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第2章「決意」

秋山は自分の除隊を艦長の渡辺へ申し出るも否定される。渡辺は秋山を艦から降ろし数か月の自宅謹慎処分を課すが、それは隊規を超えた一つの試みでもあった。秋山はロシア渡航への決意を固める。

第2章「決意」



電車を最終益の高浜で降り、そこから少し歩いて松山観光港で呉に直行する高速艇に乗り換え、呉に入った。


私は乗船ターミナルでタクシーを拾うとアレイまでお願いした。

「お客さん、自衛隊の方ですか?」

五十歳代くらいの運転手は私に問いかけた。

「そうです」

「自衛隊も大変だよね、ロシアの侵攻と併せて台湾もきな臭くなっているし…政府も外国に支援ばかりして国内は放ったらかしだし一体どうなるのかねぇ~」

「政治……はっきりは言えませんが今、日本は大変だと思います。もし何かあれば私たちが矢面に立ちます。安心してください」

「政府がやっている事も十分な説明もないし、結局日本は何を目指しているのか…この前G7を広島でやったじゃないですか。大々的に道路封鎖して当日は仕事にならなかったですよ、本当に。オマケに反対デモも起きたって言うじゃないですか。こんなこと言うと怒られるかも知れないけど、彼奴ら何やってるんですかね。正直、頭に来るよ!」

「………(何も言えない)」



暫くしてタクシーはアレイの前に着いた。

タクシーを降りた私は基地の入口で沖野一尉を待った。

暫く待っていると小走りで走って来る者が……沖野一尉だ。


「すまん、秋山。遅れた!」

「すみません、私が早過ぎただけです。ではお願いします」



私と沖野は入口の守衛で許可を得ると隊舎の方へ進んだ。



幾つもある隊舎の中、佐官専用の隊舎へ辿り着いた。普段よほどの事がなければ足を運ばない所だ。

私は少し緊張していた。


幾つかある部屋の前で沖野は止まった。


「ここだ…」

そう言うと沖野は腕時計を確認し私と顔を合わせ頷く。

(時間だ)

(了解!)


コンコンとドアをノックした後、沖野は叫んだ。

「沖野一尉並びに秋山一曹両名、出頭致しました!」

「入れ!」

部屋の奥で渡辺艦長の声が聞こえた。


「入ります!」

ドアを開け中には居ると渡辺艦長は背中を向け窓のカーテンを閉めていた。そして向き直ると電気を消すよう命じた。

沖野は素早く振り返るとドア横のスイッチを押し明かりを消した。

部屋の中は一瞬で暗闇になった。


「艦長、これは…?」

「沖野、良い反応だ」


数秒して目が暗闇に慣れた頃を見計らい渡辺は二人を机の前に用意してある椅子に座らせた。


「これでいいか……秋山、話せ」

「ハッ!実は……」

私は緊張していた。自分が言おうとしている事の重大さを既に渡辺艦長は見抜いている―――これは隊の指揮に関わる事なのだ。


私は身体が強ばり声が詰まる。


渡辺艦長はそんな私を見てこう言った。

「秋山、お前が離艦する際に見せた躊躇…恐らく重大な事だ。間違いないだろう。私は海龍を任される前、蒼龍型二艦の副長をやっている。隊員の顔色一つでどの程度の内容なのか判断できなければ潜水艦の士官なんて務まらん」

「艦長、申し訳ありません!」

沖野は椅子を立ち上半身を“く”の字に折った。

渡辺は二人を自分の方へ近づけ小声で言った。


「先に言っておく。今から聞くことは一切メモを取るな。沖野、お前も他言無用!」

「ハッ、承知しました!」

「よし、秋山続けろ」


「……ハッ、私は除隊を申し出たいと思っております!」

「除隊か…いきなり結論だな。お前も知っているだろうが除隊は相当な理由と審査が何重にもある。簡単にはいかないのは知っているはずだ。増して潜水艦は国家の最高機密だ…理由を言え!」


「私は除隊してロシアへ行きます!」

それを聞いた沖野は椅子を転げ落ちそうな感じで私の方を向いたが渡辺艦長は顔色一つ変えず、それでいて全く馬鹿にする風でもない。

「行って何をする」

「ロシアへ行き兵役に付きます……」

「ふむ、続けろ」



この時、自分は何を言ったのか定かではない。自分の口が思いを喋り続けていた。話す事、数十分――それは何時間にも及ぶ拷問のようにも思えた。


渡辺は眼を閉じて話に耳を傾けていた。私の話が終ると目をカッと開き次のように言った。

「海龍から降りろ、秋山。それから除隊は許さん!」

「……… 」

「…本来ならば隊内の病棟へ隔離拘束――精神に支障をきたした、という理由だ」

「本来…なら?」

「向こう三カ月、自宅で謹慎せよ」

それを聞いた沖野はガタっと席を立った。

「艦長、それは無理です!隊規では―― 」

「沖野‼ 」

渡辺は沖野を一喝すると静かに語った。

「我々はサイレントサービスだ。我々の作戦、行くところを知っているのは上層部の一握りの人間だけだ。隊員自身と、その家族も知らない。行った先で何か有っても分からん。沖野、我々の乗る艦艇は何だ!」

「潜水艦、であります」

「そうだ、潜水艦だ。水上艦艇ではない。魚雷や機雷に接雷すれば百パーセントに近い確率で沈む。そして脱出は粗、不可能だ。ギリギリ良くて艦の機能は喪失、生存者の居る区画では限られた時間の中でDSRVの到着を待たねばならん‥‥潜水艦とはそういう(ふね)だ。一端潜ってしまえば我々は生き残るために隊規以上の事をしなければならない。私が言いたい事が分かるか?」

「……艦長に――従います」

「うむ…まあ、陸上(おか)の隊規も形だけは整えた方が良かろう。本艦の医務の河原三佐には話して置くが隊の医務長が出てきたら私が対応する」


私は立って渡辺艦長に敬礼した。

「艦長ありがとうございます!」

「勘違いするな、三カ月間の猶予だ。いいか、自宅謹慎だからな、間違っても向うへ渡ろうなんて思うなよ!」

渡辺艦長はそう言うと口元を緩ませニヤリとした。


(艦長は渡航を認めているんだな…)


「あぁ、念を押すがこの話は絶対に守秘しろ。出来なかったらアレイの下に沈んでもらうからな、いいな!」

「ハッ‼」

「下がってよし!……秋山」

私は退出寸前で渡辺艦長に引き留められた。

「お前はどこに居ても潜水艦の乗組員だ、その事を肝に銘じておけ」

「ハッ、命に代えてもそれ(潜水艦の機密事項)は守ります」



隊舎から出た沖野三尉は私の方を見て何か言いたそうだが、今回の事は口にするだけでも相当ヤバいことを理解しているようで言いたい事を喉元で抑えている様に感じた。

「すみません、沖野さん…」

「謝るな、秋山。俺は何も知らないし何の事か分からん… 」


無理に抑え込んでいる沖野は話を変えた。

「さて俺は山梨に帰って酒でも飲むかなw あぁ、甲府にでも遊びに行くか… 」




入口の守衛を通過し隊の外に出たところで一人の男が私たちを呼んだ。

「お~いっ、君たち!」

背の高いスマートな体付きではあるが半袖の制服から見える腕っぷしは太く、細い長方形のレンズのメガネを掛けてクールに微笑えんでいた。

私はこの人を知っている。潜水艦に配属され初勤務になった時に狭い艦内に於いて頭をバルブに強く殴打してしまい、その時にお世話(治療と同時に厳しく訓戒)になった河原三佐だった。


「秋山君、隊員証は預かっておくよ」


艦長は話を進めるのが早い。我々が部屋を出た後、直ぐに河原三佐に連絡したようだ。

私は内ポケットに入れている隊員証を出し三佐に渡した。

「よし、秋山君はもう帰っていいよ」

「ありがとうございます!」

私は敬礼しその場を後にした。




「三佐……あの、私は?」と沖野は言った。

「沖野君は私と艦内に入ろうかぁ…w」

そう言うと河原は口元に笑みを浮かべた。


ハッチの前に立っているに哨戒の者に軽く敬礼し沖野は河原に付いて艦内に降り、士官室の中へ入った。



「河原三佐、何か用事でしょうか?」と沖野。


河原は振り返ると顔を更にニヤつかせた。それは笑っているようにも見え、怒気も混じっていそうな恐ろしい顔だった。


「か、河原三佐…(汗)」


「沖野君……悪いけどさぁ、ケガしてくんないw」

「⁉」

「秋山と君が艦内で大暴れして君がケガした事にするからさぁ~w」


「エェ~ッ ‼ 」





       ◆




松山の自宅に帰ったのはもう日が沈んだ後だ。


勿論だが香乃には今日あった事は一切話さなかった。



遅い夕飯を食べながら私は香乃に言った。香乃はソファーに座ってTVを見ている。

「今度はかなり長い…多分、二カ月くらいは戻って来ない… 」

香乃は短い溜息をつくと、仕方ないなという顔で答えた。

「任務だから… 」


私は黙って箸を進めた。今回は任務ではなく私見から出ている。二カ月経ったら帰れる保証はない…

万一、――いや考えてはいけない!香乃の事もだが、今回の話を飲んでくれた艦長……必ず隊に戻る!


私は箸を置くと手を合わせた。

「ごちそうさまでした」

「御あいそ様…あっ、食器は片付けるわよ」

「香乃はゆっくりして…今日は一緒に食事が出来なかったな、済まない」





翌日、早速私は準備を始めた。

先ず服装、荷物。それと向うへ渡る便の確保だ。今は直行便が無くドバイ経由になるが…一番厄介なのはパスポートだ。今、謹慎という処分になっているが現役の自衛官が勝手に出国したとなると………

中々、良い考えが浮かばず、もうダメかと思っていた時、ネットで思い掛けないものを見つけた。


駐日ロシア大使館の記事だった。この度の軍事作戦に従事し一定期間に功績のあった者にはロシア国籍が与えられる、というものだ。

勿論、日本国民の紛争地域への渡航は政府から禁止勧告が出ており、ロシアの相手であるウクライナにも同様の措置が取られていた。


話は戻るが、このロシア側から出ている記事がどの辺までの適用幅を持つのか――それは確かめる必要がある。

色んな情報の中に既に五〇人の自衛隊退役者がウクライナ大使館を通じて紛争地域へ赴き、また少数ではあるが反対にロシアへ渡り義勇兵として戦役に付いたというのも聞いている。



表向き政府は勧告を出しているが強制力は無いのかもしれない。そして、ウクライナもロシアも人員を欲しているのは間違いない。


ただ、注意しなければならないのは、こう言った紛争地域に戦闘に参加した場合、“私戦罪”に問われる――という事。

自分は退役者ではなく現役なのだ。もしこの事が広まれば隊にどれほどの影響と動揺が出るか分からない。


(これはもう、本陣(大使館)に乗り込むしかあるまい!)



私は直ぐに身支度を整え、東京へ向かう準備をした。



出発当日、私はいつものように香乃に「行ってくる!」とだけ言い自宅を後にした。


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