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運命の時間です

運命の時間です

 

ファンファーレが鳴った。


それまでの騒めきが嘘のように静かになった。


王宮にあるこの会場には煌びやかなドレスを着た高貴な方々から、一張羅の綺麗めワンピースを着た市井の女の子まで、王都内に住む12歳から24歳の女性が集められていた。


奥の扉が開いたのを合図に、楽団が音楽を奏でる。

王族の登場だ。


壇上に王妃、王、王太子の順で並び立つ。

王太子が右手を挙げた瞬間、演奏はピタリと止んだ。


すかさず宰相は声を張り上げた。


「これより王太子妃選別の儀式を行なう!」


ファンファーレがタイミングよく鳴った。



この国の王太子は五歳になると、ある魔道具に魔力を注ぎ始める。それぞれの魔力量によって期間は異なるが充填完了を示す虹色になるまで続く。


現王は十年かかって十五歳の時儀式を行った。

現王太子は今十八歳。


王家に伝わる、運命の相手を見つけるという魔道具。

この魔道具を作動させると虹色の帯が伸びていく。その伸びた帯が運命の相手に当たると全身を包み込んで光り輝くのだ。


現王の儀式の時には、今壇上で王の隣に立つ王妃を包み込んだ。幼馴染で仲が良かった二人の運命的な恋は舞台にもなり、国民に熱狂的に受け入れられた。王太子だけが使えるという魔道具の知名度も上がり、王室への訴求力を高める効果もあった。


魔道具から出た虹色の光が当時公爵令嬢であった王妃を包んだ時、そのドレスに散りばめられていた小さなクリスタルが煌めいてとても美しかった、と当時対象年齢だった女性たちはため息混じりに家族に報告したそうだ。


美しい王妃。運命の愛。夫妻は憧れの存在となった。


「さあ、運命の時間です!」


宰相閣下の声に合わせてドラムロールが始まった。

集められた対象年齢の女性たちの反応は三者三様。


期待を込めて祈る者。

「あの方かしら?」と予想し合う者。

自分ではないだろうから、と料理をひたすら食べる者。


ドラムロールが最高潮に達したその時、王太子は魔道具を作動させ、誇らしげに掲げた。彼の運命の相手を見つけるために。



今日まで溜め込んだ魔力が虹色の帯となって天井に向かって伸びていく。女性たちはあまりの美しさに声をあげた。


「わあ」

「夢みたい」

「美しいわ」


高貴な方々はいつ自分が光り輝いてもいいように、美しく見えるように姿勢を正した。自分は選ばれないだろうなぁと思っていた女性たちはこの美しい光景を愉しんでいた。


空に向かっていた光の帯が下がってきた。


さあ、誰を包み込むのか。


高まる期待。


ついに光の帯は公爵令嬢の胸を貫いた。


「やはりあの方だったわ」

「ん?」

「ちょっと待って」

「包み込んでいないわ」

「違うって事?」

「え?後ろの方?」

「違うわねぇ」

「もっと後ろの方じゃない?」


騒めきが広がっていった。


光の帯は何人かの女性を貫いてはいるが、前回の王妃の様に光に包み込まれた人は会場にはいない。


「見て!壁を貫いているわ!」


皆が会場の壁を見る。

一人、また一人と光の帯に当たらないように移動していく。


全員が移動して分かった。王太子から伸びた虹色の光は壁の中に吸い込まれていたのだ。


「ご報告します!」

一人の騎士が飛び込んできた。


「申せ。」

困惑した顔をした王が騎士を見た。


「光の帯は王宮の外に向かっております。」


「なんだと?」


「会場には対象年齢の女性は全員いるはずだが?」

宰相は眉間の皺を深め、チラッと自身の部下を見る。部下はすぐに察して受付担当の職員を連れてきた。


どうも病欠の者が数名いたようだ。

運命の相手はその中にいるという事なのか。


「帯の先を調べろ。全員で動くのはダメだ。警備上の問題もあるだろう。報告を待つ間はこの会場で過ごす。帯の先を追うのは数名で。騎士に集合をかけろ。」

「はっ」

王の指示で一斉に動き出した。

 

会場には困惑が広がっていたが、この場の誰も選ばれなかったことに変わりはない。一人また一人と食事を始めた。王宮の料理を食べる機会は少ない。


三十分ほど過ぎた時、騎士が駆け込んできた。

「ご報告します!帯の先はアダマンテ侯爵邸に続いておりました。門扉が閉じ、門番も不在だったためその先の確認が取れませんでしたが、敷地内から帯は出ておりません!」


「では、行こう」

王と王太子、公爵令嬢とその父、宰相、護衛の騎士数人で向かうことになった。


護衛の騎士は馬上から五人が乗った馬車を警護しながら、王宮から比較的近い場所にある侯爵邸へと向かう。誰も何も言わず、不穏な雰囲気のままだ。侯爵邸の門扉が閉じ無人とはどういう状況なのか。


五人が馬車を降りると、騎士によってこじ開けられた門扉の前に立った。侯爵家の護衛ではなく、王宮から来た騎士が守っている。


「我々が先行して到着した際、門番はおらず門扉も閉じておりました。安否を確認するために門扉を開き邸宅に斥候を向かわせました」

その時奥から騎士が戻ってきた。


「敷地内に邸宅がありません。侯爵令嬢の物と推察されるドレスがあり、虹色に光っていました」

と混乱した様子の騎士が報告をした。


「邸宅がない、とは?」

宰相が鋭い視線を騎士に向けた。

「ご覧いただくのが最善かと」

騎士は膝をつき首を垂れた。


「参りましょう。皆さま」

公爵令嬢が先導した。


王太子が持つ魔道具から伸びている虹色の帯が何かを光らせている。近づくとそれはトルソーに着せられた煌びやかなドレスであることが分かった。


こんな異常な状況でなければ皆が見惚れたであろう幻想的な輝き。ドレスに無数に付けられた小さなクリスタルが反射して、中に令嬢がいたならどんなに美しかったろうと悲哀すら感じる。


「王太子殿下が運命の相手に望まれたのはアダマンテ侯爵令嬢だったのですね」

一行に追い越され、後方を歩いていた公爵令嬢がボソリと言った。


サッと顔色を変える王、王太子、宰相。


公爵令嬢はドレスに近づき、ドレスの胸元についていたブローチを外した。光の帯はブローチに吸収されている。令嬢がブローチの後ろの突起を動かした。スッと光の帯が消えた。


「まさか魔道具の儀式が茶番だったなんて」

公爵令嬢は自身の父である公爵の隣に立った。二人を守るように、いつの間にか増えていた公爵家の護衛が傍に立ち、王、王太子、宰相の三人と対峙した。


「ディアお姉様、ディアーヌ・アダマンテ侯爵令嬢はずっと違和感を持っておいででした。王太子殿下の十歳のお誕生日会に参加した後からずっと、何かがおかしいと仰っていたんです」

王太子はなぜか暑くもないのに汗をかいていた。


「その違和感が何か分かったのは、ディアお姉様に惹かれた、ある国からやって来られた方のおかげだったのです」

公爵令嬢は宰相を真っ直ぐ見て言った。

「大賢者アウグスティン様」


公爵令嬢が言った名前を聞いた宰相が息を呑む音が聞こえた。


「そう。皆さまご存知ですよね。王太子殿下がお持ちの魔道具を作ったお方の子孫ですわ」


「アウグスティン様が仰るには、ディアお姉様が王太子殿下のマーキングを見つけられなかったのは魔道具のせいだと。魔道具が発動するまでは小さ過ぎて見つけられないと」


「マーキング?」

公爵が娘を見た。


「ええ、お父様。マーキングですわ。王太子殿下はご自身が望まれる方に魔力でマーキングをしたのです。魔道具からの光が繋がるように」


「なんだと!?」

公爵は王、王太子、宰相の順に表情を見て事実であることを確信した。

「なんてことを……」


「同意も取らずマーキングすることも、公の場で王家から婚約を迫ることも、運命という言葉を傘にきた暴力ですわ。相手の気持ちを乞うことも、得る努力もしないまま、自身の望みを叶える。傲慢で恥知らずな行為だと思いますわ」


「そのブローチが運命の相手?」

騎士がボソリと言った。


「光の帯が届くのを待って、ディアお姉様は大賢者様と協力してマーキングをブローチに移したのです。ディアお姉様のご家族、使用人、使用人の家族を邸宅ごと移転するという法外なことを聞いていたのですが、この様子ですとうまくいったようですわね。本当にすごいお二人ですわ」

公爵令嬢はウットリと邸宅があった場所を見つめた。


「お父様、私たちは一先ず領地に転移いたしましょう。転移用魔道具を持っております。ディアお姉様にいただきました」

公爵令嬢は公爵にだけ聞こえるように伝えた。


「では、わたくしたちはこれで失礼させていただきます。あ、今お話した事はディアお姉様のご配慮で世界中で放映しております。王妃様がどう思われるか少し興味はありますけれど、時間がないので仕方ありませんわ。ではこれで」


公爵令嬢はディアから貰った転移用のスクロールを使って公爵家へと移転した。続いて結界用のスクロールを使って公爵領に結界を張った。


「アダマンテ侯爵令嬢は破格だな。王妃として国を守って欲しかったな。悔やまれる」


公爵は覚悟を決めたような目をした。


「お父様、移転用の魔道具をもう一つ預かっています。ディアお姉様の転移された国へ私たちも行きませんか?公爵領に結界が張られましたから一ヶ月程猶予はあります。領民に知らせを出して希望者を募ることも可能です。悪しき心の持ち主は転移する際にふるい落とされるそうですから、移転先にご迷惑をおかけする可能性は低いです」


「一ヶ月か。怒涛の展開とはこのことだな。そうだな、我々もこの国を捨てよう。彼女が選んだ国を見てみたい。領民には公爵家騎士団に周知させよう」


公爵が目線を騎士団長に移すと、騎士団長はお辞儀をして部屋を出ていった。


「ところで王妃様がどう思われるか、と言っていたが?」


「お父様、王妃様は物語で語られた様な運命のお相手ではなかったのです。ディアお姉様のマーキングについて調べていくうちに分かったことなのですが、王妃様には心を通わせた方が別にいらしたのです」


「なんだと?」


「王様と王妃様は仲睦まじいと周囲からは見えていたそうなんですが、実際は断りきれない王妃様と推しの強い王様、というのが真実だったのです」


「だが、運命の時間の後のお二人は仲睦まじかったぞ?」


「大賢者様が仰るには、光の帯が届いて光に包まれている間に洗脳されたのではないか、と」


「洗脳?だから傲慢だと言っていたのか。恐ろしいことだ」


「王妃様が元々心を通わせていたお相手の方、それはシモン叔父様ですわ、お父様。突然の心変わりに驚かれたそうです。でも王様の運命の相手に選ばれたから仕方ないと諦め、今もお一人で過ごされています」


「シモンか、義弟のことだというのに全く知らなかった……王妃様の洗脳は解けないのか?」


「大賢者様が今回の映像を見たら解けるように何かされたと仰っていました。シモン叔父様は今辺境に住んでいらっしゃるのですが、儀式に合わせて王都で待機されています。全てが上手く働けば王妃様を連れてお逃げになるのでは?とディアお姉様が言ってました」


「そうか。我が家で二人を保護しよう。今更かも知れないが、幸せになってほしいものだ」


「叔父様の件は私が手配いたしますね。ではお父様、わたくしたちも移転の準備をする、と言うことでよろしいですか?」


「あぁ。魔道具で人の心を操ることを躊躇わない国にはいたくない。知らされていなかったのは辛いが、私の性格を知っていたら言わない方が賢明だろうな。それに、大賢者様とアダマンテ侯爵家が選んだ国で生きてみたい」


一ヶ月後、隣接する公爵家と侯爵家の領地があった辺りは森になった。実り豊かなその森は、近隣の領地に住む人々を餓えから守った。


王家の失態と経済を動かしていた二家の離脱は王国を衰退させていき、食料自給率が低かったため飲食物が高騰したのだ。


人々は農地を増やし、逞しく暮らした。王宮の人々は食べ物を売ってもらえず、国民から賢妃と呼ばれた王妃様の姿もなく、いつのまにか城には誰も住まなくなった。


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