61.チップ
「今日のショーはこれにて終演。またお会いしましょう」
赤尾雄三がそう言ってうやうやしく頭を下げると、会場全体から嵐のような拍手が飛び交う。雄三に集中していたスポットライトが徐々に暗くなると、雄三は舞台の裏へと消えていった。
多くのスタッフが控える舞台裏でも、雄三は大きな拍手で迎えられた。
「お疲れ様でした、赤尾さん」
スタッフに言われると、雄三は足を止めて頭を下げた。
「いや、こちらこそ。ああいう大がかりな手品はみなさんの協力あってこそです。ありがとうございました」
雄三は手短に礼を言うと、そのまま話を続けた。
「それじゃあ打ち上げでもやりますか。自分が全部払いますので」
「いいんですか?」
「えぇ、その代わり店はみなさんで決めてください」
雄三に言われると、スタッフたちは喜びの声を上げる。雄三はその様子を見ると、スタッフたちにひと声かけて自分の控室を目指して歩き始めた。
控室にやってきた雄三は、着ていたスーツのネクタイを緩め、鏡の前に置かれた椅子に背中を預けて座った。
「雄三ちゃん、今日もお疲れ」
そんな雄三の後ろから彼のマネージャーが声をかける。そのまま彼は雄三のネクタイを預かった。
「今日も変幻自在のトリック、かっこよかったわよん?」
「ありがとう。これもあんたが何かとセッティングしてくれたおかげだな」
「あらあら、嬉しいわ」
マネージャーの彼は、ネクタイを預かると丁寧に畳んでカバンの中にしまう。その間に雄三はスーツの上着を脱いだ。
「そうだ、この後打ち上げに行くんだ。あんたも来ないか?」
雄三が服を脱ぎながら尋ねる。しかしマネージャーの彼は残念そうに断った。
「今日はカレシとデートなの。ごめんね、雄三ちゃん」
「そうか。じゃあ、今日の打ち上げの精算、その後でいいからやっておいてくれ」
「もしかして、今日のギャラで?」
「そう」
雄三の言葉に、マネージャーの彼は呆れたように微笑んだ。
「ほんっと、お金に興味がないのね?」
「あぁ。もしかしてあんたの取り分が無くなってるか?」
「いいえ、十分すぎるほどにもらってるわ。でも、雄三ちゃん、あなたはスターなのよ?別に毎回お世話になったスタッフさんの分まで奢る必要なんてないと思うわ?」
マネージャーに言われると、雄三は少し考えてから首を横に振った。
「気持ちは行動して初めて通じるもんさ。それに、俺は金を稼ぐためにマジシャンになったわけじゃないしな。金はあれば嬉しいが、どうせなら他人のために使っちまった方がいい」
雄三の言葉を聞くと、マネージャーの彼は深く感心し、言葉を返した。
「雄三ちゃん、ホントにあんたはイイ男ねぇ。あんたが私と同じオカマだったら、私、すぐに恋に落ちてたわ」
「勘弁してくれ」
「あら、ひっどいわぁ」
雄三とマネージャーは笑い合う。マネージャーは雄三からスーツを預かってカバンに入れると、カバンを持って立ち上がった。
「それじゃ、お金のことは引き受けたわ」
「あぁ、頼む。デート、楽しんでこいよ」
雄三に見送られながら、マネージャーは控室を出ようとしたが、マネージャーは何かを思い出して足を止めた。
「そうだ、お手紙が届いてたわ。『御竜城スタッフ一同』さんからですって。一緒にお仕事した記憶がないけど、雄三ちゃん、なんか知ってる?」
「なに?」
雄三はマネージャーから不意に伝えられた単語に驚きながら振り向いた。
「手紙は?」
「ほい」
マネージャーはカバンの中から丁寧に包まれた手紙を取り出す。雄三はそれを受け取ると、手紙の中身を取り出した。
「ねぇ、どういう関係なのよ?」
「この間入院したときに世話になった」
「あら、命の恩人じゃないの」
マネージャーの言葉を聞き流しながら、雄三は手紙を読み進める。
「じゃ、私行くわね。またね、雄三ちゃん」
「あぁ」
マネージャーは雄三の様子を見て去っていく。雄三はそんなマネージャーを見送るよりも手紙を読むことに集中していた。
「拝啓 AY様
先日、暴漢から命を救っていただいた御竜城スタッフのものです。
その節は大変ありがとうございました。
このたび大きなホールでマジックショーを開催されるとうかがい、先日のお礼と我々の近況報告も兼ねてお手紙を出した次第です。
さて、あの事件の後、御竜城は改修工事をおこなうことになりました。
あまりお金のある自治体ではないので時間はかかると思いますが、改修が完了した際には、AY様にもまた遊びに来ていただきたいと思っています。
長くなりましたが、今後もAY様の益々のご活躍とご健康を、スタッフ一同心から願っています
敬具」
手紙を読み終えた雄三は、その手紙を机に置き、1人何も言わずに考えを巡らせていた。
(…言われてみればそうだよな。アイツが暴れた後、俺はすぐ倒れて…政府のお偉方が改修のための資金でも出してくれてるかと思ったが、そう都合よくもいかないもんだな…)
「赤尾さーん、行きましょうよー」
雄三が考え事をしていると、控室の扉が開き、スタッフの1人が声をかけてくる。そのスタッフの後ろには、打ち上げを待っているその他大勢のスタッフたちが控えていた。
雄三は手紙を胸ポケットにしまうと、椅子から立ち上がり、控室を出た。
「お待たせしました。行きましょう」
数時間後
めっきり夜も深くなり、雄三は打ち上げの帰り道を1人で歩いていた。
「今日も無事に終わったな」
雄三はそう呟きながら、1人夜道を歩いていく。
そんな雄三の胸ポケットのスマホが突然振動した。
雄三はスマホを取ろうとしたが、同時に胸ポケットに入っている手紙のに改めて気づいた。
同時に電話をかけてきた相手を確認する。マネージャーだった。
(ちょうどいいな)
雄三はそう思いながら通話に応じた。
「俺だ」
「雄三ちゃん、打ち上げの代金、払っておいたわよ」
「ありがとう。ところで今暇か?」
「あら、乙女をこんな夜に呼び出すなんて、雄三ちゃんも好きねぇ?」
「三十路のおっさんのジョークにしちゃキツいな」
「あぁん?」
「悪かった。少し仕事の話がしたいんだ」
雄三から仕事という単語を聞くと、マネージャーは明るくも真剣な声で応対を始めた。
「いいわよ、続けて」
「近々北回道に行く仕事、あったりしないか?」
雄三の質問を受けると、マネージャーはすぐに手帳を開いて日程を確認した。
「うーん、ないわねぇ」
「そうか…」
雄三の声を聞き、マネージャーは色々と察した。
「もしかして、さっきのお手紙のこと?」
「そうだ。御竜城の改修に金がかかるらしい。だから直接行って話をつけようと思ったんだが」
「そういうことね。じゃあ雄三ちゃん、私でよかったら向こうさんに確認しましょうか?」
「本当か?」
「えぇ。今日はもう遅いから、明日にでも。いくら必要なのかとか、振込方法とか、とにかく全部聞いておくわね」
「よろしく頼む」
「聞けたらまた電話するから。雄三ちゃんはゆっくり休んでね」
「ありがとう」
「んじゃ、私からおやすみのチューを…」
「勘弁してくれ」
雄三はそう言って電話を切ると、足早に自宅へと歩き始めた。
翌朝
雄三はスマホの着信音で目を覚ました。まだ酒の抜け切らない頭で、スマホを手に取り、画面を確認してスマホを耳に当てた。
「…もしもし…」
「おはよう雄三ちゃん。2日酔いみたいね」
雄三の声を聞いただけで、マネージャーは雄三の様子を言い当てる。雄三は頭を抑えながら本題に入った。
「…それで、御竜城の件は?」
雄三が尋ねると、マネージャーはメモを開きつつ話し始めた。
「雄三ちゃんの口座からいくらか振り込む提案をしたわ。けど、断られちゃった」
「なんだと?どうしてだ」
雄三は予想外の展開に酔いが覚める。マネージャーはそのまま話を続けた。
「最近あそこの地元のマスコミがうるさいらしいわよ。市が寄付を募るたび賄賂だ、税金の無駄遣いだって記事を書いて邪魔してくるんですって。そんな状況で、超有名な雄三ちゃんなんかが寄付をしたらマスコミが騒ぐでしょ?」
「騒がせとけばいいだろう」
「雄三ちゃん、マスコミを舐めすぎよ?雄三ちゃんは家族も持たずにブラブラしてるからマスコミだって煙に巻けるけど、市長さんなんかはもう娘さんや奥さんの名前まで勝手に報道されてるんですからね。そりゃあ市長さんだって、家族を守るために事を荒立てたくなくなるでしょ?」
マネージャーの言葉に、雄三は奥歯を噛み締める。しかし、雄三はすぐさまマネージャーに尋ねた。
「なぁ、俺のスケジュールを教えてくれ。空いてる日、あるか」
マネージャーは雄三のやりたい事を察して手帳のスケジュールを確認した。
「ちょうど1週間後、1日だけ空いてるわ。でも雄三ちゃん、その日の前日は遅くまで関東で動画の収録、翌日の早朝からは九州でステージよ?仮に御竜城で何かやるなら、休む時間なんてなくなるわ?」
「楽勝だな。御竜城使えるか聞いてみてくれ」
「言うと思ったわ」
マネージャーはそう言いながら御竜城の管理スタッフの電話番号を確認する。同時に、マネージャーは雄三に指示を出した。
「御竜城の件は私が確認しておくから、雄三ちゃんは今日の仕事の準備しちゃっといて」
「わかった」
「それじゃあ、現場で落ち合いましょう」
マネージャーはそう言って電話を切る。雄三も電話が切れると、早速近くに掛けてあるスーツを身につけた。
同日 昼
雄三は動画の収録を終えると、撮影スタジオの控室でマネージャーと合流した。
「それで、御竜城の件はどうなった?」
雄三はマネージャーに尋ねる。マネージャーはメモを見ながら話し始めた。
「今スタッフさんに確認を取ってもらってるわ。そろそろお返事の電話が来てもいい頃だと思うけど…」
マネージャーがそう言っていると、マネージャーのスマホが鳴った。
「きたわよ」
マネージャーがそう言いながら電話に応対すると、雄三はわずかに緊張した面持ちでその様子を見守った。
「はい、赤尾雄三のマネージャーでございます。先ほどはどうも。はい…えぇ…しかし…」
雄三はマネージャーの表情が思わしくないのを察すると、指でスマホを自分に渡すように指示する。それを見たマネージャーは、ひと言ことわりを入れてから雄三にスマホを手渡した。
「すみません、代わりました、赤尾です。責任者の方ですか?」
「あ、AYさん?」
雄三の通話相手は、この間雄三が助けた女性だった。
「その節はどうも。責任者の方と代わっていただけますか?」
雄三に言われると、女性は電話口から離れる。しばらくすると、男性の声が電話口から聞こえてきた。
「代わりました。御竜城イベント管理責任者の津川です」
「赤尾雄三と申します。来週の水曜日、御竜城前広場をイベントで使用したいと考えています」
「はい、伺っております。ですが…」
「ダメですか?」
言葉を渋る責任者に対し、雄三は質問する。責任者は言葉を絞り出した。
「…残念ですが」
「既に先約が?」
「いいえ」
「ならどうして」
雄三が尋ねると、責任者は少しためらいながら話した。
「今朝も寄付についてお電話をいただいた事から考えますに、赤尾さんはイベントでの売上を我々に寄付するお考えなのではないでしょうか」
雄三は図星を突かれて黙り込む。責任者は続けた。
「規則である以上、我々はそれを受け取るわけにはいかないのです」
「なにか勘違いをなさってるのではないでしょうか」
責任者の言葉に対し、雄三はあえて強い言葉を使い始めた。
「私は一流のエンターテイナーです。そこらの三流のステージでやりたくないからあなた方にこうしてお声掛けしました。そして一流であるからには、取り分だって一流です。必要以上の金を出すつもりは一切ありません。プロですので」
雄三の言葉に、マネージャーは驚いて止めようとしたが、雄三は逆にそれを制止する。同時に、責任者はどこか残念そうにしながら言葉を返した。
「わかりました。来週の水曜日、ですね」
「はい。その際なんですが、こちらも何人か舞台設営用のスタッフを連れて行きますので、そちらのスタッフで食事の用意と、さっそくですが広告をお願いします。人数は追ってマネージャーから連絡しますので」
「承知しました」
雄三は相手の返事を聞くと、通話を切る。マネージャーにスマホを返しつつ、雄三はニッと笑った。
「ということで、セッティング、頼んだぞ」
「任されたわ」
6日後
深夜のスタジオでの撮影を終えた雄三とマネージャーは手早く撤収を始めた。
「スタッフの皆さん、申し訳ない。自分、明日は早朝から北回道でして」
雄三はスタジオの片付けを行うスタッフたちに頭を下げる。スタッフたちは、雄三の道を開けながらスタジオの片付けをした。
「わかりました!頑張ってください!」
「お疲れ様です!」
スタッフたちから労いの言葉をかけられながら雄三とマネージャーはスタジオの外に出る。出た先の目の前に止まっていたバンに乗り込みながら、雄三は座席に背中を預け、目を閉じた。
約4時間後
「ほら、雄三ちゃん」
マネージャーに起こされると、雄三は目を覚ます。雄三が寝ぼけた目で周囲を見回すと、ここは飛行機の中であるのがわかった。
「もう着いたのか…」
「乗った時は寝ながら歩いてたから、降りるときはちゃんと起きてね」
マネージャーに言われながら、雄三ははっきりしない意識でマネージャーにさまざまな確認を取りつつ飛行機を降りた。
「他のスタッフは?」
「もうみんな現地入りしてるわ」
雄三とマネージャーは空港を抜け、手配してあった車に乗り込む。雄三はやはりその中で眠りについた。
朝7:00
雄三とマネージャーは御竜城のスタッフたちが待機している記念館にやってきた。
「津川さん、どうも、赤尾です」
雄三は記念館の職員室にやってくると、イベント管理責任者の津川に挨拶をする。津川の他にも、かつて雄三が救った女性スタッフなどがその場に控えていた。
「赤尾さん、今日はよろしくお願いします」
津川も雄三に対して挨拶をする。雄三は持っていた紙袋を津川に差し出した。
「お近づきの印に、これをどうぞ」
雄三から紙袋を手渡され、津川はそれを受け取る。すぐさま津川は雄三の様子を見て尋ねた。
「中身を確認しても?」
「どうぞ。ただの記念のトランプです」
雄三に言われながら、津川は中身を確認する。雄三の言う通り、ただのトランプが何束か入っているだけだった。
「さて、注文したものはできていますか」
雄三はプロとしての表情になって尋ねる。津川もそれに対応した。
「はい、機材は揃えてありますし、広告も万全です」
「ありがとうございます。早速ウチのスタッフたちが舞台の設営に取り掛かりますので、よければお手伝いをお願いします」
雄三に言われると、津川もわかりましたと応じる。そのまま雄三はその場を立ち去り、ステージの準備へと歩き始めた。
雄三とそのマネージャーがいなくなると、津川のもとに女性スタッフが歩み寄った。
「…あの男はいつもああなのか?」
津川が尋ねると、女性スタッフは首を傾げた。
4時間後 11:00
ステージの設営を終えた雄三とスタッフたちは、記念館の食堂にやってきた。
「ステージの設営、ご苦労様でした!私の奢りなので、好きに食べてください!」
雄三はスタッフたちの前に立ち、声を張る。スタッフたちも太い声でそれに応じ、昼食を食べ始めた。
「雄三ちゃん、あなたも食べなきゃダメよ?」
「当然だ」
雄三とマネージャーも席に着くと、昼食を食べ始めた。
2時間後 13:00
雄三は、御竜城の広場に設置されたステージの上に立つ。無数の観客が、彼を拍手で迎えると、彼もその歓声に応えるように手を振った。
「皆様、この度はご来場いただき、ありがとうございます」
雄三はうやうやしく頭を下げる。観客たちはそんな雄三にあらためて拍手を送った。
「さて、本日も私は魔法の世界にあなた方を招待します。ですが、今日は約束してほしいことがひとつあります」
雄三の珍しい前口上に、観客たちは注目し、御竜城のスタッフたちも舞台裏から見守っていた。
「それは、今日この場に来ている観客の皆さん、あなた方も一緒に魔法を使ってほしい、ということです」
雄三の言葉を理解できず、観客は戸惑う。そんな観客たちを、雄三は手玉に取るように続けた。
「いえ、別に特別なことをしてほしい訳ではありません。魔法というのは、他人への優しさです。今日、このステージを楽しんでくださった後、困っている人に魔法をかけてあげてください。そのための魔力は、今からみなさんに分け与えますので」
雄三はそう言って指を鳴らす。何もなかったはずの観客席の周りから、突如鳩が現れ、飛び立った。
「さあ、ショーの始まりです」
1時間ほどのマジックショーは、大盛況のまま終わりを迎えた。
ステージから観客を見送った雄三は、やり切った表情で舞台を降り、ステージスタッフたちの前にやってきた。
「お疲れ様でした!」
雄三は真っ先に全員に声をかける。スタッフたちもそれに応えて挨拶の声を張った。
「皆さん、忙しい中ありがとうございました!自分はこの後、移動となりますが、皆さんは是非この町を楽しんでください!もちろん、経費で落として構いません!」
雄三はスタッフたちに言う。スタッフたちは喜びの声を上げた。
「それでは自分は失礼します!楽しんで!」
雄三はそう声を張ると、スタッフたちに背中を向けて歩き出す。マネージャーもその雄三の背中についていった。
「お疲れ、雄三ちゃん。もう次の仕事行くの?」
「いや、まだ行かなきゃいけないところが残ってる」
雄三がやってきたのは、御竜城のスタッフたちの控室だった。
「どうも、スタッフの皆さん。今日はお世話になりました」
雄三はそう言ってスタッフたちに頭を下げる。スタッフを代表して津川が雄三の前に出た。
「赤尾さん、お疲れ様でした」
「これも皆さんのご協力あってこそです。ありがとうございました」
雄三がスタッフたちに頭を下げる。すると、女性スタッフの1人が雄三と津川の元へ駆け寄ってきた。
「津川さん、今日のイベントで来てくださったお客様たちがみんな募金をしてくれてます!目標の1割に到達しそうです!」
スタッフの言葉に、津川は雄三を見る。雄三はニヤッと笑っていた。
「これはお客様の純粋な気持ちです。マスコミも文句は言えないでしょうね」
「えぇ、本当に。ありがとうございます」
「礼は私ではなく、お客様に」
雄三はそのまま話を続けた。
「この後、うちのスタッフたちがこの街で観光を楽しみます。粗相はないと思いますが、良ければひいきしてやってください」
「わかりました」
「場所代と広告費は後ほどマネージャーの方から振り込みます。今後、御竜城に募金が集まることを祈ってますよ」
雄三はそう言って右手を差し出す。津川は、雄三の右手を握りしめ、2人は固い握手を交わした。
「それでは自分は行きます。ご縁がありましたら、またお会いしましょう」
「はい、それでは」
雄三と津川はお互いに一礼する。他のスタッフたちからも雄三は礼を言われながら、雄三はその場を去っていった。
数時間後、雄三とマネージャーは飛行機に乗り、御竜城とは正反対の南の県を目指していた。
「雄三ちゃん、頼まれた支払い、終わったわよ」
マネージャーは隣で空を眺める雄三に言う。雄三はそれを聞き、1人微笑んでいたが、マネージャーは怪訝そうな顔をした。
「それにしても、場所代はともかく、広告費と食事代、高すぎないかしら?」
マネージャーはわざとらしく雄三に尋ねる。雄三はマネージャーの方も見ないまま言葉を発した。
「スタッフたちの観光代込みだからな」
「へぇ、それで御竜城に必要なお金の8割も賄えちゃうのね」
マネージャーに言われると、雄三は何も言わず、アイマスクを身につけた。
「ところで雄三ちゃん、あのトランプ、私知らないんだけど?あれ何?」
「寝る」
雄三はマネージャーの質問を一方的に打ち切って言い切る。マネージャーは子供のように駄々をこね始めた。
「ねぇ雄三ちゃーん、教えなさいよー」
「魔法のタネを明かすのは不粋だろ?」
同日 夜
御竜城のスタッフたちは、終業時間ということもあり、撤収の準備を始めた。
「今回赤尾さんからいただいた報酬で、募金の目標金額の9割まで集まりました。皆さんの労働のおかげです。ありがとうございました」
津川がスタッフたちに頭を下げる。スタッフたちは拍手で応えた。
「残り1割、明日から頑張って集めましょう。以上、今日はお疲れ様でした」
津川がそう言うと、他のスタッフたちもお疲れ様でしたと返事をし、それぞれ帰途についた。
津川が自分のデスクを片付けようとすると、雄三のファンの女性スタッフが津川に近づいた。
「あの、津川さん。赤尾さんからいただいたトランプってどうしますか?」
「うん?あれか。飾っておくか」
津川はそう呟くと、雄三から渡された紙袋に手を伸ばす。
津川が紙袋を開くと、彼は絶句した。
「なんだこれは…」
「どうしました?」
女性スタッフは津川の様子を不思議に思い、津川に近づく。
津川は紙袋の中から、分厚い札束を取り出した。
「…え!?」
「トランプが札束に変わっている…!」
津川は目の前で起きた出来事に、驚きを隠せなかった。女性スタッフも紙袋の中を見ると、驚きに満ちた表情で津川を見た。
「すごい…これと募金とステージ代を足せば、ちょうど目標額ですよ!」
「しかし…これを受け取っていいのか…」
戸惑う津川をよそに、女性スタッフは紙袋の中に入っていたカードに手を伸ばした。
カードに記されていたのは、雄三の手書きの文字だった。
「最高のサービスには、相応のチップを。次は城の中でショーができますように」
カードに描かれていた文字を見て、女性スタッフは微笑む。津川も、雄三の思いを受け取ると、女性スタッフに言葉を伝えた。
「明日さっそく修理を依頼しよう。責任は私が持つ」
「いいんですか?」
「ああ。彼の魔法を、1秒でも早く、また見たいだろう?」
津川が微笑むと、女性スタッフも満面の笑みで頷いた。
「ありがとう、赤尾さん…!」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました
次回もお楽しみいただけると幸いです
今後もこのシリーズをよろしくお願いします