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The Magic Order 0  作者: 晴本吉陽
2.信念
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55.野望の末路

5/16 14:15 金山県灯島市 虚山洋館


 糸瑞心音は、洋館の最上階から山道を見下ろしていた。洋館の正門前では、和久と飛鳥が心音の仕向けた手勢を簡単にいなし、倒していた。

「…ふっ、やはり信念のない人間はこの程度か」

 心音は自分が集めた元浮浪者たちの無様を見てつぶやく。そんな心音がいる部屋の扉が乱雑に開き、心音の部下の1人である空善からよしが心音に報告を始めた。

「心音様、防衛用の部隊は全滅しました。早くお逃げになった方がよろしいのでは…」

 空善の声を聞き、ゆっくりと心音はそちらに振り向くと、首を横に振った。

「いいえ、私は逃げない」

「しかし…」

「これは裏を返せばチャンス。どんな手を使ってでも堀口を葬り、世界を変える」

 心音はそういうと、右手を開き、青白い光を手に集め、その光で西洋剣レイピアを形作る。そしてその剣の先端を空善に突きつけた。

「空善、あなたも覚悟を決めなさい」

 空善は心音の言葉を聞くと、心音の前に跪いた。

「もちろんです、この命、心音様のために」

 空善のはっきりとした言葉を聞くと、心音は小さくほくそ笑んだ。

「行きましょう。世界を変えるために」



 和久と飛鳥はすでにかなりの数の敵を蹴散らし、呼吸を整えて洋館の入り口の前に立っていた。

「そこらへんのホームレスに銃持たせただけみたい。政治家自らお仕事の斡旋とは恐れ入ったわ」

「どうせならもっといい仕事をさせてやって欲しかったがな」

 飛鳥の軽口に和久は呆れたような様子で言葉を返す。そんなやりとりをしながら、飛鳥は洋館のドアノブに手をかけた。

「罠はなさそう。開けるよ」

 飛鳥はそう言うと、和久の前に立ちドアを開けようとする。和久との確認を取ると、飛鳥は勢いよく扉を開いた。

 姿勢を低くしながら、和久と飛鳥は洋館の玄関に立つ。そこには誰1人としていなかった。

「あら、寂しい歓迎ね」

 飛鳥は誰もいない目の前の光景を見て軽口を叩く。和久は構わずに周囲を見回した。

「左側に部屋、正面に扉、右に階段か。外観からしてこの洋館は3階建てで、普通、屋敷の主人は最上階にいるもんだよな」

「じゃあ私が上行って糸瑞を倒す?」

 和久の言葉に、飛鳥が尋ねる。しかし和久はそんな飛鳥を制止した。

「いや、俺が直接行って糸瑞を倒す」

「本気?糸瑞だって龍人になってる可能性高いでしょ?勝算あるの?」

「俺の能力は知っているだろう?」

 和久に逆に言われ、彼の言いたいことを察すると、飛鳥は頷いた。

「わかった。それじゃあ、私は屋敷に潜んでるかもしれない伏兵の排除ね」

「よろしく頼む」

 飛鳥が自分の役割を確認し、和久も飛鳥を信頼して多くを言わないまま、右側の上の階へと続く階段を登り始め、飛鳥はそれと反対に左側の部屋にへと入っていった。


 重い体を揺らしながら、和久は階段を登っていく。2階の廊下にやってきた和久は、その廊下の奥にさらに上の階への階段があることに気づいた。

 しかしその途上にもいくつかの扉がある。和久は罠を警戒しながらゆっくりと足を進めた。

 和久は耳を研ぎ澄ます。遺伝子操作で強化された彼の能力は、歩きながらも扉の向こうの物音を聞き分けることができた。

(右の奥の扉、男が1人)

 和久は敵の数を確信すると、逆に敵が待ち伏せている扉へと近づいていく。

 和久がその扉の近くに差し掛かると、突然扉が開き、銃を構えた男が現れる。しかし、和久はそれがわかっていたので素早く仕込み杖の持ち手部分をその男のみぞおちに叩き込んだ。

 男がみぞおちを抑えて動けなくなったのを見ると、和久は静かに階段を登り始めた。


 同じ頃、飛鳥は和久に任された部屋の調査をしていた。どうやらこの部屋は居間らしく、生活感が漂っている。

(キッチンにソファー、人の気配はない、か。和久の方がまずいかも)

 飛鳥は拳銃と警棒を持ちながらこの部屋を出て違う部屋へと歩き始める。

 次に目についたのは、玄関から見た時に正面にあった重厚そうな扉だった。

(ここなら大人数を収容できそう…注意して行かないとね)

 飛鳥は改めて気を引き締めながらその扉をゆっくりと開いた。

 扉を開けた先にあったのは、広い豪華な部屋だった。天井からはシャンデリアが吊り下げられ、床には赤い絨毯じゅうたんが敷かれている。

 しかし、部屋には誰もいなかった。

(こんなに広い部屋に何もない?気味が悪いな…)

 飛鳥はそう思いながら周囲を警戒する。

 そんな瞬間、飛鳥の入ってきた入り口から物音が響く。

 飛鳥がすぐさま振り向くと、入り口だった扉には、分厚い金属の壁が降りていた。

(やっば…!)

 飛鳥は降りてきた金属の壁に銃撃を浴びせる。

 だが壁には銃撃による傷すらも、ひとつもつかなかった。

「無駄なことはやめろ」

 部屋の中から声がする。飛鳥はすぐさま周囲を見回し、部屋の隅にスピーカーがあるのを見つけた。

(スピーカーってことは、実際に話してるやつはどこかにいるはず…この部屋を早く抜けないとヤバそう…)

 飛鳥は冷静に分析しながら部屋を走り回り、先ほど降りてきた金属の壁のような場所を見つけては警棒で殴りつける。しかし、どうやってもこの部屋から脱出することはできそうになかった。

「この部屋からは脱出不可能だ。無様に死ぬがいい」

 スピーカーから先ほどと同じ声がする。

 瞬間、飛鳥を取り囲む四方の壁の下側が開く。同時に、飛鳥の鼻を鋭い匂いが突いた。

(毒ガス…!)

 飛鳥は咄嗟に口と鼻を塞ぎ、姿勢を低くする。だが、すでにガスは飛鳥の体内に少しずつ入っていた。

「うっ…!!げほっ…!」

 飛鳥は咳き込み始める。そんな飛鳥の耳に、先ほどと同じ声が勝ち誇ったように話を始めた。

「90年代によく使われた毒ガスだ。まずは呼吸器が機能不全になり、そのうち全身の神経系が麻痺していく。そして最後に待つのは死だけだ。お前のその様子だと、後5分もすればさよならだ」

 飛鳥は咳き込みながらその声を聞く。彼女は冷静に周囲を見回した。

(この口振りなら何処かから私を見ているはず…!見つけ出せれば脱出だって…!)

 自分の死が近づいているにもかかわらず、飛鳥は冷静に周囲を見回すが、飛鳥の周りは壁があるだけだった。

(上か…!)

 飛鳥は気づく。顔を上げると、入ってきた時にはシャンデリアの影になっていたところに、人の影が見えた。

 飛鳥は即座に拳銃をその人影に構え、引き金を引く。

「!」

 銃弾は毒ガスの部屋と人影のいた部屋を仕切るガラスを撃ち抜き、さらに人影の足を撃ち抜いた。

「うわっ!?」

 人影は足を撃たれて倒れる。だが、それを見た飛鳥も、一瞬気が緩んだのか、その場に倒れ込んだ。

 その様子を見ていた人影、空善は、飛鳥に撃たれて負傷した足を引き摺りながら立ち上がった。

「…所詮は最後の悪あがきだ…貴様はもう死ぬ。堀口もだ。この世界はもうすぐ心音様のものになるのだ」

 空善は倒れ込んだ飛鳥の姿を見て言葉を吐き捨てる。そうして空善は壁に手をつきながら足を引きずりつつ、心音のもとへと歩き出した。



 その頃、和久は最上階にたどり着いていた。

 彼が階段を上がったその先には広間があり、その奥には扉が見える。広間には何も置かれておらず、その中央で1人、心音が窓の外を眺めてたたずんでいただけだった。

 和久は無言のまま、窓の外を眺める心音の横顔を見る。心音が和久の存在に気づいているのは、和久もわかっていた。

「もう、10年以上も前になる」

 心音は窓の外を眺めながら話し始める。和久は一度心音の話に耳を傾けた。

「私の故郷は、全て燃え尽きた。言論など意味をなさない、圧倒的な力によって。そして思い知った。世間とは言論よりも、力によって変わっていくものだと」

 心音はそう言いながら和久の方へと向き直る。心音の右手には、青白い西洋剣が握られていた。

「私は今の世の中は間違っていると思う。少数の権力者が力を独占し、大衆を欺き、抑圧している。私が目指すのは、全員にとって公平で、平等な世界。そのために、私は力を振るう」

 心音はそう言って目を閉じる。そしてもう一度その目を開くと、茶色だった彼女の瞳孔は龍人の象徴である青白いものに変化していた。

「堀口和久、まずはあなた。あなたこそ、今の政界の寵愛を受けた象徴。間違った世界に愛された象徴。だからこそここで排除し、その死を私たちの作る新しい世界の幕開けにする…!」

 心音は静かに、しかし確かに昂る野心を秘めながら、剣の切っ先を和久に向ける。一方の和久も、仕込み杖に偽装した刀を抜いた。

「残念だと思うのが2つある。1つは政治家であるはずのお前が、言葉ではなく暴力によって世界を変えようとしたこと」

 和久は言葉を発しながら、心音に刀を向けて構えた。

「もうひとつは、その世界があまりに現実を見ていないこと」

「…」

「お前の言う真の平等が行き着く先は、無個性の世界。だが俺たちがヒトという生き物である以上、全員が同じ人間であることはありえない。だから俺は他人の個性を尊重するために、お前の理想を否定する」

 和久は毅然として言い切ると、刀を下段に構える。一方の心音も、いつでも和久の喉仏を貫けるように両手で剣を構えた。


 心音の剣が和久の喉仏を狙って突き出される。だが見えていた和久はその剣を払い除けると、心音の胴を狙って横から刀を振るう。しかし心音は剣を立てて和久の刀を受け止めた。

 和久と心音の体格差は相当のものだったが、和久の攻撃を受け止めた心音はその場から微動だにしなかった。

「なるほど…龍人の力は伊達じゃないらしい」

 不自然とすら言えるその光景に、和久は納得したように呟く。心音もニヤリと笑うと、そのまま和久の刀を跳ね返した。

 2人の距離が開く。その瞬間、心音は剣を握っていない左手で懐から拳銃を抜き、和久の眉間を狙って引き金を引いた。

 和久は飛んでくる銃弾を頭を動かして回避する。心音はその様子を見て頷いていた。

「噂は本当だったのね。遺伝子改良を受けているって話」

「まぁな。お前たちに殺されたうちの父親からの贈り物だよ」

「可哀想に。親の都合で作り変えられたのね。そんな人間だからこそ、『個性』にこだわるんでしょうね」

 心音は和久に対して言葉を投げかける。和久は思わず目を鋭くしたが、すぐに冷静になって心音に刀を振るい、心音もそれを受け止めた。

「その『個性』が何度争いを生んできたか…それを2度と起こさないためにも、私はここで勝ち、龍人の世界を作り出してみせる」

 心音は和久の刀を弾き返す。2人は再び互いの剣で斬り合い始めた。



 同じ頃、河田泰平は、洋館の地下から地上1階にたどり着くと、行き止まりにぶつかっていた。しかし、彼はその違和感に気づいていた。

(ここだけ壁の色が違う…何かあるのか…?)

 泰平は自分のいる部屋を見回す。少し離れた壁に、レバーが設置されていた。

 泰平はそのレバーまで駆け寄ると、上がっていたレバーを下げる。色が変わっていた壁が上がり、木製の重厚な扉が現れると同時に、その扉の先のから空気の抜けるような音が聞こえてきた。

 泰平は音が聞こえなくなるまで待つと、現れた扉をゆっくりと押し開ける。

 赤い絨毯が広がる床の先に、1人の人間が倒れ込んでいた。

 泰平には一瞬でそれが誰だか判別できた。

「高村!」

 泰平は倒れている彼女の名を呼びながら駆け寄る。泰平が横になった彼女を抱きかかえると、飛鳥の顔は真っ白な肌に青紫の血管が浮き出ており、目は見開いていた。

 泰平は冷静に彼女の口元に手を当てる。非常に弱かったが、わずかながらに息があった。

「何があった?」

「毒ガス…」

 飛鳥が弱々しい声で言う。それを聞いて、泰平は先ほどの空気の音に納得した。

「わかった。すぐ君を病院に」

「間に合わない…」

 泰平の言葉を遮るように、飛鳥は言うと、泰平の服を掴み、泰平の顔を見る。

「和久が…危ない…助けに行く…」

「だが」

「手伝って…!」

 飛鳥を治療しようとする泰平だったが、飛鳥はそれを拒むように残りの力を振り絞って言う。泰平は飛鳥の覚悟を汲み取ると、頷いた。

「わかった、行こう」

 泰平はそう言い切ると、飛鳥の肩を担いで立たせる。飛鳥は泰平に体重を預けながら、半ば引きずられるような形で歩き始めた。

「上で…糸瑞と戦ってる…」

「和久が、だな?なら君はどうして」

「もう1人いた…」

「なるほど、そいつにやられたんだな。そしてそいつが和久を殺そうとしているのか。急ごう」

 泰平は冷静に言うと、足早に歩き、飛鳥を引きずっていく。飛鳥は泰平の肩に寄りかかり、辛そうに咳き込んだ。

「…大丈夫、このガス、他人には被害出ないから」

「…」

 飛鳥は泰平に言う。しかし、泰平はそんなことよりも飛鳥の生死の方が不安だった。



 そんなことを知らない和久は変わらず心音と激しく剣の打ち合いをしていた。

 心音がコンパクトな動きで和久を突くと、和久はそれを弾き返し、体重を乗せた一撃を放つ。しかし、心音はそれを龍人の力で軽々と跳ね返し、再び和久に目掛けて突きを放つということを2人は続けていた。

 そんな中でも呼吸ひとつ乱れない心音に対し、和久は徐々に息が上がってきつつあった。

(龍人はスタミナも無限か…このままじゃジリ貧になって押し負けるぞ…)

「そこっ!」

 和久が考えを巡らせ、わずかに反応が遅れたその瞬間、心音が剣を突き出す。

 和久は自分の刀が間に合わないことを悟り、体を捻ってかわそうとするが、脂肪に覆われた脇腹を剣で貫かれた。

「!」

 和久は痛みで怯む。心音はすぐに和久の腹から剣を抜くと、和久の顔面を目掛けて剣で突く。

 だが和久はなんとかそれを刀で払い除け、バックステップで心音と距離を作った。

 自分の剣に付いた血を眺め、心音はニヤリと笑った。

「少し痩せた方がいいんじゃないかしら」

「痩せてたら死んでたよ」

 和久は刺された部分を庇いながら心音の言葉に返す。心音はそれを鼻で笑い飛ばした。

(まずいな…長期戦には持ち込めなくなった…一気に短期決戦に持ち込むしかないな…)

 和久はそう思い刀を握り直す。同時に、和久は心音の考えも読んでいた。

(とはいえ、糸瑞はそれに付き合うわけはない…俺が失血死するまで逃げて銃撃してくるだろう…だったらその銃撃の隙に一気に近づいて倒す…これしかない)

 和久は左手で負傷した脇腹を抑えながら、右の片手で刀を握りしめる。一方の心音は余裕の表情で和久の出方を窺っていた。剣すら握り直さず、ただ左右に歩いて間合いをとるだけである。

「今あなたが考えていること、当てましょう」

 心音は和久の動きを注視しながら話し始めた。

「私がいつ、あなたにとどめを刺そうとするか、それを見計らっているんでしょう?そして私が動き始めた瞬間、あなたの『逆転させる能力』で私の体内の時間経過を逆転させ、人間に戻し、殺す。でも残念ね。私は動かない。じっくりとあなたが死ぬまで待たせてもらうわ」

 心音は余裕を見せながら言う。和久はそれに対して口角を上げた。

「そこまでわかってるなら、加減の必要もないな。全力で押し通る」

 和久はそう言うと、姿勢を低くしながら心音へと突進していく。

 心音は待っていたと言わんばかりに後ろに下がりつつ、左手で拳銃を抜いた。

(触らせなければいいだけのこと。堀口、ここで終わりよ)

 心音はそう思いながら拳銃を和久に向ける。

 彼女がそのまま引き金を引こうとした瞬間、和久も左手を懐に伸ばすと、凄まじい速さで拳銃を抜き、心音の銃を撃ち落とした。

(隠し持っていたか…だが関係ない)

 心音は動揺することなく、和久の動きを見る。和久は刀を振り上げていた。

 心音は持っていた剣で和久の刀を迎え撃とうとする。

 その瞬間、和久は刀を投げ捨てた。

(何…!?)

 心音が内心動揺したその瞬間、視界の外から銃弾が飛んでくる。和久の拳銃から放たれた銃弾は、心音の足を貫いた。

 足元が崩れた心音は、寄ってくる和久を追い払おうと剣を振るう。しかし狙いの定まらない一撃は、和久にあっさりとかわされ、和久はついに心音の元まで肉薄した。

 和久は何も握っていない右手を心音の首へと伸ばす。心音はその手を払い除けようとしたが、両手は剣と銃で塞がっており、和久の手を払い除けることはできなかった。

「つかんだ!」

 和久はそう言うと、能力を発動させる。最初の一瞬は何のダメージもなかった心音だったが、徐々に和久に首を握られたことによる気道へのダメージが入り始めた。

(人間の体に戻されている…!まずい、このままだと締め殺される…!)

 心音は左手に握っていた拳銃で和久の腹を撃つ。和久も撃たれて怯み、心音から手を離した。

 和久から解放された心音は、そのまま反撃に移ろうとしたが、本人も意図しないうちに呼吸のために咳き込み、後ろに下がる。

(すでに人間の体に戻されたのか…!)

 心音は自分の内側から湧き上がっていた力がなくなっていることに気づく。

 それも構わず、和久は落としていた刀を拾い上げ、渾身の力で振り抜いた。

 心音は右手に握っていた剣でそれを先ほどまでと同じように弾き返そうとする。しかし、和久の攻撃を受け止めた剣は、それを握っている心音ごと壁に吹き飛んでいった。


 心音は壁に叩きつけられ、その場に腰を下ろす。元の人間になった彼女の体に、鈍い痛みが走り、心音は拳銃を落とした。

「げほっ、ゲホっ…」

 心音が咳き込みながらも銃を取ろうとするが、その銃を和久が踏みつける。

 心音が見上げると、和久が刀を心音に向けていた。

「ここまでだ、糸瑞心音。今のお前は龍人でも何でもない。大人しく国家反逆罪で連行されろ」

 和久は毅然とした態度で言う。心音は自虐的に笑った。

「…ふっ、我ながら無様ね…」


 そう言い終えた心音は和久の目を見る。


 和久はその目がまだ野望を諦めていないことを感じ取った。


 心音は右手に握っていた剣で和久を突き殺そうとする。


 だが、それよりも速く、和久は心音を斬り捨てた。


「…ホント、無様…」


 心音は最期にひと言そう言うと、和久の足元に倒れ、二度と動くことはなかった。


 一方の和久も、脂肪が十分に備わっているとはいえ、2発の銃弾を浴びせられ、決して軽くない傷を負っていた。

 その痛みから和久はゆっくりと膝を折り、腰を下ろすと、スーツを脱ぎ、持っていた治療キットで応急手当てを始めた。




 激戦が終わったそんな3階に、空善は音もなくたどり着いていた。

 彼は飛鳥に撃たれた足を引きずりながら、壁に寄りかかるようにして心音が戦っているはずの広間に辿り着く。

 瞬間、彼が見たものは絶望的だった。

「心音様…!」

 すでに戦いの決着はついており、心音は首から赤色を撒き散らして床に倒れていた。そしてその心音を殺した張本人である和久は、空善に背を向けて自分の傷を治療していた。

「おのれ…許さんぞ…!」

 空善は怒りに震えながら、懐から吹き矢を取り出す。今なら和久を暗殺することは容易い。

 空善は吹き矢を咥え、和久に向ける。和久は、背後からの殺気に気づくことができなかった。

(死ね、この豚野郎!)


 空善が息を吐いたその瞬間、銃声が鳴り響いた。

 空善が放った吹き矢はあらぬ方向へと飛んでいき、空善の心臓には風穴が空いていた。

「なん…だと…!?」

 空善は銃声がした方へと振り向く。

 泰平に肩を担がれていた飛鳥が、硝煙の漂う拳銃を空善に向けていた。

「貴様…!なぜ生きている…!」

 空善は恨み節を吐きながら、吹き矢を飛鳥に向けて構える。しかし、飛鳥は躊躇なく空善に向けてもう一度拳銃の引き金を引いた。

 空善の体が吹き飛ぶ。飛鳥の放った銃弾は、的確に空善の心臓を撃ち抜いており、空善が動くことは二度となかった。


 銃声に気がついた和久は、手当を中断して様子を見にくる。そこで和久が見たのは、泰平に肩を担がれている飛鳥だった。

「飛鳥…!?」

「和久…」

 瀕死の飛鳥を見て、思わず和久も驚きを隠せなかった。飛鳥の方も和久の顔を見て安堵したのか、力が抜け、泰平の肩から滑り落ちるようにして和久の方へと倒れこんだ。

「飛鳥!」

 和久は自分の怪我すら気にせず、飛鳥の肩を抱く。飛鳥は和久に支えられながらぐったりとした様子で和久の顔を見た。

「…勝てたのね…私たち…」

「あぁ、そうだ」

「これでまた…みんな平和に暮らせるね…」

「そうだ、飛鳥、お前もだ…!」

 飛鳥が力無く語る言葉に対し、和久は力強く言う。しかし、飛鳥は再び力が抜け、下を向いた。

「飛鳥…!」

「…ふふ…そんな顔しないでよ…いつかあなたは、未来を背負って立つ人間なんだから…こんなことで心を乱されてはだめ…」

 飛鳥は和久の表情を見て微笑む。和久は気が気でない状況だった。

「ねぇ和久…ひとつだけ…聞いて…」

「なんだ?」

「…生き抜いて…あなたなら…きっと素敵な未来を作れるから…」

 

 飛鳥の最期の言葉はそれだった。

 和久は自分の腕の中で息絶えた親友の亡骸を見下ろし、声にならない声を噛み殺していた。

「…残念だ」

 泰平は飛鳥の遺体を抱える和久に、ひと言だけ想いを伝える。和久は、無言でその言葉を受け止めた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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