥズゥ~ンッ”
左舷の対潜榴弾が一斉に発射され振動が伝わって来る。
ゴーリキは右舷に舵を切り再び最大戦速に入り、その海域から離脱した。対潜榴弾が炸裂した後、再び戻ってドローンの撃破を確認する余裕は無かった。
私は先の対潜榴弾の爆発音を再生し、その数を数えた。
「炸裂音は六つ…ダメだ、破壊で来ていない」
◆
ゴーリキが軍港に帰還すると休む間もなく弾薬その他の物資の補給作業が行われた。
艦長以下、各科士官は司令部の一室に集まり今回の状況確認が行なわれた。
当然私もその中に入っている。
私は今回の戦闘で問題になった箇所を説明した。
「海表面で活動する海上ドローンや半潜水ドローン等に対してはアクティブでも探知は難しくなります。曳航ソナーと可変深度ソナーも同様です。パッシブでは探知で来ても距離までは正確に出ません。短魚雷での攻撃は深度が浅すぎます。実際に使えるのは爆雷と対潜榴弾だけですが艦上から投下する爆雷は接近自爆するドローンに対して危険で殆ど効果に期待できません」
艦長のアントノフは腕を組み唸った。
「…哨戒活動自体が制限されるようになって来ている。このままでは南部戦線への海上輸送が危うい」
もうギリギリの状態である事は各科士官たちは分かっているのか、その時は状況の確認に留まった。
廠舎に戻った私は寝ることも出来なかった。机の上にあるPCを開いて今回使用されたドローンの特性を再度精査した。
(モーターボート型のマグラは小型高機動だが昼間、夜間共に撃破は可能だが最大の問題は潜水・半潜水タイプのマリーチカ…潜望鏡が海上に出ていてもレーダー探知は難しい…夜間だと尚更だ)
そのとき自分が三カ月で帰国しなければならない事などすっかり忘れていた。
私はベッドに腰を下ろし横になろうとしていた時、スミルノフが部屋に飛び込んできた。
「悪いが部屋に入る時はノックを―」
「ムロメツがやられた!」
「なっ…‼」
私はスミルノフに問うた。
「救助は⁉」
「哨戒中のアレクサンドロヴェツが救助を行っている」
内線が鳴った、私は受話器を取る。
砲雷長のソロコフからだった。
{秋山、艦へ戻れ!補給が終わり次第出ることになる}
「分かりました!」
急いで部屋を出た私はスミルノフに言った。
「君は休まなくていいのか?」
「君に何かあってはいけないからな」とスミルノフは言う。
「分かった、艦に戻ったらそこで休んでくれ」
◆
司令部の建物から軍港の波止場に係留中のゴーリキに上がった私はCICに入る。他の科員たちも粗集まっていた。
「砲雷長遅れました、お願いします!」
私はすぐさまソーナー席に着きヘッドセットを付けた。
科員全員が揃うとゴーリキは舫いを解き離岸を開始した。