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第6章「英雄の声とロシアという国」

稚内からコルサコフに着いた秋山はFSB支局員セルゲイに迎えられた。明日の航空便でモスクワへ飛ぶように言われた秋山はユジノサハリンスク市のホテルで車を降りる。ホテルの自室の中で現在の紛争と戦死者に思いを巡らす秋山は国から武器を与る者として、その現場(戦場)を目に焼き付けて帰還する事を固く決意する。同時に自分が身を投じる国、ロシアにも思いを馳せる。


翌朝、秋山はユジノサハリンスク空港へ向かい、モスクワ行のアエロフロートに搭乗した。

第6章「英雄の声とロシアという国」



どのくらい寝ていたのだろうか…私は肩を揺すられて目を覚ました。


「お客さん、着きましたよ。起きて下さい」


船員は困った人だと言った感じで私の顔を覗き込んた。

目を覚ますと回りを見ると他の客は既に下船して居なかった。


「あ、あぁ…いけない!すみません、直ぐ降ります」



船を降りてターミナルに足を運んだ私を待っていたのは一人の男だった。


「何をしていたんだ、遅いぞ。秋山だな⁉」と男は日本語で言った。

「済まない、寝ていた」と私はラーヤから受け取った身分証明書を開いて見せた。

「支局のセルゲイだ。SVRから君のことは聞いている」


そう言うと男は車に案内し私を乗せて車を走らせた。


「君はサブマリナーだったな…それにしても現役の自衛隊員が我が国に来るなんてどういう事なんだ?日本はウクライナを支援しているはずだが… 」

「貴国の対外政策には賛同している。私がこちらに来たのは個人的な信条だ。よろしく頼む」


「ユジノサハリンスク空港から飛行機だ。アエロフロート・ロシア(航空)に乗ってモスクワへ飛んでくれ」

「モス…、ウクライナじゃないのか?」

「君はロシア語が堪能ではないだろう。訓練センター(FSBアカデミー)で先ずロシア語を覚えてくれ…それと君は中央軍に入ることになる」

「中央?ロシアの正規軍か…ワグネル(民間軍事会社)じゃないのか?」

「秋山、軍人なら自分の立場を理解しろ」

「ウム…だが、軍人じゃない(自衛隊は軍じゃない)」



四〇分くらいすると車は決して大きくはないが建物が並んでいる街に入った――ユジノサハリンスクだ。



車は空港ではなくホテルに着いた。


「俺はここまでだ。明日、アエロフロートの5258便に乗れ、モスクワへ行く便だ。ホテルに入ったら身分証を見せろ。それと身分証は宿泊、交通の他にも使えるから明日は自分で空港へ行くように」

セルゲイは航空機の予約チケットを私に渡し握手を申し出た。


「分かった、ありがとうセルゲイ」



     ◆



一先ずホテルに入ったがフロントで早くも躓いた。全く言葉が通じないので私はスマホで翻訳しながらホテルの従業員と話さねばならなかった。


部屋でシャワーを浴び椅子に崩れるように座った。既に夕刻だったが窓から見える景色は美しかったので私は立ちあがり窓の方へ…


(まだ日本に近い所だけど綺麗な景色だな…向うへ行けばどんなに綺麗… )


私はその時、ウクライナの戦場で破壊された街や車、負傷した人たちの動画を思い出した。

「自分が行くのは――そういう所だ… 」

思わず腕に鳥肌が立つ。


私はバッグの中から千葉のホテルで飲んだアルコールの残りが入った瓶を取り出した。

それを見ながら暫く動かなかった。


「…… 」


自分の頭の中にはまるで走馬灯のように自分の人生が思い返された。そして、つい先日の事。


「両親、兄弟、皆(隊の仲間)、香乃…ラーヤ… 」


私は瓶のキャップを回して開けると仰ぐように瓶を傾け飲んだ。


(自分の目に焼き付けて帰って来るんだ…絶対に‼)



私が何故、そう思ったのか。国内では偏向報道やSNSではロシアとウクライナ、またそれに関係する欧米の動きなど数えきれない情報が流れ、あげく二つの支持派に割れて、また同じ支持派内に於いても意見が違えばお互いが罵倒を繰り返していた。



どちらかが正しく、どちらかが間違っている…


本当にそう断言できるだろうか。安全な所に居て、遠く離れたこの日本で多くの映像と写真のみを絶対的なエビデンス(証拠)として論争になっている。


戦争の現場では映像に出ない事など沢山あるに違いないのだ。私はそれ故、両国のリーダーの言葉―、言い換えれば世界の方向性を決定する提言に注視し、そして私はロシアを選んだ。


だが、これでも尚、何かが欠けている。


「それは戦争の現場だ… 」


私は武器を国から(あずか)る者として戦場の現実を知らなければならないと感じた、そして今回の行動だ。


私は現在世界が直面している危機、この紛争を終わらせ新しい世界が開かれるには相当な数の人間…主に軍隊に入っている兵士の命が生贄―、いや代償として捧げられる。


その犠牲に対し残された者は“英雄”という形で祭り上げている。ロシアとウクライナ…世界のどの国も。日本では英霊と言う。


次代を開くための礎(人柱)とされた彼等は確かにそう呼ばれるに相応しい者たちだと思う。


国家、社会、家庭…全ての『家』を守るために戦争という罪を肩代わりした者たち…自衛隊も有事になれば例外ではない。


(だが、戦争の罪はどこに消えた‼その贖いは在ったのか⁉)


国に命を捧げた兵士たちを“英雄”と崇めながらも、そして神に祈りながらも双方の国民の怨嗟の声は止まらない。



私の結論はこうだ。


(国に命を捧げた者の声を聴け‼)


世界を別にした彼等の声はこの現実に届かない…彼等の魂がこの世界に留まっていたなら彼等は何と言うだろうか。



(自分はそれを確かめるために此処に来た… )





私は瓶に入った残りのアルコールを飲み干し、ベッドの横にあるテーブルの上に“ダンッ‼”と置いた。





     ◆




翌朝、七時にフロントをチェックアウトした私はタクシーを拾うと空港を目指した。



ターミナルに入った私は掲示板を見た。


「アエロフロートの5258便…あった。九時四五分発か…」


まだ時間があるので私は売店で朝飯の代わりになるような物を買った。ここに来てロシア通貨の持ち合わせは無かったが例の身分証を提示するとOK―、という事になった。


(後でまとめて請求なのか?いったいどういう身分証だ)



私は飲食スペースに行き買った物を頬張りながらターミナル内を見渡した。

乗客や空港の職員、航空会社のCA、機長らしき姿も見える…皆、普通で慌ただしい様子もない。

このロシアが本当に戦争を行っているなど、知らない者が来たらきっと考えも及ばないだろう。



「戦争に付き物の物資の欠乏など、この国には関係ないようだな」


この紛争で欧米はあらゆる経済制裁を課しているが逆にこの国は経済成長率を伸ばしているのだ。


旧ソ連が崩壊して新生ロシアが興きた時代、私はまだ生まれていなかったが、この時代のロシア経済の疲弊ぶりは凄まじい。

自国の通貨が紙切れになり、まるで古紙の交換の時のように分厚く重ねられた紙幣が紐で括られている動画や写真を私は見たことがある。

あれから僅か半世紀に満たない期間でロシアは世界第六位の経済軍事の超大国として返り咲いている。


(余りに驚異的…崇敬の対象にすらなりそうだ。それを成し遂げたのがあのプーチン大統領…)


新しい国家間の枠組みであるBRICSも確実に参加国を増やしている。


その中には南米やアラブ中東国、そしてアフリカの国々が多い。いずれも欧米の支援を受けながら貧困に喘ぎ、まともな経済成長も出来なかった国かそうでなくともアメリカの“ドル”によって支配されてきた国だ。


プーチン大統領はロシアの大国としての役割を明確にし、加盟国の主権を保証した。


(これだ…これが世界の転換点とされる私個人の根拠…だが―)


私は食べ物の包装を“グシャッ”と握った。


「戦争が続く限り…英雄たちの声が止むことは無い」


私は小さな声で呟く。





自分の中で自問自答を繰り返す中、ターミナル内にロシア行の便のアナウンスが流れた。


ロシア語の他、いろんな国の言葉が流れたが日本語によるアナウンスは流れなかった。

私は自分の腕時計を見て搭乗時間が迫っているのを確認すると立ち上がって搭乗口へ向かった。



モスクワへ向かう乗客の多くが既に搭乗口に集まっていた。



搭乗が始まると皆列をなして整然と機内へ続くボーディングブリッジを進んでいく。その入り口の左右にアエロフロートのCAキャビンアテンダントが乗客たちに笑顔で声をかけていた。


「Желаю хорошей поездки!」


乗客たちもそれに答えた。


「Спасибо!」

私も同じ様に答えた。

「すぱしーば!」


単語なら私が小さい頃に祖母に幾つか教えてもらったことがある。それも今は記憶が薄く残念に思う。


(今が使いたい時なのにな…)


アエロフロートの機体はエアバスA-300型だった。今回の紛争で交換パーツの輸入が出来ないため飛べる機体が少なくなっていると聞いた。


機内に乗り込むと私は指定席に着いた。機内左側、主翼の付根の少し前で窓側の席だ。


私は少しワクワクしていた。空に上がるのも久しぶりだったが何より三次元で動く乗物が好きだった。

私が潜水艦の勤務を希望し上伸したのもそんな思いが有ったからかも知れない。


(昔はプラスティックのゴミを集めては自分でオモチャの潜水艇を作っていたよなぁ…よく学校のプールで浮かべたりして先生には怒られたな)



機内のドアが閉められ、外に見えるボーディングブリッジが機体から離れて行く。


A-300のエンジン音が上昇した。


トーイングカーによってランプエリアへと押し出される。


A-300はランプを進み離陸コースへ入るとエンジンの出力を上げた。同時に背中がシートに押し付けられる。


タイヤの拾う衝撃がシートを通してを伝わって来たが、それがフワッとした感じで消えると同時に機体は機首を上げた



「飛んだ、モスクワまで八時間四五分だ!」




希望と不安が入り混じる中、飛行機はモスクワを目指す。


誤字脱字は大目に見て下さい。

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