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第4章「移送」

SVRのラーヤとホテルで一夜を過ごした秋山は翌日から稚内を目指す。車で移動する中、SVRは軍とは違った苦労がある事を理解する。

札幌の領事館へ入った秋山とラーヤ。彼女は彼に食事を用意し部屋を出ようとするが秋山は彼女を制止した。秋山は次第に彼女に魅かれて行く。

第4章「移送」



私は鏡に映る二日酔いの自分の顔を見ながら歯を磨いた。


(酷い顔だ… )


二日酔いの影響もあるが彼女、ラーヤに屈服してしまった情けない男の顔をしている。


昨夜の事の次第は言葉にするのさえ恥ずかしく情けない…しかし此処で一応の心の整理をつけるために脳裏に焼き付けておく必要がある。


私は昨日の事を振り返った。




     ◆





ラーヤは私に絡むように近寄ると片手を私の頬に当て口を繋いだ。口の隙間からアルコールが垂れて上着にシミをつくる…


「飲んで… 」

「ン、…ングッ――プフッ… 」

「まだ沢山あるから飲んでいてね♥」


そう言うと彼女はバスルームに入った。


“ザァ―― ”というシャワーの音も聞きながら、私は何か悪い夢でも見ているんじゃないかという不安を覚えた。

(現実なのか…これは?)



シャワーの音が止むと彼女は身体にタオルを巻いて出てきた。

「秋山も入りなさいよ」


私は言われるまま無言でバスルームに入った。

身体を洗って出てきた私は無言だ。


「何かいけなかったかしら?」

「…これもSVR(スベール)の仕事か?」

「頭が固いわね…私は貴方と親密になりたいだけ」

「逆さに吊るしても何も出ないぞ… 」



ラーヤは短い溜息をつくとベッドから離れて椅子に座り私の方を向いた。背の高い彼女にタオルは短すぎる様で裾から足の付根が露わになる。

私は眼を逸らした。


「先に言って置くわね。秋山航大――、現役のサブマリナー。勤務地は呉潜水艦部隊。現在、海自の最新鋭潜水艦『海龍』に乗艦。家庭は妻が一人、秋山香乃、松山の小野駐屯地に勤務… 」


心の中は激しく動揺した。


「別に驚くことないでしょう。こんな事、探偵屋でも調べられるわよ」

「何が目的だ… 」

「www…、疑い過ぎ。機密を盗み出すなんて思ってた?私の仕事は使える人を本国へ送るだけ、それだけ― 」


「悪いが――、ここまでだな。もう行くのは止める!」


彼女は机の上に置いたグラスを取ると一口飲み、次にこう言った。

「現役の自衛官がロシアに渡ろうとしていた事が明るみになったらどうなるかしら… 」


「 ‼ 」


もう何も言えなかった、完全に急所を抑えられていた。


まさかこんな事になろうとは――私は大使館に足を運んだことを悔いた。



ラーヤは椅子から立ち上がると身体に巻いていたタオルが落ちた。それも気にせず私に近寄る。


身体(からだ)を露わにしたラーヤは私に顔を近づけ、こう言った。


「さあ…私を抱きなさい。これも向うへ渡る条件よ」


「…… 」


「今、貴方が思っている…パートナーへの罪悪感なんて向う(戦場)へ着けば、ただのゴミよ。だから―― 」


裸の彼女は私に絡み着いて言う。


「今を楽しみなさい… 」





     ◆






昨日の顛末――まるで映画のワンシーンのようだ。

歯磨きを終えた私はバスルームから出ると奥でラーヤは鏡を見ながら口紅を塗っている。


女狐の様なずる賢い部分を知らないなら普通に美しい女性に思えてしまう。それほど魅力的な身体――いや知的な容姿の魅力だった。


私は彼女の方に行くと後ろから彼女を抱いた。

「アン♥…フフフッ、まだ足りないの?」

「…ハァ、ハァ……」

息が荒くなる。


頭の中で抵抗しようともがいているが身体はもう言うことを聞かなかった。


結局、朝からもう一度彼女を求めてからホテルを出ることになった。





下に降りると“外”の漢字が入ったナンバーの車が待っていた。


「乗って!」

「何処へ?」

「先ずこれよ」

彼女がそう言うと運転手は手帳の様なものを彼女に渡した。


「向うで必要になる貴方の身分証明書、これは絶対に失くさないでね」

「分かった。何処へ行く?」

「貴方は正式なパスポートが取得できないから空路での渡航は出来ないわ。稚内から船でサハリンに渡ってもらう」

「渡る時、出国ビザ無しでどうするんだ?」

「…手は回しているから、貴方は証明書を稚内の管理官に見せるだけでいい」


私はそれ以上の詮索は止めた。恐らくだが、上の方で政府と繋がる部分が在るのだろう。


「稚内へ行くのに羽田で飛行機に乗るのか?」

「この車で行くわ」

「おい…何時間掛かると思ってるんだ⁉」

「秋山、貴方は自分がどういう立場か分かってないんだわ」


確かに…向うへ渡れるだけでも今の自分には凄い事なのだ――そう言い聞かせ暫く口は閉じた。




何時間、車に乗っているのだろう…高速の看板に「相馬」の文字が見えた。


「相馬か…東日本大震災の時に(自衛隊の)拠点になった所だな…あの時原発が……今も融け落ちた炉心のデブリの処理作業が行われている」

「原発の放射能汚染は核兵器より深刻よ。残留放射線物質の放射レベルが違い過ぎる。チェルノブイリもね… 」

「広島よりましか… 」


ラーヤはフッとため息をつくと私の方に視線を移した。

「日本は除染作業から住民の現地帰還までが短すぎる…政府は隠しているのも―― 」

言い掛けたところで運転手が振り向かずに言った。

「Не говорите ничего лишнего!」

「Простите.」とラーヤは答えた。


「何て言った?」

「怒られちゃった、お喋りし過ぎってw」

(都合の悪い事なのか… )


私は話題を変えた。

「そう言えばウクライナのゼレンスキーは何で日本の国会で広島に言及しなかったと思う?」


「……… 」ラーヤは前を向いたまま黙している。

「自分たちには関係ない――ってかっ⁉」

「私たちは自分の仕事に専念する…それだけ」




車は何回かSAに停まりそこで用を足したが私には常に運転手が付いて回った。

正直良い気持ちではない。


「悪いが付いて回らないでくれないか。逃げたりはしない」

「逃げたり?ハッハッハッ… 」

男は笑いながら日本語で答えた。そしてポケットから煙草を取り出すと一服吹かせた。


「警護だ。秋山は向こうで起こっている事を知りたいんだろう。我々はお前を拘束するつもりはない。お前を拘束したがってるのは… 」

男はいきなり私の腕をつかみ車に走るとドアを開けて半ば荷物の様に私を後席に放り込んだ。

「Что случилось?」とラーヤ。

「Там машина СДФ. Мы уходим.」

男は車を発進させると本線に入りスピードを増した。


「何だっ⁉」

「マークされている。まさかね…クソッ‼」

「何かの間違いじゃないのか⁉」

(あの渡辺艦長が警備隊に洩れるようなヘマをやらかすわけがない!)


ラーヤは私に振り向くと手短に経路の変更を告げた。

「北海道に―船を降りたら車を乗り換える!」

「この車は“外”ナンバーだ。手は出せないだろう… 」

「…普通にバカね、貴方。それは交通違反の話よ」

ラーヤはイラついた感じで私に吐き掛けるように言う。


「Как дела? Они идут за нами...」

「済まない、ただの連絡車両だったようだ… 」と男は言った。


「驚かして悪いな、秋山。こういう事は偶にあるんだ。もし捕まれば我々もただでは済まない」

男はそう言うと上着の袖の裾で額の汗を拭った。


「SVRも軍隊とは別の苦労があるんだな… 」

「とにかく、念には念を入れた方がいいわ。船を降りたら札幌(在日ロシア連邦領事館)へ入りましょう!」





無事に船を降り札幌の領事館に着いたのは二三時。私とラーヤを降ろすと男は車を回しそのまま帰途に着く。

私は片手を上げ男に礼を言った。

「ありがとう、気を付けて帰れよ」


男は無言のままグーで親指を立てると車を発進させた。



「秋山、明朝四時にここを出るから少し休んでなさい」

そう言うとラーヤは手を引っ張り建物の中へ入った。業務時間は終っており守衛一人以外誰も居なかった。


二階の一室に案内されると、そこには簡単な食事が用意されていた。

「食事を摂って…私はまだ用事がある… 」


私は部屋を出ようとするラーヤを引き留めドアを閉めた。そして、あろう事か彼女を引き寄せ自分の口で彼女の口を塞いだ。


突然の事に彼女は私の腕の中で暴れ、腕が解けると私の頬に平手打ちを喰らわした。

「Этот японец...‼ 」(この日本人が‼)


叩かれて横を向いた頭を彼女の方へ戻すと私は彼女に言った。

「ラーヤ、好きだ」


彼女は上目使いで暫く私を見ると軽く両手で後ろに押した。そして私を見ながらドアを開け部屋から出て行った。



暫く立ち尽くした私は部屋の奥の食事が載せてあるテーブルの方へ行き腰を下ろした。


(何という破廉恥!)


私は既に冷え切った食事に手を伸ばした。


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